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白いローブを着た男たちが長い長い詠唱を唱え続けていた。
詠唱が唱えられるたびに少しずつ祭壇の前に描かれた魔方陣が外側から白く光っていく。
魔方陣が光りを放つと同時に、集められた子供たちが苦しげな声を上げて倒れていく。
最初は1人、2人
詠唱が続き魔方陣の光が範囲を増すごとに、苦悶の声が増えていく。
その場に集められていたのは、だいたい5~16、7の子供ばかりだったが、先に倒れていくのはより小さな子供だ。
カティはガチガチと歯を鳴らしながら、腕のなかのぬくもりにすがりつく。
奴隷商の元から共に連れて来られた女の子は、部屋に入れられてからも怯えてカティにしがみついていた。
温かいぬくもりは僅かながらもカティに慰めをくれるのと同時に不安も大きくする。
このぬくもりが消えてしまったら、自分は正気でいられるのだろうか。今でも恐怖でおかしくなってしまいそうなのに、このぬくもりまで消えてしまったら。
すがりつくぬくもりがあった分、より絶望や恐怖は大きくするような気がする。
それでもすがらずにはいられなくて、カティはいっそう強くそのぬくもりを抱きしめる。
ヒゥッと息が詰まったような音がして、カティは息を飲んだ。
ヒッ・・・ヒゥ、フュッ。
止まらない。
ガタガタと全身が瘧のように震えて、両の瞼から涙が溢れる。
怖くて、恐ろしくて、確かめられない。
腕の中の小さな身体は痙攣して、びくびく跳ねて、やがて動かなくなった。
(まだ、大丈夫、まだ温かい。まだ温かいから)
きっとまだ大丈夫、まだ生きてる。
だってあったかいんだから。
きっと。
けれどすがりつくぬくもりは少しずつ冷えて冷たくなっていく。
カティはゆっくり、ゆっくりと視線を腕の中に落とした。
ぬくもりは、女の子は目を見開いて、弛く開いた口からよだれと泡を溢れさせて、死んでいた。
「・・・あ、ああああぁぁぁ・・・ああ!」
咽から止めどない悲鳴が溢れ、女の子に回されていた手から力が抜けた。きつくしがみついていたはずの身体は、力なく床にずり落ち、すぐ側に倒れていた別の男の子に重なり合っていた。
「ううう、あ・・・ヒ・・・いぃぃ、あ・・・」
気がつけば、辺りにはいくつもの死体の山が折り重なり、連なっていた。
見たことのない程大勢の子供が集まっていたはずなのに、今そこに立って息をしているのは僅か両手で数えられる数だけ。
おびただしい数の死体が、部屋の一部を埋めつくしている。
「うわあああああああぁぁぁ!?」
(イヤだ!イヤだ!気持ち悪い!怖い!)
後退りした足が死体にぶつかり、尻餅を着く。
尻が着いた場所は床ではなく倒れた死体の上。
結果、死体を椅子にした格好で座り込む形になる。
「ヒッ!ああああぁぁぁ、あ・・・っ?」
慌てて立ち上がり、止まらない悲鳴を迸らしていた咽がぐっと何かにきつく締め付けられるように詰まった。同時に身体の奥底から急激になにかが吸い上げられていく感触。
(寒い)
スウッと血の気が引いていき、指先から身体の奧へと冷えが広がっていく。
(イヤだ!イヤだ!イヤだ)
恐い。恐ろしい。このまだだと死んでしまう。
どんどん身体からなにかが抜けていく。
とても大事ななにか。
なくなってしまうと命を保てないなにか。
「・・・ぁ、ァ・・・ヒゥッ・・・ああああ、ぁぁっ」
(イヤだ、死にたくない。恐い。イヤだ)
どうして?と思う。
自分が、自分たちが何をしたというのだろう。
こんな風に、苦しんで、苦しんで、死ななくてはならない何を?
雨が少なくて、畑の実りがなくて、食べる物がなくて、父親に奴隷に売られた。
勇者を召喚する生け贄だと言われて。
周囲を死体に囲まれて。
身体から全ての力が抜けると感じた瞬間。
なくなっていく意識の片隅で浮かんできたのは憎悪。
自分を売った父親への。
それを止めなかった母親への。
まだ選ばれなかった弟への。
自分を買った奴隷商への。
生け贄にされるのだと笑った男への。
いまだに詠唱を続けている魔導師たちへの。
それを見つめている者たちへの。
自分を殺そうとする全てのもの。
最後に残った腕のなかの小さなぬくもりを奪ったもの。
全てへの、強烈な怒り。憎悪。憤怒。
それは偶然にも、次元の、時空の狭間でちょうど同じ時、同じ瞬間に同じ思いを抱いて消えかけていた魂とシンクロし、リンクし、知らず一つの道筋を指し示した。
フラフラと道筋をたどりさ迷い出た小さな魂は、そのままカティの中に入り、消えかけたカティの命を結果として繋ぎ止めた。
(・・・あったかい?)
胸の中に入った小さくて、儚くて、消えかけていたなにか。
その微かなほんの僅かなぬくもりが憎悪に呑まれかけたカティの心もまた繋ぎ止めた。
暗闇に落ちかけた視界のずっと奥で、白ローブの男たちが囲んだ魔方陣から眩しい閃光が放たれたのが見えた。
同時に溢れてくる不思議な、驚きと未知に満ちた誰かの記憶。
カティは長い長い夢を見ているような気持ちで、苦しみも怒りも憎しみも忘れて、それを受け止めた。
長い長い時間、ずっと夢を見て。
気がついた時にはカティの側には数えきれない死体が転がっていた。
足元には小さな茶色の巻き髪の頭。
名前も聞いてなかった。
聞いておけばよかったのかな。
それとも知らないままの方がよかったのか。
わからない。
「・・・ぁ」
掠れた声が喉を震わせようとしたその時。
『ストップストップストップストッープ!』
頭の中に声が響いた。