11話 ゴールデンウィークデート『女』編
「好き?」
「うん、好きだよ」
「良かった私も好き」
誰かと会話をしている。確かに俺の声ともう一人で会話をしているのだが、顔がハッキリしていない、俺はまぶたを何度も開いたり閉じたりするけどハッキリしていない。何を好きと言ってるのだろうか、人物に対して? 食べ物とかに対して? それとも――
「か……かな……かなめ……かーなーめー!」
「ごはッ⁉」
俺は一発ニカエルに足で体重をお腹に掛けられて悶絶しながらも目を開ける。
夢を見ていたか――。
「気持ちよさそうな顔して寝てるけど! よだれ垂らしてるけど! 茉白ちゃん待たせるのは駄目でしょー!」
「――もうそんな時間か」
壁に掛けてある時計を見てみると予定の朝九時に近かった。
――ニカエルの一発で腹の虫が何を言っていいのか分からず「グル……グルル?」とか疑問文になっていた。もっと殴る蹴るの暴行以外の起こし方があるだろう。……痛みが収まった所で服に着替える、結構いい夢を見てたのにこうも不快な起こされ方をすると何の夢を見ていたのだか忘れてしまった、何だったかな……。そう自問自答をしながらも着替え終わってドアノブに手を掛ける。
「奏芽、今日は『女』の子で行くんじゃなかったの?」
俺はニカエルの言葉でハッと気付く。すっかり『男』の服装、性別も『男』で行こうとしていたのだ。
「そうだ! 少し考えないと――って考える時間もねぇ!」
俺は少しでもデートする服に合わせて外に出た。こんな遅くに出るとは思わなかったから昨日にでも考えるべきだった! 『ヤサニク』発信をして性転換、俺は急いで駅前まで走る事にした。
まさかデート二日目で出遅れる事になるとは思わなかった、時計を見てみたら九時を過ぎていた。俺が寝すぎたせいで名胡桃さんは十分位待っているだろう、それを考えてもっと急いだ。
駅に着いて周りを見て特徴的な白い髪を探す。名胡桃さん何処で待ってるんだろう? 電話を掛けるよりも探した方が早いだろう。
――ソフトクリームを持ってベンチで待っている名胡桃さんの姿が見えた! 俺は小走りで名胡桃さんの下に向かった。
「ごめん! 待った⁉」
「いえ、今来た所です」
ソフトクリームを持ってベンチで待っている所だからだいぶ長く待っていただろうが、気を使わせてしまった、俺の不注意でスタートダッシュは失敗した。
「本当にごめん! 寝すぎちゃって」
「だ、大丈夫ですよ奏芽さん。それじゃ行きましょう」
駅の方向に向かっているという事は今日も夏風町を離れるのかな? 別に公園デートでも良いんだけども――でも、したいことがあるんだったら俺も名胡桃さんに合わせる。
「今日は何するの?」
「今日はですね――」
名胡桃さんは紙を開いて確認、そして数秒見た後に紙をとじる。多分今日の予定表を紙に書いて開いたのだろう。
「はい、奏芽さんってまだ服少ないですよね? だから大型のお店行って服買いに行きましょう」
「服――うん、分かった。買いに行こう」
「あ、勿論私が服の料金出すし、服の選択も私がします」
「前回と一緒なのね……いいよ」
今日の服もメンズ。前に名胡桃さんが買ってくれた服はちょっと派手で恥ずかしいから着ていなかった。嬉しいのは嬉しいんだけど普段着と考えると違うし、特別な日に着るぐらいしか出来ない。それと『女』の状態じゃ男の友達は居ないからこの服はますます着れなかった。
「名胡桃さん、普段から着れるような服でお願い」
「普段から――わかりました」
こういう時に今頼れるのは名胡桃さんしかいない。結局名胡桃さんの着せ替え人形になるしかないのだ。服を買ってもらうのはちょっと気まずいけど名胡桃さんが喜んでやっている事だから横やりは入れられなかった。
※ ※ ※ ※
デパートに入って早速服の選別をする。
