23話 『男』奏芽、神指さんを困らす日
八月八日――
「……暑い」
「……今日は暑いね」
エアコン連続稼働にて、お母さんから制止が掛かった。電気代が馬鹿にならないから夜のみの稼働となって、ソファでニカエルと二人してダレる事に。俺は二十六度でエアコンを稼働させる事が多かったのに、ニカエルは十六度と地球泣かせの温度で稼働させていた為に文句が出た、お母さんから。因みに稼働させたくても朝にリモコンをお母さんが会社に持って行ってしまったので、秘密にエアコンを稼働したくても出来ない状態だった。
「ニカエル、外出ない?」
「……もっと暑いよ?」
「……そっか」
「うん、暑いよ……」
まともに会話も出来ない状態だった、これでは室内で熱中症になって死んでしまう。誰かに助けを求めなくては。とりあえず、スマホを取り出して電話をしてみる。
「――もしもし」
「朱音? 家にいる?」
助け船と言ったらまずコイツから電話する。
「ごめんねー、夏の合宿で家にいないんだー、お土産は無いから大人しく夏風町にいるんだよー? じゃねー」
「ジャネー……」
電話が切れる。そうだった、何日か前に合宿に行くねって朱音言ってたわ。そんな重要な事を忘れて俺は何電話をしてるのやらか、これじゃ朱音に邪魔を入れてるようにしか見えない。いつも俺のタイミングは悪い。……次に、涼めそうな場所と来たら
「もしもし? 名胡桃さん」
「はい奏芽さん。どうされました?」
毎日間違いなくエアコンを稼働していて、ニカエルもおやつで喜ぶあの空間は俺達にとって神である。
「今日から遊びにいっていい? 久々にラノベの話で華でも咲かせに――」
「ごめんなさい、家に今居ないんです……また次の機会で宜しいですか?」
「ああぁぁ――」
肯定と残念な声を交えて出す。次の機会とはいつなのか、そういう事も聞いてみたかったが暑さで頭が回らない。通話が切れてまた一からやり直す。……二人に断られた事を察したニカエルを顔を顰める。
「打開出来るー?」
「俺には出来ない」
「むー……」
多分一番涼しい格好をしてるのはお前なんだけどな。
カーペットでゴロゴロし始めて鬱陶しい。――少しでも涼しくさせる為に冷蔵庫から氷を取り出してステンレスのボウルにいっぱい入れる。
「ほい氷、少しでも涼しくなれ」
ニカエルの背中に付ける。
「わっ冷たッ! ――それで涼しくなったら問題なんて起きないんだよ?」
「そもそも十六度でエアコン稼働してたお前のせいだろ」
「だってそれぐらいじゃないと涼しくないじゃん」
「二十六度でも十分に涼しいだろ」
「涼しくないんだよー! 分からずや!」
「いてっ――」
何故俺はニカエルに平手打ちされたんだ。ほっぺが痛みで熱くなったので応急処置で氷を一個取り出す。
「氷が役立ったね、バカ奏芽」
「…………」
バカ奏芽という言葉に俺は腹がたった。子供らしい理由だが、誰だってこんなクソ暑い状況で平手打ちされて何もしない訳には行かないだろ、一個氷を取り出してニカエルの背中に立ち、胸の間に氷を投げる。
「うわっ⁉ ちょっ――」
間に挟まったその氷をキャミワンピの上から押さえる。
「止めって――奏芽ぇ……冷たっい……」
「涼しくなりたいんだろ? 感触ぐらい味わったらどうだ?」
完全に氷が溶け切ったら押さえるのをやめる。
――少しは涼しくなったんじゃないのか。
「冷たいって言ってんじゃん!」
思いっきり振りかぶって氷が飛んできた。
「うわああ⁉ ガッ――」
人間は顔に何かが飛んできたら顔を投擲物から避けようと回避行動を起こすが、俺は何故か前のめりになって歯で氷を受け止める。我ながら凄い動きが出来たものだ。
「氷は投げ――」
「うおおおおおおっ」
俺が話してる途中なのにタックルをしてきた。そのまま押し付けられてソファーに背中をぶつける。
「ぐううぅ……」
「このまま押し潰してあげるよ……!」
ニャコは大した反応は見せずテーブルに置いた氷はジリジリと溶けていく……氷?
