13話 朱音と奏芽という『男』の記憶 その2
奏芽は悩み、というより脱力――その様子をしっかりと隣で見ていた朱音は違和感に感じていた。前回の部活しない宣言に次いで授業中も元気が無くなっていたからだ。
「カナちゃん――大丈夫?」
「……何が? 俺は別に……」
そう奏芽は言うが、俯いて喋っている為そうは見えなかった。
「元気じゃないもん、しっかりしてよ」
朱音に言われても元気は取り戻せなかった。
――やっぱり何かを隠している。そう確信した朱音は部活の後に奏芽の家に寄る事にした。少しでも原因を突き止めるために。夕方辺りまで部活が続いて少ししか家にはいられないがそれでも幼馴染として元気を付けさせてあげようと思った朱音の行動だ。
早速朱音が家に寄ると変な状態の奏芽が玄関から出てきた。
「朱音――」
「カナちゃん遊びに来た」
奏芽は朱音を招き入れて部屋まで連れて行った。朱音は部屋に連れて行かれるまで周りの様子を見ていたが、特に異常は感じられず奏芽の部屋に入っても違和感も何も感じなかった。じゃあ何が奏芽に引っかかっているのか、それが知りたいために奏芽の家に寄ったのだからそれが解決するまでは帰らないつもりでいる。
「カナちゃんハッキリしよう。もう部活とか関係無いから」
今日の朱音だけは違っていた。
こんな元気の無い奏芽を見ていられなかったからだ。
「……別に朱音には解決出来ない事だから」
「そう解決とかじゃなくて、今まで小学校から何かあれば隠し持たずに話してきたのに一番にあたしに言ってこないの? ……だから馬鹿なんだよカナちゃんは」
「な、泣くなって――」
弱虫朱音と奏芽は言いたかったが、確かに朱音の言う事は正しかった。奏芽は何かあれば母の美依の次に朱音に言っていた。特に奏芽は悩みを自分だけで解決しようという性格だったので尚更だ。
「――リビング来てくれる? 理由はそこにあるから」
奏芽達は部屋を離れてリビングへと向かう。ドアを開けて朱音は様子を窺うが特にここも変わった感じはしなかったが――確かに何かが無い違和感があった。
「――カナちゃん、ナーコは? いつも寄ってくるのに」
「ッ……」
早速気付いたかと奏芽は唇を噛む。奏芽が向かった先には衰弱したナーコの姿があった。これを見た朱音は全てを理解した。猫のナーコの看病の為に、最期を見届ける為に部活は出来ないし、元気が無いのも分かった。
「もう十四歳の猫なんだ。俺の小学校からずっと生きてきてたし――うう……」
ナーコとの思い出を返したのか奏芽は初めて朱音の前で涙を流した。こういう奏芽の姿を見たことが無い朱音は何も言えなかった。これは相談も何も出来ないと悟った。朱音も何度か家に行った時はナーコが元気な姿を見せて奏芽の横にひっついて仲が良かったのを覚えている。――だが、今のナーコの状態からは以前の様な元気な姿は見えない。奏芽にとっては朱音と同じく猫のナーコもかけがえのない友達であり家族だったのだ。
「俺ナーコいなくなったらどうすればいいんだよ――」
そう言った奏芽に朱音は困惑する。こればかりは運命で決まっていて朱音でも止める事は出来ない、今の奏芽はペットロスという症候群に罹っていた。だが朱音も迷ってはいられなかった、こんな奏芽の姿を見てられなかった。
「もう、カナちゃん……あたしがいるじゃない――」
泣いている奏芽をギュッと抱きしめた。後ろからではなくしっかりと正面から。
「カナちゃん一人で解決しようとかそういう癖止めて、ナーコだってそうは望んでないと思うよ。それからいつだってカナちゃんの隣にあたしいるんだから」
「あかっ……朱音――朱音俺が悪かった……悪かった……!!」
