17話 東京、凶の『男』と大吉の『女』
「何で……モグモグ……回る寿司って……モグ……少ないの……モグモグ」
「そうだよね~……モグッ……東京だから……モグッ……多いと思ったんだけど……モグ」
「はぁ――」
俺はため息、板前は唖然。
江戸前寿司、俗に言う『回らない寿司』に来たのだけどカウンターに座った途端にメニューを取り出して二人でタマゴ二〇貫、マグロ十六貫、サーモン十一貫、エビ十一貫。本日のオススメ、蟹の味噌汁を七杯。
「板前さんすみませ~ん! 大トロ八貫とウニ三貫とイクラ一貫!」
「あたしはカニ二貫、カツオ九貫とアナゴを二貫。それと本日のオススメでホタテを九貫!」
「へ、へい……」
……まさかの追加。
カウンター横に三人座って目の前で板前が寿司を板に乗せるから皿は追加されないものの値段は次第に高くなる。俺が一番に食べてない、だが遠慮もしないでニカエルと朱音は次々と乗せられる寿司を食べては待つを繰り返している。今日は財布の中身を気にしなくてもいいんだけど、板前さんは「この高校生共は払えるのか?」とでも思っているのだろう。それとイクラとかは『時価』って下に書いてあるんだけど凄い不安。時価って何? 値札に値段では無く『時価』。時期が外れている天然物は全部こうして表記されるのか? 近くにある市場でもこれは見なかった。――そもそもあの市場は牛肉の卸売りが多いのだが。
「お客さん――ここ、クレジット不可ですよ? 値段いっちまってるんですけど大丈夫ですかい?」
「ああもう大丈夫です、全ッ然気にしないでください。俺もタコとイカ下さい」
「へい……」
ニカエルの不思議な魔法で財布が万札だらけだが、もしこの魔法が無かったらコイツらと俺は何を食べていたのだろうか? ここアサクサの外に出ているメニュー表は殆ど高かったぞ……。払えなかったら俺達どうなってたんだよ。皿洗い以上にやる事が多くなると思うぞ、内蔵エグり出されて東京湾に沈められるとか。……あると思う。
「ああああっ」
「どうしたッ⁉ 朱音⁉」
「……忘れてた……」
「な、何を忘れたんだ⁉ バスの中か⁉」
「茶碗蒸し下さい!」
「…………」
重要な事だと思って俺は焦ったぞ朱音。
「あたしは、寿司屋に来たら茶碗蒸しは絶対だよ? 三度の飯に三回は絶対食べたいもん」
「そんなに好きだったか茶碗蒸し……」
「カナちゃんより好きかな?」
「酷い。茶碗蒸し許すまじ」
茶碗蒸し、三人前。
――最終的に値段は二万まで跳ね上がっていた。お前ら、一〇〇円寿司みたいに食うな。
寿司屋を出てスマホのマップアプリ通りに行ったら近くに雷門が見えた、デカい提灯が真ん中に垂れ下がっている、よくこんなのを作ったな。
「雷門の端を通ったのかぁー、なんか損したなぁ」
日曜日でもこの観光客の多さ、如何に東京というのは大歓楽街の塊というのがわかる。
さて、この雷門を真っ直ぐに行けば"アサクサ寺"という所に行けるはずだ。
「……ニカエル、それと朱音なぁ……」
「あたしは人形焼き」
「私は雷おこし」
こいつらは最悪の買い食いコンビだな。俺が雷門をスマホで撮っていて目を離したスキに手に何かしらを持っているんだから。どれにしても東京の名物ではあるのだが、それはここで食べる物じゃなくてお土産に買っていく物だと思うんですけど、それは考えてないんですかね?
