2話:初めての依頼は
玄関開けたら立っていた男の子をリビングに招き入れ、ソファに座らせた。
「えーっと。君は依頼人かな?」
そう話しかけて、後悔した。やばい。推定幼稚園児の彼に、「依頼人」という言葉の意味は通じるだろうか。
「そう……です」
しかし、問題はなかったようで、肯定の意を表してくれた。僕としては一応、優しく話しかけているつもりなんだけど、男の子は緊張しているのか、ガタガタと小刻みに全身が震えている。その腕には、茶色い何かが大事そうに抱きしめられている。
……ん? あれ? でも、確か看板の文字って漢字で書いてなかったっけ……? よく読めたなー、この子相当知能高いぞ。岳並みに。あ、でももしかしたら道ばたの通行人に聞いたという線もあるかもしれないけど。まぁ、何だっていいや。
疑問や推測を頭に浮かべていると、岳がこちらを見て、薄く笑っていった。
「初めての依頼人だね。……よかったね、星夜」
「な、何その他人事みたいな言い方!!? 岳だって、仲間なんだからね!?」
岳の言い方が、あまりにも突き放した感じなので、少々驚く。まさか、傍観者とかやめてよね……? 岳だって仲間なんだから、一緒に問題を解決していくんだよ……?
「まぁ、できる限りのことはするよ」
薄く笑いながらの返答。そして、再び本に目線を落とす。本当にするのかな。不安が募るばかりなんだけど。ねえ。
「あ、あの……」
僕と岳の会話に割って入ってくる、怯えたような幼い声。そういえば依頼人が、とその声で現状を思い出す。
「ああ、ごめんごめん! それでー? えーっと、少年。名前は……」
「な、なぎさ」
「そっか。おめでとう、なぎさ君! 君は初めての依頼人だ! それで~? お願いごとって、何かな?」
「へ? は、はじめて……?」
困惑するなぎさ君。うわ余計なこと言っちゃったかな。
「あ、あのね……おねえさんたちに、これを、なおしてほしいの」
そう言ってなぎさ君が差し出したのは、大事そうに抱えていた何か、もとい熊のぬいぐるみだった。目の前に突き出されたそれを、まじまじと見つめる。
それは、とても目も当てられない状態だった。黒ずんだ茶色の胴体の手足はもげ、腹からは白く、柔らかそうな綿が飛び出ている。ついでに片目もない。何度か縫い合わせたような跡が体のあちこちにあるが、もうこれ以上の修正は効かないだろう。
うわぁ悲惨、と口からこぼれそうになるのを寸前で止める。
「ありゃー……随分大事そうに使い込まれていますねぇ」
「うん。なぎさの、だいじな友だちなの」
「ほぉおー……」
友達……かぁ。そりゃ、大事にするよね。と、共感しながら同時に考える。
裂けた布地、飛び出た綿、なくなった片目。うーん、確かに修復は難しいかもしれない。しかもまさか、初めての依頼がもの直しになるとは、僕は思ってもなかった。
もの直しと言っても、難しい内容。引き受けるかどうか悩むけど……ここで断るわけにも行かないしなー……。
「だからおねがい、おねえさん、この子をなおしてあげて?」
そこへ、追い打ちをかけるように、なぎさ君が上目遣いで頼んでくる。
うわ可愛いッ! 何この子!? こんな可愛い子のお願い事、断るなんて鬼でしょ!!?
だけど、問題が2つある。まず1つめは、依頼料のこと。この店のシステムは、僕たちが依頼を達成するために努力した功績を評価し、それに応じて依頼料を支払って貰う、というものである。つまり、こちらが決めるのではなく、依頼主に決定権があるということ。なので、もし僕らの活動内容が依頼主の気にくわなければ、タダでも構わない。……いくら依頼主に決定権があるからといって、彼らを危ない場所に連れて行くような真似はしないが。
見たところ、なぎさ君は対価になりそうな物を持ち合わせていない。ちなみに、依頼料はお金に限らず、物でも何でもオッケー。
まぁ、子供だからタダにしてもいいのでは……でもそうすると、何か不公平な気がするし……うーん。
「断っちゃいなよ、星夜」