「うーん、似合う――?」
「……これは好き……かも」
「そうですか?」
服を体に当てては服の棚に戻す名胡桃さんの表情は真剣そのもの。好きでやってるだろ名胡桃さん絶対。俺はいやいやとも言えず、ただされるがまま服を体に当てられるだけだった。
「春から夏になりますし――これと、これで――行って下さい」
行って下さいともう既に行く場所が確定している、試着室だ。ちゃんと普段で着れそうな服装で助かる。中に入ってカーテンを締める。シャツと上着と――これは短いジーパンみたいな……これは随分攻めたな。
「ホットパンツってやつだね~」
「うわっ⁉ 急に出てくるな」
後ろから音も無く出てくるから大声を試着室内に響かせた。いつもなら正面に出てくるから驚きもしないんだが、後ろから出てこられると何の対処もできない。
「茉白ちゃんのセンスは相変わらずいいね、ささ――着てみて」
「はいはい……」
今着ている服を脱いで試着をする。これは――股こそスースーはしないけど微妙な感覚がする。横縞のシャツに藍色の薄い上着と相性はよくて派手でも無く地味でもない、でも普段に着れそうなファッション。前回とはまた違った感じだ。
俺は試着室のカーテンを開けて名胡桃さんに見せる。
「どう? ――下が涼しいけど」
「うんイメージ通り、可愛い」
「――――」
サッとカーテンを締める。
相変わらず可愛いと言われるのが慣れていない。
さっさと服を脱いで元の服装に戻ってカーテンを開ける。
「お買上げお願いします――」
「はい、奏芽さんって分かりやすいですね」
笑いながら言われても――。
服の値札を見てみると結構高いので不安になる。
「名胡桃さん、その値段だと申し訳ないよ……ちょっとお金出すよ?」
「いえ! ここは私が出すからいいですよ! それと奏芽さんそんなに服持ってないし」
「ええー」
結局レジに着いた時には名胡桃さんがお金を用意して払っていた。一万円札を出す姿を見る自分、福沢諭吉さん――自分は男なのに申し訳無いです。でも福沢諭吉も使われてなんとなく笑顔な気がするのは多分気のせい。
「はい、また行って下さい」
買った服を持って試着室に向かう。この場合って試着の試が無くなって着室になるのだろうか? そういう疑問を持ちながら室に入った。
「じゃあいつものようにニカエル、この服頼む」
「はいはーい」
脱いだ服を吸い込むかのようにスマホに入った。因みにこのストック機能、無機質で大きいものじゃなかったら何でも行けるらしい、なんで大きい物は行けないかと言うとスマホの中は狭いしニカエルの入る所が狭くなるらしい。服だったらそれなりに畳めるし入るしという事で受け入れている。
「お待たせ、次の場所に行こう?」
「はい、行きましょ」
また新しい服を名胡桃さんに買ってもらって地味に心機一転、次の場所へと向かった。
ゲームセンターとは意外だった。ここで何をするのかと思ったらプリクラコーナーに入って撮りたいとのこと。
「こういうのってよく分からなくて――」
「初めてなんだ……まずは四〇〇円入れて」
財布から四〇〇円を取り出して投入口に入れる。
「それから……ってなんだこれは⁉」
フレームの選択とか写り方とかが前よりも複雑になっていた。昔はもっと数が少なかったのに今は凄い事になってるんだな。
「ここから名胡桃さん選んでって……わたしにはもう分からない領域だわ……」
「は、はい――」
名胡桃さんはなれない手付きでフレームを選んでいく。
そしてまた名胡桃さんは悩む。
「あの――目を大きくする機能とかありますけど……」
「いやー要らないんじゃない? 元々名胡桃さん目大きいし、わたしも転換した時一重から二重になってるから」
ということでオフにした。
「どういうポーズ撮りましょうか?」
