21話 『男』の焦燥
八月――
櫻見女が夏休みに入って、しばらくは生徒たちもこの休みで暇を貰う。同時に俺もようやく暇に入る。四月の入学式からこの夏休みに入るまで色々ありすぎて、こうして家でゆったり出来るのが久々に感じる。――毎日が遊んでいるように見えるけど、残念ながら裏では勉強の小テストや夏休み前にも大テストがあったりと大変だったのだから。
「ねー、奏芽ーラーメン」
「やだよ、こんなクソ暑い時にラーメン食べられっかよ」
リビングでエアコンに当たってダラダラしていたら、ニカエルが昼飯を食わせろと出てきた。
「じゃあ冷やし中華」
「毎日食べ飽きた」
「むぅ! じゃあ奏芽は何食べたいの⁉」
「俺ー? ……何もいらないや」
またソファに埋まる。
外はいつもどおり暑いし、七月中も登校時はオーバーブラウスが汗だらけで学校もじとじとしていた。夏風町は水の入ったペットボトルが無かったら途中で干からびてしまうくらいに暑い。そんな中でニカエルはラーメンを食わせろとか何を考えているのだろう。かと言って毎回コンビニで買ってくる冷やし中華も一日食べればいいくらいなのだが、熱い物は食べたくないし、お腹に溜まる冷たい物と言ったらこれしか思い浮かばない。……結局は冷やし中華ループに陥ってしまう。
ピーンポーン……ピーンポーン……
「ああー誰だよー。廊下も出たくないぃー。いつから地球は、夏風町はこんな暑くなったんだよー……ニカエルが行ってー」
「ええー、奏芽が行ってよ。私はココで待ってるから」
「ヤダ、じゃんけん」
「はいポン」
「負けた、行ってくる」
重くなった腰を上げて玄関まで向かう。十五度でキンキンに冷やされた部屋とこの外の温度三十八度に熱された廊下の違いは肌で大いに感じ取れる。リビングと廊下を継ぐ扉を開けるだけで熱風が飛んでくるのだから。
「どなたですかぁ?」
俺は玄関の扉を開ける。
「やっほーカナちゃん」
「ああ、朱音――」
俺は扉を閉めようとするがそう問屋がおろさず、朱音が扉を開けてきて強引に中に入る。
「せっかくお昼であたしが何か作ろうと思ったのにカナちゃん締めてくるなんて……」
「いいよ昼飯なんて、俺なんてもう毎日冷やし中華で飽きてるし夏バテちゃったよ」
「だから美味しいの作ってあげようと思って来たの」
手にはスーパーのレジ袋が下がっている。
「いいよ作らなくて」
「なんでー? カナちゃんの為にせっかく来たのに。いつもいつも変なのしか食べないで日曜日以外は奏芽のママさん居ないでまともに食べてないんでしょ? たまにはあたしが来て作ったっていいじゃない。本当は毎日カナちゃんの家に行ってさ、お風呂にする? ご飯にする? それともあたしって言っ――」
「あーあーあーあー、分かった。勝手に作ってくれ。食べるから」
「はいはーい」
ということで今回家に上がってきたのは堂ノ庭朱音だ。
朱音の三分で出来ないかもしれないクッキング。
用意する物はコチラ――
うどん 一パック
卵 一個
天かす 適量
青ネギ 適量
白ごま 適量
だし醤油の材料
昆布つゆ 朱音の目分量
鰹節つゆ 朱音の目分量
白だし 朱音の目分量
醤油 朱音の目分量
みりん 朱音の目分量
「なぁ朱音。ちょっとこのレシピは酷くないか?」
「別に? あたしが作るんだからちょっかい出さないでよね」
朱音の目分量という目録はかなり不安になるが、どうせこういうのはスプーンで大さじ一とか大さじ二とかで良いと思います。――因みに朱音が買ってきたのは昆布や鰹節つゆは三倍凝縮と書かれた物で、これはスーパーに行けば売ってるので探してきて下さい。俺からは特に言う事はありません。
「じゃあ始めまーす」
朱音はまず鍋に水を張ってコンロの火を点ける。
鍋の水が沸騰するのを待って、だし醤油を作るみたいです。
「……よいしょー!」
「あ、だし醤油はもう全部まとめて入れる感じで?」
「うん、後は卵は卵白を除いて黄身だけにしてね」
そう言って朱音は上手い具合に卵白だけを取り除いた。
