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 佑樹side



 バイトの帰り道、コンビニで夕飯とビールを買い込んで街灯の照らす狭い路地をのんびり歩いていた時だった。

 突然足元の地面がゲームやアニメで見る魔方陣のような模様で白く光り、俺の身体は足から順にその光の中に飲み込まれた。


 気がつけば、どこか西洋風の広い部屋の中。

 意識だけが俺のではない身体の中にいた。

 妙な話だが、俺の意識というか、魂、かな?が別人の身体の中に入り込んでいて、俺はその誰かの中からその誰かの目を通してその世界を見ている。

 なんだかおかしな気分だ。


 普通、人間こんな馬鹿げた状況に陥ったら夢だとでも思って現実逃避するか、パニックを起こすか、怒るか、そういったなにがしかの反応を起こすものだと思う。

 なのに俺は一切そういったものがなかった。

 冷静、というと少し違うかも知れない。

 感情の起伏がないとまではいかないかも知れないが、ひどく薄い感じだ。

 自分でもよくわからないが。


 ついさっきまではものすごく怒っていた気がする。

 いきなり光に飲み込まれて、自分が消え失せるような気がした。

 そう。

 身体がすごく痛くて熱くて、苦しくて、俺の身体はたぶんあの光の中で壊れたんだと思う。

 魂だけが何か、誰かだろうか?に呼ばれて、ここに来た。

 そういうことのような気がする。

 突然巻き込まれて、身体が壊れると感じた瞬間、とてつもない理不尽と怒りを感じて、すでにない頭が我を忘れそうな程の怒りで沸騰した。


 なのに、今は何も感じない。

 怒りも混乱も動揺もない。


 痛みや熱さや苦しさや怒り、それらが消えていくのと入れ替わるように、俺の中には俺ではない誰か、おそらくは、今俺が入り込んでいる身体の持ち主のものなのだろう記憶が流れ込んできた。


 俺からしたらとんでもなく田舎の小さな村の少年だ。

 素朴で正直あまり面白味のない記憶。

 地球とは違う世界なのは確かだし、魔法だの魔物だのステータスだのはゲームやラノベだのファンタジーの世界で、興味深いといえば興味深いのだが、なんと言っても16年分、(いや赤ん坊の時の記憶とかはほとんどなかったり曖昧だったりするからだいたい12、3年分と言ったところか?)の記憶のほぼ全てが代わり映えのない毎日同じものだった。

 いわく朝起きて畑仕事をしてごくたまに山に狩りに出かける。

 日が落ちたら家に帰って少ない夕飯を家族と食べて寝る。

 それだけ。

 行動範囲は村と近くの山の麓まで。

 接触するのは数少ない村の人間だけ。

 魔物は見たことはあるがそれもほんの数種類。

 魔法があるという知識はあるが、あるという知識だけで使い方は知らない。ステータスもそんなのがあるみたい、でもただの村人には関係ないよねって感じだ。


 俺からしたら超退屈でつまらない人生。

 挙げ句に親に売られて奴隷とか。

 生け贄とか。


 いやマジ終わってるね。



 栄養状態良くないから、当然俺が入り込んだ身体の主、エエと名前は・・・カティ。そのカティの身体は小柄で目線の高さからして150ないくらい、病的とまではいかないものの痩せていて健康的とは言い難い。

 記憶の中で見た顔は年よりも幼くついでに女顔だ。

 そういえば名前も女子っぽい。


 カティは百を優に越える死体が折り重なる中で、茫然と立ち尽くしている。


 死体、だよな。

 血は出ていないが肌は血の気がなくピクリとも動かない。

 どれも顔には苦悶の表情が浮かんでいて、大きく目や口が開いたままだったりしてる。

 うん。ホラーだ。

 なのに大して恐怖だのって感情がわかない俺って、どうしたんですかね。

 ちょっと漏らしちゃったりしても全然納得なんだけど。

 カティも漏らしてはない。

 けどこっちはまだ頭がそこまで働いてないだけだな。

 目に入ってるけどちゃんと見えていない感じ。


 死体の山の向こうでは、甲冑を着こんだ騎士や白いローブの魔導師っぽい数十人の男たち。それに派手なドレスを着た年嵩と若い二人の女。真っ赤なマントに金ぴかの王冠を被った見るからに王様なおっさんが三人の日本人を囲んでいた。

 何故日本人とわかるかというと、黒目黒髪の日本人顔というのもあるが、格好が完全に周りから浮いているからだ。

 1人はサラリーマンらしいスーツ姿の20代前半の男。

 後の二人は学生だな。

 どちらも制服を着ている。

 紺のブレザーにチェックのスカートの女子高生。

 髪はボブでぽっちゃりめだが顔は可愛い。

 残る1人もブレザーの学生服で、こちらは男子だ。

 サラリーマンと女子高生は何が起こっているのかわかっていない様子で戸惑いと恐怖をその顔に浮かべ、震えている。

 無理もないな。

 たぶん俺と同じく光に飲み込まれて気がつけばあそこにいたのだろうから。

 しかも周りには王様だの怪しい白ローブだの甲冑の騎士だのに囲まれ、少し離れてはいるが同じ部屋の中に大量の人間が倒れている。これで無表情に周りを観察している方が恐い。


(あー、マジ恐いわ)


 ヤバい人ですか?

