10話 ゴールデンウィークデート『男』編
ゴールデンウィーク、約七日間のその二日で『男』として名胡桃さんにデートするのと、次の日に『女』としてデートするっていう夢の二日間を向かうことになった。つまり、『男』編と『女』編というデートとしては不可思議な事をする。SNS内で打ち合わせた上でこんな事になるとは思わなかったが、二人にとっては嬉しい二日間。――再び『素晴らしい二日』になりそうだな。
そして当日で駅で待ち合わせをしている状態だ。少し控えめな色で大人びた服装でやってきた、お母さんからは「スーツ」の提案とニカエルからは「キトン」……キトンは何だ? と思って検索をしてみたら古代ローマの衣服――今時売っている店なんて無いし、それでデートに行くわけ無いだろ。という事でいつもより控えめで来た。なんか緊張するな、この服でいいんだろうか。
「奏芽さーん」
ゆったりとこっちに歩いてくる名胡桃さん。やっぱり『女』の子の私服というのはいいものだな。あの時は暗かったし余裕が無かったから服装なんて全然見てなかったけど、こうして名胡桃さんを明るい所で服を見ると綺麗だな。
「名胡桃さん」
「待ちました?」
「ううん、行こっか」
名胡桃さんとまた日常的に歩いている……普通のようでおかしな話。引かれそうなこの能力なのだけど数日『男』とバレても名胡桃さんの態度は変わらなかった。俺の前で着替えるとなっても普通に着替えるし、帰り道でも『女』として見てくれている。
――それにしても、俺が『男』の状態でも名胡桃さんの身長はやっぱり高いな。俺の顔が少し上げないと目を合わせて話せない。
「奏芽さん?」
「あ、悪い。結構――その、綺麗な目だなって」
口が滑った、心の内の褒め言葉が出てしまった。
「そ、そんな。面と言われて――恥ずかしいです。余計に『男』の子に言われるともっと――」
名胡桃さんの声も震えて顔も真っ赤になって顔を伏せてしまった。
「いや、名胡桃さん悪い……嘘じゃないんだけど口が――」
「滑ったにしても――すごい恥ずかしい――」
ああーもう。
俺は頭をガリガリと掻く、俺も恥ずかしくなってしまった。女子と女子同士の会話だったら気を使わずに喋れるんだけど、『男』として話すんだったら一つ一つ考えて話さないと傷つけかねない。朱音とは楽して話せるのにこうも意識して話す事になるとは。
「目を合わせるのも恥ずかしい――」
忘れてたけど、名胡桃さん……元は恥ずかしがり屋さんだった……そういうことを意識させてしまった俺は地味に責任を感じてしまった……頭の中の処理が出来なくなる。
「名胡桃さん――えっと、『女』の子と思って接してみてって変か――あの、いつも通りに話していいよ。俺が口滑らしたばかりに会話進まなくなっちゃってるし」
名胡桃さんはもたもたした後に深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「はい、奏芽さん。今日は宜しくお願いしますね」
「うん、いつもの名胡桃さんじゃないと俺もやりづらいよ」
「ごめんなさいね。私も『男』の子の友達少ないし」
二人で笑い合う特異な会話。なかなかこういう能力を持った人なんていないし、これって名胡桃さんにとっても良い経験になってるのでは?
