3話 出会いと運命②(本編9話裏話)
サラは勢いを付けて一番後ろにいたハゲた男の背中目掛けてドロップキックをお見舞いすると、油断をしていたのかハゲた男はその側にあった木に受身を取るすべもなくその細い身体を強く打ち付けた。
ドカッと大きな音がして木が揺れる。その衝撃に木の葉が数枚落ちてくるも、誰もその木の葉には気に留めなかった。
木の葉よりも目の前で蹴り飛ばされ、白目を剥いてズルズルと木の側面を這う一人の仲間に男達は意識が行っているからだ。
倒れている仲間は気を失っただけか、死んだのかは一見してはわからなかったが、暫くすると腕がピクっと動いたので生きてはいるようだった。
その場にいる全ての者達がその衝撃の出来事から脳内が全てを理解するまでに数秒を要した。
そして、その数秒を要して理解した、ハゲた男の仲間の男達はほぼ同時に乱入してきた少女に叫んだ。
「な…何なのよアンタ!?」
「何だオマエ!?」
「…シロ…」
「俺のハゲに何しやがる!!!」
何だと言われて答えてあげる程、私はお人よしじゃないのよ。
そこ!俺のとか、ちょっと詳しく教えなさい!!
ってか、シロとか言ったやつ!パンツ見たわね!?
確か今日履いていたはずの下着の色を言われ、他の三人よりも倒す優先度が高くなった太った男の元に、ドロップキックで乱れて少し捲れあがっていたワンピースの裾を太ももの部分を持ってバサバサと揺らし、簡単に直しながら駆け寄る。
さっきも動けたし、大丈夫!
この世界でも、前世のように思ったように動けるかどうかをハゲた男で確かめたサラはこの男達を倒す自信があった。
さっきのドロップキックの際に感じた身体の調子は、かなり良く前世よりも動きやすい物だった。
前世でもドロップキックをしようとマネしてみた事はあったのだが、上手くできず練習する内の何回かは失敗していたのだ。
けれど、この世界では思ったように、思った以上に身体が動く。まるで羽でも生えているかのように身軽で、けれど力は強かった。
主人公補正ってやつかしらね。
とりあえずその辺りは後で考えるとして…
「見るんじゃないわよ!!」
下着の色を言った太った男の元まで駆け寄りながらそんな事を考えつつ、太った男の前まで行くと身体を素早く回転させ、すらりとしたその右足を高く上げて太った男の首に蹴りを入れた。
太った男はそのまま蹴られた方向に『ズゥン!』と大きな音を立てて倒れた。
集団を追いかけ、ドロップキックをし、また走っては上段回し蹴りをしたサラは、若干荒くなった呼吸を整えながら上唇をペロリと舐め、他の男達との距離を確認しつつ辺りを見回す。
すると、トサッと何かが地面に落ちたような音がした。
そちらを振り向くと、青銀髪の少女がぺたんと地面に座っている。
小さく震えている様子を見ると、今の音は彼女が地面に座り込んだ音のようだった。少女は驚愕と安堵が入り混じったような複雑な表情でサラを見上げていた。
「すぐお助けいたします。安心して待っていてくださいね」
震える少女を安心させるように、できるだけ優しく見えるように微笑む。
笑顔を向けられた少女は一瞬顔を赤らめるも、身体をもじもじと動かし始めた。
よく見ると後ろ手に縄か何かで縛られているらしい。
解いてあげないとと、サラが少女に近付こうとした時だった。
「舐めたマネしてくれるじゃないアンタ!」
男達の内の一人が一歩前に出て来た。相当怒っているようで、声にはかなり怒気が含まれている。が、その口調は女性のそれだった。
ショッキングピンクの髪の男は腰につけていた宝石で豪奢に飾ってある長剣の柄にゆっくりと手を掛けた。
それに気付いたサラの眉がピクリと動き、一瞬にして場に緊張感が走る。
サラは先程座り込んだ少女に向けた優しい微笑みからは想像が付かない程の冷笑を浮かべ、首を横に傾げ、睨め上げながら女口調の男にゆっくりと近付く。
「エモノに手を掛けたという事は、死ぬ覚悟がおありで?」
前の二人の時は、サラは本気の力を出していなかった。
正直、この世界の自分にどの位の力があり、そしてそれは前世とはどのくらいの差があるかがわからなかったから、本気は出せなかった。
一人目のハゲた男の時はジャンプ力と自分の体重だけを利用した為、実際の力はわからなかったが、それでも思ったよりも相手に与える力は強かった為、二人目は殺さない程度にと力を加減した。