――その後は、沸騰した水の中にうどんを入れて茹で上げ。湯切りをして皿に盛り、その上に黄身と天かす青ネギ白ごまが乗る。
「はい完成! 夜食にも夏バテにもいい、釜玉うどんの完成!」
「おー……」
その上には適量にだし醤油をぶっかければ美味しく上がれるようです。
皆様も小腹が空いた時、飯テロに遭遇した時は作ってみると美味しいかもしれません。因みにニカエルは相当お腹が空いていたのか、二玉食べてました。――朱音が料理出来たとは意外。中学校の時にも実習は何度もあったが、何故か皿洗いとかに熱心でそういう姿を見せた事が無かったから意外性が見えた。……良い嫁さんになるな。
「クーラーの効いてる部屋で飯を食べ、後はぐったり過ごすのが一番……だったのに」
ニカエルと朱音がワチャワチャとしていて遂にはテレビも「ゲームをするから」と言われ取られた。こうなると俺もする事が無くなる。外に出たくてもニカエルの〈契約の結界〉のせいで出られないし、後はお母さんが帰ってくる午後六時を待つしか無い。朱音がお昼を食べさせてくれたのはいいんだけど、遊ぶとまでは聞いてないぞ。
「ニャコ、一緒に遊ぼう……」
最近家に住むようになったニャコを手招きして誘うが、ニカエルの方へと行ってしまった。――この猫、ニャコは俺よりもニカエルの方が好きらしい。主人は俺のはずなのだが、餌を上げてるのも俺のはずなのだが……ニャコはニカエルの方が好きらしい。――悲しいな。俺はソファの定位置に戻る。
「ニャコも遊んでくれない。ニカエルも遊んでくれない。朱音も遊んでくれない――」
「カナちゃんは一人ぼっちなんだね」
「うるさい」
スーパーで買ってきたであろうポテチを咥えながらゲームをしている朱音にそんな事は言われたくない。そもそもお前らがここに居る時点で俺は一人じゃない。まぁ――これが惜しい事にこの場に居るコイツらは皆変人な訳だが。
「じゃああたし帰るねー」
「あー、また来てな朱音」
…………。
今の会話に何か違和感を感じた。
「あれ? 朱音帰ったの?」
「うん、帰っちゃったけど?」
まだ長く居ると思ってたのに案外アッサリと早く帰ってしまったのか。俺も気付かずにじゃあねと言ってしまった。帰ってしまったからニカエルもゲームを片付けていつも通りテレビのチャンネルを切り替えて面白い番組を探している。この時間帯はいつも昼ドラか、刑事物の再放送ぐらいだもんな。
「どうするニカエル」
「ちょっと涼しげだし、外出てみる?」
外……か、一応窓を開けて外気を確認してみると水入りのペットボトルが必要な程に今は暑くはなかった。……あまり気が進まないが外には出てみるか。
※ ※ ※ ※
時計は正午。
一歩一歩けだるげに歩いているが、やっぱり暑いものはどう足掻いたって暑かった。ニカエルはサンダルを履いて地面に足を付いて歩く。――夏に入ってからキャミワンピで着替える様子を見せてないけど汚くは無いのだろうか、毎日その姿しか見ていないのだが……たまにお出掛けで服を着替えていた時があったが今はそのワンピ一択になっている。
「ニカエルー何処まで歩くのー? もう家に帰りたいんだけど」
「せめて海までは歩こうよーヘタれないでーもーすこしー」
海まで歩こうとか言ってるニカエルもかなり暑そうに汗をダラダラと掻いている。……それじゃ何時まで体が持つか分かったようなもんじゃない。それと夏風町の海は既に行ったし、何かと恋で変な味しかしなかった思い出しか無いから今年中は余り近づきたくはなかった。
それでも駅までは近づいて一時の休息を取ることになった。とは言ってもニカエルが駅前のアイスクリームを俺の現金で買うだけだが。――以前にお金を増幅した事を覚えているだろうか? そう、東京に行った際の事で財布の中が札いっぱいになっていたのだが、あれはデイオンリー……つまり一日だけの出来事で寝て起きたらたったの二万円だけになっていた。「世の中は出来のいい世界じゃない」と天使がエグい事を言ってこの一日限定魔法は終わってしまった。毎日掛ければオンリーじゃないって? そんなことをニカエルが許してもらえるだろうか? 制裁を喰らってでも?
