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seasons  作者: 安芸咲良
第二章 ハルとナツ
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7

「髪、変じゃない?」

 軽く跳ねさせた短い髪をいじりながら、彼女は不安そうに言う。

「大丈夫だよ、可愛い。衣装にも合ってる」

 彼がそう言うのなら間違いないのだろう。彼女はほっとした表情を浮かべた。

 彼女は振り返った。光の先ではみんなが待っている。

「さ、お披露目だ。天使の歌声を存分に聞かせてやれ」

 彼女は力強く頷く。彼は彼女の背中を押す。


 そして彼女は光の中へと駆けていった。


   *


 少女は門の前に仁王立ちしていた。ポニーテールが吸い込んだ息と共に揺れる。

「今日も逃げられたー!!」

 朝の爽やかな空気の中、住宅街に少女の雄叫びがこだました。


 ここのところ、菜津はずっとイライラしていた。それもこれもあの幼馴染のせいだ。

 菜津はくしゃっと笑う彼のことを思い出してまたイラっとした。

「なあに菜津、また朝っぱらから大声出して」

 お隣の玄関先でまだ立ち尽くしていた菜津に、母親がひょこっと庭から顔を出して言った。

「おかーさん! だってまたハルが!」

「はいはい、羽流ハルくんももう中学生なんだから女の子と登校するのは恥ずかしいんでしょ。いいから菜津も早く学校に行きなさい。遅刻するわよ?」

 そう言われてはもう大人しく学校に行くしかなかった。


 始業前、菜津はずんずんと窓際の席へ向かった。

「ハル」

 羽流の席には彼の友達ふたりが集まっていたが、菜津の剣幕に目配せしてそっと離れていく。

「なに」

 羽流はぶすっとして言った。

「なに、じゃないよ。なんで最近先に学校行くの。学校でもなんかよそよそしいし……。私、なんかした?」

 羽流は菜津の方を見ようともせず、ずっと俯いていた。教室のざわめきだけが響く。

「ハル……」

「なぁ、もうやめようぜ」

 羽流は固い口調で言った。

「俺らもう中二なんだ。いつまでも幼馴染だからって仲良しこよしする必要ねぇだろ。お前も女子と仲良くしてろよ」

「そんな……!」

「はーい席に着けー」

 チャイムの音と同時に担任が教室に入ってきた。菜津は納得がいかないまま、席に座った。


   *


「私は茂内くんの言うことはもっともだと思うけど」

 昼休み、弁当を食べながら菜津は友人の千穂にグチっていた。

「えー!? なんで!? 今まで仲良くしてたのにおかしーじゃん!!」

 菜津はごはんつぶを飛ばさんばかりの勢いで突っかかる。千穂は汚い汚いと菜津をいさめる。

「気持ちは分からなくもないけどなー。だってもううちら中二じゃん。幼馴染とはいえ、女子と男子がつるんでたら茶化されるでしょ」

「それがなんでダメなのかが分からない……」

 菜津は箸を噛んだ。

「お行儀が悪い。そういうもんなのよ」

 千穂は澄まして言う。その言葉に、菜津はやっぱり納得がいかなかった。


「ただいまー」

 菜津は自動ドアをくぐる。店内には静かなピアノ曲が流れていた。

「あらお帰り。ちょうど良かった。お母さん配達に行ってくるから店番お願い」

「はーい」

 商店街の一角、カワイ楽器店が河井家の家業だった。学校が終わると、菜津は家ではなく店に向かう。

 昔は羽流と一緒に店番をすることもあったが、最近ではそんなこともなくなってしまった。

 菜津はレジに座ってぼんやりとする。

 羽流とはずっと一緒に過ごしてきた。家が隣同士なのだ。それこそ生まれたときからずっと一緒だった。

 羽流と遊ぶことが好きだった。商店街の端から端までどっちが早く走れるか競争したり、夏場に庭を水浸しにして怒られたりした。

 ずっとそうして一緒に過ごしていくんだと思っていた。

 どうしたら元の関係に戻れるんだろう。

 そう考えたときだった。

『四人は中学からの同級生だそうです』

 レジ横に置いたテレビからそんな声が聞こえた。菜津は思わず見やる。

『そうなんです。ギターのこいつに誘われて。実際組んだのは高校入ってからなんですけど』

 そこに映っていたのは最近人気急上昇中のロックバンドだった。

 菜津は食い入るようにそれを見つめた。お客さんの「すみませーん」という声にも気付かない。

「これだ!!」

 静かな店内、菜津はそう叫んでいた。


   *


 放課後の校舎裏。遠くで運動部が声を出しながら走る音が聞こえる。

 腰に手を当ててふんぞり返る菜津の前には、だるそうな顔をした羽流がいた。

「なんだよこんなとこに呼び出して……」

「だって誰かいるとこじゃ嫌がるでしょー?」

 別に、とかもごもご言いながら羽流は悪態づいた。菜津は何か企んでいる笑顔を浮かべている。

「ふっふっふー」

「なんだよ気持ちわりぃ」

「キモッ!? いいからこれを見なさい!」

 そう言って菜津は、後ろ手に隠していたものを羽流の目の前に差し出した。

「邦楽ロック特集?」

「そう!」

 菜津はぱっと顔を輝かせた。菜津が手にしていたのは音楽雑誌だった。最近人気急上昇中のバンドが表紙を飾っている。

「一緒にバンド組もうよ!」

「やだ」

 羽流は即答する。

「なんで!?」

「だから昨日言ったろ? 幼馴染だからって……」

「バンドメンバーなら関係ないじゃん!」

 菜津の叫びに羽流は一瞬怯む。その声は悲痛な叫びだった。

 菜津を見ると、今にも泣きそうな顔をしている。

「幼馴染でもバンド組んでるなら一緒にいてもおかしくないじゃん……。ねぇやろうよ……。ハルだって楽器好きだったでしょ……?」

 その顔を見て、羽流は何も言うことができなかった。こんな顔をさせているのは自分だ。

 羽流はその手を菜津に伸ばしかけて、やめた。

「……勝手にしろ」

 そう言って菜津を置いて去っていった。

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