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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第二章 堂ノ庭朱音
25/91

番外 堂ノ庭朱音の行動

 今までの第二章を見返してこの番外を見るとより面白くこの番外が見れると思います。

 つまり伏線回収の回となりますので、初めてでまだ第二章全体を見てない方は先に第二章を見てからこの番外を見るのがオススメです。


 この番外は朱音の気持ちが一杯に詰まっています……。

 十四話 朱音に『女』になれるとバレた憂鬱



「いや――トイレを我慢しててな。撃墜されたからこれで休戦だ」


 そうカナちゃんは言ってあたしの部屋を出て行った。結構我慢していたのか、今回の一機から前はずっと負けてる。誰でも遊びそうな簡単な格闘ゲームでカナちゃんが得意とするゲームタイトルなのにカナちゃんの連敗が終わらない。あたしが弱いはずなんだけど……。

 一人で遊んでて途中でカナちゃんが帰ってくるとマズいし、たまたま置いていったカナちゃんのスマホでも触ってみる。――そういえば、あたし以外に電話している人いるのかなー?


「……シロちんの電話番号とかある……どして?」


 そのシロちんの上の欄は全部「831-2929」と市外局番も080や090と始まる番号でもない何処かおかしい番号ばかりに何十件……いや、何百件も入ってる。


「あー……何か訳アリの人なのかな? ちょっと興味本意で……掛けちゃお」


 発信を押してスマホを耳に当てる。


 ピリピリピリピリ――


 それ以外の音は何も聞こえなかった。訳があってこんなに着信を入れてるのに誰にも掛からないの? カナちゃんは馬鹿なのかな? スマホの画面を再確認をしてみると確かに着信されている。――変な番号。


「おまた――」


 あたしは櫻見女で会うカナちゃんを見て驚いた。――今日は会う約束もしてないし、服装は確かにあのカナちゃんの服装。でも、それはそれで違和感を感じる。


「カナ……ちゃん? あれ? カナちゃんがカナちゃんで――カナちゃん?」


 あたしは戸惑う。どうしてカナちゃんがカナちゃんの服装をしていてあのカナちゃんじゃないのか。今まで遊んでいたのはあのカナちゃんだったはず。――訳が分からなくなってしまった。





「朱音、おい朱音!」


 カナちゃんからの呼び止めにようやく理解できた。――おかしいと思うけど、どっちもカナちゃんだった。でも、これは夢なのかもしれない。現実じゃないかもしれない。……気持ち悪くなってきた。


「え、あ――カナちゃん? あたし今日どうにかしてるのかな――」

「いいや俺が悪かった! 俺さ――」

「また、明日でいい? なんか気持ちの整理が付かなくてごめん――明日。今日はもう帰って――」

「あのさ――」

「今日は帰って! お願い!」


 あたしの戸惑った言葉を聞いてカナちゃんはドアを強く閉めて帰った。――今日のあたしはどうかしちゃってる。間違いない、これは夢だ――子供の時に思ってた事が今気持ちとして混じってしまってあたしは夢を見てる。……休まなきゃ、休まなきゃ駄目。




          ※  ※  ※  ※




 平日の朝を迎えてカーテンを開けて朝日を浴びる。――今日は何もしたくない。空気がどんよりしてて、まだ気持ちに整理が付かない。それどころか奏芽に憎悪感さえ感じる。――何でこんな気持ちになってるんだろう。初めてだよ、あたし――。


「朱音、そろそろ部活じゃない?」


 心配して部屋に入ってきたママ。


「ごめんねママ、今日は休むかも――体崩しちゃって」

「あら、大丈夫? こっちから連絡しとくね?」

「うん――」


 ドアが完全に閉め切られた後はベッドに座って深く考える。――どうして、どうしてなのだろうか。元気が無くなった理由は何? 何で奏芽が『女』の子になってるの? あの電話番号は何? ……全部嫌いになりそう。





