32話:黒幕の男
全身黒ずくめで、色素の薄い肩までの長髪に、耳には銀色のピアス。チャラい……そんな言葉がお似合いの男だった。
「誰!?」
「あーあーあーあー。”誰?”だなんて陳腐な質問。やっぱ猿どもは、頭が回らない訳かぁ」
その男は、馬鹿にしながらクックックと笑う。何なのだろう、こいつは。粘ついた声と馬鹿にしたような話し方。とても、腹が立つ。
こいつの正体として考えられるのは、狙撃手かゾンビを操る黒幕。だけど、狙撃手にしては距離が近すぎないか。
「君は一体、なんなの?」
「だからよォ……なーんて。まぁ、お前らはあれか。魔法が少し使える猿っちゅーのか。……ほうほう……少しは楽しめそうだ」
舌舐めずりをする男。
「俺はゾンビを操る黒幕……そういえば、馬鹿どもにも解るかなァ?」
「……ッ!?」
2人が息をのむのが解った。ということは……やはり、ゾンビは操られていたんだ……!!
その言葉を聞いて、何故か先ほどの舌舐めずりが頭をよぎった。まるで蛇睨みにあった獲物だ――そんな感覚。全身に、悪寒が走る。
「その驚いた顔……いいねぇ。そそるよ。そう、俺こそが黒幕さ」
両腕を広げて、自慢げに語る黒幕の男。
「……どうして、こんなことをするんだ」
俯きながら、声のトーンを落として僕は問う。
「どーしてって。面白いからに決まってんだろう? 俺様の魔法、≪死体狂操舞≫。素晴らしいと思わないかい?」
「そんなこと、あるわけないじゃないか!」
顔を上げ、足に、両手に、声に力を込めて言う。
「お前は、この島の住人の気持ちを……そして、操られるゾンビの気持ちを考えたことはあるのか!?」
「気持ちィ? 第一、死んだ人間にそんなのもクソもあるか」
その言葉で、僕の中で何かがキレる音がした。
「お前ッ……!」
キッと彼を鋭くにらみつけると同時に僕の足下に魔方陣が現れ、風が吹き荒れる。
倒す。こいつだけは、必ず……!!
「へぇ……殺る気満々、ってか。いいじゃねぇか……そうこなくっちゃなァ! 俺様の魔法で返り討ちにしてやるよ!!」
男が興奮しながらパチンと指を弾くと、それまで眠っていたゾンビたちがゆっくりと立ち上がった。ゾンビは本当に、この男に操られているようだ。今ので、確信した。
「覚悟しろ!」
「星夜!」
僕が叫んだそのとき、岳が制した。
「……岳? どうして止めるの!」
「感情的にならないで。今突っ込んでいったんじゃ、敵の思うツボだよ」
怒る僕に対し、至極冷静な岳に腹が立つ。何で。何で何で何で。どうしてそんなに冷静でいられるのさ。
「だとしても!」
「落ち着いて」
そう言うと、岳は僕を彼自身の目に前に向け、ぽんと肩に手を乗せた。その言葉で、はっと我に返った。雅華の方にちらりと目をやると、不安げな視線を送っていた。
あれ……僕は……なんてことを。
1人反省会をしていると、岳が僕の耳元に口を寄せて、こう言ってきた。
「作戦がある。僕と雅華で、ゾンビと戦う。敵の性格上、僕たちの戦いを、喜劇として楽しみ鑑賞しているだろう。そこをつく。敵の注意がこちらに向いている隙に、星夜はあの男の元まで行って、直接戦う」
「……解った」
彼が耳から口を離すと同時に、目を伏せる。僕はなんてことを。リーダーとして、あるまじき行為をしてしまった。寧ろ、岳の方がリーダーに向いているじゃないか。
皆のことを考え、常に冷静に。決して感情的にならずに、常に冷静で。
僕はすぐ感情的になってしまうから、またすぐに岳に諭される時がきちゃうかもしれないけれど。
今は、目の前の敵に集中するのみ。
カッと目を見開き、前を見据えて。
「――行くよッ!」