※ ※ ※ ※
電車で移動して隣の街にやってきた。こっちの方が都会で、俺達が住んでる所より便利かもしれない。でも、都会だからといって住みやすいとはいえない、俺は今住んでいる方が好きだ。そうそう、今まで俺達の町の名前を一度も言わなかったが……夏風町という、櫻見女の外側は夏風吹いているという訳だ。別にこの町から出る事は無いと思っていたけど、名胡桃さんとのデートで夏風町から出るというからには仕方がない、言うべき事になった。
別に、夏風町にこだわりを持っている訳ではないが、遊ぶと行ったら海ぐらいしか無いので、ゲームセンターとか機械が必須な遊びは夏風町の外に出なくてはならない。今日は名胡桃さんとデート一日目、映画館でラノベ原作のアニメが映画化ということで、行くことになった。映画なんてもう数年ぶり、普段から町の中でブラブラとしていた俺だし映画なんて滅多だった。いつの間にか俺が知っている場所じゃなくなってるし――定期的にはこっちにも来るべきだな。
「着きましたよ奏芽さん。これですこれ」
映画のポスターを指差して喜ぶ名胡桃さん……デートの定番といえばホラー映画で抱きついてくるとかだけど、名胡桃さんが見たいと言ってきたんだからこれ以外には選択出来ない……惜しい。でも俺も知っているラノベだから映画終わった後には話が盛り上がるかも。結構ラノベの映像化とか漫画の映像化って文字を追って楽しむ人にとっても楽しいんだな。
映画の窓口に行って二枚と頼む。
「学生ですか? 学生割が適用出来ますので学生証をお見せ下さい」
「はい! 適用お願いします!」
適用となれば俺は喜んで学生証を取り出して店員に見せる。
「……お客様、申し訳ございません。そちらの方は適用できますが……」
俺は適用出来ないと? おかしいなと思っていたがそれはそうだった。櫻見女の学生証を取り出しても俺は今『女』じゃない。その違いで名胡桃さんは笑っていた。そして店員さんは何故俺が櫻見女の学生証を持っているのかと困惑していた……これが普通だ。しかしこれ以上に学生証を持っていないし、諦めるとしよう。
適用されれば一二〇〇円と格安で映画が見られるのだが、駄目だったら一八〇〇円を払うことになる。
「えっと――お客様カップル割適用出来ますので、学生割よりかは割引額が低めですが……」
「カップルだなんて――」
次は名胡桃さんが困惑していた。男女だからそれはカップルと見間違われても仕方がない。俺は十分に名胡桃さんと相談をしてカップル割をすることになった。
「かしこまりました。一五〇〇円になります」
俺と名胡桃さんが一五〇〇円ずつ払ってチケットを手渡される。誰かと一緒に見るなんて初めてだ。そもそも前述の通り、映画なんて殆ど行かないし、家のお母さんも仕事で忙しいから連れて行ってくれた事なんて数回ぐらいじゃないか? ……結局子供の時は夏風町から出た記憶なんて無いに等しい。
放映時刻を見てみるとまだ余裕があった。何をしようか……
「奏芽さん、カフェ行きませんか?」
カフェ――ニカエルと行ったカフェを思い出す。
「エクストラコーヒーノンホイップダークモカチップフラペチーノ」
このニカエルの注文が頭の中で反射する。
コーヒーを選択出来ずに「らて」とか「ふらぺちーの」とかを選択しなきゃならない。俺はそういう事が全然分からなかった……というか理解が出来ない、こういう所が田舎人とか言われそうだな。
「名胡桃さんも、呪文唱えるの?」
「はい? いえ――この街のお気に入りのカフェは呪文とかそういうのは――」
それを聞いて安心した。「コーヒー」と言えばコーヒーが出てくるんだな。それ! そのシンプルさが今大事。
「豆……?」
「はい、豆が選べますよ奏芽さん」
コーヒーの豆とはなんぞや。ストレートとブレンドが選択出来るらしいんだけどそれは分かる。だけど豆を選ぶとはなんぞや! コスタリカ? モカ? キリマンジャロ? ロブスタ? 豆なんて分からない! どうもこうもカフェっていうのは直にコーヒーと言って出て来る店が少ないのか。それとも俺がカフェの世間知らずでこういうのって分かってないだけなのか?
