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果ての世界で  作者: yuki
第二部 商国編
9/56

計画と協力者

 残された猶予は1年程度だろうか。

 場合によってはもっと短いかもしれない。なんとしてもそれまでに結果を出す必要がある。


 ノーティアに戻るとまず戦場跡を見に行った。南方に位置する解放区には深い森を抜けるか、自然にできた渓谷を抜けるしかない。

 森の中は殆ど陽が入らずに年中暗く、地元の人間でさえ迷うくらいだ。とても長距離の行軍ができる環境ではない。

 必然的に渓谷を塞ぐように簡易な砦が作られていた。だがその砦にしてもここ数年は整備が行われておらず堅牢とは言いがたい。

 門はあるが外開きの薄い木製だ。今はもう無残に崩れ去っている。

 砦の中へ入ると階段を登り、そこから渓谷の全景を見渡す。

 一体どんな魔法の使い方をしたらこうなるのか、幅4、5メートルはあろうかという穴が深さ1メートル近くにも及んでそこら中にぼこぼこと空いていた。

 黒くこげた地面から察するに何かの爆発を引き起こしたと推測できるがそれが何によって引き起こされたのかまでは判断できない。

 爆発は全方位に拡散することからも地面を抉るのは中々難しい。平面に当たると力は分散して散ってしまうからだ。

 散ってしまう力だけでこうまで穴を開けるともなればその威力は一人で扱える魔法の限界を遥か超えている。

 ……或いは、土中の成分を変質させて地雷にでもしたのだろうか。

 踏んだ瞬間に地面が爆発する。安全だと思っていた地面が危険な綱渡りをさせられていることに気付けば恐怖ですくんで動けなくなる。

 冷静に対処しようと思える人間はそう多くないはずだ。

 それを狙って足止めをしたのなら発想の柔軟さに驚かされるばかりだ。


 お父様の埋葬とこちらでの葬儀を済ませると早速ロウェルを引き連れてお父様の書斎に入る。

「時間がないわ。これから一年の間にしなければならないことが沢山あるの。手伝ってくれる?」

 私の問いにロウェルは驚きの表情を見せた。

「あの言葉は本気だったのですか?」

 やはり、周囲の目はこうなるのだろう。若干6歳の自分がまさか広大なフォーリル地方を治めるなどと普通は思わない。

 若気の至り、意地、我侭、そう捕らえられるだろうとは思っていた。

 だからこそ必要なのは結果。この2文字に尽きる。

「本気です。まず聞いて欲しいの。これから私がどうするかを」

「……分かりました。お聞きしましょう」

「時間はないわ。この地方には明らかに戦うための力が足りないと思いました。町にある詰め所……便宜的に農村騎士団とするけれど、有事の際にすぐに集められるわけじゃない。みんなの避難誘導も必要だし、避難するなら護衛も必要。村も全部を開けっ放しというわけにはいかないから騎士を最低限配置する必要だってあった。違いますか?」

 事も無げに言った私の言葉にロウェルがはっと息を飲む。

「良く、見ておられますね。確かにその、農村騎士団は戦力と換算するには無理があります。ですが、この場所は商国との軋轢を生みやすい場所なのです。それ故大掛かりな軍の配備は皇国としても許可はできないでしょう」

 そう、一番の問題はそこだ。

 恐らく今居る先遣隊だっていつまでもここに配置させておくわけにはいかない。

 本体をここに残留させずに先遣隊だけを常駐させたのも刺激しすぎないギリギリの点を考慮しての事だろう。


 商国との関係の悪化はどちらにとっても利益がないし、フィーリルを危険に近づける行為だ。

 とはいっても戦力がなければ有事の際にこの場所を守ることもできない。

 兵を増やさねば守ることはできず。されど兵を増やせば守るべき物を危険にさらす。完全な二律背反。

「兵を増やさずに力を強めるのであれば、問題ありませんか?」

「申し訳ありません、お嬢様の言っている意味がよく……。強さは即ち兵の数ではないのでしょうか。兵の数を増やさずとも力を得ることが可能なのですか?」

 方法はある。成功する可能性はどうだろうか。五分五分だ。3つある条件の内、2つの用意は難しくない。

 幸いにしてどの農村騎士団も馬を多数所有しているのだから。

 しかし重要な1要素だけはまだ見つけられていない。

「あの、ロウェル。一つ聞きたいのですが、この近くに燃える液体を時々吹き上げる山はありますか? 」

 火山という単語が分からなかった。曖昧な聞き方になるが伝わる事を信じるしかない。

「火山のことでしょうか。それなら隣のイシュタールという領地が火山に囲まれた土地です。金属や食器に使われる土がたくさんあるので職人達が幅広く集まった、中々類を見ない町ですよ。皇国の中でも随一のギルド数を誇ります」


