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眼下は見渡す限り針葉樹の森。
リリスの背にしがみついた状態でガルーダの背に跨がったカティはチラリと視線を下ろした。
高度は地上10階程度だろうか。
ー高い。そして怖い。
どくどくと脈打つ心臓を感じながら、リリスのお腹に回した腕により力を込めた。
空への旅に出てから一時間ほど。
しばらくすれば慣れると自身に言い聞かせてきたが、いっこうに慣れる気配がない。
後ろからはフラウが手を回しているし、念のためと縄で身体とガルーダの首をくくりつけてもいるのだが、結構揺れるし、正直乗り心地もいいとは言えない。
(ああもう勘弁・・・)
出来ることと言えば顔を上げて下を見ないことくらいか。
それもつい気になってこうしてたまにチラ見してしまうのだが。
「ちょっとー、大丈夫?」
大丈夫じゃない。
そう言いたいところだが。
男としてのなけなしの意地が邪魔する。
「・・・なんとか」
「そう?もう少ししたらいったん降りて休憩する?」
「いや、まだ頑張れる。たぶん」
「・・・声がヤバいわよ」
「ご主人さま震えてるのですー」
テディはリリスの獣魔ボックスに入ってもらっているので、ガルーダの背に乗っているのは三人。
普段からガルーダに乗っているリリスはともかくなぜフラウはまったく怖がっている気配がないのが謎だ。
『ゆっくり飛んでいるのだがな』
「目つぶっておいたら?」
「ムリ。やってみたけど揺れが余計気になって気持ち悪くなりそうだった」
『うーむ、もっと下に降りてみるか』
ガルーダの声とともに緩やかに高度が落ちていく。
緩やかなのだろうが。
カティの体感的にはガクンと尻が浮いてひぃっと情けない悲鳴が喉までこみ上げる。
思わずリリスにしがみついた手がずれてなにやら柔らかい感触に触れる。
「・・・ひゃんっ!」
やたら可愛いらしい声を上げてリリスが身動ぎする。
その声にカティは自分の手が触れたものを知った。
「ご、ごめんっ!」
手を下げようと動かした拍子にずるりと滑った左手がリリスの身体から離れ、カティは今度こそ悲鳴を上げた。
後ろからしっかりとフラウが支えてくれているおかげで、ほとんど身体は動かなかったのだが。
「・・・降りて休憩しましょう。ね?」
リリスの声は絶対零度の冷たさだ。
「はい」
ゆっくりゆっくりと木々の隙間から地上に降りたガルーダの背から降りたカティは、そのままその場に座りこむ。
これがこれから何日も続くと思うとげっそりした。
「水飲む?」
「ああ、ありがと」
リリスから水の入ったコップを受け取って喉に流し込むとほんの少し気が落ち着いた気がした。
「どうせだから少し早いけどお昼にしましょうか」
「はいですー」
「テディ!出てきて!」
リリスの言葉が森に響くと同時に目の前にテディの姿が現れる。
「フラウ。テディと二人で辺りを確認してきてくれる?」
「わかりましたです」
「ガルーダの気配で付近の魔物はだいたい逃げだしたと思うけど。念のため、お願いね」
「フオフオーん!」
手を繋いだ一人と一匹が去っていく背中をカティは踞ったまま見送り、ため息をついた。
「悪い・・・」
「ま、慣れるまでは仕方ないわよ」
肩を竦めて言うリリスにカティは苦笑を返した。