 ピーンポーン……ピーンポーン……

 ――寝ていたらもう夕方になってた。間違いなくこの時間になるピンポンは奏芽だ。

 ……本当に出ていいかどうか悩んでしまう。でも長く悩んでたら奏芽が行ってしまう。でも今は会いたくないけど会ったら何かが変わるかもしれない。――何かが違ってるかもしれない。早歩きで玄関のドアを開ける。


 ガチャ――


 そこには後ろ姿で帰ろうとしていた『女』の子の奏芽の姿があった。――少し虚ろ目で奏芽を見る。……やっぱり、奏芽はあたふたとしてる。……絶対に前の事で言い訳が付かないで困ってるんだ。


「朱音? 今日の学校休んだろ? ほら、プリント」


 奏芽はここで渡そうとしてたけど私はその言葉を無視して――


「……中、入ってきて」


 わざわざ中に招き入れる。――何を言うのかが逆に気になった。今の奏芽には憎悪しか感じない。……でも全てを聞きたくない、やっぱり色々な感情をあたしの頭の中で回っている。

 部屋に招き入れた後はザッと奏芽に座布団を投げて「座って」と言う、今の奏芽には優しく出来ない。


「奏芽、プリント渡して」

「……うん」


 手渡されたプリントを取る。

 ――奏芽の行動はこれ以上無かった。やっぱり正直に言うつもりは無いんだ、何を困っているの奏芽。……早く言ってよ奏芽。わざわざ来たのは奏芽の方なのに正座で体制を崩すつもりも無くて、ただじっとしているだけ。――だんだん、許せなくなった。


「朱音、聞いて?」

「今日はもう帰っていいよ。これ以上あたしに用無いでしょ?」

「朱音――」

「帰れッ! ……奏芽、あたしが落ち着くまで会わないで……お願い……」


 奏芽にあたしは何を言ってるんだろう。あたしはあたし自身が悲しくなってくる。……なんでさっきまで許せなかったのに今は悲しくなってるんだろう……。

 奏芽が出た後は毛布の中でうずくまる。ただあたし自身の行動に悩んで、この中でずっと泣く事しか出来なくなってしまった。――ごめん、カナちゃんに本当に怒っちゃってごめんね……。




          ※  ※  ※  ※




 ずっと一週間、学校を休み続けてカナちゃんに会う事を止めていた。――よくよく思ったらあたしがあの変な番号に掛けてからおかしな事の連続、あの電話番号は呪われた番号だったんだ。カナちゃんとあたしを引き裂くだけ為の呪われた番号。誰かが仕組んだんだ……。っていう事はやっぱりカナちゃんは何も悪くない、全部あたしがあの電話番号に掛けた事から始まったんだから。


「――でもどうしよう、誰かに相談はしたい……」


 そして櫻見女に通う一人に電話を掛ける事にした。





「あ、この公園に呼び出してごめんね……」

「いえ、たまたま暇だったので――もう風邪の方は大丈夫ですか?」


 呼び出したのは神指葵、あたしの中での通称はザッシー。名胡桃さんはよくカナちゃんと話すって言ってたからもし呼び出してカナちゃんにその事が伝わったら嫌だったから余りカナちゃんとは話して無さそうなザッシ―を呼び出す事にした。