 商売はギルドという枠組みが作られて行われているらしい。

 年1回の上納金を支払う事によってギルドの組合員として登録される。

 トラブル救済、情報の交換や協力体制など、同じ仕事で集まった方が捗る事は多いし仕事の依頼も集中管理が出来るからだ。

 特に怪我や病気による労働不能期間に対しての補填措置を得られる事が大きい。

 骨折は命さえも奪う病である。

 生きて行くにはお金が居る。怪我をしてしまっては長い間働く事ができず、国が助けてくれるわけもない。

 余程繁盛している商売を除いて、個人や家族経営の店の多くは貯蓄が多いとはいえないのが現状だ。

 店が開けられなくなればそれだけで生活が立ち行かなくなる。

 

 ちなみにその中で最もポピュラーかつメジャーで力を持つのがパンギルドだという。

 新しい町でも真っ先に作られる超有名、ギルドの王様、或いは代名詞。

 なにせ主食は小麦、パンだ。美味しいパンを焼く技術があるというだけで国に召される事だってある。

 そこまで行かずとも貴族ご用達となれば一生安泰は間違いない。

 ともかく、火山らしきものはあるらしい。しかも領地の隣ともなれば好都合も好都合だ。


 当てのある条件の一つについても農村で暮らす人々に協力を要請する必要がある。

 これはこれで何か他に飴を用意せねばなるまい。

 農民が与えられて嬉しいもの、税の軽減? いや、フィーリルは元々税率が低い。これ以上下げるのは運営とこれからに支障をきたしかねない。

 彼らの生活はタイトで忙しい。四周期の輪作になってからそれは顕著なようだし、となれば嬉しいのは人手か。

 公共事業として募集する案を考えかけたけれど肝心の彼らが忙しいとなると請け負っては貰えないだろう。


 どちらかといえば彼らの仕事を減らす方法、そう、道具を開発して人手を軽減できる方法を考えるべきだ。

 農業で最も大変なのはなんだ?

 鍬をいれ耕す行為、収穫物を刈り加工する行為、それを税として国に収める行為。

 畑を耕すのには牛と道具の組み合わせによる方法が普及している。これ以上効率を上げるとなると重機が必要だが一から作るほどの知識があるわけもない。機械類を作るのは無理だ。