「んん――ペッ、ニカエルお前の負けだ!」
「いいいいいぃ⁉」
歯で受け止めた氷を吐き出しニカエルの背中に投入。そのまま背中に押し付けジワジワと氷が溶けていく。その間ニカエルの力は緩んでぐったりする。とびっきり暑い時に冷たい氷を押し込むとニカエルは弱い。という事が分かった。
――それで、結果はさらに暑苦しくなっただけだった。
「共にふざけあうのは止めよ? 奏芽」
「……ああ、あっづい」
ニカエルは多く余った氷を舐め続け、俺はソファーでうつ伏せになって我慢をする。動かない俺に対してニャコは近づいて俺の背中の上で回っている。今この状況はどんなにカオスなのかは分かるだろう。暑さで頭がまわらない状態だった。完全に蒸しやられている、窓全開、扇風機を強で回してても汗でじとじと。
「奏芽……どうする……」
「そうだな……」
「外は出る?」
「そうだな……」
「外でよ」
「そうだよな……」
ニカエルの肩を借りて玄関から出る。
予定も無いのに部屋から出る。
最近の日常はこんなんばっかりだ。
※ ※ ※ ※
アーケードで日が差さない商店街でも今日だけは蒸し暑かった。精肉店のおばちゃんでさえコロッケが昼で売れ時なのに全くコロッケを揚げていない。書店のおじさんも暇なのかうちわを扇いで暑さを凌いでいる。他には――
「奏芽く~ん、今日は暑いねぇ~。ケーキいる~?」
「お姉さんまたか……ってなんて格好してるんですか!」
ビキニにエプロンとか需要が無さそうな格好をして出向いてきた。
「いつも暑い時に奏芽くんは出歩いてるけどどうしたの?」
「エアコン使えないんっスよ、だから涼める場所探してこうブラブラしてる訳で」
「そう、ならウチの店使う? テーブルにいくらでも居ていいよ?」
「邪魔にならないですか?」
「ケーキ買えばね」
「はぁ――」
そういう条件下で俺は入店して食べたくもないケーキを四個も買わされ、店内のテーブルに無理やり座らされた。
「はい、サービスの紅茶。気が利くでしょワタシ?」
「それ店員さんが言う言葉じゃないでしょ……」
「まぁまぁ……これでもカツカツだしさ――」
急に声のトーンが下がる。お姉さんは俺の隣に座り、足を組んで外を眺める。
「昔はさ、バイトの子雇ったり、新しいケーキを作って、ワイワイするのが楽しかったのに今はこの商店街に人通りも少なくなって、徐々にこの店に通う人も無くなって赤字ばっか――ケーキ一つ売るのにも苦労する時代なんだよ?」
「…………」
「まぁ奏芽くんは当時の事なんて分かんないだろうけど、ワタシは今奏芽くんが来てくれるだけでも楽しいよ」
「そう……ですか」
「そうだったんだよー! ワタシも三十代になってババァとか言われる時代だけど、二十代は楽しかったんだから! ――今でも奏芽くんにお姉さんって言われるの案外嬉しいんだからね」
お姉さんは紅茶を一杯飲んでコップを机にコンッといい音を立てる。
「でも、お姉さんのケーキは変わらないですよね。いつも美味しい味です」
「……嬉しい事言ってくれる。男になったねぇ奏芽くん」
ケーキ屋さんは笑って五本指を立てているが、別に五万でお姉さんは買う事は一生無い。無言で俺にジェスチャーを送って俺も理解が出来る程ここに通い詰めているという事だな。
「残りのケーキは箱に詰めて貰いません? 友達に持っていくんで」
「はーい……また来てね?」
五本指を立てたまま手を振る。
――ていうか自然に俺の紅茶飲まれてたな。
ミーンミンミンミーン――
箱片手に神指神社をやっぱり目指す。家より、商店街より涼しい場所はここだけだ。本当はエアコンという最強が家にはあるわけだが、今回は使えない。――何度もここに来てる方がおかしい話なんだけど。
「どうも、神指さん」
「まぁ――参拝いつもありがとうございます」
俺は片手に持っている箱を神指さんに差し出す。