 ザッシ―があたしの隣に座って話が始まる。


「あのね――今困ってて、ある『男』の子と喧嘩してて、あたしどうしたら良いのかなって――」

「そんな事が。仲直りはしようと思ってるのですか」

「あたしはそう思ってるんだけど、あたしその『男』の子に凄いイライラしてて気持ちがから回ってて」

「仲直りしようと思ってるんでしたら気持ちをぶつけたらどうですか?」

「うーん――」


 何となくザッシ―に話してもやっぱりこうはなる。


「でも気持ちだけぶつけても本当に駄目じゃないのかなって、あたしの中でそういうのがずっとグルグルしてて」

「だったら、相手の好きな物を差し伸べてお詫びの印でも出したらいいんじゃないんですかね」

「……好きなもの?」

「はい、だってその『男』の子だって好きで喧嘩してる訳じゃないですし、いつか謝りに来ると思いますよ」

「そういうもの――なのかな」

「そういうものだと思います」


 ザッシ―に言われて気持ちが晴れていく。

 相談する人を間違えなくて良かった。


「じゃあ、好きな物を持っていけばいいんだね?」

「はい、それと――」

「ううん、ありがとう!」


 あたしはザッシ―にお礼を言って早速商店街の方へと向かった。なんだ、好きな物を持っていけばカナちゃんも許してくれる。あの番号の事も何もかも。


「……まだ、話終わってないのですが……」




          ※  ※  ※  ※




 十五話 『男』と『女』の本音と一泊



 カナちゃんの家に着いた。例のトルティーヤドッグを持って。――でもインターホンを押してもカナちゃんは出てこなかった。普段だったらいるはずなんだけど、静けさを感じる。

 仕方なく家の方面へと向かって見てみると――


「「あ――」」


 耳に少し掛かる長い髪の毛、絶対にカナちゃんだ。一番会いたくて一番会いたくない相手、唯川奏芽……カナちゃんだった。あたしが気が動転して固まってしまったが、どうしても言いたい事を放つ。


「「あたしさ、朱音カナちゃんに謝りたい事がある!!」」





 全部、カナちゃんに言いたいことをカナちゃん言われてあたしは疲れて寝てしまった。「ややアホ」なんて何年振りに言われたんだろう。『女』の子のカナちゃんでも全部変わってないんだ……。


 起き上がるとお昼前後だったのにもう夕方。毛布が全部片隅に固まっててせっかくカナちゃんに掛けてもらったであろう物が台無しになってた。周りを見渡すと白衣……キャミワンピースを来た『女』の子が椅子に座ってスマホをいじっていた。


「えーと……ニカエルちゃん……だっけ」

「あ、起きた?」

「うん、お昼はなんかごめんね。あたしがガッツリ泣いちゃってて」

「いいえ~」

「カナちゃんはどこ行ったの?」

「お風呂~、あたしはここでお留守番」


 そうなんだ、今カナちゃんはお風呂で無防備な状態。


「……ニカエルちゃんって、カナちゃんと一緒に入った事はあるの?」

「あると言えばある、ないと言えばない。私は天使だから~」

「そっか」

「そういう朱音ちゃんは奏芽と一緒に入った事あるの?」

「うん、あるんだけどそれは一方的な感じで」

「ふーん、別に誘ったとかじゃないんだ」


 普段からニカエルちゃんはここにいるはずなのに余りカナちゃんの事は意識してないのだろうか。あたしは不思議に思った。


「……ニカエルちゃんはカナちゃんの事好き?」

「私にとっての主人は奏芽。悪に曲がろうとしたら正すだけで、真っ直ぐに生きようと思ったらそのままの行為を体に示すだけ。奏芽が私の事が好きだって言われたら私も否定は出来ないかなー」

「なんか――あたしと違ってニカエルちゃん正直過ぎて凄いよ……」

「へへーん。……それで、朱音ちゃんはどうするの?」

「――じゃあ、行ってくる」


 カナちゃんが居るであろう浴室まで行く。

 ――たまには自分勝手に動いてもいいよね?