 男子高生くん。


 俺の意識は1人無表情にうつむいている残る1人に集中する。

 じっとうつむいて黙っているが、明らかに他の二人と様子が違う。長めの前髪の隙間から覗く視線が辺りを観察してゆっくりと動いていた。

 部屋の中の人間は皆勇者たちに気を取られているし、サラリーマンと女子高生は周りがろくに見えてない。

 その為男子高生以外誰もカティが生きていることに気づいていないのだが、男子高生だけはちらとこちらを見た時視線が止まっていた。


(うわぁ、絶対に関わりたくないタイプだわ)


 あぁ嫌だ、恐い。


「ようこそお越し下さいました勇者様方」


 芝居がかった言い回しで王様が喋りだす。

 ご丁寧に片膝を着いて、お辞儀をしながら。

 周りの人間も皆倣うように膝を着く。


「私はここリューレルート王国の王、ゲロイド・ウルグ・リューレルートと申します。どうか我が国をお救い下さい」


 はい来ました。

 テンプレ。


 王様は三人の勇者たちに国の危機に古くから伝わる異世界勇者召喚を行った旨を説明していく。


 まぁ、簡単に言うと。


 この世界には魔族と呼ばれる種族がいる。

 魔族は北の方の寒くて岩山ばかりの山脈地帯に住んでいて、ずっと昔から人間の住む豊かな土地を狙っているのだとか。


 うん。

 どっかでスッゴク聞いたことのあるような話だ。


 魔族は西の大陸の端に住むエルフ族と同じく魔力が高く魔法を極めた種族で、人間よりもずっと長寿だが出生率が非常に低く絶対的に数が少ない。人間の四分の一もいないらしい。

 数の利によってこれまで魔族の侵略を阻んできた人間の国家だったが、5年程前魔王を名乗る存在が現れたことで風向きが変わった。魔王は自身も魔法チートな上、これまでけっこう個々の力業のみで来ていた魔族を国としてまとめ上げ、最近では人間国家は切羽詰まったところまで追い詰められている。


 もはや一刻の猶予もない王国はすがる思いで犠牲を出してでも勇者召喚に踏み切った。


 召喚した勇者を元の世界に戻す方法は自分たちにはわからない。

 だが、魔法の全てを極めたとされる魔王なら方法を知っているはずだ。


 こちらの勝手な都合で召喚してしまい申し訳ないが、元の世界に戻る為にもどうか我らに力を貸してほしい。


 この部屋に倒れているのは国の為に、自ら進んで召喚の為に魔力を使い果たして倒れ付した子供たち。

 犠牲となった彼らの為にも我らは魔王を倒さなくてはならない。


 云々。


 まあ、だいたいこんな感じだ。

 まったく馬鹿げてるね。


 胡散臭いしウソばっかり。

 そもそも元の世界に戻る方法を知ってる魔王を倒してって、殺したらもう方法わかんなくなるだろ。どうすんだっての。

 倒す前に今からあんたを倒しますけどその前に元の世界に戻る方法を教えて下さいとでも頼めってか?

 命は助けてやるから教えて?とかか?

 ホントに知ってるかも疑わしいのに?

 アホらしい。


 救ってくれとか言いながらしっかり騎士を前に出して威嚇してるし。

 ほら、女子高生は腰抜かしちゃったよ。

 サラリーマンもよくよく見ると足元に水溜まり出来てるし。

 男子高生は、無表情のままだが。


 ・・・ん?


 カティの視線が揺らいだ。

 指先が小さく動いて、唇が震える。


「・・・ぁ」


 まずい。


『ストップストップストップストーップ!』


 思わずカティの頭の中で大声を上げた。

 びくりとカティの肩が上がり、どこから聞こえたのかと視線をさ迷わせる。


『あ、まだ声出すなよ。叫ぶなよ。・・・死にたくなかったら落ち着け。よしとりあえず深呼吸しろ。ほら、ヒーヒーフー、ヒーヒーフー』


(な、なに・・・)


『お、どうやらお互い頭ん中で話せるみたいだな』

(・・・なにこれどうなってんの)

『知らん』

(知らんってそんな!ってか何で頭の中に声が!)

『いや、わりぃ。知らんってこともないわ。たぶんだけどどうも俺召喚されて来た途中で死んで魂だけお前の中に間借りしてるみたい』

(・・・・・・)

『・・・えーと、大丈夫か?』

(もしかして、佑樹・・・さん?)


 成る程。

 えらく長く自失してると思ってたが、俺にカティの記憶が流れ込んできたみたいにカティにも俺の記憶が流れ込んでたとみた。

 きっとずっと追憶してたんだな。

 年はほんの数年しか違わないけど、経験値も濃さも全然違うからねー。そりゃ俺より時間かかるわな。


『おう。深山佑樹(みやまゆうき)、20才の大学生だ。よろ。俺の記憶見たか?』

(あ、う・・・ん。なんか、すごかった)

『だろーな。ところで、俺はとりあえずこの場から逃げたいと思う。協力できるか?』


 あ、なんかワクワクしてきた。

 よかった、ちょっとだけど感情でたよ。

 死屍累々の中でワクワクしてる俺ってどうなんだろうとも思うけど。ま、あんまり深く考えまい。


 よし。年上だし、なんとか逃げだせるように頑張りますかね。













 

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