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seasons  作者: 安芸咲良
第二章 ハルとナツ
9/16

9

 それから一週間。菜津は裏門にもたれかかってぼんやりと空を見上げていた。

「ごめん、待った?」

 そう言って肩を叩いたのは。

「杉山くん」

「ごめんね、ミーティングが長引いちゃって」

 そう言う彼はバスケ部のジャージ姿のままだった。普段の学ラン姿とは違う雰囲気に、菜津は落ち着かなくなる。

「着替える時間くらい待ってたのに」

「俺が早く河井さんに会いたかったから」

 杉山はさらりと言った。が、自分の言ったことに気付いたのかはっとした。

 二人の間に沈黙が落ちる。顔を赤くしてお互いにあさっての方向を見ていた。

「と、とりあえず帰ろうか」

 二人は並んで歩き出した。


「河井さんってなんで部活やってないの?」

 気まずい沈黙を打ち破るかのように、杉山が切り出した。

「あぁ、うち楽器店やってるの。その手伝いしてるから放課後は空けときたいんだー」

「へー偉いね」

「いんや好きなことやってるだけだよ。私はそれが部活じゃなくてお店だっただけ」

 小さいときから楽器が傍にあるのが当たり前だった。

 ピアノにエレクトーン、キーボード、トランペットにサックス、クラリネットやフルート、それにギターやベース――。

 ガラスケースに並ぶ輝く楽器に、幼い菜津は心を奪われた。

 売り物だから勝手に触るのは禁止されたものの、試奏していく客の姿を見るのは菜津の楽しみのひとつだった。

「自分でも弾いたりするの?」

 何気なく聞かれた問いに、菜津はぴたりと動きを止めた。

「ギ、ギターをば……」

 お店の手伝いをして、去年買った一番安いギターだ。まだそこまでうまく弾けない。

 そして浮かんだ顔に、菜津はなんだか後ろめたい気持ちになって歩みを速めた。

「ふうん……」

 杉山はなにかを察したのか意味深な表情を浮かべると、先を行く菜津の背中を追いかけた。


   *


 昼休みの屋上は、弁当を食べたり談笑したりする生徒で賑わいを見せていた。その一角で、菜津と千穂はいつものように弁当を広げている。

「へぇ、ふうん……。うまくいってるの」

 千穂はじとっとした目を菜津に向けた。その視線に菜津は怯む。

「な、なに……? 千穂ちゃん……」

 千穂はぷいっと顔を背けた。

「べっつにー? うまくいってるならいいのよ。……ただ」

 そこで一旦言葉を切ると、千穂はちらりと菜津の方を見た。その視線を受けて菜津はびくっと身を竦める。

「茂内くんのことはいいのかなって」

 菜津はぐっとごはんを喉に詰まらせた。げほげほと涙目になって咳き込む。

「大丈夫?」

「な、なんでそこでハルが出てくるのよ……」

 菜津は涙を拭いながら問いかけた。

「いやー、だってねぇ? 親鳥の背中を追いかけるようにいつも茂内くんにくっついてた菜津が、ちゃんと一人立ちできるのかなーって」

 その言葉に菜津は唇を尖らせた。

「失礼な……。別にハルがいなくたってちゃんとやれますよーっだ!」

 千穂は肩を竦めた。

「どうだか」


   *


 昼休みに千穂に言われたことで、菜津はずっともやもやしていた。確かに羽流とバンドをできればいいと思った。でもそれは一人じゃ何もできないということではなく、やるなら羽流と一緒が楽しいと思ったからだ。

 羽流がいなくても自分はやれる。そう思うけれど、これからどうしたらいいか、分からなかった。

「聞いてる? 河井さん」

「え? ごめん! ボーっとしてた!」

 今日も菜津は杉山と一緒に帰っていた。その返事に杉山はちょっと困った顔で笑う。

「だからね、俺もギター始めてみようかなって思うんだ」

 言葉の意味を考えて、菜津はぱちぱちと目を瞬かせた。杉山が首を傾げる。

「ダメ、かな?」

 菜津の表情が明るくなる。今まで回りに楽器をする人がいなかった。羽流に断られて、千穂にあんなことを言われて、菜津の気持ちが上がらないわけがない。

「いいね……。いいね! やろう!」

 目を輝かせて言う菜津に、杉山は満足そうな笑みを浮かべた。


   *


 それからの土日は、杉山はカワイ楽器店を訪れるようになった。菜津の父親は複雑そうな顔をしていたが、母親は娘が男の子を連れてきたことを楽しそうに見守っていた。


「いってぇ……」

 杉山が左手を振りながら顔をしかめる。菜津はくすっと笑った。

「やっぱみんなそこでつまずくよね。Fコード」

 菜津はジャランとギターを鳴らす。とりあえず好きな曲をやってみようということでギターを手にした杉山だったが、ギター初心者なら誰でもつまずくというFコードに苦戦していた。

「でも大分うまくなったと思うよ。一番のサビまで通してみよっか」

 二人は最近流行りのアイドルソングを奏で始める。途中途中、音を外しているところもあるが、一番のサビまでなんとか弾き終わった。

「大分形になってきたね」

「うん」

 どちらからともなく、笑い合う。ふと杉山がなにかを思い出したかのような顔をした。

「あ、そうだ。月末に練習試合があるんだけどさ、良かったら見に来ない?」

 練習試合というと、杉山が所属するバスケ部のことだろう。杉山は結構うまいらしく、レギュラーだと聞いていた。

「え、いいの?」

「もちろん」

 そういえば、杉山がバスケをしているところをまだ見たことがなかった。


   *


「おぉ……」

 体育館は喧騒に包まれていた。菜津たちの学校のバスケ部は部員が多く、他校の部員もいることからたくさんの人で溢れ返っていた。

 菜津は二階のギャラリーへと向かう。そこにも数人の生徒たちがいた。バスケ部目当てで応援に来た女子たちだろう。きゃあきゃあはしゃいでいる女子たちに、菜津は少し尻込みしてしまう。

 ホイッスルが鳴って、菜津は階下を見下ろした。どうやら試合が始まるようだ。

「あ……ハル……」

 コート上に羽流の姿もあった。いつの間にバスケ部に入ったんだろう。そんな話は聞いたことがなかった。

 知らなかった事実に、菜津の胸はずきんと痛む。

 知らず知らずのうちに、菜津は羽流の姿を目で追っていた。

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