          ※  ※  ※  ※




 十七話 東京、凶の『男』と大吉の『女』



 寿司屋を出て、カナちゃんがまた手を繋いでくれている。こうしてカナちゃんが行動してくれる度にあたしはドキドキしていた。――久しぶりの感覚。


「雷門の端を通ったのかぁー、なんか損したなぁ」


 寿司屋の位置が雷門の横の道に入った所でカナちゃんが損したと行ってるけど、あたしは別にそんな事は無かった。一体カナちゃんは何を思っているのかなぁ。


「朱音ちゃん、こっちこっち――」

「うん? ニカエルちゃんどうしたの?」


 カナちゃんが雷門の写真を撮ってる時にニカエルちゃんに手を引っ張られて何処かに連れて行かれる。そして辿り着いた場所が、美味しそうなおやつが売っている店。これには手を出さずにはいられない。


「ニカエルちゃんこんな所まで知ってるんだ! 全部美味しそうーどうしよっかな~」

「ふふーん、私はこれにしようかな」


 ニカエルちゃんが持ち上げたのは雷おこしというあられやおかきに似たお菓子。あたしはそういうのも好きだけど、フワッとした人形焼きというのも気になりそれを買う。


「お、朱音ちゃんお目が高いね。人形焼きも私好きだよ」

「本当? じゃあ半分ずつ食べよっか」


 買った人形焼きを半分ニカエルちゃんの袋に入れて、逆にニカエルちゃんも雷おこしをあたしの袋に入れてくれた。――ニカエルちゃんが好きになる相手は誰でもいいのかな。


「……ニカエル、それと朱音なぁ……」


 あたしはその後、カナちゃんに怒られ。カナちゃんにあげようとした人形焼きもニカエルちゃんに食べられちょっとショック。





 賽銭箱にお金を投げ入れた後はカナちゃんと一緒におみくじを引く。三人一緒に引くことになるんだけど、何故かニカエルちゃんはニヤついている。


「……ねーニカエルちゃん……さっきからどうしたの?」

「私がちょっと仕込んで。奏芽は凶しか出ないようにして、朱音ちゃんは大吉しか出ないようにしてる」

「……へー……本当に?」

「本当に」


 ここのおみくじはみくじ筒を振って出た棒の番号の引き出しの中の紙を持っていくシステムになってるんだけど、本当にそんな事が出来るのだろうか。


「そうだ、ニカエルちゃん思いっきり罵倒してあげようよ。そうすればカナちゃん躍起になっていっぱい引くかも」

「うわぁ~朱音ちゃん悪い事考えるね~」


 そう言いつつもニカエルちゃんのニヤつきは止まらなかった。

 そして、三人同時に引いてカナちゃんが引き終わって私も番号の引き出しを見つけてカナちゃんの下に向かう。その途中で紙を見てみると――本当に大吉だった。


「カナちゃん、ほら」

「おー、大吉!」


 仕組まれた事とも知らず、カナちゃんは大事そうにおみくじの紙を持っている。

 そしてニカエルちゃんが帰ってきた。


「平等平等、吉ー」

「吉か、妥当だな」


 そしてあたし達の結果が終わってカナちゃんの番になり、紙をゆっくりと開く――。

 勿論、その結果は――。


「……凶⁉ あるまじきな⁉」

「やーい! バカ奏芽ぇ~!」

「ダメ人間!」


 思いっきりカナちゃんを罵倒した。流石にニカエルちゃんはダメ人間とあんまりな言葉を言ったけど気にはしなかった。


「……もっかい引いてくる」


 カナちゃんはあたし達の計画的な事に気づかずにまたおみくじの列に並ぶ。


「いってらっしゃ~い」

「……本当にバカな奏芽だね。何回引いても」

「凶なんだけどね、ニカエルちゃん……」


 少し可愛そうにも思ったけど、別におみくじの結果なんてカナちゃんは多分気にもしていないだろうし、やれるだけやればいいと思った。

 ――さて、二度目のカナちゃんの結果は何でしょうね~。


「……行ける! ……うわああああ! 凶だ! 凶、凶、凶だ!」

「うーわ、カナちゃん本当に付いてない。バカだ」


 あたしはニヤけながら言う。裏の事情を知っているから。


「バカだねー二回も引いて気持ち的に損してる」


 ニカエルちゃんもニヤけながら言う。この子もまた、裏の事情を知っているから。


「……トイレ、トイレ行ってくる。男女共用トイレに行ってくる」

「あ、なる気だ」


 どうせなってきても凶だと思ったがニカエルちゃんの顔が変わる。


「あの例の〈ヤサニク〉番号に掛けちゃうと私が掛けた魔法がリセットされちゃうの。どうしよう……」


 と、不安になっていた。もし吉や大吉を引いたら面白くない。とでもニカエルちゃんは思っているのだろうか。そしてその途中で『女』の子に変わって出てきたカナちゃんを見つける。