「そうだね……手を名胡桃さんの背中に回して肩掴んでもう片手でハートマーク作るのどう?」
「分かりました」
一瞬で判断したのか肩を抱いて片手でハートマークを作る。俺は『女』の子らしくウィンクをする。そしてフラッシュが炊かれて完了したようだ。
「出来ました……ね」
「うん、外回ろうか」
プリントは相変わらず外でやるのは何でだろうか? 今も昔もここは変わらない。キラキラのフレームに肩を抱いて片手でハートマークを作る二人の写真――結構恥ずかしい。
「ずっとともだち☆ ――っと」
達筆でカッコよくハートマークの下側に円を描くように書かれる。
「名胡桃さん結構ノリノリですね」
「えっ」
頬を少し赤くしながらスムーズに落書きしていく名胡桃さんは楽しそうだ。というか写真を撮るまでの光景は素人当然だったのにここの写真を落書きする光景は玄人なのは何でだろうか。
ウィー……カコン
全てが終わって写真が焼きあがった。写真を撮るまでの工程はわたし唯川奏芽がやって後は名胡桃茉白さんがやりました。この二人の共同作業がここになるとは。
「これ、大事にしますね」
「わたしも大事にするよ」
早速名胡桃さんはスマホの裏に一枚貼った。よっぽどお気に入りだったのだろう、俺はこのままにして財布の中にでも入れておこう。俺もスマホの裏に貼ってしまうと『男』の奏芽になったときに誰かに見られたらマズい物だからな。……特に俺の『男』の友達にはな。
「さぁ、次に向かいましょ。まだまだこれからですよ」
もうお昼時――早いな。向かった先はファストフード店だ。カフェとかよりもやっぱりこういう手軽なお店の方が好きだ。
「名胡桃さんは何選ぶ?」
「えっと……どれにしましょう……ハンバーガーとか?」
「セットでいい?」
「えっ、セットって……はい、セットで」
「飲み物は?」
「アイスコーヒーとか出来ます?」
この会話を聞く限り名胡桃さん……行った事無い? まさか――いや、行ったことは無いな……。
「じゃあ頼んでおくから名胡桃さんは座っておいて」
「座る? はい、探してきます」
名胡桃さんは席を探しに奥に行った。
――察するに、名胡桃さんが行った事が無い所を回ってみるとかいう今日になるのかな?
頼んだフードを持って名胡桃さんを探す。テーブルには居なくて一体何処に行ったのかと探していたら混んでいたからかカウンターの方に座っていた。
「名胡桃さん持ってきたよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
頼んだアイスコーヒーとハンバーガーのセット。それで俺はちょっと大きめのハンバーガーのセット、そしてジンジャエールだった。
「こんなプラスチックのコップにアイスコーヒーが入ってるんですね」
「……」
自分はジンジャエールをストローで吸いながら名胡桃さんの珍しそうな顔を見る。やっぱり仕組みとか何で来るのとかを知らなかったようだ。何でも知ってると思っていたけどこんな一面を見れるとは思わなかった。小さな口でストローを吸う名胡桃さんの姿は初めて大きな動物を見た小動物みたいな姿になっていた――ようするに可愛いって訳だ。
「ハンバーガーの包は綺麗に畳んでありますね、これも人の手ですか?」
「そうだよ、全部人の手で作ってるから……」
この俺の言葉でまた名胡桃さんは驚く、カフェからこっちに向かうような自体にならなきゃ良いんだけど――まず、夏風町にはこのチェーン店は無いから良いんだけどさ……。名胡桃さんがハマるような事が無いように神にでも祈っておこう。
「アイスコーヒーも悪くないですね、それなりに店内も静かですし」
条件はカフェとトントンだった――。
ファストフードで一服した所でまた名胡桃さんが普段行かない様な所を色々と連れられた。
