第1話「輪廻の環を外れし魂」
手が動かない。
足が動かない。
指が動かない。
首が動かない。
何も動かせないから、何も・・・出来無い。
そんな状態で、何処ともしれない空間を漂っていた。
何の色も無い空間を、形の無い空間を。
どうせ役目は終えたんだ。それが意に沿わない形でも・・・。
役目?
役目ってなんだ?
記憶が・・・無い。
「まぁ・・・いいか」
とため息をついたときだった、その声が響いて来たのは。
『本当にそれでいいのかい・・・』
その声に後ろを振り向けば・・・誰もいない?
『あぁゴメンよ、ちょっと待ってね』
何も無い無色の空間の中、朧げながらに人型に白い何かが形成された。
「子供・・・」
その大きさや立ち振る舞いは子供のように思えた。
『アハハ、そうか君には子供に見えるのか』
「・・・誰だ」
そうだそれだ、コイツは一体何だ。
『おっと自己紹介が遅れたね、僕は・・・全能神アルマニス。全ての人間に加護を与えた者だよ』
あぁなるほど、神か。
「・・・・・・・・・・・・正気か?」
『うん、僕は至って正気だよ』
その瞬間、こいつは神だと強制的に頭に理解させられた。
やり方は気に入らないがそういうことらしい。
全能神、神の頂点に君臨し統括するもの。
自分がそうであると、その知識までご丁寧に頭に植え付けている。
『理解してくれたね』
わざわざ確認を取るまでもない。
ただの様式美としてそう言い、神は微笑んだ。
そして、そうして理解させられたが為か神の姿がとても滑稽に映る。
その姿に意味はあるのか。
『いやいやこれは仮初の姿であってね、僕に容姿という概念は必要ないんだ』
「概念レベルで必要無いか、何故だ」
『神に形は要るのかい、僕は皆の全能神だよ。一定の形を持ってしまった物など最早神などとは呼べないよ』
僕は偶像であり続けなければならないからね。
その言葉に悲観は無く、されど喜びもない。
唯それが事実である、そう伝えるには十分だった。
『不便だと思った事はないよ、上級神達にも僕の声が届きさえすればいいんだから』
上級神?
『ん?あぁそういえば君は記憶が無かったっけ、じゃあ軽く説明しよう』
「・・・・・・」
『そもそもまず君は死んでるんだよ、僕らのせいで』
奴は、神は、そうあっさりと簡単に俺に死を宣告した。
まぁ別にだからといってどうという事ない。
「・・・・・・」
『アレ?反応薄いね。もっと驚いたり、パニクったりするかと思ったけど』
「納得は出来た・・・」
『あー、なるほど。ひょっとして記憶がないから未練もないかな』
「さぁどうだろうな」
そう、ここに来た時から・・・いや、ここにいると知覚した時から・・・何もかもどうでも良かった。
『う、うーん。まぁアレはあとにしよう、それでね人間達が住む世界を作ったのが僕で、それの統括管理をしてるのが上級神達なんだよ』
こう上から目線なのは癪に障るが・・・まぁいい。
「で、なんでアンタらのせいで死んだんだよ?」
そこはなんとなくはっきりさせとくとしよう。
『実は異界からの侵攻を受けてね戦争が起きたんだ、けど長引くし人口も減ってきて滅亡の兆しが見えたから君には戦争を止めてもらい、人間の滅亡を防いで貰ったんだよ』
あぁ・・・なるほど、つまりアレか人柱にでもしたか?