「奏芽、食べる?」
「雷おこしは要らない、朱音一つ頂戴」
「えー?」
「えーって……」
「ウソ、はいあ~ん……」
「あ~……あぁぁぁぁ――」
ニカエルにバクっと横から食べられた。邪魔しないとは言ったものの、やっぱりニカエルは邪魔しにくる。信用しづらい天使だ本当に……。
「朱音ちゃんは私の物なんだから」
「お前のじゃないし、誰の物でもないと思うぞ……」
「奏芽は朱音ちゃんを自分の物にしたくないの?」
「それは――」
中々言いづらい事を本人の前で言えたな。――当の本人は出店を見ながら歩いている、こっちの話なんて気にもしていないのだろう。人混みに紛れながら朱音は何を考えているのだろうか、俺はそれが分からなかった。毎回朱音の行動はこれだから俺も飽きが来ないのだろうな、長い付き合いには相手に文句を垂れないのが秘訣だ。
「朱音、宝蔵門だ。一枚二人で撮るか?」
「いいよ、ニカエルちゃん宜しく~」
「は~い!」
……本当にいつの間にか仲が良くなってるなこの二人は。
ニカエルにスマホを渡して二人並んで立つ。だがニカエルは指を振っている。
「動きが無い無い。もっとこうピースするとか……」
「はいはい……」
俺はニカエルに言われてピースをする。遠方から来たからこういう事をしろって言いたんでしょうね、ニカエルは。朱音も俺と一緒にピースをする。
「もー、カップルぽくない」
「なんだよそれ」
ここから熱烈なニカエルの指示が出る。
「奏芽は朱音の肩を抱いて、少し逆Vの字になるようにして朱音は少し顔を傾けて。そーそー、それで唇を少し上げて笑ってる顔で。そこから奏芽の頭が少し朱音の頭に乗るように、それで朱音はピース。……オッケーはい撮るよー」
お前の指示はプロのカメラマンか。たかが門の前で写真を撮るだけで数分は時間を喰った。
「どれどれ……お、いい写真じゃん」
「おー……ちょっと恥ずかしいけど、後であたしにも送ってね」
「分かった」
後でとは言わずに直ぐ朱音に写真を送った。数秒でスマホに写真を送れるのはいい時代になった。
門を潜って人混みに紛れながら本堂に入る。この六月という暑い時期でも、人混みが出来るのだから神指神社と違って儲けが違うだろう。――別に神指さんの事をディスった訳ではないが、寺と神社じゃ規模が違うし色々違う。個人的には神社の方が落ち着きがあって好きだ。
「カナちゃん五円玉持ってる? あたし丁度無くって」
「そうか、じゃあはい」
相変わらずお賽銭と言えば五円玉だ。俺は別に五円玉を入れなくても既にご縁はあるのだが……だって隣に神の使いらしい者が居るのだから。偽天使が。どこぞの神の使いかは分からないがな。
「あっ――」
「いたたっ、なんだってんだ。いてぇな」
ニカエルがほっぺたを引っ張ってきた。
「今信じてない顔してた」
「バレたか……」
まぁ根っからニカエルの事は信じてはいない。
早速――五円玉を賽銭箱に投げる。ここはかなり大きい賽銭箱で何処から投げ入れても入るようにしているのだろう、何せこんな人混みなのだから。今回俺達は出来るだけ賽銭箱に近づいて入れたが、ここは案外危なかった。上を見ると硬貨が舞っている。
「朱音、頭気をつけろ。油断してると硬貨が――」
「……カナちゃん言ったそばから、当たったネ。五十円玉」
他人から当てられる五十円玉はどんな事よりも痛かった。こめかみに硬い物が当たると痺れる感じがするのも分かった。やっぱり脳って凄い。
さてさて、おみくじを引く時が来た。どこでも一定価格の一〇〇円、俺は投入口に一〇〇円玉を入れてみくじ筒を振る。――二十七番が出てきてその二十七番の引き出しを探す。隣の朱音もみくじ筒を振り終わって番号の引き出しを探していた。
「あった……みんなが揃ってから結果は見よう」
とりあえず、おみくじの紙を畳んでその場を去る。