本格的に声を出して奏芽は泣く、感情が爆発してしまったようだ。その奏芽を止めるように朱音は頭を撫でていた。普段は朱音が泣いて奏芽が「よしよし」と撫でる事が多かったが今回は立場が逆になっていた。
「ニャー……」
――そして奏芽が立ち直ったのと同時にナーコは最期に鳴いて見届けるように息を引き取った。朱音はまた奏芽が泣くかと思っていたが――
「今までありがとうナーコ。ゆっくりおやすみ」
まだ暖かい体を撫でてから、その後帰ってきた美依とその場に居た朱音と共にペット霊園へ行きしっかりとナーコを弔った。火葬をして骨になったナーコを見ても奏芽は泣かなかった。奏芽には強い心が付いた。
――女の子を泣かせない。自分が泣く姿を誰かに見せない。そして強く生きる、と。
奏芽はナーコの最期を見送ってくれた朱音に礼をしていた。
「今までナーコの事可愛がってくれてありがとう」
「ううん、一緒にいたから見送っただけの事。また明日」
朱音は悲しむ素振りも見せず、家へと帰った。朱音は奏芽にこんな理由があったとは知らずに咎めていたのを後悔していた。一匹の猫の為に、いや家族の為に付くしていたのを朱音は止めようとしていた事に。
その後は奏芽は元気に登校するようになった、もし朱音がいなかったら奏芽の心はボロボロになっていただろう、いつまでも朱音に感謝するようになっていた。それを目前とした朱音は部活に誘う事も止めて、自分の部活の休みの時には時折奏芽と遊ぶようになっていた。
そして奏芽の家に着いた朱音は――
「カーナちゃん! 東京でも行って楽しまない?」
「今の時間から行ったら明日になっちゃうよ朱音――せめて隣町だな」
「隣町? まぁそれは良しとして何処か食べに行かない?」
「別にいいけど――」
話がコロコロと変わって今日は食事に誘う朱音。今回だけは部活帰りで素早く帰ってきたので朱音はお腹が空いているらしい。そう言われて決めたのは少し中学校に戻る羽目にはなるが、その中学校近くのステーキハウスに寄ることに。
「ここで良かった? 『女』の子が寄るにはちょっとアレだけど――」
「全ッ然大丈夫、一番グラム多いの頼んじゃうから」
そう朱音が言うがその言葉に奏芽はギクリとする。それはそうだ――ここの店でのグラムが高いのと言えば――。
「はい、最近追加されたレジェンドだよ! めしあがれっ!」
机を揺らす程大きいプレートと特注サイズと思われるライス専用の皿が朱音の前に置かれる。それを見て朱音は目を輝かせる。
「わーこの位の量なきゃ今日はやっていけないよ! いっただきま~す」
総重量ニキロ、価格八〇〇〇円のレジェンドと名乗るメニューだった。これだけ見れば損なのでは? と思うが閉店迄にこの総重量ニキロを一人で食べ終えればプレートと一緒に写真を撮れる権利と本日の料理代の無料化とステーキのタダ券(サラダバードリンクバー別)十枚が貰える。そう、得になる。
「朱音本当に大丈夫か……」
「うん、美味しいよ」
朱音はそう言ってペースを上げるが奏芽はその早食いに引いている。肉を一口大に食べてはご飯を口になだれ入れる。むせる様子も見せずにこのレジェンドを食べ切り店員を呼んだ。
「すみませ~ん、食べ終わりましたっ」
「嘘だろ……」
奏芽は唖然としていた。
レジェンド初の成功者として写真に納められ、今でも店のレジの後ろに飾られている。その成功の証と賞金としてステーキ券を十枚貰っていた――朱音はその十枚の半分、五枚を奏芽に渡した。
「俺何にもしてないのにいいの?」
「いいよ~その五枚は今度来た時に使えるじゃん」
いつもより頭のポニーテールが左右に大きく揺れていた。
朱音はあの量を食べて満足していた。
「また一緒に行こうね?」
「まったく……」