「名胡桃さんは何を選ぶの?」
名胡桃さんに安牌な聞き方をしてそれを自分も選ぼうとしよう。
「私は、ブルーマウンテンのストレートかな、それでモーニングセットで」
「じゃあ俺もそれでいいかな、ブルーマウンテン? のストレートでモーニング」
二人の注文は決まった。こんなにマニアックでみっともない注文は初めてだ。どうしてこうも女子っていうのは少し凝ったカフェに行くのか、それともただ単に俺がカフェという世間を知らないのか。今度からコーヒーじゃなくて「コーラ」でも頼もうかな。
名胡桃さんを見ると、もう読書を始めている。カフェと言えば優雅に時間を過ごすのが鉄板みたいな物だからこうして癖で本を開いてしまうのだろう。――俺が本を見ている事に気付いた名胡桃さんは慌てて本を閉じる。
「ごめんなさい、つい静かな時間になると本を開いてしまって」
「ううん、大丈夫だよ。ゆっくりして」
そう言われて名胡桃さんは再び本を開く。こういう静かな場所で俺も話すのは苦手だ、話題の掴みどころが少なくて会話が続かなそうだし、これから映画を見るのだからゆったりと今はして欲しい。
――綺麗に座ってる名胡桃さんは美しく見えるな。
「そういえば……」
名胡桃さんは口を開く。
「私が塾の帰りの後倒れてしまったのを奏芽さんに助けてもらったんですけど、その前って風邪引いてませんでした?」
「ああ、それは――」
自分はハッとして言葉を止める。ニカエルにおでこをキスしてもらって一日で治ったとは言えない。自分は遠回しに言う。
「俺、一日寝てたら直ぐに治っちゃった。体質的に治りやすいのかなー? 看病してくれてたし」
「それは凄いですね。一日で治るなんて……まるで神様が手助けしたみたい」
手助けしてもらったのは天使の方なんだけど、接吻で治してもらったなんて言えない。そんな事を名胡桃さんに言ったら文句の嵐だろうし、これはニカエルとの秘密にしてもらう。「ピローン♪」アプリ『ニカエル』からの着信……はぁ、今の言葉に関してだろう、スマホを見てみる。「奏芽は臆病者」――ニカエル勝手に言ってろ。
名胡桃さんがコーヒーを一杯すすった所で時計を確認してみる……もう少しで上映開始しそうだな。
「名胡桃さんそろそろ――」
「もう時間ですか、行きましょう」
椅子から立ち上がって映画館に向かう。名胡桃さんも立ち上がるが――
「あっ――」
片足が椅子の足に引っ掛けて転びそうになる、俺の方向に対して突っかかってきたので押し倒す形で俺が下敷きになる。
「わっと、いたた……名胡桃さん大丈夫?」
「はい――あっ」
俺との顔が近かった名胡桃さんの息が当たる。
名胡桃さんは直ぐに立ち上がってスカートをはたく。そっぽを向いて何かを恥ずかしがっていた。
「そ、その――悪気は」
「大丈夫だよ、怪我無いし。いこう?」
俺も立ち上がってズボンをはたいて汚れを落とす。――立ち上がった後に気付いたけど中々良いシチュエーションだったんじゃ? でも人前だし、家の中だったらともかくと惜しいと思った自分だった。まぁ名胡桃さんに怪我が無いだけまだ良かった。もし怪我したらちょっぴり最悪なデートになりそうだったし犠牲は付き物だ。
映画館で券を切ってもらって中に入る。今回見る映画は王道の剣と魔法の物語だ。こういうのも名胡桃さんは好みなんだなと今日知った。このラノベはアニメ化した後、反響が大きかったということで映画化が決定したのだろう、マイナー作品からまさかの映画化なのだから作者は今頃大喜びだろう。作品は愛があれば動かせるものだ。
「ここのシアタールームみたいですけど、ポップコーンとかジュースとか買いません?」
名胡桃さんはフードショップを指差す。今の映画館のフードショップはホットドッグとか暖かい食べ物も用意してるんだな、普段映画館を行かない身としては驚く一つだ。
「俺はポップコーンはキャラメルとコーラで良いかな。名胡桃さんは? 俺が出してあげる」
「ありがとうございます。じゃあ同じのでいいですよ」
「あ、同じのでいいんだ……うん、買ってくるよ」
名胡桃さんをその場で待たして俺はフードショップに行く。
「すみません、ポップコーンのキャラメル二つとコーラ二つで」
「お客様、カップルでしたらポップコーンは大きいサイズでお二人で共有して食べる事も可能ですよ」
なるほど、そういう事も出来るのか、自分はそれで頼んだ。
――Lよりも大きいサイズで来た。自分はそれを持って名胡桃さんの下へと戻る。
「名胡桃さんお待たせ。なんか大きいサイズ一つで来ちゃった」