「あ、カナちゃんだ」

「本当だ。また並んだ……」


 人が少なくなったおみくじ所に向かってみくじ筒を振って引き出しの中から紙を取り出した。これが本当のカナちゃんの結果。


「……いざ、勝負! …………」


 カナちゃんの動きが止まっていた。


「見せて」

「嫌だ、絶対嫌だ。この三枚を結んでくる」


 あたしはため息を付くと同時に笑いが出そうになった。

 ――まさか、カナちゃんが三回も。


「……凶、だったんだね」


 カナちゃんは仕組まれた凶以外に本当の凶を引いて凄い落ち込んでいた。――でもそんなカナちゃんでも好き。あたしは色んなカナちゃんを見れてニカエルちゃんが仕組んだ大吉でも嬉しかった。この大吉を財布の中にしまっておいた。





「じゃあニカエル。俺も寝てていいか――階段は……疲れる……」

「いいよ、おやすみ……」


 その一言であたしは起きてしまった。ピタッと手を置かれてあたしは驚いてしまった。ずっとカナちゃんはあたしの事を気にかけていた。――前の事をずっと引きずってるのかな……少し不安になった。


「あ、ニカエルちゃんは起きてるんだ」

「うん、私が一番遊んでないし、そんなに疲れてないから」

「そう、それだったらいいんだけど」


「…………」


 ニカエルちゃんとの会話が無くなった。

 そんなに仲が良い訳でも無いし、こうしてニカエルちゃんとも長くも短くもそんなに話した事が無いからカナちゃんの事とか何処から話したらいいのかと探り探りの会話しか出来ないからだ。


「ね、ね――やっぱりニカエルちゃんでもカナちゃんの知らない事って多い?」

「んん~そうだね。私より朱音ちゃんの方がいっぱい知ってると思うよ。だって、小学校の頃からの付き合いなんでしょ? 私は四月でまだ三ヶ月位だし」

「あたしの方が――本当に?」

「本当。でも朱音ちゃんの事はずっと大事にしてたよ。奏芽は」


 やっぱり、カナちゃんは気にかけている。それはあたしでも知らない事だった。

 ――きっとあたしが一週間も学校に来なかった時でも、カナちゃんは不安だっただろうし、雨の日でも風の日でも苦と感じず、ずっとプリントとかを届けてくれていた。――そんな恩を知らずにただ黙っていたあたしはカナちゃんを嫌いと感じ続けていた。……あの時のあたしに後悔。でもカナちゃんはそんな状態のあたしでもカナちゃんは壁を乗り越えようとしてた、あたしを連れ出して。


「それで、どうなの? 朱音ちゃんは」

「ううん……カナちゃんだから乗り越えられる…………乗り越えられたの……」

「それだったら、もう答えは出てるじゃない?」




          ※  ※  ※  ※




 十八話 『男』のまたいつもの日常



 カナちゃんのお家に行く。朝は玄関空いているのを知っていて開けてこっそりと階段を上がってドアを開ける。


「おはようございまーす――」


 カナちゃんとニカエルちゃんはぐっすりと寝ていた。……今日は二人別々で寝てるんだ、普段から二人なのにくっついたり離れたり……変な二人。机の方を見るとスマホがスタンドに刺さってて、時計が表示されている。その右下を見るとアラーム設定がされていて、スマホに近づきアラームを解除する。

