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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第二章 堂ノ庭朱音
20/91

16話 東京、ずっと『男』の日

 体の半分が重い。

 それはそうだ、ニカエルが乗っているから。だけど今日は違った――。

 体の両方が重い。


 本格的な金縛りにあったようだ、両手両足が動かない。今日は東京に行く予定で約束の午前七時に予定通りに目覚ましがなって予定通りに俺が起きた。ここまでが予定通りだったのだが、予定外の事が起きた。――そう、この金縛り。こういう事が何度もあったのはニカエルが足を絡めてきて最終的に片手片足の上に乗ってくるから"方"縛りが完成する。

 いつまでも横になってる訳にはいかないのでいつも通り目を開ける。――右手はニカエルだな、左手は朱音……朱音⁉ ……朱音もここまで寝相が悪いのか⁉ ……と思ったら寝ている所が布団じゃない……三人で俺のベッドで横になっている……⁉ それは三人で寝ようと思ったらこんなに密着状態にもなるわな……って納得している場合じゃない。


「おーい……ニカエルー、アカネー起きてー重いー」


 挟まれてる両手を揺らして二人を起こす。早くその重い体を俺の両手両足から離してくれないかね? 今日は予定ぎゅうぎゅうなのだから。


「ん~……ん? んんんん⁉」


 朱音が異変に気付いて顔を真赤にする。この反応を考えるとそれはそれは――ニカエル、絶対お前だな? 何の理由があってこういう事をしたのやらか。


「ふぁ~、おはよう奏芽」

「ニカエルお前……」


「わっ、何でカナちゃんとこんな近くであたし寝てたの⁉ どして⁉」

「俺も知らない……」


 余裕そうに背伸びするニカエルとキョドる朱音。全く――俺は立ち上がって体を伸ばす。だが一向に立ち上がろうとしない朱音、未だに状況を掴めていないのか……。


「どうした朱音?」

「あ、カナちゃん――部屋の外出てて――」

「は?」

「とりあえず、出て……」


 掛け毛布で全体を包む朱音。さっきよりも顔が真っ赤なんだけど一体何を隠しているのやらか。


「朱音ちゃん、そーれっ」


 ニカエルが掛け毛布を掴んで朱音から剥がすと――その理由が分かって俺はさっさと部屋の扉に向かう。余りにも過激すぎて部屋には居られなかった。朱音は早く下着から着たかったんだな……それは俺が邪魔になる。


「あの晩、お楽しみでしたね」

「「うるさいっ」」


 ドア越しから聞こえるニカエルの声に朱音と俺二人で返す。それは記憶が無い事なのだからこう返すしかなかった。幸せを送る天使とは何だったのか――。




          ※  ※  ※  ※




 支度を済ませて最寄りの新幹線のホームがある駅に着く。ここに来るまでもまた時間が掛かって困る、夏風町は交通に対すると不便なのかもな。


「カナちゃん、駅弁買っていこうよ。多分新幹線の中でお腹空いちゃうよ」

「そうだな、俺も一つ買っていこうかな」


 駅弁一つ、と思ったのだが駅弁の数が多やしないか……? しかも一個一個の値段が高い。八〇〇円だったり一〇〇〇円だったり。買わせるのが目的なんだろうけど弁当というのは質より量なんだ。俺はなるべく量が多そうなのを選んで買った。一方、朱音は一個と言わず弁当を三つも買っていた。……んっ⁉ あれはニカエル⁉ ちょっと遠目の場所で駅弁を買っていた。せっせと店員が詰めている弁当の量は一〇個。俺は尻ポケットに入っている財布を確認してみると一万抜かれていた。俺のお年玉とか小遣いでコツコツ貯めた折角の一万を弁当に使われていた。しかめっ面でニカエルを見ていたらその存在に気付いてニカエルがギクリとして体が固まったらしい。――新幹線の中で説教な?