『ま、まぁ身も蓋もない言い方をすればそういうことだよ。あの三つ巴の戦争に終止符を打ち、彼らに和平を結ばせるには共通の敵が必要だったんだ。君はその敵になって貰ったんだよ』
俺が・・・敵に・・・ねぇ。
「ならもう俺は用済みだろ、さっさと解放しろよ」
そうだ、俺をここに束縛する意味がない。
『そう言わないでよ、神にも罪悪感はあるんだよ。僕らの都合で君の命を弄んだことは悪いと思ってるんだよ?』
「罪悪感・・・ねぇ」
神が謳う心境なんて、とてもじゃないが信じられない。
『そ、それでね、お詫びとしてもう一回この世界で人生をやり直してみないかい?』
「・・・なに?」
どこか動揺しながら言われた言葉に俺は耳を疑った。
「・・・何をさせるつもりだ」
ふざけるな、いつまでも俺を駒にできると思うな。
『ち、違うよ。本当にお詫びなんだよ!!それに僕はそれだけじゃまだ足りないとも思ってるんだ』
その言葉は疑惑を解こうと必死でよけい胡散臭くなったが、まぁどちらにせよ奴の方が立場が上なんだ、信じる他ないだろう。
「で、足りないとは?」
『改めて人生をやり直すとなると転生する他ないんだよ、だからね君が今まで培ってきた能力や技能が消えてしまうんだよ』
「・・・それで?」
確かにそれは痛い、ならそれを補える程度に何かをもらっておこう。
『だからね君だけに君だけの加護を与えようと思うんだ。・・・というかもうやってるんだけどね」
「何ッ!?」
一瞬焦ったが特に変化は無かった・・・ただ心が先ほどより妙に落ち着いているのを除けば。
「何をした」
『別に害はないよ、元々加護は人間に力を与えるためだけに造ったんだからね。まぁどういう物かは習うより慣れてね。』
「・・・」
確かに俺に何かが入ってきた、だが・・・これはなんだ、妙に・・・。
「『心地良いよね?』ッ!?」
『当然だよ、君に最も適した形にしたんだから。まぁさしずめそれに名を付けるなら・・・』
―――――『■の加護かな?』
「?なんて言った?」
今部分的に頭にノイズが走った、そのせいでうまく聞き取れない。
『アレ?・・・そういえばこれ自分で分かるようにしないといけないだったっけ』
「・・・転生後、自分でこれを知れと?」
『そうなるね、んじゃそろそろ行くかい?』
結局うまく乗せられた感があるがまぁいい。
『あと今の会話は記憶から消去するから、安心してね知識はちゃんと残すから』
当然だ、でないといろいろ面倒になる。
『じゃあ最後に改めて、本当にありがとう。そしてごめんなさい、今度こそ自由に君の幸せを掴んでね』
そう言って最後に感謝と謝罪をしてきたから俺は・・・。
「ま、いいさ。お前にコキ使われた記憶は既にないんだ、気にする必要はない」
奴との、全能神との会話をこれを最後に締めくくった。
そして次の瞬間には俺の意識は闇へと誘われた。
◆
彼は逝ったようだね。
それと・・・。
『どうしたんだいタナトス、何か用かな?』
ふと後ろを見たらそこにいたのは嘗て彼に死を司る力を与えし上級神タナトス。
黒い外套を身に纏い実体のないその風貌は、正しく死の神に相応しい。
『・・・いえ、あの』
その見た目に反して小心者の彼が言わんとする事はわかった。
『君は真面目だね、指示したのは僕なんだから君が責を負う必要はないんだよ?』
だが彼はそれで納得するような人柄ではない事は経験からよく知っていた。
『それでも・・・力を与え、操ったのは私ですから・・・』
その実直真面目な姿勢に思わず苦笑してしまう。
『そっか、じゃあ君も加護を与えるかい?それなら納得できるだろう?幸い君と彼が相性がいいのは分かってるんだから』
『そう・・・ですね、わかりました』
そしてタナトスの力が彼に同調、適応したのを確認した。
『これで・・・いいかい?』
『・・・』
頷いたタナトスは自分は仕事を終えたと言わんばかりに忽然とその姿を消した。
過ぎた時間は戻らない。
僕が彼に頼った事はあの時最善の選択だった。
だが彼の人生を弄んだ事に変わりはない。
だからせめて祈ろう。
―――――新たなる彼の人生に、幸多からんことを・・・。
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