 その後はゆっくりとカナちゃんに近づいて騎乗する。


「カナちゃん、いつも寝坊助さんで目覚ましないと起きないんだから」


 耳元に近づいて話してあげても全然起きない。


「お腹締めちゃうぞカナちゃん」


 また耳元で離すが、起きる気配は全くない。

 じゃあ有言実行。


「ぎゅううううっ……っと」

「…………⁉」


 お腹を股で締めて上げるとカナちゃんは苦しみ始めた。あたしは陸上部に入ってて足に自慢があるのだから無理やり締め上げる事も可能。――足もバタつかせてお腹もグイッと押し返そうとしてるけどあたしの方が強かった。


「ぐっ……あっ……分かった……起きる……から……」

「はーい、じゃあ締めるの止める」





「カナちゃーん、これは?」

「……あのさ、もうちょっとマシにならない?」

「いやいや、一応着てみて、ね? ね?」


 カナちゃんは試着室に入っていってあたしとシロちんはその場に取り残される。


「カナちゃんの水着姿楽しみだね。あたしこういう所カナちゃんと行く事初めてだから」

「そうなんですか。――そういえば堂ノ庭さんって奏芽さんと幼馴染なんですよね?」

「それがどうしたの?」


 シロちんはため息を付いた。いきなりどうしたのだろう?


「やっぱり、その――好きなんですよね? 堂ノ庭さんは」

「……うん」


 あたしは少し顔を赤くして返答した。


「そうですか。……キスとか、したことあるんですか」

「えっ⁉ な、無いよー⁉ そんな恥ずかしい事出来ないっ……」


 シロちんは何故かホッとしていた。そんな事を聞いてくるなんてカナちゃんは試着室に入ってから急に聞いてくるなんて。……もしかして、これは女子トークとかそういう事をしているのだろうか。確かにカナちゃんの元は『男』だし、カナちゃんの席が外れてあたしと真面目に話したかったのだろう。


「分かりました。――じゃあ、奏芽さんと『キス』してみませんか……?」

「えっ……? えっ、えっ、えっっ……⁉」


 ますます会話の方向性がおかしくなってくる。あたしもどうしてこういう話になったのかが分からない。……どうして急にカナちゃんとキスの話になったの? でも、一度はカナちゃんとしてみたいし、そういうシチュエーションもしてみたかった。

 ――話の途中でカナちゃんが顔を覗かして出てきた。


「お、カナちゃん」

「あの、さ。恥ずかしい……」


 このカナちゃんとキス――するんだよね?





 その後、シロちんと別れカナちゃんとも別れ。

 家に帰った後は早速シロちんに電話を入れる。


「……あ、もしもし? シロちん? さっきの話」

「はい、家に帰ったのですか? 何処かで会いませんか?」

「うん。じゃあカフェで待ってる。切るね」


 そう言って電話を切りカフェに急いだ。最近は相談する人が多くて困らない事が多い。……やっぱり友達は必要以上に持つ事が大事。


 カフェの中に入ってテーブルで待ってると、ちゃんとシロちんは来てくれた。手に何かを持って。


「ごめんなさい、待ってました?」

「ううん、今来た所。それで――キスの話まだ途中だったよね?」

「はい」


 早速シロちんが持ってきた物を見せてもらう。長方形の袋に入っていた物は――この時期ではまだ見れない花火のセットだった。


「花火? これでどうするの?」

「これで奏芽さんに絶対勝てる勝負があるんですよ」


 シロちんは花火の袋を開けて線香花火を取り出す。一本ではなく二本取り出している。


「物理的に線香花火を二本にして線香花火の玉を長く持つようにして――奏芽さんと勝負してください」

「これで? 確証はあるの?」

「はい、これだったら絶対に落ちませんし、私は「帰れ」と言われればちゃんと帰りますから」

「……本当に、あたしにこんな事言っていいの? だってキスだよ?」

「私は――大丈夫ですから、奏芽さんもあなたとのファーストキスを待ってるはずですよ。それでは」


 花火を置いてシロちんは帰ってしまった。

 その後は家で二本になった線香花火を見て、想像をする。――本当に、カナちゃんとキスをするの……。幼馴染でも、そんな一線を超えた事をしていいんだろう……? でも、カナちゃんだったらあたしも良いのかな……? カナちゃんの気持ちはどうなんだろう……。