「これは――? わぁ美味しそう」
「商店街で買ったものなんですけどあげます。俺はさっき食べてきたんで」
「でもまだ仕事中に――」
欲心が抑えきれないのか、神指さんは葛藤している。今ケーキを食べなければ腐りが早い。そして人からの贈り物を本人の前で食べて良いのだろうか――と思っているのだろう、もしくは「勤務中だから無理ー!」と簡潔に言った所か。
「食べないと美味しくなくなっちゃいますよ」
「うーん――」
「俺は別に気にしないんで」
「じゃあ食べます」
巫女姿で勤務中の神指さんはケーキに負ける。相変わらずケーキの魔力というのは恐ろしい物らしい。一方でニカエルはケーキを食べず、駅前のかき氷を買ってベンチで食べていた。
拝殿で五円玉を投げてからその横で座ってケーキを食べる神指さんの横に座る。
「ごめんなさい、仕事の途中でこんなお姿見せるなんて」
「本当に俺は気にしてないんで――」
「何か……不思議ですよね、和服なのに洋物を食べているってのも」
「ギャップがね」
嬉しそうにケーキを食べ続ける神指さんは結局「仕事中」なんてのを忘れて食べていた。これほど無防備な神指さんもまた――というか常に無防備な気もするが。ここで写真を撮っても気付かないのだろうか? スマホを取り出してピントを合わせる。
カシャカシャカシャカシャ――
「えっ⁉ しゃ、写真ですか⁉」
連写モードに入れて撮影したからか普通の顔と唐突のシャッター音で驚いた顔と二つも撮れてしまった。
「可愛く撮れましたよ」
「か、かかか、可愛い……ですか?」
「はい」
驚いた顔の方の写真を見せる。
「えええぇぇ……」
そんなに可愛いなんて魔性のある言葉じゃないと思うんだが、やっぱり異性に言われると意識してしまうのだろうか。俺は普通に名胡桃さんにも朱音にも言う言葉で、本当の事を言ってるだけだけど、この心が伝わりすぎてしまってるのだろう。
「わ、わたし小学生の頃からドジで何処か間が抜けてて、暇あればコケる時もあるし、眼鏡だってある時首元に引っかかっててずっと探してた時もあるし――そんなわたしに可愛いなんて言われる資格なんて……」
「可愛いに資格なんて要らないですよ」
「い、要らないですよね! そうですよね! ――って、ええええ⁉」
なんか神指さん、自爆する事が多いな。
あたふたしてて眼鏡を指で位置を直しているが位置が決まらず何度も位置を直している――。ケーキを乗せている皿を横に置いてはまた座っている足の上に乗せたり、挙動不審になっていた。
……急に上を向いて口を半開きにして何をするのかと思ったら
「へっくちゅ……」
神指さん、変なタイミングでくしゃみもするんだな。
「あの、これ」
「あ、あ――ありがとうございます」
ハンカチを渡したら鼻をチーンする。
……って
「神指さんそれ――」
「……? ……⁉ ご、ごめんなさい! ティッシュかと思って! これ洗って返します!」
「…………」
「わ、私巫女ですからっ!」
どうしたらどうなって、こうして「巫女ですからっ」という言葉が出るのか。
ケーキも二つ食べ終わり、気まずい雰囲気に包まれていた。
神指さんの怒涛のドジ踏みと、可愛い行動が見れて何となく楽しめてしまったからだ。その姿を見せてしまった神指さんはその後、黙々と業務を果たしている――掃除だが。ベンチで遠くから目を合わせようとすると二秒だけ目があって一瞬顔を引かせてまた業務に戻る――掃除だが。どうしても可愛いドジを見たくてまたじっと見るが、下駄に引っかかって「コケるかっ⁉」と思ったらコケず未遂に終わる。ヒュッと顔をこっちに向かせて口を動かす。密かに聞こえたのが「見てませんでしたよね……?」と、念を押された気がして口を「見てないよ」と動かす。
……結局首を傾げてこっちにやって来る。
「……なんて言ったんですか?」
「見てないよって」
「そ、そうですか――」
