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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第二章 堂ノ庭朱音
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12話 朱音と奏芽という『男』の記憶 その1

 唯川奏芽六歳――

 夏風町ですくすくと育ってきた少年奏芽は小学校の準備をしていた。新品のランドセルを祖父に買ってもらい気分が上がっている。何度も自分の部屋で背中に背負っては鏡を見てニヤけていた。


「明日は小学校……楽しそうだな」


 ギュッと肩紐を握って頭の中で想像する。――どんな友達が出来るだろうと。


「奏芽? 入るわよー」


 奏芽は自分の姿をもう一見してからランドセルを降ろす。


「いいよー! お母さんどうしたの?」

「明日は小学校だけど準備出来た人は手を上げて」

「はーい!」


 奏芽は大きく手を上げる。


「よくできました、今日は寝なさい。明日は楽しい事いっぱいだから」

「うん、おやすみなさい」


 奏芽はベッドに入って母は電気を消す。その後は階段を降りて下に居るその母の両親と話をする。


「美依、別に無理して奏芽を一人で育てるなんて選択肢をしなくても良いんだぞ」


 唯川奏芽の母、唯川美依みいとその唯川奏芽の父、鵯尾ひよどり雅人まさとと離婚して六年が経っている。これは奏芽を産んで直ぐの出来事だった。問題としては雅人の浮気であった。これが一度ではなく二度や三度に渡って浮気をして、子供が出来てこんな父親はだらしないということで離婚話を美依から持ち掛けた所、成立した。


「大丈夫よお父さん。私一人の手で六年やってきたんだからこれからもやっていける」

「美依不安よ」

「お母さんまで……一人で大変になってきたらまた電話するから。今日は奏芽の為にありがとうね」


 美依は両親を玄関まで見送り再びリビングへと戻った。まだ午後の九時、することが無くなった美依は奏芽の様子を見に行った。奏芽の部屋の扉をゆっくりと開けて窺う。


「……寝てるね。明日はお母さんも一緒だから」


 美依も自分の部屋に戻り眠りへと就く。

 奏芽の為に休みを取った明日の為に。本当は生活の為に一日も休む事は出来なかったが、たった一日の式典に出れないで奏芽を悲しませては行けないと考えていたからだ。この子供想いの母の行動で会社も許せたと言った所だ。




          ※  ※  ※  ※




「友達ひゃっくにん出来るっかな―♪」


 当日もご機嫌が良い奏芽は美依の手を取って上下に振っている。


「奏芽、元気良いわね」

「うん! 夢の中で百人出来てたから多分楽しいと思う!」


 夢の中でも百人出来てたという言葉を聞いて美依は笑っていた。


「今日からもう友達が出来ると良いわね」

「出来るといいね~。……でも出来る気もしない」


 結局奏芽は作る気があるのか無いのか分からない曖昧な言葉を出して美依は苦笑だった。この少年の意は分からないが、この頃から不思議だと分かる。


「どうして出来る気もしないの?」

「だって――百人っていくつ? いっぱいだよね?」


 ――そっちなんだ。 と理解をする美依は今日から笑える話ばかりで奏芽の話をずっと聞きたくなっていた。子供が話す事が面白い事ばかりだ。





 海街の方まで歩き小学校へと着いた、ここは神指神社よりも奥で櫻見女よりもやや小さい場所だった。しかし櫻見女と比べると小さいだけで他の小学校と比べると意外に大きいと思われる。

 体育館へと向かう美依。それと同時に新品の上履きを履いて奏芽は自分の教室へと向かう。初めての場所だが緊張もせずに先生の話を聞き一人で教室の位置を理解した。この時から既に土地勘や何が危ない物なのかを理解しており、夏風町の大体の地図を頭の中で展開が出来る。そういう面では長所だが、理解した上で危ない橋を渡ったりとギャンブル面な短所も……。

 奏芽が教室に入ってから驚く、この机と椅子に人ひとりずつ来ると理解してこんな小さな部屋に大人数が入るとは思わなかったからだ。普通といえば普通なのだが、奏芽は幼稚園には入っていないのでこういう部屋に来たことがない、まだ奏芽の経験は未知数といった所か。

 早速皆に話し掛けようと行動しようと思うが――意外にも恥ずかしかったのであろう。言葉が詰まって動きが取れないようだ。


(こういう時ってどう話せばいいの?)