 自由席、三人で横に座る。合計十四個の弁当の量でこちらの席を通る一人ひとりが凌駕している。


「ニカエル、今回はマジで金を取るのは止めろ。帰れなくなったらどうする」

「だいじょーぶ、今回は――パチンと」


 ニカエルが指パッチンをすると急に財布が厚くなったような気がする。――これはもしかして? 財布の中を恐る恐る確認をしてみる。


「――うおおおおおお⁉」

「今日は特別だよ?」


 マジで? 財布いっぱいに一万円札が増えていた。これは現実か?  ――というかなんで今までこの魔法を使ってくれなかったのか。疑問が過ぎったが今回の東京でこれは便利に使わせて頂こう、天使に感謝。


「……ってあれ、ニカエル……お前も今回は出たまま同行すんの?」

「んーまー、たまに楽しそうだなって思ったら邪魔しない位には」


 てっきりニカエルはスマホで見守るだけかと思ってたのに同行するのか。……多分、東京での食事が楽しみなだけなんだろうけど、別にお金は湧き出てきたから問題はない。でもそんな高級なお店には行かないし行きたくないからな。


 さて、ニカエルに聞きたい事が一つある。


「ニカエル、昨日俺達に何した」

「あっ、それもあたし聞きたい。何したの?」


 朱音も箸を止めてニカエルに聞き押し入る。そうベッドで三人一緒に寝ているとかどう考えても人為的、俺が睡眠中に立って朱音の所に入ったなんて冗談は聞き入れない。そもそも俺が寝ていたのは間違いなく布団で隣はニカエルだった。という事はこれは人為的というより"天"為的だろう。


「別にー? 私が奏芽をベッドに乗せただけだよ?」

「それは百歩譲って良しとするけど、朱音を脱がしたのは何でだ?」

「それは――」


 それは?


「勝手に朱音が脱いでたよ……?」

「…………」


 窓側に座っているニカエルに遠いながらもチョップをする。


「あたっ、本当なんだって」

「そんな馬鹿な事は無いだろ。なぁ朱――」


 朱音は俯いて口を出していなかった。耳まで真っ赤なんだけどまさか――


「あ、朱音――まさか、本当に――」

「……暑くて、全部脱いじゃったかも」

「…………」


 本当に自分から脱いだのか、しかも無意識に。

 という事は、ニカエルは俺をただベッドに動かし三人で寝て、その後に朱音は暑さで寝苦しくなって下着もろとも俺が貸したシャツとショートパンツをグイッと脱いでまた毛布を被って寝たと。シチュエーションを作ったニカエルにとってこの朱音の状況は僥倖ぎょうこうだったという事か。そして俺の両手両足が塞がれたということか、俺の腕をπに挟んで足を足で挟んで。


「朱音ぇ……」

「ゴメン……」


 結局、朝の騒ぎは朱音の寝相の悪さで済んだ。どういう寝相なんだ本当に、固定カメラで長時間録画してどんなことをするのかを見たいものだ。


「朱音は痴女――」

「わっ、バカ馬鹿馬鹿! こんな所で変なことを言うな!」


 自分はニカエルの口を押さえる。偶になんて酷い事を言おうと思ってるんだコイツは。

 押さえた状態でまだニカエルは何かを言おうとしている。


「ほもほも、らたしがかまねふぁいまぉふりょにはいってりゅよっけ――」

「なんて言ってるか分からん……」


 押さえてる手を離す。


「ぷはぁ――そもそも、私が奏芽は今お風呂に入ってるよって朱音に言っただけで朱音少し微笑んで行っちゃったもん……」

「わっ、あっ――」


 朱音は箸を下に落として、同様が隠せなかったようだ。


「朱音お前――」

「それは、カナちゃん無抵抗かなーって」


 ――その後、朱音にも無言のチョップを喰らわせた。幼馴染が痴女とか俺が一番恥ずかしいよ朱音……。


 その後は静かになって、新幹線の走行時間は二時間を過ぎた。これだと帰りは七時とかじゃなきゃ日帰りで帰れなくなるな。……朱音とニカエルは意外に仲が良くて二人して手を繋いで寝ていた。今回の俺はどういう立場になるのやらか……二人がこれ以上仲良くなると怪しくなる。――俺は確か朱音と一緒に東京観光をしようと思ってたんだよな……? 今の所矛盾が一つ……いや、気付かないだけで矛盾は沢山あるのだろう。




