23話:狙撃手の青年 / 城島 翔
――チッ、逃げやがったぜ。腰抜けどもが。
心の中で悪態をついた狙撃手の青年――城島翔は、舌打ちをしながらスコープから片目を外した。
翔のいる、数十メートルにも及ぶ崖の上からだと、先ほどの人たちは見下すようになり、ごま粒程度にしか見えない。けれど翔には、その人たちがはっきりと鮮明に、表情までもが解るほどに見えていた。
どういうわけか、俺は昔から異常に視力が高い。だからスコープという便利品は必要ないが、それはまぁ奥の手だ。
下にはまだ、ゾンビがわらわらと群がっている。きっと、先ほどの人たちでも探しているのだろう。奴らを殲滅するのも翔の仕事だが、今は違う。
標的がいなくなった今、この場に用はない。
「――こちらウルフ。標的の抹殺に失敗。これより帰還する」
殺し屋組織、”ライフ アンド デス”に所属する翔は、レシーバに向かい、短く報告をした。コードネームはウルフ、立ち位置は勿論狙撃手。返事を待たずとして、レシーバの電源を切る。
それにしても、今日の標的は女が2人、男が1人のはずだったが、おかしい。金混じりの茶髪にピンクのリボン、そして三つ編みカチューシャの女と、若干長めな茶髪の……多分女? の2人だけだった。男が足りない。もしかして、逃げたのか?
ああでも……最後にピンク色の文字が浮き上がっていたから、きっとそこに隠れていたのだろう。……まぁ、そんなことはどうだっていい。今回、俺好みの女子はいなかったのだから。いたらいたで狙撃しにくくなるけれど。
顔を上げて、伏射姿勢から立ち上がる。そして、狙撃銃を黄色の光に戻すと、ライフアンドデスのアジトへと足を進めた。
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歩くこと数十分。緑が全くといっていいほど存在しない山道のような場所を歩いて行くと、山小屋のようなものが見えてくる。
それが翔の所属する、ライフアンドデスのアジト。まだまだ小さな殺し屋だけども、いつかビックになってやる、なんて笑える目標を掲げた笑える組織だ。
翔は家前に立つと、足下に落ちていた種のようなものを拾った後、木製の玄関扉に手をかけ、勢いよく引いた。
「ウルフ、帰還しましたー」
扉を閉めて、違和感を覚える。いつもなら、仲間のうち誰か1人が迎えてくれるはずだ。そうでなかったとしても、声の1つや2つはかけてくれるのに。
連絡が行き届いていなかったか。もしくは、皆でテレビゲームか何かに夢中なのか。
……きっと、後者だろう。リーダーことトキは、そういうのに熱中すると周りが見えなくなっちまうヤツだからなぁ、仕方ない。そして、他の皆も巻き込んでいるのだろう。それならば、俺も混ぜてもらおう。
あ。俺を無視した仕返しに、ゲームでリーダーをフルボッコにしてやろう。そうしよう。
そんな下らないことを考えながら、フローリングの床を歩き進んでいく。外装は山小屋だが、中は一軒家と大して変わらない。そして、リビングに通じる扉の目の前に辿り着いたとき。
ヌチャ、と生々しい音が響き、感触が足に伝わった。
何だろう、これは。靴下越しでも解る温度。水にしては温かい。お湯にしては、少しヌルヌルとしている気がする。そして、鼻をつく鉄の臭い……――は? 鉄……?
この臭いは何度も嗅いできた。まだ数少ない、依頼の際に。嫌な予感がして、翔は引きちぎれんばかりに扉を開けて――驚愕した。
「は……?」