その余裕そうな顔を見て呆れる奏芽、食べ終わるとは思ってなかったし朱音のお腹を心配していたのにこの余裕を見ていたらどうでもなくなってしまう。
「無理するなよ、アホ」
「無理なんてしてないよ、バカ」
「それしか言えないのかアホは」
奏芽はチョップで頭を叩く。その衝撃は地味だが朱音に効いた。
「あたっ、何さ?」
「人が心配してるのに」
「何だよー叩いてきたのカナちゃんじゃん」
やっぱり。と奏芽の気持ちが分かってないからこそ叩いたのに朱音は理解していない。でもこれが朱音だからとそう奏芽は解釈することに。
※ ※ ※ ※
「何でなのよ! あたしこの家から出ていかないからッ!」
「そうは言っても朱音な、都合というのがあってな」
朱音は両親に対して激怒していた。中学二年生の頃に朱音と奏芽の二人の合間では「引っ越し事件」と名付けているが、祖父が亡くなって祖母を一人に出来ないという父親の理由から夏風町から引っ越すという話が出た事がある。それに朱音は猛反対をしてこうして椅子に座って父と談義をしている所だった。
「じゃあこのまま、おばあちゃんを一人にしてもいいのか?」
「一人にしたっていいじゃない! あたしはこの町でずっと過ごしたいの! 産まれた頃からずっとここだったじゃん! それで中学に入って経った時にそんな話されても――」
「朱音! 言う事を聞くんだ! どうしようも出来ない事だってあるんだ!」
父の都合だけでこの町を出るのは嫌だ。朱音は単調だからこそ物心もシンプルに考えている。
「おばあちゃんをこっちに引っ越させればいいんじゃないの? それで解決じゃないの?」
「実家はどうするんだ? 売り払えとか言うんじゃないだろうな?」
「それは――」
とにかくこの町に居たかった朱音は方法を考えるがどうしようもなかった。
夕方だが家を出て、公園で方法に深けていたが何も打開策は無い、その心情を表すかのように雨が振ってきた。しょうがないので朱音は濡れながらも家に帰ることにした。
――ピンポーン
「はーい……って朱音どうしたの⁉ お母さんタオルー!」
つい朱音が来てしまったのは奏芽の家だった。雨はかなり強くなっていき朱音は制服もろとも床に滴る程に濡れていた。奏芽の手からタオルが渡される。
「カナちゃん――あたし引っ越すかもしれない」
「えっ――? どういうこと?」
朱音はその引っ越しの訳を話す。奏芽はその話を真剣の眼差しで一つ一つに相槌をする。そこで奏芽が生み出した一つの答えは――
「簡単簡単、おばあちゃんを説得しに行けばいいんじゃないの?」
「――おばあちゃんを説得?」
「だって、それは朱音のお父さんが決めたっていうんだったら、まだ決まってない方――つまり、おばあちゃんにその話をすればちゃんと聞き入れてくれるんじゃないのかな?」
「なるほど」
単純だからこそ見当たらない部分、家を離れたくないんだったらその先の家に話を付けて来ればこの町を離れなくて済む。この時に当てはまることわざは「灯台下暗し」だろう。
「じゃあ、おばあちゃんの家に行って説得をすれば?」
「それで済むって訳だろ?」
それだったらイケる――朱音は確信して興奮を隠せなかった。
「ありがっと! カ・ナ・メッ!」
二人はハイタッチをする。
――という事で早速奏芽から傘を貰い家に走った。
靴を足で投げ、リビングに直行する。
既に引っ越しの業者を電話帳で探している父の横に立ち話をする。
「おばあちゃんの家に行ってもいい?」
「別に構わないが――下見か? 朱音も行ったことが無いもんな。交通費は出すから行って来い」
「わかった、ありがとう」
父からその承諾を貰い、土日の休みにおばあちゃんの家に行くことになった。
一人じゃ嫌という事で奏芽も渋々ながら付いていくことに。