「おーい、奏芽ー。奏芽の分ー」
「ああ、ありがとう」
まぁこうして俺の分を買ってきて貰えるのだから許してあげよう。
……何を許すんだっけ?
セミの声がうるさい中、踏切を越えて右の方に行った。
「こんな暑い中で海には行ってられない。神指さんの神社に行こう」
と提案したらニカエルは快諾してくれてそちらの方向に行くことになった。
――それで、アイスクリームを買った後のニカエルの手持ちはかき氷か。夏の定番と言えば確かにかき氷だが、何処かニカエルの持っているかき氷は違っていた。真っ赤なシロップに練乳がたっぷりと掛かっていて何度かニカエルが氷を口に掻き込んで行くとまたソフトクリームが出てきた。……なんつー食べ物なんだ。相変わらず日本人のメイン+メインのコンボフードは凄いのばかりだ。例えばカツカレーとかカレーうどんとか、単品で食べられるのにこうしてコンボフードを作ってしまうのだから日本人の食に対する意識が――
「やっぱり美味しいよねぇーかき氷もソフトクリームも……」
……ニカエルが何処の国だかは分からないが、多分食に対する意識は無いっ。でも見てて涼しそうではある、多分お店の前で食べたら広告費は貰えそうだぞ。
「ちゃんと味わってるのか? ニカエル」
「美味しいけど? ――あっ、ソフトクリームはあげないからね?」
そんな物いるか。さっき俺は食べたんだぞ。ついでに言うとお前も一回ソフトクリームを食べたんだからな、それで二度目だ。味も一緒、「味わってるのか」と聞きたくなる。
……なんとか三十分程歩いて神指神社に辿り着いた。
「にーしーろーやーとっ、にーしーろーやーとっ……」
二十数段を登り拝殿の方に歩いて行く。
ここは相変わらず日影が多くて涼しい。ベンチも用意してあるし、休憩にはもってこいの場所だ。一つ問題としては家から遠いだけだが、別にここまでたどり着ければそんな問題も気にならなくなる。
「とりあえず、五円か――」
相変わらず賽銭は五円だけど、来て何も入れないよりはマシであろう。――神指さん的にも、その……神主さん的にも。投げて鈴を鳴らして事を終えるが、特に周りに反応はなし。ただニカエルがアイスクリームに手を掛けている姿だけが見えた。
「……神指さーん?」
小声で名前を呼んでみるが帰ってくる声は無かった。……今日は居ないはずが無いのだが。
「私はここで待ってるからー裏の方に行ってみればー?」
「そっか、本殿の方にいる可能性があるんだな」
ニカエルはベンチに座って待つ。俺は本殿の方に様子を見てみる。果たして一般人みたいのが本殿に立ち入っていいのかが気掛かりだが、別に敷地内だったら少しは自由に行動していいだろうという俺の気前で大胆に見入った。
「……⁉ ご、ごめんなさい! 食事中でして!」
「い、いやーコチラこそ、お声掛けても返事が無かったので……」
神指さん、ご飯だったようで……お邪魔したようで……。
「ご参拝に来てたの知らなかった私が悪かっただけで――あの、隣に座って頂いてもいいですよ?」
「あーいや、大丈夫です……そこの階段に俺みたいのが座ってもなんか申し訳ないです」
「大丈夫ですよ、神様は気にしませんから、こちらへ」
「……じゃあ失礼して」
神指さんの隣へと座った。――しかし、神指さんはお茶漬けとも言いづらい何やら汁に浸した食べ物を食べている。ここらへんではあまり見ない食べ物ではある。
「――もしかして、この料理気になります?」
「え⁉ ま、まぁ美味しそうではあります」
