5話:笑顔
……可愛い。しして、何よりも嬉しくて。なぎさ君の笑顔に達成感を覚えながら、ニコリと笑い返す。
しかし、そんな表情とは対照的に、ドッと疲れが僕を襲っていた。少し魔法を使っただけだというのに、疲労と倦怠感に見舞われる。
今のは、魔法。何でもよい、媒体を用いてそこに魔力を集中させることにより、使えるものだ。
僕が使ったのは、≪時間操作≫という魔法。対象物の時間を戻したり進めたりできるという魔法だ。例えば、一輪の真っ赤なバラに使うとすれば、種に戻したり、枯らしたりといったことが可能になる。
しかし欠点が存在し、物にしか使うことが出来ない。故に、植物は例外であるが、人や動物と言った、生命を宿す者に使うことは出来ない。また、世界に流れている時も操ることは出来ない。便利ではあるが、同時に不便な点も存在する……という魔法だ。
僕は一応、≪時間操作≫以外にも魔法を所持しているけど、その他はあまり、実用向きとは言いがたいんだよねー。しかも、上手くコントロールできないというおまけ付きでさ。
「なぎさ君、これでよかった?」
問うと、大きく頷いて返答してくれる。
「うん! ……あのね、くーまんはね、なぎさのだいじな友だちで、なぎさの、おじいちゃんとおばあちゃんがくれたの。だから、たいせつなの……」
ぬいぐるみには、くーまんという名前があるらしい。おお可愛い。なぎさ君は、くーまんを愛おしそうに抱きしめる。
貰い物で、更に大事な友人。そりゃ大事にもなりますよねぇ。……いいな、幸せそうで……。
羨む目線を送りながら、ふと一つのことを思い出す。
「……あ、そうだ、なぎさ君。さっきはごめんね? お兄さんが酷いことを言って。でもね、あのお兄さん、悪い人じゃないからさ、その……嫌わないで、ほしいんだ?」
岳は先ほど、酷い言葉をなぎさ君に投げかけた。そのことで誤解してほしくないと思い、謝罪をした。
すると、なぎさ君は首を横に振った。
「ううん、だいじょうぶ。おにいさんのことは、きらいって、おもってない。でも、なぎさも、なおらないかもって、おもってたから」
ほわっと微笑みながら、岳を許してくれる。よかった……。岳は無愛想だけど、本当は悪い人じゃないんだよね。
ってか、まさか岳と同じこと思ってたって。同意見ってことですか。それで泣いたって、ええ……?
だけど、その気持ちがわからないこともない。自分が思っているとこを、追い打ちをかけるように言われてしまったら、誰だって気にするだろう。
……僕だって……誰かに不必要だって言われたら……。
暗い考えが僕を襲う。急に不安になり、俯いて、胸元をぎゅっと握りしめた。
「星夜ぁー……。終わったぁー……?」
その時、弱々しい岳の声が聞こえてきた。顔を上げると、何故か苦しそうに息をしながら、リビングのドアを開けている。
「あ、うん。終わったよー」
「おにいさん、みてみてー!」
僕が岳に返答すると、なぎさ君が嬉しそうな顔をして彼に近づいていった。
「あのね、おねえさんがね、なおしてくれたのー!」
顔をキラキラと輝かせ、嬉しそうに語りながら、くーまんを岳に突き出すなぎさ君。
「えっ! ……あ、ああ、そう、なんだ! よかった、ね……?」
岳は一瞬焦るが、すぐに同情しようと気持ちを切り替え答える。笑おうとしているのか、頬がピクピクと動いている。普段は愛想笑いや薄笑いしか浮かべない岳には、難しいなのだろう。
おーい、岳さん、頬、引きつってますぜい。だが助けには行かない。依頼から逃げたこと、たーんと後悔しやがれっ。
だから、岳が不満げな目線を送ってきても、ニヤリと笑い返し面白がるだけだった。
「……ふっ、ふふふっ。えへへっ、へへ~っ」
そんな2人の気も知らずに、なぎさ君は嬉しそうに笑う。くーまんを上に掲げ、くるくると回りながら。
しばらく回った後、ぴたりとその場に制止すると、なぎさ君は僕と岳を交互に見て、笑顔で。
「おねえさん、おにいさん……ありがとう!」
感謝の言葉。それが例え、本心からではなくたとしても、とても嬉しいものだ。
僕はとても嬉しくなって、胸がいっぱいになって、今にも舞い上がりそうな気分になった。
嬉しい。嬉しすぎる。お礼を言って貰えるなんて。魔法を使って、こなした仕事でお礼を言って貰えるだなんて。
――この、「魔法利用世界」では。
僕はニヤッと笑うと、高らかに言った。
「――ふふっ。何でもお申し付けくださいませ。魔法で我らテロリストが、解決して見せますッ!!」