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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第一章 名胡桃茉白
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番外 名胡桃茉白の幼い記憶

 ――高校に入るまで私の夏風町での懐かしい記憶。

 棚の本はそれまでの記憶でもある。

 私の部屋のその奥の小さな倉庫部屋、この棚には収まりきれなかった本達と同時に、お母さんに買ってもらった絵本やアルバムが代わりに収まっている。そしてゴールデンウィーク中に撮った奏芽さんとのプリクラのシールをアルバムに納めようとして何処に貼ろうかと見ていた。


「こんな写真も――」


 ついつい懐かしくて手が止まってしまう。ピラピラと捲っていくと色がボケたある『男』の子と写った私の写真が出てきた。これは何かと思ってじっくりと見ていた。

 私には友達が少なくて、こういった友達と一緒の写真というのはアルバム内で無いに等しいけど、一冊目のアルバムで唯一男の子と遊んでいる写真がこれだけ。この顔は最近で見た奏芽さんと面影が一緒だった、あの頃に遊んでいた『男』の子はやっぱり奏芽さんだったのかもしれない。

 私は記憶の中をける――






 十一年前――

 父の事業がバブルに弾けてどん底に落とされた時に私は産み落とされ、それから五年が経った時。借金も膨大化していって引っ越しをせざるを得ない時になった。私はまだその事実を知らなくて商店街のあの書店で絵本をお母さんに買ってもらったりとかしてたかな。まだ家も今住んでいる所じゃなかったし、日本もまだ発達途上国だった。

 お母さんに買ってもらった本を持ちながら歩いてた時――


「茉白、ごめんね。後一ヶ月でこの町とはバイバイなの」

「どこかいくの? ようちえんは?」


 お母さんは苦い顔をしていた。幼かった私になんて言葉を言えばいいのか分からなかったのでしょう。それでもお母さんは――


「幼稚園はまた別の所、新しいお友達が出来るわよ」

「ほんとう?」


 無邪気で右も左も分からない頃だからお母さんも気遣ってポジティブに言葉を投げかけていた。


「だから、今のお友達とバイバイしなくっちゃね」

「もうあえないの?」


 お母さんは少し残念そうに顔を縦に振った。父の事業の弾け具合は相当激しかったらしくて、これに復帰するまでかなりの時間が掛かったみたいです。


 家に帰ると引っ越しの準備をしながら何かをコツコツと書いていたのを思い出します。今思うと借金の計算をしていたのかもしれません。そして当時のお父さんは荒れっぽく何かと因縁付けてお母さんと喧嘩する事が多かった気もしました。


「うるせぇ! こっちは忙しいんだ! 少しは手伝え!」

「茉白の前で大きな声出さないで! ……茉白ごめんね? お外で車に気をつけて遊んでいらっしゃい、ちょっと今お父さんとお話があるから」

「うん――」


 私はお母さんに買って持っていた本をお母さんに手渡して外に行くのですが前にも言った通り友達が少なく、公園に行っても遊ぶ子が居ませんでした。だからあの商店街のベンチに座って通る人々の様子を見る事が多かったですね。じっくりと観察をしていると『男』の子と目が合ってその子が近づいてきました。


「ひとり? これからこうえんいくんだけどあそぶ?」

「わたし、うんどうにがて……」

「じゃあ、とくいなのなに?」


 持っていたカバンの中から本を取り出してその子に見せてあげました。


「わたし、ほんがだいすき。よむのもみるのもすき――」

「ぼく、ほんよめない! きみってすごいね!」


 そういって『男』の子は私の隣に座って本を読んでくれとせがまれて、本を読むことが多かったですかね、私が本を読んでいる間はその『男』の子も静かで聞き入ってくれてました。最後まで読み終わると拍手とかもしてくれた時もあって私も読みがいがありましたね。


 ――でもある時。


「おおきなおおきな……」

「ほんよんでるのだっせー」


 この時代って意地悪な子も多くてちょっかいを出す子も多かったです、中には石を投げてきたり本を盗ろうとした子も居ました。でも私の隣にいた『男』の子は――


「やめろ! なくことをいうな! いじめるな!」


 そう言って私の事を守ってくれる事が多かったでしたか、次第にその子に惹かれるようになってきました。これはあの時だけの感情で、好きって感じた事もありました。何度か、意地悪な子もちょっかいを出される時にあることを思った事もありました。


「わたしが『おとこ』のこだったら、いじめっこもぎゃくにいじめられるのに――」


 ともその『男』の子に向かって言ってたら逆にその『男』の子が――


「だったら、ぼくが『おんな』のこになってみたい! そうすればだれにもじゃまされないで、きみともおしゃべりできるし、もっともっとはなしてみたい!」


 なんて逆の発想を言ってましたね。

 でも、その日を境に、引っ越しの準備が整ってその『男』の子とも一切会う事なく話すこと無く「さようなら」も言えずに夏風町を去っていきました。今でもちょっとした心残りです、せめて名前でも聞き出せたら奏芽さんとも確信を持てるのですが、名前も年齢も――家にも行ったことも無いから誰とも言えません。非常に惜しい事をしたなと……。


 そして別の幼稚園に移っても期間が少なかった為に半年しか居られず友達が出来ませんでした。そして小学校に移っても私は人見知りが激しく誰にも声を掛けられず、教室内でも静かに本を見ることが多かったです。