 仕方がなく『ゆいかわかなめ』と書かれた机に座って待機。奏芽の友達百人はまだ程遠いようだ。





「奏芽。教室でお友達出来た?」


 美依にそう言われて奏芽は顔を横に振る。結局入学式の最初から最後まで誰にも声を掛けられずに終わった。奏芽は残念そうに下を向いて商店街を歩く。この先大丈夫なのかと奏芽は不安に襲われる。


「また明日もあるわよ。今日は残念って事で……レストランでも行こっか?」

「うん!」


 また奏芽に元気が戻ったようだ。このレストランの一言で元気が戻るとは単純だ。



「やだもぉぉ~ん! もう学校行かないぃぃ! ママと一緒がいいもぉぉん!!」


 奏芽と美依はその声の方向を見る。一人の少女が母親の手を掴んでギュッと引っ張って大泣きしている。入学式で多くの小学生が通る中で奏芽達だけではなく誰からも見られていた。


「こーらっ朱音! 明日も行かなきゃ駄目なのよ! そんな嫌々言ってたら友達も出来なくなっちゃうから――」

「友達いらないからママと一緒がいい! 一緒がいいの!」


 そう言って朱音という少女も駄々をこねる。

 ――一方で美依は「奏芽はこんなんじゃなくて良かった」と少女の姿を見て安心していた。そしてレストランの方角へとあるき出そうとして手を引っ張ったが奏芽の動きが止まったままだった。


「奏芽、あんまりあの子の事見ないの……あっ」


 その少女の母と目が合って一瞬動転する美依。会釈だけをしてさっさと奏芽をレストランへと運ぼうとするが逆に奏芽は少女へと近づいていく。


「ちょっと奏芽――」


 美依は奏芽を止めようとしたが、足を止めて逆に何をするのか気になり行動を見る。


「僕、唯川奏芽――君は?」

「グズっ……堂ノ庭朱音――」


 奏芽は何処で覚えたのか分からないが手を差し伸べて握手を求めている。その意味が分かっていない朱音は疑問に思っているが手を伸ばして握手をした。その後朱音は立ち上がってまぶたを拭う。


「今日から友達……朱音ちゃん一緒に行こう?」


 その言葉を聞いて美依はギクッとして朱音達に近づく。


「あの、そのっ――今からレストラン行くんですけど、一緒に如何ですかね……?」

「えっ、まぁ――何かの縁と言う事で……」

 

 それぞれの子供の名札を確認して同じクラスと認識をして地味に安心する二人。違うクラスだったらどうという話もあるが、そこは深く追求しない事にしよう。


 初めてなのに奏芽と朱音は手を繋いで歩いている。奏芽は初めてなのにもう慣れた感じで隣の子と歩いている姿を見て美依は感動をしている。


「奏芽ちゃんは学校嫌じゃないの――お母さん好きじゃないの?」


 朱音は奏芽に質問をする。


「僕はお母さんも好きだけど――学校も好きになりたい」

「学校じゃお母さんに会えないんだよ? それが嫌――」


 再び朱音は泣こうとしていたが、奏芽はその涙を止めるように


「僕と友達だから学校に行けば僕に会えるよ」


 次の言葉を言った。大人びた事を言って双方の母親はビックリする。

 ――こんな子がこんな事言うなんて先に進んでいるわ、と。

 ――奏芽ってこんな子だったっけ? 一日で何があったのかしら? と。


「ありがとう……明日も学校行ってみる……頑張ってみる……」


 朱音も明日から一人で学校に行く気になった。この一声を聞いて朱音の母は安心をした。


「お宅のお子さん。朱音を説得しちゃった……」

「えへへ――どうも……」


 まだ見ぬ奏芽の実力に礼をするしか無い。一体どんな子になるのだろうと。


「しかし、奏芽ちゃんは『僕』って言うんですね――」

「はい……はい?」


 美依は言ってる事が分からなかった。男の子なのに『僕』と言ってはいけないのかと、一応間違いなのかと思って美依は聞いてみる。


「あの、ウチの子は『男』の子なんですけど――」

「へっ? あれ? うそっ⁉ ごめんなさい! 名前と容姿からつい『女』の子と思っちゃって!」


 朱音の母は直ぐに謝罪をした。初めてにしてかなり大きな間違いを犯すとはこの母もうっかりしすぎている。名前で勘違いをする人は多いが、本人を目の前にして勘違いをするのはこの朱音の母ただ一人だった。


