39話:雅華の本心
ザバッ、と勢いよく音を立てて、浴槽につかる。瞬間、ちょうどよいお湯の温かさと周りの湯気が僕を包む。
「ふぅっ……」
湯船の暖かさに身を預け、壁にもたれかかる。
「はぁ、暖かいわね」
雅華が笑いながら両手を組み、前へと伸びた。
「湯加減とか、どう?」
「大丈夫よ。ただ……」
僕が問うと、彼女は訝しげな顔をした。
「ただ?」
水をすくう動作をしながら、彼女は。
「この浴槽、少し狭いわね」
「うん、狭いって言うか一般的なお風呂はこうだよね」
湯船は僕と雅華が横に並んで入って満席の状態。かろうじて小さな子供があと1人入るか入らないかほどのスペースしかない。
「……そうなの?」
目をぱちくりとさせながら、不思議そうに問ってくる雅華。え、嘘。まさかこれは標準ではないとでも言うんですかお嬢様。
「いや……逆に雅華の家はどうだったの?」
「それなりに広かったわ。浴室も広かったし、20人くらいは余裕で入るんじゃないかしら。あと、この浴槽も金メッキでできていたわ。壁にはマーライオンもいたわね」
「はッ……」
その言葉に、呆気にとられるしかない。金メッキの浴槽にマーライオンって。あれかな? これはシャワーやらといった身体を洗う機能を備え付けたやつもたくさんあるって想像しちゃっていいのかな? いやいや……どこぞの高級ホテルの大浴場だよ。てか20人って誰が入るの!? 使用人さんたちが一斉に入ったりするの!?
今日の移転装置の知らなさといい、お風呂の常識を知らなかったりといい。いや……じゃぁさ、まさかだけど……。
「ファストフードって、知ってる?」
「? ……どこかのお店の名前……?」
案の定、彼女はきょとんとした顔をした。だめだこりゃ。知らない感じですよこりゃ。
「えええええ……じゃぁさ、ハンバーガーは食べたことある? どうやって食べてた?
「ハンバーガーは知ってるわよ! あの、ふわふわしたパンにお肉や野菜が入っているやつよね!? ええと、確かナイフとフォークで食べてたかしらね……結構食べづらかったわ……」
「ふぁっ」
開いた口がふさがらない、とはまさにこのことだろう。ハンバーガーをナイフとフォークで食べる!? いや聞いたことはあるけど実践はしたことないよ……? どんだけお嬢様なの……?
「うぁああああ……」
頭を抱え唸る。どうやら僕は、とんでもないことをしてしまったようだ。お嬢様を庶民的生活に引っ張るということを。どうしてだ……大企業の令嬢様というところでここまで察せなかったんだ……。
「星夜、どうしたのよ、そんなに頭を抱え込んで」
「いや、雅華をこんな質素で庶民的な生活に引き込んでしまって申し訳ないなぁと思って……」
不安げに問うてくる彼女に、申し訳なさそうに答える。いや実際申し訳ない。しかし、彼女は目を閉じると、首を横に振った。
「ううん。そんなことはないのよ。寧ろ、今の方が楽しいと思うわ。前みたいに、ルールやボディーガードに縛られた生活はもううんざり。今日だって、今までにないくらいクタクタに疲れたわ。そして、依頼を達成して、お礼を言われるという喜び。これを知ってしまった以上。もう前の生活には戻れないわ。星夜、私、これからね、どんな体験をするのかなってとっても楽しみなの!」
顔を輝かせながら、嬉しそうに語ってくれる雅華。案外、彼女は今の生活を楽しんでくれているようだった。
そっか……。それならよかった。ほっと胸をなで下ろし、一息ついた。




