4話:大丈夫
僕は息を吐き出すと、なぎさ君に向かって問いかけた。
「ねぇ、なぎさ君。君の願いは、この熊さんを直して貰うことだよね?」
「うん……」
さんざん泣きじゃくったため、目は赤く腫れている。鼻水が出ていたので、ティッシュで拭き取ってあげた。そんななぎさ君は、力なく、消え入りそうな声で答えた。
「そっか。じゃぁ、どのような状態に直して欲しい? 例えば……買ったばかりの頃だとか」
「う、ん……。じゃぁ、もらったころ……?」
「それって、お店に売っているような、きれいなもので、いいのかな?」
「うん……」
きょとんとした顔をするなぎさ君。
現実的に、ぼろぼろになってしまった物を新品同然に戻すのは、買い換えたりするほかには不可能だ。
だけど……――もしかしたらだけど。僕には、それが出来るかもしれない……!
「よし、解った! なぎさ君は初めてのお客様だから、無料サービスしちゃうね!
ちょっとそれ、貸してね?」
なぎさ君からぬいぐるみを受け取り、それをソファに囲まれるようにされたテーブルの上に置く。あれ、なんだこれ。上手く座ってくれない。と苦労しながらも、なんとか置く。
やっと座ってくれたことを確認すると、ニッ、と口角を吊り上げる。そして、ポケットから勢いよく取り出したのは、どこにでも売っているような、黒と金を基調とした万年筆。
キュポッ、と軽快な音を立ててフタを抜く。
「よーっし、それじゃいっくよー!」
ペン先を天井に突き上げ、得意げに。次は腕を前に突き出し、その万年筆で、空中に筆記体を、人が話すくらいのものすごい速さで書き連ねていく。
端から見たら「何をやっているんだろうコイツは」と思うかもしれないが、文句は言えまい。文字は本当に、空中に映し出されているのだから。
黒インクで宙に映し出された文字は、やがて金色へと光り輝き始める。僕は一通り書き連ねると、万年筆のフタを閉め、ソファに置く。そして、両手を組み合わせると、大きな声で言った。
「リバース・エージング!」
次の瞬間、地面から天井へと向かう風が、僕の周りに吹き荒れる。髪や服を、バサバサとかき乱すほどの強い風。そして、僕の足下と、ぬいぐるみの置かれたテーブルから、オレンジにも近い金色の輪っかが現れる。ただの輪ではない。中には複雑な模様の描かれた、魔法陣。
テーブルに現れた魔方陣がアナログ時計のような物に絵柄を変え、針がものすごい速さで逆回転していく。
それと同時に、ぬいぐるみに変化が現れた。
傷が修復されていく。なかった片目が戻る。黒ずんでいたからだが、見る見る綺麗になっていって、本来の濃い茶色を取り戻していく。
ぴたり、と魔法陣の中の針が止まると、足下とテーブルの魔法陣はゆっくりと消滅していく。同時に、風も止む。
「うわ……うわぁああーッ!」
なぎさ君が、驚きと喜びの混じった叫び声を上げる。そして、新品のようなぬいぐるみに飛びついた。
「わぁっ……くーまん、くーまん、くーまんだぁあッ!」
嬉しそうに、無邪気にぬいぐるみに頬ずりをするなぎさ君。よほど嬉しいんだなー、見ている方まで嬉しくなっちゃうよ。
「わぁああ……!! おねえさん!! あ、ありがとう……!!」
そして、こちらを振り返って、とびきりの笑顔を僕に向けた。