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seasons  作者: 安芸咲良
第一章 シキとキセツ
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2

 不規則な波の音が響いていた。まだ海に入るには水が冷たそうだが、暖かな日差しは夏の訪れを告げている。

 波音の合間に聞こえてくる歌声。その声の持ち主はすぐに分かった。砂浜には一人しかいない。砂浜にごろごろしている岩に腰掛けて、歌を歌っている少女がいた。

 輝雪は肩で息をしながらその少女を見ていた。こちらには気付いてないようで、彼女は歌い続けている。時折波音でかき消される歌声は、まさしく天使の声だった。

 その声が止む。輝雪は声をかけることもできず、ただ突っ立っていた。

「なに?」

 唐突に少女が言って、振り返った。どうやら気付いてはいたようだ。

「いや……あの……」

 雰囲気のある少女だった。背中まで伸びた髪はさらさらと風に揺れ、日に当たって少し茶色っぽく見えた。ぱっちりとした二重の瞳の上には、長いまつげが踊る。はっきり言って美少女なのだが、無表情さがそれを打ち消していた。

「あの……! 同じ学校だよね? その制服」

 少女は輝雪と同じ中学のセーラー服姿だった。少女の目が不審げに揺れる。

「あっ俺、二年三組の高宮輝雪! 一回学校で君の歌聞いたことがあって……」

 輝雪は慌てて言った。輝雪は私服だ。突然こんなことを言われても不審に思われるだけだろう。

「キセツ……?」

 だが少女はそんなことには構わなかった。輝雪の名前を口の中で繰り返す。

「うん。輝く雪って書いてキセツ。……名前、聞いてもいい?」

 少女はしばらく黙っていた。そうして小さく口を開く。

「二年一組……工藤……志希」

 ぽつりと言われて輝雪は目をぱちくりとさせた。

「シキ……」

 少女は名前を呼ばれても黙っている。

「四季に季節か。なんか似てるな、俺ら」

 そう言って笑った。志希は驚いた顔をしていて。

「帰る」

 それだけぽつりと言って、輝雪の脇を通り抜けていった。

 輝雪はなにか気に触ることを言っただろうかと心配になったが、それよりも出会えた嬉しさの方が勝っていた。

「シキ、か」

 その顔には晴れ晴れとした笑顔が浮かんでいた。


 夏の始まり。全ての始まりの出会いだった。


   *


「またか!!」

 輝雪は二年一組の入り口で息を荒げていた。

「なんだアイツは……忍者かよ……」


 あの海での出会いから数日。輝雪は志希との接触を試みていた。だがしかし、会えないのだ。

 昼休みに教室を訪れた。いない。

 放課後に下駄箱で待っておこうと思った。すでに帰っている。

 ダッシュで昼休みに二年一組へ向かったが、そこに志希の姿はもうなかった。

「なぁ、工藤さんって学校来てるよな?」

 近くにいた男性生徒に声をかける。

「工藤さん? あぁ来てるけど休み時間はいつもいないよ。どこ行ってるか知らないけど」

 それを聞いて輝雪は「そっか」と呟いた。


 輝雪はひとり廊下を歩いていた。

 もしかしたら、志希は仲のいい子がいないのだろうか。あの後、二年一組の他の生徒も話しかけてきたが、志希について詳しく知っている者はいなかった。「ひとりでいるのが好き」とういうのが共通認識だった。

 あの天使の声を知る人はいないのだろうか。

 ふと輝雪は窓の外を見上げた。そしてばっとガラスにへばりつく。

 向かいの校舎の屋上に立っていたのは、紛れもなく志希だった。


 勢いよくドアを開ける。全力疾走したせいで息が上がっている。途中、先生に廊下は走るなと言われたが適当に返事をして走り続けた。

 飛び込んできた輝雪に志希は驚いて振り返る。輝雪の荒い息だけが屋上に響く。

「や……やっと見つけた……」

 なんとか息を整えて、声を絞り出す。志希は黙っていた。

「何度か教室行ったんだけどなかなか会えなくて。そういえば最初のときも屋上にいたよな」

 そう言って笑いかける輝雪を、志希はじっと見ていた。

「ほんとに同じ学校だったんだ」

 ぽつりと呟かれたそれは消え入りそうな声だったが、静かな屋上で輝雪の耳にしっかりと届いた。

「信じてなかったのかよ……。ま、あの状況じゃ無理だな」

 そう言って輝雪は志希の元へと近づいた。志希の足元には弁当の包みが置かれている。

「いつもここで弁当食ってんの?」

 志希は小さく頷いた。

「明日から俺も一緒してもいい?」

 今度は返事が返ってこない。いきなりすぎただろうかと不安になって、輝雪は志希の顔を覗き込んだ。

 志希は嬉しそうな、戸惑っているような表情を浮かべていて。

「うん」

 さっきよりも更に小さな声で返事をした。

 確かに届いたそれに、輝雪は満面の笑みを浮かべた。


   *


「いい天気だなぁ」

 あの日から三日。昼休みにはこうして二人で屋上で弁当を食べるようになっていた。

 特に何を話すまでもない、弁当を食べて予鈴が鳴るまでのんびりする。そんな日々が続いていた。歌を聞いてみたいと思うのだが、輝雪は切り出せずにいた。

「工藤さんって自分で弁当作ってるの?」

 もう一つ気になっていたことを輝雪は口にした。可愛らしい赤のチェックの小さな弁当箱に詰められた弁当は、中身も大変可愛らしくできていた。

「これは……田中さんに作ってもらってる」

 ぽつりぽつりと呟くかのような喋り方にももう慣れた。

「田中さん?」

「お手伝いさん」

 輝雪は玉子焼きを口にする志希を見つめた。

「えーと、工藤さんのご両親って何してる人なの……?」

「トリック・トリートっていう服作ってる」

 輝雪もよく知るブランドだった。若者を中心に人気のブランドだ。

「それと、やってるのはお父さん。お母さんはいない」

 その言葉に輝雪は口を噤んだ。

「……ごめん」

 視線を落としてそれだけ呟いた。

「いいよ。ただのリコンだし」

 何でもないかのように言って、志希は弁当を食べ続けた。輝雪は何も言うとができずに、視線を落としていた。

「シキでいいよ」

 いつの間にか食べ終えて弁当箱をしまっていた志希が、唐突に口を開いた。

「え?」

「名前」

 言われて五秒、考えた。意味を理解して、輝雪の口は弧を描く。

「俺もキセツでいいよ。親父とか友達はキーくんって呼ぶけど」

「キセツ……」

「うん」

「キセツ」

 何度も繰り返される自分の名前に、輝雪はだんだん落ち着かなくなってくる。本名で呼ばれることは、あまりない。

「シ、シキね! よろしく!」

 志希は無表情のまま頷いた。

 初夏の爽やかな風が吹いていた。

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