そしてこの街を離れてまた夏風町に戻るようだ。次の名胡桃さんの初めては何処になるのか、ある意味最後までドキドキのデートになりそうだった……これはデートというべきなのかは分からないが。ただの友達とのショッピング気分になってる。
「もしかして、名胡桃さんが行ったこと無い所をわたしと……」
「ッ――いいえッ! ぜ。全然、さっきのファストフードもプリクラも一度は――」
「はぁ――」
「な、何を呆れてるんですか!」
意気になる名胡桃さんを初めてみた、名胡桃さんでも怒るとは。でもここまで「一度は入った宣言」をされると俺は何も言えなかった。別に初めてって言えばいいのに……。
「着きましたよ」
ここって――結構離れた所に行くなと思っていたけど、海街の大きな公園だったか。
「やっぱり騒がしい所に行くよりここの公園をゆっくりと歩いた方が好きですね」
「わたしも歩きたかったから丁度良かったよ」
他に行くよりこの公園でゆっくりと時間を潰したほうがいい、マシという言葉より定番という言葉の方が似合っている。運動になるし、会話も弾むし――。
「そういえば、初めて遊んだ時はここだったね」
「ですね――」
思い出に浸る時、俺がまだ名胡桃さんの事を知らなかった時期でもあったなぁ。お弁当も美味しかったし、名胡桃さんの子供に対して優しかったし、色々な場面を見れた時でもあった。
「どうして奏芽さんは櫻見女に行ってしまったんですか?」
「うーん、女子校と知ってればこういう事にならなかったんだけど――」
櫻見女までの経緯を名胡桃さんに教える。性別を間違っているのに合格してしまった事とか。
「何らかの理由があったんでしょうか? 『男』の子の奏芽さんは女子にも似つかぬ姿なのに」
「そこなんだ――手違い、っていっても面接だってちゃんとやってるし……学校に資料だって行ってるハズなのにこうも」
「これは運命、とでしか片付けられないですね」
運命――ねぇ、誰との運命になるのやらか。
「あ、もう入口ですね。それじゃ駅まで戻りましょうか」
「早かったー、夕方まで本当に早かった」
海街の公園は意外と長いのに、これでデートが終わった。
駅で始まり公園で終わる。これで名胡桃さんとのゴールデンウィークも終わる。後は自分もダラダラと過ごしてまた櫻見女に登校する姿を見るだけだな。よく分からない性転換なのによく名胡桃さんも最後まで付き合う気になったと感謝する。
「学校始まったらまた商店街の入口でお待ちしてます、それじゃ」
「うん、じゃあね……」
名残惜しそうに手を振る。今日にさようなら……。今日のニカエルは出る番が無くてスマホで寂しくゲームでもしていたそうだ。
俺も暫くは『男』とバラす事も無いし、九月までゆっくり出来たら良いんだけどな。
それじゃ、また櫻見女で会いましょう――。
一章 名胡桃茉白 終了です。一瞬エターナル化した気がしますけどなんとか最後まで書き終えました。一章を約10万文字で書き続けるというのは難しい事だと思っていたのですが、自分の頭の中で構成が意外と出来て書き続けられました……頭を掻き続けた場面もありましたけどね(笑)。
名胡桃茉白というイメージは小説に精通していて、真面目を一心とした『女』の子というのを書きましたが、最初ということでまずは世界観を書かないといけないのが難しく、ちょっと名胡桃茉白が影に潜んでしまったというのが今回ですかね。ということでゴールデンウィーク編を書いたのですが、結局設定を活かせませんでした(ごめんなさい)。
勿論次回も名胡桃茉白はちょこちょこ出てきますし、もしかしたら重大な事に巻き込まれる事もあるでしょう。一読ありがとうございました、一章まるごと読んでくれた方にはもっと感謝――次回は誰になるでしょう? 奏芽を一番知っているあの『女』の子です。




