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俺たちは皆クズである  作者: 火ノ坂 刃
第一章 踏破すべきは9エリア
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第六話 追い付かれれば食われる

 『ズラトロク』。


 宝の番人であり、同時にプレイヤーが所有する宝を略奪する者。


 鹿をモデルに作られたFOE。


 エリアからエリアへと自由に移動し、その際に遭遇したプレイヤーを襲い、死亡させた後、そのプレイヤーが所有するアイテムをランダムに奪い、森深くの自分の住処に溜め込む習性を持つ。


 ズラトロクの巣に一度に入れるプレイヤーの数は16人。また、宝を盗んだ、もしくは取り戻したプレイヤーが一人でも住処から出れば、その一分後に赤い靄のような物が住処の入り口を覆い、その時点から脱出・再侵入が不可能になる。


 体長は約8.72m。分かりやすく言えば、学校の教室の一番長い辺と同じくらい。この場合の体長というのは頭部の先端から尻までの長さのことだ。想像すれば分かるだろうが、かなりの大きさだ。その上、足元から肩までの高さは約4.14mもある。ちなみに、アフリカゾウの体長はおよそ6mから7m半、肩高は3mから4m弱。つまり――足や胴の太さではゾウに劣るが――ズラトロクはそれよりデカいことになる。。


 このFOEの巣から宝を持ち去ったプレイヤーは、このアフリカゾウよりデカい生物と、容赦のない、退くことの出来ない鬼ごっこを始めることになる。勿論鬼はズラトロクの方だ。


 プレイヤーの勝利はズラトロクを倒し切るか、運営による『一ヶ月に一回の大規模メンテ』、もしくは『週の一回の通常メンテ』終了間際に、遠く離れた城郭都市メルサイユまで逃げ込み、所定の手順を踏んで持ち運んだアイテムの所有権を自分に移し、追い掛けてきたズラトロクが城を破壊し尽くすまでに、メンテナンス時間に突入するように進めるかのどちらかだけだ。


 ズラトロクが追跡している間に、持ち去った人間が全員死亡扱いになれば、ズラトロクは100%暴走状態に突入し、城郭都市を襲撃する。


 持ち去った宝を巣に戻すことは出来ない。


 持ち去ったプレイヤーがログアウトしても、ズラトロクが大人しく巣に戻ることもない。


 宝を持ち、巣を出た瞬間から、


 1 ズラトロクに城郭都市を破壊される 

 

 2 ズラトロクによる城郭都市破壊前、もしくはその最中にメンテナンス時間に突入

 

 3 ズラトロクを倒し切る


 4 メンテナンス時間になるまで、城郭都市の外のエリアで鬼ごっこを続ける


 結末がこの4つに限定される。


 ただし、4についてはメンテナンス終了後に鬼ごっこが再開されるのか、ズラトロクが暴走状態に突入するのか、宝が自動で巣に戻るのか、ハッキリした答えは分かっていない。試した人間がいない上に、城のNPCからその手の情報を渡されなかったからだ。


 試して失敗すれば城郭都市が破壊され、多くのプレイヤーに損害を与えることになる。


 宝に目が眩み、抜け駆けして巣から宝を持ち去り、失敗すれば――或いは、ある程度上手く事が進んでも――同じようにプレイヤーに大きな損害を与える危険性がある。


 そんな馬鹿で、傍迷惑な行いをするプレイヤーは、ズラトロクの最初の襲撃以降、勿論現れなかった。




 俺と他の五人のプレイヤーを除いては。





  


 距離があり、今はほとんど頭部しか見えないので小さく見えるが、実際のズラトロクはかなりデカい。燃えるような紅い色ということを除けば、そのつぶらな瞳は愛嬌ささえ感じられるが、勿論コイツはそんな可愛らしい存在ではない。プレイヤーを生肉と言い換えるのであれば、ズラトロクは飯を五日抜いているライオンだ。もしコイツに発見されれば、相当に距離をとらない限り、鬼ごっこが延々と続くことになる。公式掲示板にはコイツの『出現エリア報告スレ』があるほどであり、プレイヤーはゲームにINする前や、遠くに狩りに出る際などに、あらかじめ確認しておくのが当たり前になっている。


 頭部には、背中側に反り返るように金色の二本の角が、その外側にはそれぞれ耳が一本ずつ生えている。


「降りてこないわね」


 ズラトロクは崖上から動かずに、その紅い二つの瞳で、じっとこちらを見つめている。


「知らないのか? ズラトロクは間違って落ちることはあっても、この高さの崖を自分から選んで降りるなんてことはしない」


 実はこのズラトロクというFOEは、エリアを歩き回っている際に、稀に崖から足を踏み外して落下、死亡することがある。そして数分の硬直時間を経た後、第二段階に移行する。第一段階と第二段階では見た目がほとんど変わらないので、遠くからズラトロクを発見したプレイヤーは取り敢えず逃げることが通例になっている。もし二段階目だった場合、殺されるリスクが圧倒的に上がるからだ。