「カナちゃん……キスして……命令……だから」


 やっぱり、そんな事は言えない。カナちゃんの前にして言えないよ……。でも、シロちんの事もあるし、ここで降りれない。……キス、本当に出来るのかな……。




          ※  ※  ※  ※




 十九話 『女』の初めてを海で



 「落ち――ましたね、私の負けです」


 本当にあたしが勝ってしまった。

 ……やっぱり、カナちゃんに言うしか無い。


「じゃあ一つ命令……だね。あのさ――カナちゃん、後で防波堤来て」

「そんなんで良いのか?」

「うん――それからシロちんは自宅へお帰り下さい。もう寒くなるんで」

「分かりました」


 本当にシロちんは帰ってしまった。あたしを見て微笑みながら。

 それからカナちゃんはあたしの後ろを付いて来て何をするのかとじっと身構えていた。


 ……どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……。

 胸が張り裂けそう……こんな気持ち、初めて。


 防波堤の先に付いて、カナちゃんと向き合う。

 カナちゃんは頭をワシワシと掻いて砂や海の塩を掻きだそうとしていた。……二リッターのペットボトルでちゃんと顔も頭も洗って何も出てないのに……!


「それで、防波堤で飛び降りろとかじゃないよな?」

「――一旦、『男』の子に戻ってもらえる?」

「あ? ああ、別にいいけど」


 カナちゃんはスマホを取り出して、例の番号に掛けて『男』の子に戻った。

 ――今から、本番なんだ。

 本番……。


「はいよ、この位だったらお安い御用さ」

「う、うん――じゃぁほんだぃぃくけど……」

「え?」


 どうしよう、あたしの気持ちが膨らんで上手く声が出せない。

 カナちゃんにこの声が聞こえてない――あたしはどうしてこんな事になってるの……?


「…………して」


 上手く言い出せない。

 怖いよ……あたしはどうなっちゃうのかな……。


「おいおい、ハッキリ言ってくれよ。朱音の命令だったら今は何でも聞くんだからさ」

「……ス……して」

「はぁ――あのさ」


 ……言い出せなかった……。

 カナちゃんも呆れちゃってるよ……。

 少し、落ち着いて朱音――。

 言えば終わるの――。

 そうすれば。

 そうすれば。

 後は結果が付いてくるんだから。




「あたしと、キスして」




 言っちゃった……。

 カナちゃんを前にして言っちゃった。

 胸の高まりが最高潮に達した。

 カナちゃんキョトンとしてる。

 何か――。

 何か言わないと。


「これは――命令だから。ちゃんとやらないと帰らせない……よ?」

「……本気か」


 どうして帰らせないなんて言っちゃったの。

 これじゃカナちゃん帰ってくれない。

 さっきまでキスしたかったのに。

 もう頭が真っ白になる。


「朱音、おでこ……だよな?」

「そんなこと――ないじゃん――ココ」


 唇、指差しちゃった。

 指差す前に目を瞑っちゃった。

 おかしい、おかしいよねあたし。

 カナちゃん、どうするのかなぁ。

 どうするの?

 どうしてくれるの?

 でも、中々カナちゃん来てくれない。

 何か――。

 何かまた言わないと。


「カナちゃん――好きな感じでいいよ」


 ……言ったのに。

 カナちゃんは黙ってる。

 本当に帰っちゃうんじゃないの?

 あたしの胸の高まりはどこに流せばいいの?