          ※  ※  ※  ※




 東京駅、地方民にとってはここが始まりの場所とも言うらしい。自分もウトウトしていて東京駅と言われてハッと気付き朱音達を起こしてさっさと新幹線を出た。大量の空き箱は申し訳ないけど片せなかった、駅員さん申し訳ない!

 新幹線を出て早速迷った。山手線は一体何処にあるんだ……、じっくりスマホを確認したいにも人混みが俺達を押していてスマホが確認できない。


「朱音、迷子にならないように手繋いで。ニカエルはスマホの中に戻って」

「う、うん――」


 朱音と手を繋いでとにかく離れないように注意を掛ける。

 案内板を見ても複雑な案内板で山手線が分からなかった。駅員さんにも一度聞いてみたが「右手を――」とか「真っ直ぐに――」って言われても想像が出来ないし、全く分からなかった。ここは地方民の勘を使ってひたすら適当に進むだけだ……!





 ――勿論、勘だけじゃどうにもならなくてため息を付いていた。


「はああああぁぁぁ――」

「最初から私に頼れば良かったのに……」


 最終的にスマホに戻っていったニカエルが道案内をして山手線に辿り着いて電車に乗れた。ここも人が多くて吊革を持って立つ状況になった。流石東京、ウエノまではまだ時間が掛かるだろうな。


「間もなくウエノーウエノー」


 東京駅からウエノって近いんだ……。東京は驚愕する事が多いなぁ。約十分でウエノに着いた。





 やっぱりここウエノ動物園でも人がたくさんでざわざわとしていた。これじゃ落ち着いて朱音と動物園が見られない。とりあえず入園口でマップを片手にパンダだけは見に行こうとしていた。


「パンダは入口から近いみたいだな……行こうか」

「うん」


 朱音に手を差し伸べるとそれに朱音が手を掴む、前までは恥じらいがあって中々手を繋ごうとしなかった朱音も気持ちが軽くなったみたいで良かった。


「カナちゃん覚えてる? 小学校の一年生か二年生の頃に動物園行ったの」

「そんな事あったかなぁ。もう小学校の頃の記憶なんて段々曖昧になってきてるし」

「もう酷いな。あの時も手――繋いでくれてたよね」

「……そうだったかな……」


 相変わらずな答えしかしない俺に対して朱音は次々と俺との思い出を語る。


「本当、最近までカナちゃんと手繋ぐの恥ずかしかったのに、今こうして手繋いでるもんね」

「まぁ……」

「――これからもずっと一緒だよね? カナちゃん」

「そんなの当たり前じゃないか、ずっと一緒だ」


 喋っている自分まで恥ずかしくなってくる。横にいる朱音から目を逸したくなってきた。


「ほ、ほらジャイアントパンダだ。東京に来るのはここで一生になるかもしれないんだから良く目に焼き付けておけ」


 入口からここまで近かったはずなのに朱音との会話で遠く感じてしまったじゃないか。朱音はジャイアントパンダに一番近い場所でじっくりと見ていた。


「窓越しだからあんまりテレビで見るより迫力無いね……何か可愛いとも思えないし」

「お、おう……そうか……」


 朱音の感想は微妙だった。ジャイアントパンダって意外と凶暴らしいし、中国から見ると結構危ない動物なのかもしれない。そこの点で朱音の「可愛くない」という感想は正しい、中国側から見て。


「なんかもっとこう、動物園って『触れ合えられる!』って感じがするんだけどそういう所無い?」

「あーそうだな……」


 俺は再度マップを開いて各所を確認してみる。

 ――なかよし広場とやらで朱音が言うふれあいが出来るんじゃないのか?