見てませんよって言われて見てないって言ったら見てるのと一緒だと思うんだけど、そんなのも気にせずにホッとする神指さんはやっぱりドジっ娘であったか。
※ ※ ※ ※
家に帰る事なく神指神社で時間が過ぎる。今はもう夕方だ。
涼しい場所に何時間居てもいいだろう、家に帰ってもエアコンが使えないし……神指さんも迷惑そうでは無かった。普通にお茶を貰ったり、お賽銭箱に入ったお金を抜く所を見せてもらったりと、今まで見れなかった巫女の仕事とやらを見せてもらった。――お茶は違うと思うが。
ふと、気になった事を神指さんに言ってみる。
「神指さん……えーと、神主さんは何処にいるの?」
「お父さんはですね……裏手の本殿の中にいますけど……」
あの本殿の中に? 全く気配というのが無いのだが、神主というのはそういうスキルでも持ち合わせているのだろうか。
「あっ、お父さ~ん」
神指さんが振り向いた方向を見てみると神主さんらしき人が顔を出していた。
「…………」
「ど、どうも……」
拝殿の影から顔を出してそこから出ようとしない。俺はその姿にただペコペコと礼をするしか無かった。神指さんが横にやって来て俺に耳打ちをする。
「極度の人見知りでして……祈祷ぐらいしか出てこないんです……」
「よくこの仕事やって来たね……」
「お父さん曰く、継ぐしか無かったと」
「…………」
そういう神社の関係者も大変だ。それに至って神主さん、娘が身も知らぬ男に近づいているっていうのに一言も喋りに来ないとは、それだと娘さんに何かあったら困るぞ……。
「そろそろお仕事も神社も終わりなので、お兄様今日はもうお帰り下さい」
「お兄様……今日はもう終わりか、意外と楽しい一日だったよ」
「またいらして下さい」
「うん、ニカエル帰るぞ」
帰るのを促すが、ニカエルはベンチで寝てしまっていた。――やっぱりこの場所は涼しいし、眠くなるのも分かる。
「……もうちょっとだけ居ていいかな?」
「私は私服に着替えてますのでその間だったら」
神指さんは本殿の方へと向かっていった。
「全く……ニカエル、起きて」
「んん~……私寝てた……」
「まだ眠たいならスマホの方に戻ってな」
「うん……」
滑り込むようにスマホの中へと入っていった。相変わらずお前は入ったり出たりと便利に使っているな。電源を付けてアプリ内でニカエルを見てみるとものの数十秒の行動だったのにもう寝ていた。
「お兄様……あら、ニカエルさんの方は?」
「先に帰ったよ。さて帰るかな」
「石段の下までお送りします」
「ありがとう」
ジーパンにTシャツ、前に見た和を感じる服装では無かったのがちょっと残念。でも人の私服にいちいち文句を言ってたら埒が明かなくなる。
神指さんが歩き出したのを見て俺も合わせて歩く。
「奏芽さんの方は今何をしているんですか?」
「あー……友達と隣の町でも行ってるんじゃない?」
「そうなると……茉白さんか朱音さんかな……」
「えーっと……だろうね」
少しふらつきながら石段を降りていく神指さんを見て俺は不安に思っている。奏芽さんの話より、現状大丈夫か? という話をしたい。……まぁ無事に降り終わりそうだからこの話もお流れになりそうだ。
ズルッ――
ドンッ……
「いったたぁ~お尻打ったぁ~」
最後の一段で足を滑らせて二段目にお尻を打つとは流石の自分も油断していた。神指さんが先行して降りていてかつ少し離れていたから手も出なかった。中々いいお尻の打ち方をしたからか立ち上がりも出来ないらしい。
「神指さん大丈夫?」
「だ、大丈夫ですから……いたた……」
うん、見るからにして大丈夫そうでは無かった。
「神指さん家は?」
「えっと……左の方ですけど……」
「そこまで連れて行ってあげるから」
「えっ⁉ ちょっ……」
神指さんを持ち上げる。
「お、お兄様! ど、どどど、どうしてお姫様抱……っこ……⁉」