加減しても一発で沈んでしまったから、太った男が弱かったのか、それともサラが強すぎるのかは判らなかったが。
だからこそ、目の前でサラを斬ろうとしている男には手加減はできない。
相手が本気で殺す気ならば、サラも本気を出さないと死ぬ可能性があるから。
そして、本気を出すことによって加減ができない力は、最悪の場合相手の命を刈り取る物になる。だからこその問いだった。
女口調の男は剣の柄から手を離さない。むしろ、逆にしっかりと握り締めたのが、サラに対する答えだった。
それを見た周囲にいた他の仲間達は若干離れたようだ。
女口調の男の剣が異常に長い為、近くにいると巻き込まれると判断したのだろう。少し離れた場所から二人を見ていた。
それとは逆に女口調の男とサラはジリジリと間合いを詰めて行く。
決着は一瞬だった。
女口調の男の射程圏内にサラが入るや、長い剣をスラリと抜く。
長く扱いにくいであろうその剣を一気に引き抜き、サラを断ち切ろうと刃を振りかぶった瞬間、サラは素早い足取りで女口調の男の懐に入り、最少の動きで、けれど最大の力を出すように腰を落とし、拳を握った右手を女口調の男の鳩尾に叩き付けた。
女口調の男は持っていた剣をその場に落とし崩れ落ちる。
女口調の男が剣を抜いてから崩れるまでの時間は、時間にしたらほんの数秒だった為、何が起きたのかわからなかったのだろう。
崩れ落ちた女口調の男は地べたに倒れたまま、苦しそうに呻きながら腹を押さえていた。
「嬢ちゃん、けっこうやるなァ。でも、オイタが過ぎたら嫁の貰い手がなくなるぜ?」
仲間が三人も、しかも他愛も無く倒され、怒りを露にしたマッチョが短剣を腰に下げていた鞘から抜くと、サラに剣先を向けてジリジリと近付いていく。
「あら。それは困りますわね。お慕いしている方がいますのに」
コロコロと楽しそうに口元を抑えて笑いながら言うサラの目は笑っていない。
相手の動きを推量するかのように、瞬きもせずじっと見据えている。
「じゃあ大人しく「では、その方にバレないように、今ここで口を封じて差し上げますわ」
女口調の男を倒した手応えで、何となく自分の力を把握したサラは自信満々に倒すと言い放ち、一切の表情が消えた。
サラは前世では子供の頃から空手を習わされていた。
初めは嫌だったそれも、大会で勝ち進むにつれて段々と楽しさを見出してきた。
高校では、三年の年には一番大きな大会で優勝を飾った。
高校を卒業しても、驕る事なく鍛錬を続けていた。
空手に楽しさを見出したサラの前世は、空手だけでなく他の武術や格闘技にも興味を示した。
そしてその過去は『サラ』になっても通用する物だと、最大の力になると『予感』していた。
だからこそ、残りの男達を倒す事にも自信がある。
「「このクソアマァ!!」」
自分より一回りは年下の、しかも見た目はどこかの令嬢のような女に、馬鹿にされたと取ったらしい筋骨隆々のリーダー格の男と青髭の濃い男が同時に怒鳴り、そして同時にサラに攻撃を仕掛けた。
リーダー格の男がその身体に似合わない速度でサラの背後に回ると、持っていた短剣をサラの首筋目掛けて横凪ぎに切り掛かる。リーダー格の男が動いたと同時に、青髭の男も腰につけていた細身の剣を抜き、正面からサラに振り下ろした。
結構早い…けど、この位ならまだ目で追える!!
サラは背後を狙う短剣をギリギリまで引き付けてから、感覚だけで刃に触れるギリギリで軽くしゃがんでリーダー格の男の短剣を避けると、サラの腰の太さくらいはありそうな頭上を過ぎたその腕に掴まり、勢いを付けて振り子の要領で青髭の男が振り下ろした剣も難なく回避した。
そしてその勢いのまま、ぐるりと逆上がりをするかのようにリーダー格の男の腕に身体を絡みつかせ、左足を男の首元に。右足を胸元に来るように腕を掴んだまま移動し、そのまま一気に地面に叩き付けるようにリーダー格の男を背中から倒れさせた。
「ぐっ!」
背中を地面に強く打ち付けたらしいリーダー格の男のズボンから赤銅色の何かが飛び出したが、サラはそれをチラリと一瞥すると、リーダー格の男の首と鎖骨を足で抑え、躊躇なくそのまま自分の体重も使って腕を一気に引き倒した。
ボキッ!