暫くスマホを触って待つと、次に来たのは朱音だ。嬉しそうにスキップで来たということは――
「カナちゃん、ほら」
「おー大吉!」
大吉の文字で喜ぶ朱音。ポニーテール大回転。
――さて、問題の天使が来た。別に引くこと無いと思うんだけど、天使もこの確率というのを楽しみたかったのだろう。
「平等平等、吉ー」
「吉か、妥当だな」
二人の結果は終わった。残るは俺だ。山に折ったおみくじをゆっくりと開く。
「……凶⁉ あるまじきな⁉」
「やーい! バカ奏芽ぇ~!」
「ダメ人間!」
二人に馬鹿にされる俺。二人は吉が付くのに俺だけ凶。俺だけなんで凶……。
「……もっかい引いてくる」
「いってらっしゃ~い」
もう一度列に並んで二度目のおみくじを引く。次は十番でこれも同じく山折りして朱音達の所に持っていく。
「……行ける!」
ビッと音がなるくらいに勢い良く紙を開く。
「うわああああ! 凶だ! 凶、凶、凶だ!」
「うーわ、カナちゃん本当に付いてない。バカだ」
「バカだねー二回も引いて気持ち的に損してる」
二度馬鹿にされる俺。まさか二度引く事になるとは、俺は凶に好かれているようだ。
「……トイレ。トイレ行ってくる。男女共用トイレに行ってくる」
「あ、なる気だ」
性別を帰れば神様も区別が付かなくて俺に吉をくれるハズだ。もうこれしかない、俺はこの東京で『女』になる。トイレで〈ヤサニク〉に発信。
「あ、カナちゃんだ」
性転換をして三度目のおみくじに挑む。次の番号は十九番。また同じく山折りをして朱音達の下に行く。
「……いざ、勝負! …………」
「見せて」
「嫌だ、絶対嫌だ。この三枚を結んでくる」
「……凶、だったんだね」
唯川奏芽、完全敗北――まさか三回も凶を連続で引くとは俺も運が悪い人間だ。悔しい思いがあるけどこれは三度目の正直、これ以上引いても凶しか出ないのが分かる。もう――おみくじはこりごりだ。
花やしき、それはアサクサに来たら一度寄る……らしい。そうニカエルが言ってた。入場料は千円でそこからのりもの券というのを買って乗り物に乗る。――別途料金⁉
「回数券で十一枚だってー。これ四十枚分買おっか」
「あ、ああ……そんなに必要なのか?」
顔を縦に振る。四千円分を入れて回数券のボタンを連続で押す。十一枚綴りの券が出て来る。
「じゃあ、カナちゃん行こっか?」
「なんだ……そのニヤけ顔は……お前何考えてる?」
買った後に連れて行かれた所はお化け屋敷だ。俺がこういうのに弱いと分かってここに連れてきたな……? 既に朱音がのりもの券六枚を渡して入ろうとしていた。――EXITはありますか? ……無いですか、もし中で死んだらもうほっといてね……。
明るいものは無し、入った途端から暗い。
「ずっと何か唸ってるし、俺を前にして歩かないでもらえる? 朱音?」
「け、結構本格的――」
それは怖がらせに来てるんだから手ぬるい事は出来ないだろ。
「HDRでひっそり見てもいい? さっきからずっと何か唸ってるしもう帰りたい」
「だーめっ、ほらどんどん進んで」
背中をとにかく朱音に押されて強制的に前に進む。
「灯籠見えた……絶対中に人いるって……押すなって!」
「大丈夫だから、大丈夫だって」
「「ああああああああっ」」
大丈夫だった、俺の叫び声に反応して朱音も叫び声を出していた。よくある恐怖連鎖だ。だがこの中には誰もいないし、特に恐怖を唆るような事は無かった。
「に、人形部屋なんだけどっ! 押すの止めて! 朱音! ここは駄目だって」
「こ、これはあたしも無理――」
ここに連れてきた張本人が断るレベルとかどうなんだよ。朱音は俺の背中を押すのを止めて手を握ってきた。――何かしらあると朱音は俺の手を握ってくるようになってきたな、それも無意識にというのか。
「……何も無い? 何も無いんですか?」
人形部屋はそれとなくクリアした、その先には供養箱とやらここにあってはならない箱があった。