「朱音、ここでふれあい出来るかもしれない。モノレールに乗って行ってみるか?」

「ホント⁉ 行く行く!」


 朱音のテンションがこのふれあい一点で上がったようだな。東京で遊びに来たんだからこれぐらいのテンションがなきゃ楽しめないだろう。





 モノレールに乗ってなかよし広場まで足を使わずに行く。その間でも朱音は手を話さず一緒に座っていた。――鈍感だと思われないように今の内に言っておこうと思うが、これはもう"デート"だな。幼馴染として考えるんだったら日帰り旅行だが、異性でここ東京で遊んでいるという事はもうデートだ。


「きゃっ……」


 揺れないはずのモノレールが少し揺れただけで朱音は体を小さくして手を強く握ってきた。


「あれ朱音、高いところって……」

「ご、ごめん……これ位高いと駄目なの……」


 俺は窓から下を見てみるがそんなに高い場所では無いのだが、ちょっと揺れるだけで朱音が体を小さくする。


「朱音、東京タワーって言ったけど大丈夫か? 心配になってきたぞ」

「あたし、下を見ないのと揺れが無かったら大丈夫……だと思う」


 曖昧にしてきやがった……。


「でもカナちゃんいるからあたし大丈夫、信じてるから」

「はぁ――ずっと信じててくれよ……」


 その言葉を聞いて朱音はまた手を握ってきた。俺だって朱音の事信じてるんだから。





 朱音が怖いと言ったモノレールを降りてこの西園直ぐ近くにふれあい広場があるはずなんだが……これか。子ども動物園と書かれた所を潜って、広場を探す。


「カナちゃんアレじゃない?」


 朱音が指差したのは「まがりや」と書かれた場所。ここでふれあい体験が出来るのだろうか? だがその前には行列が出来ている。やっぱり動物とのふれあい体験が人気だよな……。


「あちゃー凄い人だな。並ぶか」

「並んででも触りたいもん、それは並ぶよ」


 朱音に引っ張られて最後尾に二人並ぶ。こんな行列、夏風町の商店街でも見ないぞ……、休日だからこんなに並んでるんだろうけど、平日でもこんなに混んでいるんだろうか? 別に東京どこでもこんなに並んでいる訳じゃないとは思いたい……まだ東京の恐ろしさとかを知らないからな――。


「早速しんどくなってきた……並ぶのやめたい」

「カナちゃんまだ早いよ――」


 さっきの東京駅の事を思い出して少し気持ち悪くなる。人混みに恐怖症を俺は持っているかも。


「そういえば小動物って言えば昔カナちゃんが飼ってたナーコ思い出すね――」

「ああ――もう三年経つかな……」


 傷心を朱音に触れられる。あの時のナーコは俺が小学校を卒業した位から徐々に食事量が減って、最終的には猫用のベッドで寝たきりになる状態が多くなった。獣医にナーコを連れて行こうともお母さんと一緒に考えたけども、いざ連れて行こうとナーコを持ち上げた時の悲痛な声を聞いてそれが耳に残って最後は獣医に連れて行くことも出来ずに学校帰りの朱音と一緒にナーコの最期を見送った。――俺はあの時を昨日の出来事みたいに思い出せる。あの時に朱音がいなかったら俺はどうなっていたのかも分からないな。


「カナちゃん、ナーコの事思い出させちゃってごめん……」

「大丈夫、今は朱音がいるからさ。どんな事があっても乗り越えられると思うんだ」

「カナちゃん……」

「お前が顔を真赤にしてどうする! 全く――ありがとうな……」


 俺は朱音の頭を撫でる。気持ちを表すかのようにポニーテールが揺れる。――生きてんのかそれ? たまに朱音も意識してない動きをポニーテールがする時があるんだが。それも気のせいと受け取れない程に。