「これ『冷や汁』っていう食べ物で、「武家にては飯に汁かけ参らせ候、僧侶にては冷汁をかけ参らせ候」なんて記録が残ってる程古い食べ物なんです」
「……うん?」
「あ、言ってもわからないですよね。そうですね~……」
神指さんは頭に人差し指を付けて目を瞑り俺に対する簡単な言葉を考えているのだろう。――ただ単に俺に調理法を教えてくれればいいのだが。
結構学校で見る神指さんも抜けている所がある。というか神指さんに会った時にも商店街でメガネを探していた所を見ても抜けていると見れるが、それ以前に何故あの商店街にいたかというと道を間違えていたらしい。――いやいや、俺は神指さんの家が分からないとはいえ海街の方ではあるだろうし、踏切越えて商店街の方には来ないだろうとは思うのだが、神指さんは来てしまったのだろうな。……多分頭は良い方には入るのだろうけど、こういうのはなんて言えばいいのだろうか。――ポンコツとは言えないし。
「えーっと……食べてみます?」
「食べるのっ⁉」
神指さんが出した結果は「食べろ」という習うより慣れろと行った古風溢れるやり方らしい。この名胡桃さんと朱音を割ったような性格が中々憎めない。――ごもっとも、真にあの二人を割ったらもっと滅茶苦茶な気もするが……。でも冷や汁というのを気にならないと言ったら嘘になるのでまずはお盆毎頂いて、木のレンゲで一杯貰う。
「……お茶漬けとは違う感じ。美味しい」
「冷や汁はだしでお茶漬けはお茶ですからね。この夏にはオススメですよ」
「俺は相変わらず冷やし中華ばかり食べてるから……」
「結構、夏でも食べれる物多いんですからもっと食べたらいいですよー」
今日は二人に夏に食べれる料理を教えられてしまった。俺は料理が出来ないからレパートリーというのを知らない。それで中華料理というコンビニで食べれる物しか食べれないという事だ。例の天使も食べるだけで料理が出来ないので生活面では役に立たない。……ウチの天使に料理というのを誰か教えてやって下さい。
ミーンミンミンミンミーン……
「木が多いから蝉も多いなぁ……」
「でもこのぐらい騒がしくないと夏って感じしません」
神指さんは植物の枝が付いた箒でゴミを外へと追いやっている。相変わらず巫女の仕事はこればかりらしい。――巫女という仕事は暇なのだろうか? 神指さんを見る限りは箒でゴミを外に追いやるという掃除しか見ていない。
「…………」
神指さんとの会話が無くなる。学校で神指さんが挨拶には来るものの普段には俺達との会話には入ってこないし、今の俺の状態は『男』だし話をする物が無い。かと言って俺、他人の身の上話を神指さんに言ってもどうなのやら。
「そういえば、私お名前聞いてませんね。ごめんなさい、何度か来て貰って名前を聞いてないのも悪いですし」
「お? ああはい、俺の名前は唯川です……」
「唯川さん……唯川さん? 唯川さん唯川さん……」
「神指さん?」
何かを思い出したくって唯川という名前を小声で連呼している。下の名前は神指さんだと察しが良さそうなので敢えて言わなかった。――そもそも名前だけじゃバレない気もするが、念の為。
「……あっ!」
「んっ?」
「妹! 妹っていません?」
「妹って言われると――あれだな、ベンチ座ってるヤツ」
指差したのは偽天使ニカエル、俺の視点に気付いて手を振ってきた。……因みに、ニカエルの歳は分かっていないが本人は妹と公認、俺のお母さんは許嫁として公認……されてたまるか。
「ええっーと……もう一人いません?」
「もう一人? あっ……」