「……これか」
先程渡されたカードをここで差し込めということか、朱音も一枚渡されているけどここで起こる事は全部俺にとっては不幸かもしれない。矢印の下にあるカード差込口に恐る恐るカードをいれる。
パスンッ――
「ハッ⁉ かっ……わあああああああああ⁉」
何かが破裂した音が聞こえて顔を退いた。
――その後の事は無我夢中で朱音の手を強く握って走ってしまった。もう何が何だかも分からずに楽しむ事も出来ず。俺が求めていたEXITまでたどり着いていた。
「…………」
俺は何も言えなかった。お化けというのは恐怖の対象であって、俺が一番に恐れる怪奇現象だ。
「はーっ、カナちゃんの反応楽しかった」
「そうかそうか、そうですかい。じゃあ――あれ乗ろっか?」
俺が指差したのは足が宙ぶらりんこになるあの乗り物だ。
「あ、いや――あれはちょっと――」
「俺がお化け屋敷っていう恐怖を耐えきったんだから朱音があれを挑戦する意義はあるよな?」
「それは――」
俺はその乗り物の担当員にのりもの券を渡して朱音を待つ。
「カナちゃん止めよ? 本当に高い所駄目だってば……」
「ふ~ん? 俺は一人で乗っちゃってもいいの?」
「そ、それは――いいとは言えないけど――」
結局、朱音は腹をくくったのか。俺の隣に座っていた、このスペースショットを初めて乗るが果たしてどんな動きをするのかが楽しみだ。
「あ、あ、あ――」
「朱音まだ早いって、足だって地面に付いたままじゃん」
既に朱音は放心状態になりそうだった、俺だってこのスペースショットの予測は不能だ。
「それでは発射いたします~楽しんできて下さい~」
いよいよスイッチを入れてこのスペースショットを発射するようだ。――発射ってなんだ?
「うっ、あっ――」
朱音が声を漏らした同時に急に体が浮く。数十キロの速さでこの装置が上がっていく。
「おおー凄い、東京ビルばっか!」
「うわぁ――」
朱音もその風景を確認できたか、ちゃんとした声を出す。が、長く留まる事無く無慈悲に急降下。上がる恐怖よりも下がる恐怖の方がデカかった。どちらにせよ行きも恐怖、帰るも恐怖だった。
※ ※ ※ ※
「ああああああああ――」
俺は肘と膝をくっつけて俯く。
「ああああああああ――」
朱音は口を開いて空を仰ぐ。
お互いに共通してるのは真っ白、のりもの券は使い切る事がなく手元に残ったし、花やしきだけで疲れてしまった。それで次の目的地は東京タワーだから電車に乗って移動中だ、それで二人して意識がどっかにいった。一人は俯いてて一人は天を仰いでいる。
「朱音、もう俺達の嫌いな物でせめぎ合うのは止めよう、不幸になる」
「そうだね……東京まで来てこれは駄目だね……」
暗かったり破裂したり浮いたり下がったり。別に覚悟して遊びに行くんだったらいいんだけど、急にニカエルに花やしきを紹介されて面白がって朱音が入場料を払ってその後の予定も詰まってるのに道草を食う。まだ日が明るい時に遊び終わったからいいものの、長い時間遊んでいたらどうするのやらか。
スマホを取り出して時間を確認してみるともう午後の二時になっていた。――という事は東京タワーに寄ってお土産を買ってこの旅は終わりになるかな。朱音は東京タワー大丈夫かな……さっきのスペースショットで俺は不安になっていた。――別に足が浮くというアトラクションは東京タワーにあるはずがないから大丈夫だとは思うが。
アカバネバシ駅から直ぐ近くに東京タワーが見えた。スカイツリーはどこからでも見えるけど特定の位置からしか見えない東京のモニュメントの方が美しさがある。別にスカイツリーの何が悪いとは言ってはいない、この昭和から情緒残る東京タワーの方が好きという事だ。まぁいずれにせよ平成が終わる時にはスカイツリーも評価されるだろう。