 ようやく中に入れて、朱音は早速一匹のうさぎを持ち上げて撫でる。


「キィー⁉ キィィ!」

「わっ、よく暴れるねぇ……君は……」


 うさぎが持ち上げられるのを嫌って凄い抵抗している。それでも朱音は無理やり持ち上げて全体を撫でる。――こんなにうさぎに嫌われる人間は俺は初めて見た。俺は何をしているかと言うとモルモットを持ち上げて膝に乗せていた。……うん、癒されるなぁモコモコした動物は。


「ちょっと、ちょちょちょちょいな――暴れないで」

「何で朱音が持ち上げたうさぎはそんなに暴れてるんだよ……」

「分かんないよっ。どうしてぇ?」


 うさぎが暴れ、後ろ足で蹴られて朱音が後ろに手を付く様を見て笑う。やっと解放されたうさぎは朱音の下から走り去って角でじっとしてしまった。


「諦めろって……ははっ……朱音ぇ――」

「もう――カナちゃんの馬鹿ぁ」

「やーやアホ!」


 朱音がほっぺたを膨らませる。そんなに小動物に嫌われる朱音とは思っていなかった。よっぽどウチのナーコの方が大人しかったみたいだったな。久々に朱音の行動を見て大笑いした。

 ――周りの動物が一斉に何処かに向かっているのを見て驚く、なんだこの状況は。


「さぁ恵まれない動物達よ、私の元に集まりなさい」

「……⁉」


 ニカエルがいつの間にかスマホから出ていて動物達がニカエルの足元に全部集まっていた。お前その力を今ここで使って大丈夫なのか――⁉


「「「おー」」」

「えへへ、ありがとうございま~す」


 尚、他の客はニカエルの能力を見てどよめいて拍手をしている。明らかに天変地異な事をここで起こしているのに客は一般のパフォーマンスだと思って見ているのか。尚、集まっていないのは俺の膝で落ち着いているこのモルモット一匹だけだった。


「ニカエルちゃんとカナちゃんばっかりに動物が集まるのはどうして……」

「何でだろうな――」


 朱音が動物に嫌われてるのは本当に何でだ? 自分はとりあえず朱音の女性的部分、一点に集中して見る。


「やっ、何処見てんのカナちゃーん!」

「まぁ問題はそこじゃないか……」


 俺にとっては一時の幸せだったが、朱音は動物達が寄らない事でイライラしていた。


「ふてくされるな、次はヤギとかブタ触りに行こうな」

「あ、そっちもあるんだ!」


 下であぐらを掻いていた朱音は立ち上がってもう次の場所へと行こうとしていた。次の目的が決まったからここの諦めが早いな。





 ヤギとヒツジとブタ。今回は休日のイベントで全開放らしい。


「あっちにポニーもいるんだねー。ポニーで覚えてる?」

「何を?」


 俺達の思い出だろうな。また忘れてるの? 朱音がそういう顔をしている。


「もー、あたしとカナちゃんが小学生の時にあたしの家族で牧場行ったじゃない。その時に二人でポニーに乗ったでしょ?」

「あー! 悪い悪い、思い出した! 朱音が先に乗って俺が乗った瞬間にポニーが暴れそうになったヤツか!」

「そうそうカナちゃんが乗って急にポニーが嫌がってたのね」


 そんな事があったな。小学生三年か四年の時、朱音のお父さんの車で牧場に向かって乗馬体験で一人目の朱音が上手く乗れて俺が乗った時に急に体重が乗ったからかポニーが暴れだして牧場の管理している人も驚いてたな。――ふっ、あの時は滅茶苦茶焦ってたけど今としては懐かしい思い出だ。