俺は今、神指さんが思っている事に気付いた。多分……唯川奏芽が"妹"の唯川奏芽の"兄"だと思っているのだろうか? そして目の前にいる神指さんはそれを期待していると言った所か。話の展開がややこしいが、そういう判断で合っていると思う。
「か、奏芽の事か?」
「はい! そうです、奏芽さん! 妹さんですよね?」
完全に読みが当たった――。
何か一つを成し遂げた感じを出している神指さんに対し俺は苦い顔、確かに唯川という名字がこの夏風町には俺が見る限り一世帯のみ、となると必然的に二人の唯川という名字を持つ兄妹がいる事になってしまう。
「友達なんです! 奏芽さんにも宜しく言っておいて下さい」
「あ、ああ――言っておく」
完全にペースが神指さんの方に向いてしまった。アドバンテージもあっち……。これ以上話は聞けなさそうなので回れ右をして今日は帰る事にしよう――。
「あれ? お帰りになりますか?」
「う、うん……これから用事があるから」
「今度奏芽さんにもここに来るように言ってくださいね、一度来たことあるみたいなんですけど私知らなくて」
「い、言っておきます、それじゃ」
さっさと石段を降りていく。夏場で涼しい所に居たのに汗を掻いている。
「さてさて、奏芽がどうやってココから復帰するのかしら~」
「う、うるさい! 俺こう見えて結構焦ってんだからな」
どうして焦ってるかと言うと、絶対に「一緒に来て下さい」というフラグが立つ可能性が高いからだ。そうなると俺の体は一つだし、なんとか九月までは状態を維持したい。まだ八月は始まって日が浅いからだ。一つの精神の攻防が今始まる気がしたのだ。……なんで妹設定なんて俺作ってしまったんだ……。
※ ※ ※ ※
商店街まで戻ってきた、小走りで戻ってきたから日にたくさん当たって疲れて汗がだらだらだ。せっかく気持ちよく神社で過ごしたのに台無しになってしまった。またここでベンチに座って息を整えるとしよう。
「……あ、奏芽さん」
「わっ……⁉ って名胡桃さん……」
名胡桃さんが不思議な顔をしているがそれは仕方が無い。神指さんが追いかけて来たのかと思ったのだから、神指さんも学校では名胡桃さんと同じく「奏芽さん」と呼んで来る、俺はあまり下の名前でさん付けをしてくる人が少ないし慣れない点。せっかく息を整えようと座ったのに心臓の動きが少し早くなってしまった。
「……ちょっと久しぶり、名胡桃さん」
「ふふっ、ちょっと振りですね奏芽さん。横いいですか?」
「どうぞ」
名胡桃さんが座ってくる。――書店の袋を持っているという事は名胡桃さんは書店に用があったのかな。読書は相変わらずのようだ。
「だいぶ息が乱れてますけど、ランニングですか?」
「ううん、少し嫌な物から逃げて来た――っていうか」
「嫌な物?」
「いや! 別に嫌でも無いけどマズいっていうか――」
「…………」
別に相談に乗って欲しい訳でも無いのに言葉の選択を間違える。名胡桃さんに何でも話しそうになるけどなんとか話しを取りやめようとする。
「まぁ、朱音だ。余りにしつこくって」
「呼んだー?」
「わぁぁぁぁ⁉」
凄い微妙なタイミングだ。来てほしくなかったというか来てほしかったというか……。
「やっほーシロちーん。夏休みはちゃんと食事してるー?」
「はい、涼しい所で本を読んで過ごしています。堂ノ庭さんは?」
「あたしも元気。夏場のランニングも悪くないよー奏芽もどう?」
「俺っ? 俺も朱音とたまには走るかな?」
「うんうん、走ったほうがいいよ。二人共、イチャイチャするのはいいけど熱中症にならないようにねー、それじゃ」