 ……小学校の五年生の頃に急に胸をキツく縛られるような症状に合う事が多く、気絶やその場で倒れる事が多くなりました。その診断がスモールハート症候群ですね。今は頻度が少なくていいのですが、小学校から中学校にかけていきなり「ドキン」と心臓が飛び出そうな感じが何度もしてふらつく事が多かったですね。それで登校を止めたりした事も多くて、その学校を休む期間も長くて友達も少なくなる理由ワケにもなりました。因みにスモールハート症の原因は急成長で――何処が急成長をしたのかはお察ししてください。身長もそれなりに高くなって、体重もその身長とのバランスで大きくなったのが原因だと言われています――『女』の体は結構大変です。

 そういう症状にも悩まされながらも中学校を卒業したと同時にこの夏風町に戻ってきました。

 自分は中学校の受験前にお母さんとお父さんに言い出しました。


「夏風町に戻りたい」


 と――。

 勿論、この心残りが原因で言い出して、理由を聞かれても古い記憶だし、私の理由としても他にとっては全く意味の無い理由でしたので、適当を言ってとにかくこの『男』の子の為に戻りたいという一心、何処かにまだ居るはずという一心で櫻見女に受験をしに行きました。お父さんからの条件はただ一つ。


「櫻見女に合格したら夏風町に家を建てる。俺はこっちで一人で暮らす……まだやる事が沢山あるからな」


 とお父さんの思い切りの良さから私も全力を出して櫻見女に合格しました。そして再び夏風町に戻る時にお父さんからの一番印象深かった言葉は。


「お前が子供の時は振りまわしてて悪かった。あっち行っても頑張ってくれ」


 と涙して語っていた事ですね。

 心の中でずっとお父さんは私の幼少期の頃の出来事を謝罪したかったみたいです、それに私は答えてお父さんの下を離れました。正直あのような姿を見ると私も少し悲しみを覚えました。






 こうして、また大好きな夏風町に戻ってくることが出来ました。でも私の一番の理由であるアルバムに写っているこの『男』の子には会っていません――ひょっとしたら既に会っているのかもしれませんが、まだ会っていないという事にしましょう。そうしないとここ夏風町に居る意味が無くなってしまいますから。

 今は特別な友達も出来ましたし、また幼少期の頃のように一人で歩くという事は無くなりました。

 ――きっと私が病気でまた倒れても助けてくれる。守ってくれると、そう心を許している人物が唯川奏芽さんなんです。私の一番で特別なお友達……そのプリクラのシールをまた特別な一人、名前の知らない『男』の子の隣に貼る事にしました。『男』の子の隣に真新しい『女』の子の写真を貼ると変に思われますけど、多分同一人物だと思って貼る事にしました。


「茉白此処に居たの? あんまり心臓に――って懐かしいわねー誰だっけ? その『男』の子?」


 夕方で余りにも部屋が物静かだったからかお母さんが入ってきた。


「この『男』の子は特別な子――思い出深い友達だよ」

「もう古いわね、それから隣は奏芽ちゃんじゃない。いつ撮ったの?」

「昨日ね、一緒に撮りに行ったの、奏芽さんも特別な人――」

「ふふ、いい友達が出来たわね」

「うん」


 私は整理し終わってアルバムを持って倉庫部屋から出ることに――

 今思うと、この町の商店街の書店から出てきて奏芽さんにぶつかっていなかったら奏芽さんという不思議な人物に会う事も話す事も無かったでしょう。そして奏芽さんは嘘も付かず『男』の子にも『女』の子にもなれるというのをばらしてくれました。

 あの時に『女』の子になった奏芽さんを見て驚きましたけど、今は『男』の子になった奏芽さん、『女』の子になった奏芽さんを見ても動揺しません。同一人物と見ながら二人の友達と思っていますから。私が『女』としてどう見られているのかを思うと恥ずかしいと思う場面もありますけど、櫻見女内では『女』の子同士なので私も奏芽さんの前で着替えたりとか出来ます。

 ――『男』の子の奏芽さんの前では躊躇する可能性がありますけど、も……。


 こうして思い出に深けりながらゴールデンウィークが去ってまた奏芽さんに会えると思うと嬉しいばかりです。そのお友達と思われるニカエルさんも面白い人ですし、やっぱり夏風町に戻ってきてよかったと痛感しています。これからも奏芽さんと仲良く出来ると願いながらも――。


「茉白はその『男』の子が好きなの?」

「えっ――好きって言われると好き……かも」

「ふふ、頑張りなさいよ。私は早く孫の顔見たいんだから」

「もう――お母さんは」


 冗談も言えるようになったお母さんも大好きだった。あの時に声を荒げていたお母さんとは思えないほどの笑顔だった。――この『男』の子の事が好き……そう言われると少し恥ずかしい気もする。


 やっぱり、近くにいるみたいなので。

 私はアルバムの『男』の子と『女』の子で写っている奏芽さんを見比べた。


「――ぼくが『おんな』のこになってみたい……か。ふふ、現実になってるのかもしれませんね」


 私はアルバムをパタンと閉めて、棚を少しだけ詰めて目立つ所にこのアルバムを納める事にした。

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