 

 ドクンドクンともうあたしの心臓の音しか聞こえない。


「…………!」


 カナちゃんはあたしの肩を掴んでキスしてくれた。

 大好きなカナちゃんがしてくれた。

 してくれた――。


 凄いカナちゃんもドキドキしてる。

 唇を伝ってカナちゃんのドキドキも聞こえてくる。

 あたしだけじゃなかった。

 ――カナちゃんもドキドキしてた。

 でも目もひらけない。

 本当はカナちゃんじゃないかもしれないとか。

 信じれなかったし。

 見たくも無かった。

 でも、ちゃんとカナちゃんだと信じて、目を閉じたまま。


 キスが終わった――。


「……こ、これで良かったのか?」

「…………うん、ありがと……」


 あたしは終わった事で、感動して泣いちゃった。

 ……でもカナちゃんは優しかった。

 こっちまで近づいてくれて抱き付いて頭をポンポンと軽く。

 優しく叩いてくれた。その後は撫でてくれた。


「大丈夫。大丈夫だから」

「うえええぇぇ――」


 思いっきりカナちゃんの胸で泣く。

 優しいカナちゃんが大好き。

 ちゃんとしてくれたカナちゃんが大好き。

 ――いつまでもカナちゃんが大好き。


 その後、あたしは腰が抜けちゃったけど、ちゃんとカナちゃんはほっておかず、おんぶしてくれた。どこまでもカナちゃんは優しかった。――ありがとう、カナちゃん。




          ※  ※  ※  ※




 二〇話 『男』と『女』の二人三脚道



「ねーねー、ニカエルちゃん。どうしてあの時出てこなかったの?」

「それはねー二人が幸せだったから」


 お風呂でニカエルちゃんも誘ってカナちゃん三人と入る事にした、それまではニカエルちゃんと一緒に話す事にした。


「どうして朱音ちゃんはそんな事聞くの?」

「だって――ニカエルちゃんだってカナちゃんの事、好きでしょ?」

「私は前にも言ったけど、別にどうって事無いの。朱音ちゃんが奏芽の事好きだったとしても嫌いだったとしても私の立場は変わらない。だから、朱音ちゃんは自由に奏芽を愛していいんだよ?」

「そう――ニカエルちゃんはやっぱり正直で凄い」

「二度目だよ、朱音ちゃん」


 お風呂場で二人で笑い合う。

 別にニカエルちゃんの事を嫉妬している訳でもなく、こうしていつまでも二人で一緒に居ても気持ちが変わらないその真っ直ぐな心が羨ましかっただけ。


「それで、キスの味はどうだったの?」

「……うん、優しくてあたしはもう頭も真っ白で、ハッキリ言って忘れちゃった」

「ふーん、じゃあもう一度しちゃえば?」

「えっ……? も、もう一回するの?」

「いいじゃん、奏芽とはもうキスしたんだからもう何回でも出来るでしょ? 二回目も三回目も奪っちゃいなさいよ」


 あたしは浴槽に沈んだ。

 そんな事までは考えてなかった。

 ニカエルちゃんの考える事って幸せの事ばかり……!


「まぁ、朱音ちゃんは良しとしても奏芽はどうなのかなぁー」

「も、もう! からかわないで!」


 顔を真っ赤にするあたしとからかって笑うニカエルちゃん。

 外からドアの開閉音が聞こえてようやくカナちゃんがやってきた。


「――来たね。カナちゃんどういう反応みせるのかな」

「……多分、良い驚き方すると思うよ~」


 お風呂の戸を開けてきてカナちゃんがやって来た。


 堂ノ庭朱音、あたしは今日も明日も明後日も多分、唯川奏芽と一緒でずっとあたしは幸せ者だと思います。恋は保留にされちゃったけど――いつか返事をくれとカナちゃんに言われてその返事を待ちます。

 ……小学校の時に会わなかったら今のあたしは無いと思います。

 ……奏芽……カナちゃん、本当にありがとう。これからもずっと一緒に居ますように……。

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