――タワーを真下から見ると如何に凄いタワーか分かるな。これが332.6mか……スカイツリーは真下から見るとどんな風に見えるのだろうか。東京タワーの料金を確認していたら朱音が何かを発見したようだ。
「カナちゃん、東京タワーの階段登ってみない?」
「へー、そんなのがあるんだ……ん? 確か展望台まで150m無かったっけ?」
「あるよ!」
さっき精神を削ってきたのに次は体力を削りに行くのか。体育会系の朱音にとってはこれは東京に来てのいい運動になるのだろう。こうなったら朱音はもう歯止めが聞かないから俺もこれを登ることになった。
チケットを切ってもらって始めの一段を朱音と登る。ここからどんな長いことが起きるのか。
「十六段……次は三十二段か。十六の倍数で折り返して登る事になるんだな」
「そうだね、これだったら150m余裕じゃない」
「どうかなー。俺は運動不足かもしれないぞ、途中でへばるかも」
なんて朱音と会話しながらせっせと登る。
「朱音は、最近の陸上部はどうだ? そんなデカい胸して走れるのか?」
「失礼だなーカナちゃんは、こんなおっぱいでもベストタイム出てるよ」
「そうか……それにしてもいい足腰だ。ランニングの成果が出てんな」
「毎週の土曜日は何時間も掛けて夏風町を走ってるからね、大した事ないよ」
一七五段、ついに俺の息が上がってくる。朱音はまだまだ余裕そうで二段で飛ばして俺を待つことが多くなった。
「はぁ……俺も土曜日か日曜日位は……朱音と一緒にランニングしようかね……一九一段」
「今からでも遅くないよっ二〇八段っ。あたしが暇な時は一緒に走ろうよ」
「はは……それもいい。……俺が『女』になって走れば友達で走ってる感じに見えるか? ……二〇八段」
「二二五っ。えー別にカナちゃんは『男』のまま走っててもいいのに。カップルで走ってる人いっぱいいるよ」
「あーそういうもんなのか……二二五段」
徐々に朱音がハイペースで登るようになってきた。まだ先が見えてこないのにそんなペースで登って大丈夫か? 俺はそろそろ休憩をしたくなってきた。
「二七五……段……朱音、ちょっと足を止めよう。痛くなってきた」
「もー早いな。でも無理は禁物だから少しここで景色見よ」
流石運動部、乳酸の事に関しては詳しいようだな。二九一段で二人して止まる。人生とは休憩の連続である――夫婦は長い会話であり、人という文字は支え合い。そんで天使というのは――邪魔してくる。
「二九一段で立ち止まっていいの? 人生それで立ち止まったら終わりだよー?」
「うるさいな、時には休む時も必要なんだよ」
ニカエルは一段も登らずに俺のスマホでゆったりしてお前こそ生ぬるいと思うんだが。宙にふわふわ浮きやがって。
「軽く足を伸ばして――っと。じゃあカナちゃん行こっか」
「あい――よ」
二九二段目に足を置いた。因みに二九一段目の時点で半分だから休憩の場として丁度良かった。
「四〇三段……四〇三段か……しんどいぞ」
「よんひゃくじゅーきゅっ。もー運動不足がキテるなぁ、カナちゃん」
「ここまで運動してないと体も衰えるか……四一九」
一歩もままならない。という事は無かったが連続で登って二九一段から休憩が無く、ただ体がガタガタと揺れる。体力自慢とはいえ朱音には敵わない。
「四五一っと。あー! カナちゃん暗くなってきたよ! もう近いのかな⁉」
「四三五……本当か……?」
二段飛ばして朱音に追いつくと確かに四五一段の先は暗かった。もう三分の二は登ってきたから内部に近づいてきたのだろう。
「ここからもうゴールデンロードか……長かった……でもスマホで確認してもまだ一〇分程度なんだな」
「へー、一〇分でこんなに汗掻くんだったらいい運動になるね。毎日でも登っちゃうよ」