「『男』の子……」


 有り得ないと思って朱音の母は奏芽をずっと見ている。

 いくら見た所でこの事実は曲げられない。




          ※  ※  ※  ※




 次の日――

 昨日と違って一人で学校に奏芽は行く。別に一人といって怖気付く事は無かった。何せ五歳の時から公園や商店街に遊びに行くこともあったので、別に寂しさなども感じておらず逆に楽しそうであった。


「おはよう奏芽ちゃん――」

「おはよう朱音ちゃん」


 朱音は母が居ない事でビクビクと怖気付いていた。今の朱音からは到底考えられない性格だった。


「奏芽ちゃん、『男』の子なんだって――あたし分かんなかった」

「僕『女』の子じゃないよ……」

「カナちゃん――」

「か、カナちゃん?」

「カナちゃんって呼んでもいい?」


 なんとなく奏芽は気に入ったので顔を縦に振ってカナちゃんと呼ぶ事を許可した。


「カナちゃんはあたしの事なんて呼ぶの……友達はあだ名を付けるって」

「そうなんだ――じゃあ僕は朱音って呼んでもいい?」

「いいよ――」


 小声で応える、別にあだ名でも何でも無かったが、こういう事を考えるのがあまり好きじゃない奏芽はストレートに付けたのだろう。

 商店街を歩く小さな二人、奏芽は慣れた場所で人の目を気にしていなかったが、朱音は恥ずかしいのか奏芽の後ろに隠れて人の目を大いに気にしていた。


「カナちゃん怖いよ――」

「大丈夫」


 朱音と違って奏芽はグイグイと歩いていく、奏芽に次いで朱音も歩くが結局怖いのだろう。奏芽のランドセルを掴んで歩くので奏芽の歩が止まる。


「朱音、歩きづらい……」

「ご、ごめん――」


 それに気付いて朱音はパッと離すが、途端に泣きじゃくった。


「ぐずっ……怖いよぉぉ!」

「朱音大丈夫だって、行こう!」


 泣く朱音を引っ張って商店街を走り抜けた。こうなると朱音の明日も不安になる、この調子だと登校に時間が掛かって仕方がなかった。これには商店街の奏芽を知っている人々も苦笑。


「あんな可愛い『女』の子が奏芽くんに居たなんてね、でもアレだとお荷物さんだわね」

「まぁ最初は怖いだろう、ははっ」


 共に奏芽の成長を見てきた商店街の人達は他の子供達もこんな感じなのを奏芽以外にも見てきたので、成長が楽しみな模様だ。





 小学校に着いても朱音の態度は何も変わらなかった。ひたすら奏芽に依存するだけだった。これのせいで奏芽はトイレにも行けなかった。


「朱音、僕から離れないと困る……」

「やだやだ! 奏芽が行く所全部あたしが付いていくもん」


 腕を掴まれて身動きが取れない。

 これに奏芽は困っていた。どこに行こうにしても朱音が付いて来て行動が制限されているからだ。


「じゃあ朱音、椅子に座ってて――直ぐ戻ってくるから」

「うん――」


 あまり乗り気じゃない声を出していたがちゃんと奏芽の言うことは聞いていた。朱音は椅子に座って奏芽の動向を見ていた。奏芽は泣き出す前に早く帰ってこないとと考えている。


 トイレで用を足した後は素早く教室に帰る。

 ――素早く帰ったのに朱音は泣き顔で待っていた。これに奏芽は泣かしてはいけないと直ぐに隣の椅子に座った。


「カナちゃん遅い……」

「ごめん――」


 何をしていいかと奏芽は悩んだが、朱音の頭を撫でた。これは美依がやっている行動だった、泣いてる時は頭を撫でている事が多かったのでこれを奏芽は実践をしたのだろう。


「ぐすっ……」

「泣かないで朱音」


 とにかく一つ一つに入念な行動が必要な奏芽だった。




          ※  ※  ※  ※




 そんなこんなで仲が良かった奏芽と朱音。小学生の頃の朱音の本当のあだ名は「ひっつき虫」だの言われていたが、そんな朱音にも意外な一面が出た時があった。――そう体育の時間だ。この時間の朱音は何の種目にもオールマイティに行動していた。他の男子にも負けじと五〇メートル走はトップに捻り込む程だった。