「まぁ――いいですよ、二人で食べましょう」
コーラを一つ名胡桃さんに手渡してシアタールームへと入る。
「Hの十九番と二十番――あった、ここだね。どっちがいい?」
「私中央よりが好きなのでこっちで」
名胡桃さんは十九番に座り俺は二十番に座った。まだ人は揃っていないのか、もしくは見る人が少ないのか空席が目立つ。
その横二十一番に人が座ってくる。サングラスを付けてポップコーンは俺達と同じサイズでジュースのコップもかなりでかい、白いワンピースの女の子が座ってきた。俺にピースをしてきたがコイツは間違いないな。
「ニカエル……」
「タダ見♪」
確かに「邪魔はしない」とは言ってきたけど「出てくる」とは一言も言ってないから多分俺の財布からくすねたお金でポップコーンとジュースを買ってきたのだろう。15mという距離を一番に知ってるのがニカエルだからだろう。はぁ――地味に鬱陶しいのだけど。しかもタダ見は犯罪なのだからな? それすらも分からんのかこの天使は。
「まぁまぁ、奏芽はそのまま名胡桃ちゃんと楽しんで」
「わかったよ――上映中は一言も話すんじゃないぞ! 俺と!」
「わかった~」
ポップコーンを口に放り込んでバグバグと食べる。
辺り全体が暗くなって映画が始まりそうだ。名胡桃さんは何度もこういう所に入ってきてるから分かるだろうけど、地味にこの始まる瞬間ってドキドキする。
※ ※ ※ ※
両手に花状態で見終わった自分は名胡桃さんに感想を言う。
「結構面白かったね。原作には無いオリジナルストーリー仕立てで」
「こんなに熱くなるなんて久しぶりです。胸がドキドキしました」
意外と楽しかった。名胡桃さんも楽しかったのだろう、見てた映画の感想を長々と言っている。俺も合間合間に話を合わせて喋る。
「でも、惜しいのが原作に通じるようなシーンが少ししかないのが……」
「あー、ファンとしてはもっと欲しいよね、オリジナルにしても」
やっぱり悪い所はあったか、泣けるシーンこそは無かったけど終盤に掛けての全力疾走が凄くて手汗が凄かった。元々映画をやるつもりじゃなかったからオリジナルとはいえ、ここまでやれるのだから俺はアリだと思った。
電車に乗り込んで、今日のデートが終わる。そう今日の午後の名胡桃さんの予定には塾があるからだ。祝日とはいえ塾があるのは大変だな――でも明日は塾が無いから十分に楽しめそうだ。『女』としてね。
「原作だと主人公は――ってもう降りる駅ですね」
「あ、うん。降りよっか」
駅から駅の間が無いから直ぐにたどり着いてしまった。
電車を降りて一呼吸、四時間ちょっとあっちの街に居たとはいえ、あっちは落ち着きが無いから俺は深呼吸して落ち着く。やっぱり夏風町が好きだ。
名胡桃さんと唯川奏芽『男』として商店街を歩く、よく通る二人だから顔を知っている商店街の人々は驚いている。まさかこの二人が肩を並べて歩いているなんてとでも思っているんだろう。
「ごめんなさい、書店寄ってもいいですか? 新しい本を買いたくて」
「うん、付き合うよ。入って入って」
俺は名胡桃さんの背中をおして書店に押し込む。
「そんなに焦らなくても本は逃げませんよ」
「はは、ごめん」
早速中に入った名胡桃さんは店員に話を聞いてから小説コーナーに入る。
「今日は新刊入ってるみたいで、それ買います」
「新刊かぁ……どんなのだろう」
手に取ったのは黒い表紙のホラーチックな内容の本だと思われる。そういうのまで名胡桃さんは見るんだね……ビックリ。「本は読んどけ!」と言われるくらいだからこれを見ても楽しめるのだろう。俺はその黒い表紙だけで買うのを止めると思う。その本を手に取った後はラノベコーナーへ。躊躇がなくなったな。
「こちらには新刊は――ないですね、これ買って行きましょうか」
「うん……」
その本の主人公とかは救われないのだろうな――さようなら、主人公よ。
本を買った後は、商店街の出口まで一直線だった。
「それじゃ、今日はありがとうございます。また明日宜しくお願いしますね」
「うん、楽しかった。じゃあね」
名胡桃さんの予定がこの後無かったらもっと楽しめたんだろうな。俺は名胡桃さんが見えなくなるまで見送ってからその場を去った。
「また明日だね? 奏芽」
「うん、二日連続でデート出来る時が来るとはこの間まで思わなかった」
明日は『女』の子で駅前待ち合わせ。何をするかはまた名胡桃さんに任せてるので楽しみだ。俺はそれまで自宅でニカエルとゆっくり遊ぶことにしよう。