「え? だってお尻打ったんだからおんぶして股を広げるような事したら痛いでしょ?」
「で、でもでもでも……これって恥ずかし……」
「いやいや、今神指さん要救護者でしょ。こっちの方が楽だって」
神指さん困っている。……それなりにいい反応を見せてもらったから俺はこれで十分なのだ。とりあえず、このままの状態で左の方へと向かっていく。恥ずかしがってた割には首に手を回して調子が良さそうだ。――本当にお尻打って動けなかったのかと言わんばかりに。
「ごめんなさい、普段から来てる人にお家まで向かって貰うなんて」
「大した事無いよ、今の神指さん怪我人なんだから」
「もう痛み引きましたから――」
「本当に? だったら降ろすけど」
「い、いえ! やっぱりこのままで」
どっちなんだ……。
「……神指さん重いからこのまま降ろしちゃおうかな~」
「ど、努力しますから今はこのままでっ!」
指示された通りの場所に辿り着いた。そして辿り着くまで神指さんは一回も俺の腕から降りる事は無かった。
「本当に……ありがとうございます」
「どういたしまして。それじゃ」
「ちょっと待って下さい」
神指さんに引き止められ、神指さんの家の前で待つ。
――そして次に出てきた時には何かを持っていた。
「これ、今日は来ないと思って持ってきてなかったんですけど、ちゃんと冷やしてましたから。……ケーキのお返しです」
「トルティーヤ! また作ってくれてありがとう」
「結構大量に作ってしまったので……家族で」
「うん、皆で食べるよ。それじゃ」
「あっ、待って!」
また引き止められるとは次は何の用だ。
「奏芽さんに明日、この家に来るように言ってきて下さい。ちょっと――大事な話があるので」
「大事な話?」
それだけを言って神指さんは家の中へと消えてしまった。……大事な話とはなんだろうか、どちらにせよ俺はその話をこの身で聞くことになるけど。一応スマホのスケジュール帳に「大事な話」とタイトルを付けて保存する事にした。……土曜日か。まぁ朱音も名胡桃さんも予定が詰まってて二人から誘われる話は無いだろうし、神指さんの家へとスムーズには行けそうだ。
……大事な話の期待は一応持っておこう。
お母さんが帰ってきており、母一人でエアコンで涼んでいた。
「今度はちゃんと二十六度設定で稼働する? 言ったね? ニカエルちゃん」
「はい……ご覧の通りで」
人間に対して天使が土下座で謝っている姿は格好。やっぱり天使でも年上には勝てないそうだ……ニカエルが何らかの魔法をこの家に対して使ったらいいんじゃないのか?
「それと奏芽、夏祭りどうするの? 良かったら浴衣のお金出すけど?」
「本当に? じゃあお願い」
「うん。じゃなくて、『男』で行くのか『女』で行くのか。……明後日までに決めておいてね」
「そっか……」
浴衣にしてもそういう制限があったか。夏祭りに行くとはいえ、朱音もまだ合宿は続くだろうし、十七日は行く人はいるのだろうか……まぁその日に行って考えるだけだ。
「それとご飯はもうちょっと待っててね。お風呂に入るなり――ニカエルちゃんとイチャイチャするなり」
「飯前にイチャイチャする馬鹿がいるかっての……」
勿論選択肢はお風呂だったが、久々にニカエルも一緒に入りたいとなり、結局両方を取る方向性になってしまった……。せっかくの一人の時間が今日は無くなってしまった、疲れてるってのに……。
「神指さんをっ♪ 姫様抱っこしてっ♪ 帰った♪」
「お前見てたのか……」
「あの会話聞いてたら居ても立っても居られないでしょー」
「はぁ……で?」
「抱っこしてー」
「…………」
廊下の所だけ抱っこして浴室に向かう俺の悲しい姿があった。
天使に言われるがままも、たまには嫌気が差す。……落としてやりたいぐらいだ。
でも当の天使様は喜んでいるから落とすなんて出来なかった。