「はぁはぁ――朱音ちゃんって凄いね!」

「本当――?」

「凄い凄い!」


 その魅力に気付いた他のクラスメイトは朱音に惹かれて、朱音自身もその実力をバネに人間恐怖症を改善されていくことになっていった。他にも鉄棒での逆上がりや縄跳び、遊びである鬼ごっこやサッカーでも全力で取り組み、評価が上がっていった。

 一方で奏芽はというと朱音の実力に嫉妬をして朱音を追うように体力面を伸ばしていったが……勉強が疎かになることが何度もあって、先生に叱られる面も何度かあった。


 そして幾つか経った日にはもう朱音は「ひっつき虫」と呼ばれない程に心身共に成長していた。意外な成長で奏芽は追いつけずぼーっとしていた。遥かに友達の数が朱音の方が多かったからだ――特に『男』の子の友達が。それに負けじと奏芽も友達を作るが明らかに朱音と奏芽の会話の回数が違った。

 そして奏芽は友達の数は諦めていつか体育の時間で一番になると考え始め、朱音に次いでトップになる事が多くなった。





「ただいまー」


 階段を上がって直ぐにランドセルを投げ捨てリビングでゆったりとする。


「おかえり奏芽、宿題は?」

「後でー」


 当時居た猫のナーコと戯れていると、インターホンが鳴る。

 勿論来た相手は朱音だった――


「カナちゃん! あーそーぼ!」

「いーいーよー」


 奏芽は疲れていたが朱音ともなると遊ぶ訳にも行かないので直ぐにリビングをでた。


「カナちゃん今日はどこ行くの?」

「公園」


 奏芽の家近くの公園まで遊びに行くことになった二人、その公園は案外学校帰りの子供達が集まる事が多く遊ぶには適した場所だ。そこには既に奏芽達のクラスメイトが集まっており何かをして遊んでいた。


「おっ、朱音と奏芽ー。缶蹴りしよう」


 たまたま投げ捨てられていた缶を持って缶蹴りをしていたようだ。それに朱音と奏芽も混じる。

 今回はクラスの子が鬼ということで朱音と奏芽は競う事は無かった。ということで普段から仲が良い二人は二人揃って仲良く隠れている。


「ここだったらバレないよ――」

「うん、完璧だね!」


 朱音が少し動こうとした所で朱音は何か違和感に感じた。

 ここに移動した際に木の枝に朱音の髪の毛が引っかかって痛みを感じていた。


「どうしようカナちゃん……髪の毛が――」

「大丈夫?」


 奏芽がガサガサと髪の毛と枝を解こうとするが、変に絡まっていて中々解けない。


「誰か居るの?」


 鬼に気付かれそうになって二人はじっと息を潜める。これじゃ逃げる時に朱音が逃げられないと思って奏芽は一つの行動に出る。


「ごめん朱音。思いっきり引っ張ってもいい? 痛くないようにはするからさ」

「うん――お願い」


 朱音は覚悟を決めたか目をぎゅっと閉じる。

 それに応えて奏芽は朱音の髪を持ってスッと引っ張った。


「痛っ――」


 少しは痛みを感じたが、それなりに我慢が出来る痛みで奏芽も少し安心している。

 だが、その動きで鬼に奏芽が見つかった。


「奏芽見ーつけた!」


 その声に奏芽は逃げたが、中々茂みから逃げられず敢え無く捕まった。他も捕まっていて残るは朱音一人となっていた。

 それに気付いている朱音は悩んでいた。このまま帰りのチャイムまで待つか。それとも缶を蹴るかで。

 奏芽は作戦で鬼に捕まった。それはというと捕まって視線を全然関係ない所に送って鬼の注意をそらすというテクニックを使おうとしていたのだ。

 ――鬼が奏芽の前にやって来た所で大いに視線をそらして「朱音大丈夫かな?」と鬼に聞こえやすいように声を出した。一方でそんな作戦を知らない朱音は「カナちゃんのバカ……」とビクビクしていた。