土日祝日にしかこの階段は開放されてないらしいから毎日は登れないんだがな。それともう夏本番前だし、こんなに暑くても仕方がない。俺はエレベーターで登って涼しい中でゆっくりと天望したかったのだがな。朱音が登りたいと言うんだから致し方無い。
「じゃあ、行こっか」
「はいよ」
四三六段目に足が乗る。朱音は汗こそ掻いているが息は上がっていない。まだ体力を有り余せているのか、凄いな現役は。小学生の頃にリタイアした俺はどんなに惜しい事か。こんなたかがと言いたい階段を三〇〇段付近で汗掻かせて息も上げているのだから。ツラいの一言だ、体力自慢という自称は撤回させてもらう。朱音の方が体力があったからだ。
四六七段目からはついに外部からの光が無くなった。残り一三三段はもう東京タワー内部だ。
「さ、一緒にゴールしよ」
「お……手を繋いでか……いいね」
俺は朱音の手を持つ。東京タワー攻略というのは大変だな、一人じゃ中々出来ない。でも二人だからやっぱり出来た事だろう。是非東京に来たら階段で登って欲しい……中々キツイけど一五分位で登りきれる計算だ。
「五三一! 完全に赤い階段は無くなったね、ここからもう終わり近いよ」
「……おう……」
ここからは灰色の階段に変わって、音が壁に反射して耳に入ってくる。その階段を折り返すと人が通るのが見えて達成感が出てきた。
「ようやくかぁ――いやぁ、長かった」
「やったねカナちゃん、いい思い出になったんじゃない?」
「ああ――全く、"凶"運だな」
カードの「公認昇り階段認定証」を貰って達成をした。財布の中にも入るサイズで思い出を振り返る時にはいい素材になりそうだ。勿論朱音も貰ったが一人だけ貰ってはいけない奴がいた。――ニカエルだ。
「お前、それを俺に渡せ」
「嫌だよーん。奏芽絶対破り捨てるもん」
「……ったく、そのつもりだったが俺も疲れてるし」
もう東京タワーに来る事は無いだろうし、破り捨てたら勿体無いからもうニカエルはほっといておくことに。人の肩――スマホを借りて登るのは駄目、絶対。
※ ※ ※ ※
朱音がガラス張りの床の上に歯を食いしばって乗って、様々な方角から東京を見て帰る事になった。そして今は東京駅に戻って新幹線に乗っている所だ。素晴らしい一日になった、朱音もその疲れが今帰ってきたのか新幹線の座席に座ったと同時に寝始めた。あの勢いで階段を登って疲れない訳は無かった、という事だ。旅はこれでいい、彼は彼女の為に起きている事が一番大事なのだから。
「かーなめっ♪ 今日はどうだった?」
「お前もなんだかんだ言って楽しんでたな。お前はどうだったんだ?」
「二人が幸せそうだったから私はこれ以上に楽しい事はないよ」
「フッ……天使らしい事言いやがって」
「天使だもん」
ニカエルは笑顔だった。俺も釣られて笑顔になる、コイツはやっぱり人の幸せの為にいるのだな。身の程をわき構えている。
「じゃあニカエル。俺も寝てていいか――階段は……疲れる……」
「いいよ、おやすみ……」
座席を倒して横になる。朱音の手の上に俺の手を重ねて次に朱音が起きた時にびっくりさせてやろうかね。――それじゃ、本日二回目の睡眠と行きますか。なんて、そういうと朱音は何回目の睡眠となるのやらか。別に俺は気にもしていないけども、こんなに寝る子とは思っていなかったから今回は朱音の"意外"も見れて良かった。幼馴染とはいえまだまだ知らない事はある。
今日は日曜日、明日は学校だけどちゃんと朱音は来てくれるだろうか? ――いや、壁を乗り越えたから朱音は絶対に来てくれる。何があってもやっぱり二人一緒だと乗り越えられるとわかったのだから。
「ううん……カナちゃんだから乗り越えられる……」
「……寝言か。そうだな、俺も朱音だから安心して背中を任せられる」
新幹線は俺達の地元に向かっていく――。
東京は騒がしかったけど、楽しい場所だった。
次があったら、また朱音と一緒だな。
それまではさよならだ。