 ちなみに一段階目と二段階目の顕著な変化は攻撃方法に現れる。詳しく言えば、一段階目では、ほぼ正面の敵にしか攻撃を行わないのだ。なので、正面に囮役を配置し、横からその他のプレイヤーが攻撃すれば比較的簡単に倒せてしまう。また、一段階目では口を使っての攻撃も行わない。二段階目になるとプレイヤーを咥え込み、そのまま振り回したりする。勿論ズラトロクとの距離がある間に、そんな攻撃をしてくるかどうかが分かる筈もない。だから多くのプレイヤーは、ズラトロクを見掛ければ、まず逃げることを選択する。


「ほら、行くぞ」


 このまま此処にいても、ズラトロクが顔を引っ込めて回り道を選択するのを見ていることしか出来ない。時間の無駄だ。


「ええ、行きましょう」


 白袋を左肩に掛け、走る。


 先行した奴等がいる場所は木が少ないが、まだこの辺りはそうとは言えない。走るに適しているとはいえないが、ズラトロクが追い付くまでには合流出来るだろう。


 走る速度を徐々に上げようとした時、




 空気が変わった。




 それは違和感だったのだろうか。音が聞こえたわけでも、身体に物理的な衝撃が走ったわけでもない。だが、何か見過ごしてはいけないことが起きているのだけは、ハッキリと分かった。


 思わず背後を見る。首をそちらに曲げるその途中で、マリーも同じように後ろに目を向けようとしていたのが見えた。


 そして、その視線の先で――




 ――ズラトロクが空を飛んでいた。


 いや、正確には、『飛び降りていた』。




「えっ」


「えっ」




 遅れて、辺りの木々が大きく揺れるほどの振動と、耳をつんざくほどの轟音が、身体全体に直撃した。


 崖下の場所の小石や砂が周辺に吹き飛ばされ、地面から数m上まで砂埃が舞う。木々の枝から強引に引き剥がされた葉が、右へ左へ揺れながら地面へ向かって大量に落下していく。


 その衝撃に、よろけてこけそうになるが、何とか踏み止まる。


「おいおいマジかよ……」


 呟きながら後ずさる。マズいマズいマズい。


 何が起きたのかを冷静に判断する前に、向きを変え、走った。


 何故飛び降りたのかや、着地のダメージはどうなっているのかなどは後回しだ。一刻も早く安全な場所まで退避しなければならないと、脳が全力で危険信号を発していた。


「ど、どうなってるのよ!?」


 視線を横に向けてみると、マリーが半ばパニックになったような表情でこちらに向かって怒鳴っていた。腰を抜かさずに即座に行動に移している辺り、生存本能は高いのかもしれない。


「知らん! 今はとにかく走れ!」


 大声が苦手だと言っていたが、それこそ今はそんなことを言っている場合ではない。いや、むしろパニックになって足を止めるなりして、俺が生き延びるための生贄になって欲しい。それで崖からのダイビングキックは水に流してやる。


 平坦な道――いやそもそも道と呼べるような代物ではない――木々の合間を縫うようにして必死に走る。


 とても残念なことに、マリーはほとんど遅れることなく俺に着いて来ていた。クソっ、転んで喰われればいいのに。


 走っている所為で分かりにくいが、地面が揺れ始めた気がする。


 進行方向に障害物がないことを確認し、少しだけ背後に目を向けると、頭部を僅かに下げ、50mほど後ろから俺たちを追走してくるズラトロクの姿が見えた。四本足を巧みに動かし、木々の間を器用にすり抜けるようにして俺たち二人を追って来ている。


 非常にヤバい。


「『亜麻束』を、使え!」


 横を走るマリーに叫ぶ。すぐ其処に『ラハブの亜麻束』を展開しているであろう奴等がいるのに勿体無いが、非常事態だ。止むを得ない。


「貴方が使いなさいよ!」


「はぁ!? そんなこと言っている場合か!?」


「それこそコッチの台詞よ!」


 畜生、クズめ。このままだと二人とも死ぬと言うのに何故それが分からない。


 勾配の急な坂を駆け上がったところで、200メートルほど先にプレイヤー三人の姿が見えた。そのうち二人が立ち上がり、こちらを指差しながら何かを叫んでいる。叫んでいるのはドレとタミーのようだ。残りの一人の少女は地面に座ったまま、こちらとは別の方向に視線を向けている。三人のすぐ向こう、距離にして数メートルの場所には、白い靄のようなものが、まるで壁のように北から南へと果てしなく続いている。隣のエリアへの境界線だ。


 このまま奴等の所まで走り抜けたいところだが、根元辺りから折れた倒木が道を塞いでいる。だが、横に避けている余裕はない。ハードル走の選手のように走りながら跳ぶことを選択する。


 隣のマリーもそれは同じなのか、走る速度を緩めたり、進行方向を変える様子はない。願わくばこの女が足を引っ掛けて転びますように。


「ふっ!」


 右足で踏み込み、左足を先に上げて倒木を跳び越える。僅かにズボンの裾が擦れたが、木のささくれた箇所に引っ掛けることもなく、無事に着地に成功する。


 横を見れば、マリーも危うげなく跳び越えていた。


「失敗しろよ!」


「失敗しなさいよ!」


 ほぼ同時に言葉を吐く。


 数秒後に背後から何かが吹き飛び、更にそれが別の何かにぶつかるような音が聞こえてきた。家の中で間違えて掃除機のパイプ部分を蹴っ飛ばした時の音を何十倍も酷くしたような音だ。


(ちくしょう、思ったより速い……っ!)