「俺朱音のおばあちゃんに会った事ないんだけどいいの?」
「だいじょーぶ! 友達って言えばおばあちゃんだって分かってくれるから」
「はぁ――」
奏芽はため息を付くがそれはそうだ。いきなり友人のおばあちゃんに会いに行くと言っても奏芽には理由が無かったからだ。それとここから四国の方まで行くのでかなり時間が掛かる。
――奏芽が思ったのは、こんなに遠いんだったら電話で良かったのでは? と、今更遅い事を思っていた。
「本当に着いた。この家で間違い無いの?」
「うん――おばあちゃん来たよー!」
朱音が門の前で大声を出すと朱音のおばあちゃんが出てきた。畑仕事の途中なのか、カゴと鎌を持って出てきた。もう歳だからか腰が曲がって、これぞ日本のおばあちゃんと行った風格を持っている。
「遠いところからよく来たね? ――そっちの若いのは?」
「あたしの友達! 一人じゃ不安だから連れてきた」
「まぁ――いらっしゃい、何にも無いけどゆっくりしてね」
「お気遣いどうも――」奏芽の腰は曲がるどころか低くなっていた。着いた時には夕方になっていて、ここで帰ったら明日になってしまうので今晩はここで一泊となる。泊まる部屋は二人一緒、幼馴染いえども二人は恥ずかしがっていた。
「なんか、初めてだね。こう――静かな所で二人になるって」
「ああ、俺も何かしらの音無いと不安になる」
「じゃあ、あたし例の話してくるから――」
朱音は立ち上がって早速おばあちゃんと話をするようだ。奏芽は「頑張ってな」と一言だけ。スマホを触って待とうとするが電波が入らず結局何しようかとウロウロしていた。奏芽は部屋を見渡すともう築年数が経っており、昔ながらはこんな感じと実感した。押し入れを見てみると綺麗な布団が二枚――既に誰かが来ることを知っていたかのような綺麗さ……いや、奇麗とでもいうのか。
「ふあぁ――何しよ?」
結局色々探ってみたが、暇つぶしになるものがなく奏芽は大の字になって待つことにした。
一方、朱音は静かな家に耳を澄ましておばあちゃんの位置を知ろうとしていた。朱音自体この家に来るのは滅多なので部屋の構造などは知っていなかった。
「――包丁で何かを切る音。こっちかな?」
扉を開けて見ると台所のような所に出てきた。
「朱音。どうしたの?」
「おばあちゃん――今日は話があってここに来たの」
「どうしたんだい?」
ここに引っ越してくるという事を全部おばあちゃんに話した。――まだ夏風町に居たい事、中学校での出来事や小学校で楽しかった事。後は一緒に付いてきた奏芽の事などを朱音の記憶として残る部分を全部吐き出す。
「そう――朱音はあの『男』の子が好きなのかい?」
そう言われて朱音は言葉が詰まりそうになったが奏芽に対するありのままの事を言った。
「うん、好き。好きすぎて大好き。奏芽の色んな所が大好き」
迷う事もなく直答。その心を知ったおばあちゃんは料理をする手を止めて朱音の目を見た。
「――分かった。今日はゆっくりと休んで。お風呂も沸いてるから。お前の気持ちわかったよ」
「ありがとう、おばあちゃん。それから今日はおばあちゃんも一人じゃないからね」
「ふふ、そうだね。今は三人だね」
なんとか夏風町に踏みとどまった。朱音は廊下に出て喜びが溢れ出てくる。まだ夏風町に居られる、それだけで良かったのだ。急いで朱音は奏芽の下へと戻る。そして勢い良く襖を開けて気持ちの良い音が出る。その音を聞いて奏芽はビックリして飛び上がっているが……。
「うぉわっ⁉ ――ふっ、どうやら」
「「上手くいった」」
二人の息はピッタリしていた。奏芽も朱音も一安心していた、まだ夏風町の幼馴染として居られるという事に安堵。