「ぐぁああ!!」
容赦なく腕を一気に引き倒したサラの腕の中から、何かが折れたような鈍い音がしたと同時にリーダー格の男が叫び声を上げた。
「っ!?お頭!?」
渾身の一撃を、しかも二人掛かりで挟み撃ちをしたから、かわせても片方だけのはずだった攻撃を今まで見たこともない方法でかわされ、そのまま宙で踊るようにリーダー格の男の腕の周りをクルクルと動いていたサラを呆然と見ていた青髭は、リーダーの叫び声で我に返ったようだ。
剣を持ち直し、残り一人となった焦りからか自棄糞交じりに青髭の男は剣を振り上げた。
「くそお!!」
サラは再度剣を振り上げた青髭の男を横目で見ると素早くリーダー格の腕から離れながら、先程足元に落ちた赤銅色のそれを掴み自分の胸元にグイっと押し込みつつその剣先から逃れた。
さっき避けられた事があったからだろうか。それともただの自棄糞か。青髭の男は避けられても止まらずに何度も剣を振るう。
それをサラは後退しながら紙一重で避けていく。
そしてまた剣を繰り出し、後退しながら避けるを繰り返す。
何度か繰り返されたその時だった。
後退したサラの背中にトンと何か硬い物が当たった。
サラは手で背後を確認をするとそれは木だった。しかも、サラの身体より一回りかふた周りはありそうな大木だ。
『しまった!』とばかりにサラは顔を焦ったように歪める。
青髭の男はそれを見逃さず、ニヤリと笑うと剣を今まで以上に大きく振り上げ、袈裟斬りの要領で剣を斜めに振り下ろした。
振り下ろしたその剣を、サラは慌てもせず剣の流れに沿うように横に移動すると、ガッと鈍い音がして青髭の男の剣は大木に食い込んだ。
「…狙いどぉーり…」
サラはニヤリと笑みを溢し、青髭にしか聞こえない位の小さな声で言うと、慌てて木から剣を抜こうとする青髭の男の手を蹴り上げ、青髭の男がその衝撃に剣から手を離すとサラは蹴り上げた足をすぐに下ろして、青髭の男の胸元を蹴って青髭の男を遠くに飛ばして距離を置く。
コレ、一度実践してみたかったのよねぇ♪
ニヤニヤと完全に悪戯っ子のような笑みを貼り付けたサラは、左手で右肩を押さえて右腕をグルグルと回して準備する。
その時、青髭の後ろに立つ少女が視界に入った。少女の縛られていた手はいつの間にか自由になっていて、ポカーンとした顔でサラを見ていた。
サラと少女の目が合ってものの一秒くらいで、少女もサラがしたい事に気付いたらしい。
小さく頷くと少し後ろに下がり、勢いを付けて胸元を蹴り飛ばされてゲホゲホと咳き込んでいる青髭の男の背中にタックルするように前に押し出した。
サラは背後の木を蹴って勢いを付けて走り出すと凄くイイ笑顔で右腕を広げて、そのまま押されて前傾姿勢になった青髭の男の首を目掛けて、その華奢な右腕をその首にめり込ませた。
「っしゃ!」
崩れ落ちる青髭の男を見やりながら、右腕を上に上げて勝鬨を上げるサラ。
そしてそれを、その光景に手を貸した少女は呆然と見ていた。
全ての男達を倒し、満足気に微笑みながら少女の方に大股で歩くとサラは青髭の男を沈めた右手を少女に差し出した。
「さぁアンリ様、あいつらが起きてこない今の内に逃げましょう!」
少女はおずおずとサラの右手にサラと同じくらい白いその左手を重ねると、サラに手を引かれてそのままゆっくりとその場から逃げる為に走り出した。
読んでくださってありがとうございます。
サラ無双回です。
サラさん乱暴者すぎです。
読んで下さっている方の中にはサラの正体が予測付いているかと思いますが、正体バレまではまだまだ先になります。
次回はまた日が開くと思いますが、この続きは本編の10話に続いていますのでそちらで補完お願いします。(10話の裏話はありません)
元々後書きを書くのは苦手なのと、読み手が見辛いかと思って本編では書いていませんが、こちらは裏話的なアレなので時々書こうかと思っています。
どうぞこれからも駄文は続きます。また読んで頂けたら幸いです。