 心臓が早鐘を打つ。この状態で追い付かれれば食われることは間違いない。


 ドレたちまでの距離はもう150mもない。スタミナが万全の状態ならその場所まで全速力で走っても充分持つが、今の俺はスタミナを相当量消耗している。そんな状態で全力を出せば直ぐにガス欠を起こし、合流前のマリーと同じような状態に陥る。


「じ、『じゅ』っ」


 だからと言って、スタミナ回復ポーションを飲もうとするのは馬鹿のすることだ。考えてみれば分かることだが、ほぼ全速力の状態でドリンクを口に含み、速度を落とさずに飲み続けられるか? 出来る訳がない。咽て速度を大幅に落とすことになるのが関の山だ。


 故に、こういう時に出来ることは一つだけ。


「『充填』!」


「『行くぞ』」


 溜まった疲労物質が毛穴から一気に放出され、代わりに純度の高いエネルギーを直接身体の内部に打ち込まれる感覚。視界が鮮明になり、拳に力が漲り、熱くなった血が血管を流れ、身体の隅々まで滾ってくるようなこの感覚。


 スキルによってスタミナが回復された肉体で、一気に全速力まで持っていく。腕や足だけに留まらず、身体全体で空気の壁を打ち破るように走る。


 コンマ一秒経つごとに、横を走るマリーが俺の先を走るように距離を空けていく。どうやら瞬間的に出せる速度はあちらの方が上らしい。ここら辺はステ振りの差が如実に出るので仕方がない。


 だがそれでも、微々たる物ではあるが、後ろを走るズラトロクとの距離が開いていくのが分かる。このまま『ラハブの亜麻束』の領域まで突っ走れそうだ。


「は――こ――!」 


 ドレたちまでの距離が50mを切った時、彼らの叫ぶ声が耳に入ってきた。全力で走っている所為で、その全ては聞き取れないが――


「なに――こっ――やく!!」


(――俺たちじゃない?)


 ドレとタミーは俺たちの左手方向に向かって叫んでいた。必死の形相と言った態で。


(なんだ?)


 思わずそちらに目を遣り、目に入ったモノに、一瞬呼吸が止まった。 


 其処には、頭にとんがり帽子、右手に杖を持ち、木々の間で立ち尽くす少女――おそらくミナの方だ――の姿があった。


「っクソ!」


 どうしてそんな場所にいる!


 あと数メートルで『亜麻束』内に入るという所で、足の向きを変える。急激に体勢を変えた所為で、両膝を含めた間接の多くが悲鳴を上げる。だがそれだけの代償では勢いを止められない。


「つっ!」


 『亜麻束』を避けるように、手前から斜め前方に向かって左半身から転げるような形で無理やりに勢いを止める。初めに左肘が地面に当たり、骨を伝うような強い衝撃が走った。だが、それに構わず、肘から上を『く』の字にするようにして土との接触面を多くし、流されそうになる体を無理やりに抑える。スーツの前腕部分が土との間で擦れ、大量の熱を持っていくのが分かった。


 ダメージは小さくないが、何とか『亜麻束』内に入らずに済んだようだ。


 揺れる視界の中、水気を含んだ、ひんやりとした濃茶色の土に左手を置き、体を起こす。寝転んでいる場合ではない。

 

「だ――すか!?」


 すぐ傍から発せられるドレの声を聞きながら、揺れる視界を戻すために一度頭を左右に振る。その際に、視界の隅で『亜麻束』の中に入ったマリーの姿が見えた。


 気付いていて入ったのか、気付かずに入ったのかは知らないが、これでミナを救助に行けるのは俺だけになったわけだ。


 今まで走って来た方向に目を遣ると、四、五十メートルほど離れたところでズラトロクが足を止めているのが見えた。追いかけていた対象の一人を見失った所為だろう。残された追跡対象である俺とミナを何度も見比べるような動作を取っている。


 俺は立ち上がり、自分の白袋を『亜麻束』内に放り投げた。


 そしてそれと同時に、ズラトロクがミナの方へと足を向けた。優先順位はあちらの方が上らしい。


 一度深呼吸して息を整える。自分でも気付かない内に、自然に左手が右手の甲を強く揉んでいた。


 ズラトロクがゆっくりと首を回すようにしながら大きく口を開け、咆哮する。


『――ひぃっ!』


 空気を震わせるソレに、ミナが恐怖したのが分かった。


 背後からの強い視線に、俺は「行ってくるよ」と一言だけ残し、ミナの方へと走った。

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