「ご飯はまだだって、先にカナちゃん風呂入っていいよ。ここで待つから」
「うん、じゃあ行ってくる」
奏芽は風呂の為に襖を開けて廊下に出るが、そもそも風呂の位置が分からなかった。だから家の中をあちこち探して見てようやく見つかった。早速中に入ると床が冷たいタイルで暖かいイメージとは掛け離れていた。
「冷たいのに逆に熱く感じちゃった。ひぇ~これは朱音も嫌と言うわな」
「失礼だね」
「わっ! ごめんなさい!」
後ろに忍ぶかのように現れたおばあちゃんに奏芽はビックリする。――こんな幽霊屋敷に近い家で余計にビビってしまったのだろう。
「――タオルとかここにしまってあるから使ってね。ゆっくりしなさいな」
「お気遣いありがとうございます……今日は疲れを癒やさせて頂きますありがとうございます……」
おばあちゃんも気遣いがわからなかったのだろう。まさか朱音が『男』の人を連れてくるとは思ってもいなかったからだ。
長旅に激熱と付くぐらいの温度のお湯で疲れを癒やす奏芽。裸になった途端に寒さは倍増したが、一度お湯の中に入ってしまえばそんな事は気にもならなかった。
「今日はマジで疲れた――スマホも使えないし楽しい事がこっちに来て無いよ……」
独り言を言った後に顔全体を湯船の中に入れてブクブクと泡を出す。その次にガタンと音がして奏芽は体が固まる。
「ゆ、幽霊の一つや二つ絶対いるって……マジかよぉ――!」
逃げようにしても裸の状態で逃げたらそれはそれでこの家全体に大迷惑だ。だが、音が止まずにこっちに近づいていく音さえも聞こえてくる。
「天使様神様! 止めて――」
そう願ったが浴室の扉が開けられ入ってきたのは――
「あったかいおっふろ♪ ――ふえぇ⁉ うそっ⁉」
全裸の朱音だった。部屋に待つと言っていたはずの朱音がこの浴室内に入ってきて奏芽と目が合う。
「わっ、あっ、その――」
奏芽はその朱音の姿に困惑をしている、次第に顔が真っ赤になっていく。
「カーナーちゃーん! おばあちゃんに嘘付いたのね! この、スケベ!」
「あたぁ⁉」
桶が一個奏芽の顔にクリーンヒット。
結局仲が良いからか、おばあちゃんの勘違いで起こした事というのが分かって直ぐに朱音は謝罪した。そして浴槽が広かったので、お互いの陰部が見えないように背中を向き合って一緒に入っていた。
「俺さ――お母さんとかと一緒に入った事無くてさ、朱音が初めてだよ。一緒に入るのは」
「そうなの? ――あたしも一人だけどよく小さい頃はお父さんとかお母さんと一緒に入ってたな。――怖くって」
そこで会話が途切れる。お風呂で何を話せば良いのだろうと二人で考えているのだろう。
「「あのさ」」
「あ、いや。朱音から」
「ううん、下らないからカナちゃんから――」
「俺から⁉ ――ハッキリ言って、朱音が居なかったら中学楽しくなかった……かもって」
「同じ事思ってた、カナちゃん居なかったらあたしも中学楽しくなかったよ」
相思相愛。この四字熟語がピッタリで二人は浴槽内で笑っていた。この二人はどこまでも息がピッタリだった、小学校から中学校に渡って何をするにも二人でじゃなきゃ乗り越えられない壁も多かっただろう。でもこの浴槽での会話を聞く限りは、関係性は強いと感じられる。
「二人、熱く無いかい? 大丈夫かい?」
この二人が入る元凶となったおばあちゃんがやってきた。
朱音は二人という言葉を聞き逃さず、大声を出す。
「おばあちゃん! 嘘付くなんて酷いよ!」
「ごめんごめん、どれだけ仲良しか知りたくて」
「「仲良しじゃないです!」」
この言葉を聞いておばあちゃんは笑う。二人がこう言いだしたからだ。
結局奏芽がお風呂にずっと入ってるのを知っててやったおばあちゃんであった。