「朱音ちゃんはそこなんだな!」


 走って全く関係無い所を探している鬼を朱音は見て好機だと思って飛び出た。男子にも負けない走力で缶に向かって走る。その音を聞いて鬼は振り向いて走ってくるが僅かな差で缶が蹴り上げられた。


「くっそー奏芽ズルいぞ!」


 鬼は悔しがっていた。

 その様子を見て奏芽と朱音はハイタッチ。良き好敵手ライバルであり、良き仲だった。


 今日、朱音に痛い思いをさせたのを悩んでいた。別に気にはしていないのだがそれが奏芽にとっては多いな悩みだった。それをお母さんに今日あった出来事で話していた。


「だったら、これプレゼントしてみる?」


 美依が渡したのは白色リボンがついたヘアゴム。それを奏芽は受け取って明日渡す事にしたようだ。

 そして次の日には早速とそのヘアゴムを渡すと朱音は喜んで受け取り、早速それを使ってポニーテールを作った。


「これで引っかかる事無い――ありがとう」

「どういたしまして」


 よっぽどこのヘアゴムが気に入ったのか、櫻見女を通う今でも使っている。





 一年生二年生と上がってクラス替えがあっても朱音と奏芽は別れることはなかった。それもあって常に仲がよく飽きる事無く色々な事をしていた。それに引き換えて勉強が疎かになっていくが、奏芽はなんとか追いつき朱音は奏芽に教えてもらってなんとか追いつくという相互関係も気付いていた。最も、どちらも宿題はやって来ていないことが多かったが――。


「だから! そこは掛け算やった後で足し算するんだってば」

「よくわかんないーもう外出て遊ぼ?」


 鉛筆で遊び始めて勉強など既に投げ捨てている朱音。

 なんとか教えてこもうとする奏芽だった。


「全く――ややアホ!」

「ややアホ? ……バーカ! 奏芽バーカ!」

「はーっ⁉」


 それでも喧嘩をする様子はなく、ワチャワチャと言い合った後共に笑い合うという絶対に喧嘩をする様子を見せない二人だった。勿論この後にも喧嘩する事はなくこの関係性は続いた。

 ――しかしある時だった、余りにも仲が良すぎて逆にからかわれた事もある。下校中に朱音が悩みを奏芽に対して話す。


「あたし『男』の子と遊んでばっかりだから『男』って言われたり――」

「大丈夫だって、アイツらだってふざけて言ってるだけだよ。俺だって色々言われてるし」

「でも――『男』って言われたのは傷つく」


 それに奏芽は頭を掻く。確かに奏芽や他の『男』の子と朱音は沢山遊んでおり、特に奏芽とはよく遊んでいるので誤解を招かれるのは仕方が無かった。


「あたしが――あたしが『男』の子だったらこんな事言われないのかな――」


 急にに朱音が変な事を言った。


「うーん……」


 更に頭を掻くスピードが上がる。これに関しては奏芽もどうしようも言えなかった。


「じゃあさ……俺が『女』の子だったら皆文句無いのかな……」

「えっ――?」

「いや何でもない! ごめん忘れて!」


 奏芽はとっとと先に走っていく。


「カナちゃんが『女』の子――それはそれで何か嫌だ……」


 朱音は奏芽に対して意識していた事があり、嫌と答えた。商店街で朱音は立ち止まっていたが奏芽を追いかけて走った。


「もーカナちゃん! いいよ。あたしが負けないようになるから!」


 奏芽の背中を押す。心底朱音にもツラい所はあったようだがポジティブに考えるようにしたらしい。


「わわ押すなって! 車走ってきたら危ないから」

「だいじょーぶ! 次はカナちゃんの事ランドセル持って引いてあげるから」


 朱音は「ややアホ」だからこそこう言った事が出来たのだろう。


(――カナちゃんが『女』の子になる。そんな事には絶対にならない。でも、仮にそういう事がカナちゃんが出来たら、あたしは嫌いになってるかも……)