とにかく話の論点がズレて助かった。っていうか一時間前までは俺の家で釜玉うどんを作っていたのにもうランニングに出ているのか。夏場の陸上部は活動しているとはいえランニングも夏場にする事は無いだろう。お陰で普段やや白っぽい朱音の肌が少し黒くなっている。中学生の時も夏場は黒かったが。
「相変わらず、堂ノ庭さんは努力してますね」
「そうだなー中学校の時からあんな感じだしな」
「……それじゃ私も家に帰る事にします。奏芽さんも熱中症には気を付けてくださいね」
「うん、ありがとう。それじゃ」
名胡桃さんは立ち上がって家の方角へと言ってしまった。……今日また三人がここで集まる事になるとは思わなかったが無理に相談に繋がる事なく終わって良かった。俺にも話したくない悩みもあるのだからな。
「奏芽、パン屋さんのケバブ美味しいよ?」
「あそこは夏になるとやりだすからな――って今までそっちに言ってたのか……」
「うん」
モグモグとケバブを頬張っている。前までソフトクリームを食べて次はケバブと甘いものから塩辛い物と何から何まで見つけ次第食べに行くなお前は。俺の財産がまた尽きてしまうぞニカエル。
「まぁ~~~~~~パラダイスだねぇ、奏芽くん」
「……ケーキ屋さん……」
また不自然に俺に胸を当ててきて暇そう~に外に出てきた。今の一部始終を見てしまったか。
「横にいる子もそうだし、朱音ちゃんに白い髪の子まで……朱音ちゃん嫉妬しちゃうよ?」
「別にケーキ屋さんには関係無いでしょうよ」
「関係あるよぉー! ウェディングケーキ作るのはワタシになるんだし、下手したら二個の可能性もあるじゃない」
「二個って――一回離婚する前提は止めてくださいよ!」
「そうでもしないとワタシの店の商売は上がったり下がったり、夏場になると余計に売れないんだからさ」
「知らないですよ!」
俺はケーキ屋さんからも逃げるように走っていった。四面楚歌、という状態に近かった。商売に客は付き物だけど、俺が子供の時から来る人が少ないのに長く続けてられるんだから結構儲かってるんだろ、ケーキ屋のお姉さんは。――この時期でも多分通る度にうるさく言ってくるだろうし、たまには何か買ってやらんと。
「あああああああ、どうして俺ばっかり……」
「しーらない」
ベッドでぐったりする俺、クーラーの下の扇風機に直に当たるように座るニカエル。リビングの他に俺の部屋にもクーラーが付いてて良かったなニカエル。でも扇風機に「あー」って言うのを止めてくれニカエル、うるさい。
「それで、葵ちゃんに決まったの? 奏芽」
「――まぁ、知ってる中では次にバラしやすいと思ったからな」
「詠月ちゃんとかは?」
「い、いやいや……普段からお前も見てるとは思うけど冷たい目でしか見てないしさ、アレはキツイ……」
思わずアレと言ってしまったが、目つきも怖いし俺にも冷たく当たってくる事が多いから苦手だ。あちらも俺にはなるべく近づかないようにと言った感じである。
「でも、奏芽が選択すべき事だから私は何も言わないけど仲は良くちゃダメだよ?」
「……悪いな」
ニカエルにもそう言われるが、残念ながらあちら側が冷たく当たって来るからどうも仲良くは出来なさそうだ。……今日の色々な行動で疲れてしまった、夕飯まで寝てしまうか。
「少し寝るかな。ニカエルは起きてるか?」
「うん、でも暇あったら奏芽の横に入っちゃう」
「そうか、もし起きてたら俺を起こしてくれ」
「はいはーい……おやすみ」
「おう」
暫くの眠りに付く。
一番に落ち着く時間だ。