食事も終わり、布団を引いて寝る二人。奏芽は天井の染みが顔に見えて中々寝れなかった、結構奏芽はこういうのにみっともなくなる事があった。はたまた水みたいのが垂れて来るんじゃないのかと色々な被害妄想。
「カナちゃん――カナちゃん? 起きてる?」
「あ、う、うん――起きてる」
朱音は布団から手をだす。
「手、繋いでて貰える? 中々寝れなくって」
「いいのか?」
朱音は頷く。その頷きに応えて奏芽は手を握る。小学生の頃はよく手を握って一緒に帰っていたのに歳が進むにつれこういう行為も恥ずかしくなっている。だから握ってもいいのかと応えを求めたのだろう。
「いつもカナちゃんの手って暖かい……変わんないんだね」
朱音にそう言われて奏芽は恥ずかしがる。
「あ、朱音だって――変わってないじゃねぇか」
「ううん、あたしは凄い変わったと思ってるよ」
「どうして?」
「だって――カナちゃんが居たから……」
そこで言葉が詰まってしまった、どうして奏芽に対して好きと言えないのだろう。朱音の気持ちはもどかしさが混じっていた。
「朱音?」
「ううん、何でもない。おやすみっ」
掛け布団で顔を隠して本格的に寝に入った。奏芽は変に思っていたが手を握ったまま深い眠りに入った。
※ ※ ※ ※
奏芽が朝に起きたら朱音はおらず左右を見渡す。朱音が家から持ってきたであろうリュックサックは部屋に残っていたので何処かに出掛けていると奏芽は思う。――奏芽は繋いでいた手を見る。
「あれからずっと繋いでいたのかな――」
手を握ったり指を伸ばしたりとグーパーを繰り返して感触を試す。
着替え終わり奏芽は廊下に出る、外は夏風町よりも日差しが強く暑い。夏の本番前でその番より暑くは無いとはいえ蒸し暑さが奏芽を襲う。
「こんなクソ暑い中で朱音は何処に行ったんだ……」
床が軋む音が向こうから聞こえ、やって来たのはおばあちゃんだ。
「おはよう、かなみ……だったかな?」
「いえカナメです。朱音は何処に行ったか分かります?」
「朱音だったら走りに行ったよ。かなみは家でゆっくりしなさいな」
「カナメなんですけど――分かりました、部屋で待ってます」
奏芽は部屋に戻った。戻ったのはいいが、やっぱり部屋ですることが無い……奏芽はストレッチや部屋で出来る軽い運動をして時間を潰した。――ふと奏芽は朱音が持ってきたリュックサックが気になり手を出そうとしていた。
「――いや! 幾ら幼馴染とはいえ人の物に手をだすのはどうと。抑えろ~抑えろ! 奏芽!」
溢れ出る欲心に歯止めを掛ける奏芽だがリュックサックのファスナーまで手が出ていた。
「ただいまー! カナちゃん、あたし一汗掻いたから帰ろう!」
朱音が帰ってきて奏芽の欲心が引っ込む。はぁ――と奏芽は一息吐く。
「朱音! ……帰るか」
そそくさと帰り支度を始める。かなり雑に片付けて奏芽は自分の荷物を持ち上げる。朱音はその行動を少し変だと思っていたが、対して気にせずに帰り支度が終わる。
「おばあちゃんありがとうね! いつになるか分からないけど、また来るね」
「またいらっしゃい、カナミも朱音も――」
「ありがとうございました……カナメですけど」
ここからまた夏風町に戻った時はまた夕方になる、結局奏芽が来た意味は何だったのか? フェリーに乗るまでずっと考えていた。
フェリーに揺られながら、海を眺める。
「これからもまたずっと一緒だよ、カナちゃん」
「……そうだな、朱音」
二人、久々に外で手を繋いでずっと夏風町まで帰った模様。それまでに二人を邪魔する者もおらず、朱音は別の気持ちが混じりつつも手を繋ぎ。奏芽はこれからも一緒という一心の気持ちで手を繋ぐ。
この後、朱音が夏風町に残る事は言わずとも――そして櫻見女に話は進んでいく。