「朱音?」

「――? 何?」

「ううん、凄い苦しそうな顔してたから、何かと思って」

「別にー! とりあえずカナちゃん鬼だからあたしのことタッチしてね」

「あっズルいぞ! 待てー!」


 まだ落ちてない太陽の中で下校にも関わらず遊び始める二人、それを見た商店街の人達も笑顔だ。子供は無邪気だから遊ぶべきだと一人が言った。




          ※  ※  ※  ※




 こうした日が続いて次は中学校だが、勿論この二人も一緒だった。中学校は小学校とはまた真反対で商店街側にあった。駅からは二〇分程行った所、奏芽達は商店街を経由せずに入口の横を通るだけだ。


「中学校も一緒なんだな、お前とは何年の付き合いになるんだよ朱音」

「カナちゃんとは多分何年の付き合いになるよ、カナちゃんが馬鹿な限りは」

「何だそれは……」


 登校中も一緒で会話しながら向かう。朱音は相変わらず奏芽に貰ったリボン付きヘアゴムを付けてポニーテールにしていたそれを奏芽は指摘する。


「そのポニーテール気に入ったのか? 新しい髪型とかにはしないのかよ?」

「えー。これが一番動きやすいし……揺れるのがお気に入りなんでしょカナちゃん」


 そう言って髪を揺らすがどちらかというより奏芽は成長した方を見る。それに気付いた朱音はおもいっきり顔に平手打ちをする。


「痛いでしょ?」

「凄く痛いです――ごめんなさい……」

「もー、せっかく髪型の話ししたのに――」


 朱音は髪型を変える事も無く、途中でヘアゴムを解く事もしなかった。ずっと奏芽から貰ったリボン付きヘアゴムを愛用して使っていた。特に深い意味は無く、これ以外にヘアゴムを買う事が面倒という朱音らしい理由だった。


「そういえばさー」


 朱音はある一枚の髪を取り出す――。

 そう、部活紹介の紙だった。これに一つ丸が付いた部、朱音が得意とする運動系の「陸上部」に丸が付いていた。


「カナちゃんは何に入るの?」

「俺? ――俺は帰宅部だ」


 朱音は驚いていた、過去にマラソンでも上位に入り、五〇メートル走も上位に入った運動が得意そうな奏芽が帰宅部に入るとは思っていなかったからだ。


「いや、カナちゃん陸上部一緒にやろうよ!」

「俺朝起きるの苦手だし」

「それじゃあたしが起こしに行くからさ!」

「――止めとく。別に俺は運動得意じゃない」


 何度か奏芽を勧誘するが結局断られるばかりで朱音も諦めが付いた……と思いきや、他にも朱音は陸上じゃなくてサッカーやバスケもどうと聞いたが奏芽の返答は同じだった。

 そして、昼下がりの教室で朱音は――


「なんで部活やらないの! バカ奏芽!」


 ドンッと奏芽の机を叩く。

 ついに部活をやらない事に関してキレた朱音。初めてキレる朱音に対して奏芽は驚いていた。


「な、何怒ってるんだよ――」

「それは怒るよ! アレだけ小学校で上位に入ってたカナちゃんが中学校に入って怖気付いてるんだもん! 頭可笑しいんじゃないの!」

「はーっ⁉ 怖気付いてるんじゃねーよ俺は! 俺はただやりたくないだけだ!」

「何でやりたくないの⁉」

「それは――」


 理由は言えなかった奏芽。こんな気迫に満ちた朱音を怒らせる気も無く。朱音も頬を膨らませて泣き顔になっていた。


「奏芽泣かしてる……」「アイツ最悪だぜ……」「幼馴染なんだってな……」「部活入ればいいのに……」


 流石に大声で話をしていたからか教室内もざわざわし始める。これが朱音の狙いだったのかもしれない、これだけ言えば周りに押されて奏芽は「イエス」と答えるだろうと思っていたのだろう。

 だが――


「悪い、絶対にやりたくないんだ。ゴメンな朱音――」


 奏芽は断って席を外した。絶対に部活をやると思っていた奏芽だったのに朱音は裏切られた気分になっていた。


「カナちゃんどうして――」


 奏芽がやりたくない理由を知りたかった朱音だったが、奏芽からの口からはその理由が全く出なかったで、朱音は少しでもその訳を知りたく――幼馴染として奏芽の悩みと受け取って調べる事にした。

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