 まぁこんな思い出を語っておきながらも残念ながら乗馬体験はここで出来ない。いるのはヤギとヒツジとブタだ。


「あたしブタ好きなんだよねぇ――よしよし」

「お、暴れない……」


 さっきは凄い嫌そうに小動物達は暴れていたのに朱音が近づいてもブタは暴れもしないし、逃げようともしなかった。――俺はいつか暴れやしないかとニヤニヤしている。



「ごめんなさーいお兄さーん! そっちにヒツジ行きまーす!」

「ん? ごっはっ――⁉」


 俺に向けた注意とは思わずヒツジが暴走してこっちに向かって当たってきた。腰にヒツジの頭がクリーンヒット。ニカエルからの制裁は何度かこうして喰らったことがあるけど、この地上界の生き物「ヒツジ」という物から何の制裁を喰らったのやらか。


「プッ――あはっ、あはははははは!!」

「朱音笑うなよ――いったたた……」


 朱音のツボに入ったのか、笑いが収まらない。でもこんな奇想天外な事が起きて笑わずにはいられないだろう。別に俺は体を張っている訳じゃないんだけど――。


「あはっ、あははっ……はーっ――バーカ、バカ奏芽!」

「チッ――ふっ……くそっ、一杯取られたな」


 俺もつい笑いが出てしまった。

 これで俺もウエノ動物園でのやりたい事は済んだかもしれない。果たしてヒツジに体当たりされる事がやりたい事とは言えないが……朱音が笑ってくれたからそれでいいだろう。


 他に朱音と手を繋いで動物園を一周、トラとライオンとキリンとサイとか動物園の王者達を一目見てからウエノ動物園を出て次の場所を考えていた。


「カナちゃん、次行くまえにさー……ご飯にしない?」

「……うん、丁度いい時間だしご飯にしようか。何がいい?」


 俺はスマホを取り出してランチの場所を探す。


「……あたしばっかり申し訳無いから、次カナちゃんが向かいたい場所に行ってその場所で食べない?」

「あーそうか? 分かった。俺は――」


 考えた中では二つ。『雷門』と『東京スカイツリー』の二つだ。

 ……でも調べた中ではスカイツリーというのは凄い混んでて上階に行くのに数時間掛かるらしいし、天気が悪いと途中で中止にもなるらしい。予約が必須らしいな。――という事は俺が行きたい場所は一つ。


「雷門見たいから……アサクサだっけ? そこでご飯にしよう」

「うん! あたしの希望はお寿司!」

「寿司……か。悪くはないな、俺も寿司が食べたい」

「今日はニカエルちゃんにお金貰ったから食べ放題みたいなもんだね!」


 確かにな。まだ財布の中には万札が沢山だ。


「ちょっとー⁉ 私忘れないでよ!」

「ああ悪いニカエル、お前も一緒に御飯だ」


「はーい」と言ってまたさっさとスマホの中に戻ってしまった。……ここウエノからアサクサはバスで行くらしいな。"アサクサ寺"の最初の門がその雷門らしいな。ついでだからお参りもしていこうかね。




          ※  ※  ※  ※




 電車に乗る時はホームを探すのに必死だけど、バスの場合はターミナルが駅のホームよりも少ないから直ぐにアサクサへのバスが分かった。電子マネー払いで乗って二人のみの席でゆったりとくつろぐ。


「流石に夏風町にバスは通ってないからなぁ」

「そうだね、海の公園とか行く時大変だし作ればいいのに」


 夏風町民は文句たらたらだ。ここ東京に来るのでさえ苦労するのだから交通の便は最悪だ。だから最低自転車で、あれば車が必要だ。


「……結構バスの中、静かだね」

「皆電車とか車で移動する人が多いからじゃないか? バスの空き席が目立つしな」


 こんな場面が東京の中にもあるとは思わなかった。どこを見ても人だらけで落ち着きが無い都内だとばかり思っていたが、こうして静かな場所もあるとは、東京というのは不思議な場所だ。

 ゆっくりと朱音の首が傾いて頭が俺の肩に着地する。――部活とかで朱音も大変なのだろう、日常的に体を動かして休憩をあまり取っていないのか。それとも久々の部活休みで寝ているのか。バスでアサクサまで数十分だが、暫くはこの肩を朱音に貸してやろう。その間は俺が寝ないようにしなくては。

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