 収穫物の刈り取りに関しては苦労している節が過去の連絡事項からも見て取れる。ここは何か方法があるかもしれない。

 後は移動手段の高速化についても一考の余地がある。

 輸送手段として確立しているのは帆船と馬車の2つ。フィーリルには大きな川が流れているから、村々から馬車で川に併設されている港へ運んで船に乗せ変えるのが基本だ。

 動力が生き物である馬車よりも風である船の方が大量に運搬できる。


 陸路の整備として真っ先に思い浮かぶのは駅馬だ。

 村に1つの間隔で馬を多数飼育した駅を設置して利用者に対し馬の貸し出しを行う。

 疲れて移動速度の低下した馬を交換する事で疲れた馬は休めるし新しい馬は速く移動できる。

 こうすれば馬の寿命だって延びるだろう。養えるだけの餌の確保が必要だがこの地は食糧問題と無縁だ。

 ただ飼育に発生する手間を考えると農民の生活を逆に圧迫してしまうだろうか。

 しかし大量の馬は飼うだけでも大きな価値を生む。出来るなら実現したい。


 次に思い浮かぶのはもっと別の、例えば鉄道を作ってしまうこと。

 高校生の夏の課題研究で蒸気機関を取り扱った事がある。仕組み事態はさして複雑な訳ではないから時間さえかければこの世界で実現する事はできるだろう。

 問題は道路の整備とレールの敷設に莫大な時間とお金が掛かるだろうという事。

 圧倒的な輸送手段になることは想像に難くないが領主が個人的に行える事業ではない。

 時期を見て国に掛け合うなりして国家事業として展開してもらうべきだろう。

 辺境のフィーリルまで敷設してもらえるかは疑問だが個人でやるより可能性は高い。


 やはり駅馬が一番現実的でこちらの計画にも適当なのだけど……。

 うぅん。その為にはやっぱり農民の作業時間を減らす必要が出てくる。

 刈取に苦労しているのは鎌で切って干して棒で叩いて脱穀してるから。

 ちょっと待て、肥料の概念も輪作の概念も発達しているのに何でここだけいやにアナログなんだ。


「ねぇ、ロウェル。王国から伝達した農耕技術は肥料と輪作だけなの?」

「そのはずです。教えられない情報もあるかと存じますが、今の国王は聡明なお方です。利益の方が高いと判断すればかならず流布するでしょう」

 

 そもそも、そもそも王国はどんな国だったか。

 土地が痩せていて食物が育ちにくかった。これは土中の栄養素が足りてなかった。だから肥料を作った。

 でも同じものを作ると連作障害になった。だから輪作を作った。

 それでも王国の収穫量は乏しくて戦争に……。

 そうか、乏しかったんだ。

 彼らは収穫量を上げる事が命題で、収穫作業が忙しいは喜びの象徴、その手を抜こうとは考えなかったのかもしれない。

 或いは考える必要がないくらい収穫が乏しかったか。


 考えてみれば収穫作業が忙しくて面倒っていうのはパンを食べれば~の人と余り変わらない言い草だ。

 お金ありすぎちゃって拾うのめんどいわー。あーめんどいわーみたいな。

 周辺諸国に聞かれたら袋叩きにあっても文句は言えない。

 王国の農法が収穫量*3の効果があるとして、王国で10だったものが30に、単純に20増えた事になるが、皇国が100だった場合は300、200も増えている。

 あれ、そうなるとこの部分を改良できれば全部丸く収まるんじゃないか。


 となれば何を作るべきか。決まってる。草刈り機兼脱穀機。手押し型のコンバイン。しかも小麦特化。

 通常のコンバインは小麦の根の部分も合わせて刈り取るので脱穀に手間が掛かる。

 エンジンが使えるならまだしも、手で押す動力だけで根の部分まで合わせた脱穀は無理がある。

 その点小麦にだけ対象を絞れば穂の先だけを刈り取って脱穀過程に進むので使う力は遥かに少なくて済む。


 原理としては難しくない。歯を櫛のように奥に行くほど細く鋭利にして、地面よりずっと高い位置に取り付ける。

 櫛は押される事で小麦の穂を捕え引っ張られる事で先端の膨らんだ部分だけがぷつりと切り取られる事になる。

 小麦は米よりも穂先が取れやすいのを利用するわけだ。これが米だとこうはいかない。

 刈り取った穂先は車体の中に仕込んだ"こぎ胴"と言われる木板を円筒形に組み上げ針金で引っかかるような突起を幾つも作った回転機構によって打ちのめさればらばらにされ、脱穀完了というわけだ。

 ただゴミが増えてしまうから唐箕の開発もまた必要だろう。

 こちらは手回しの大きな扇風機と思ってくれれば良い。筒の端から風を送り込み、筒の上から脱穀機で得た穂とゴミを纏めて入れる。

 実のない殻やゴミは風に乗ってより遠くに吹き飛ばされ、実のある穂は手前に落ちるという仕組みだ。

 良い事を思いついた。

 ついでにコンバインの下部に推進力を転用した回転ブレードを取り付けられるようにしよう。

 穂の刈り取りが終わればパーツを組み替えて残った草の部分も刈り取れるなら鎌で腰を痛めて刈る必要性もなくなる。


 方向性としてはこれ以上思い浮かばない。

 駅馬の配備、収穫道具の作成。だが問題もある。

 設計図、製図を作るのも材料の加工を指示するのも組み立ての指示をするのも任せておけと胸を張れる。

 魔法で部品を個別に製造することはできるが、1台試作するのに何ヶ月掛かるだろうか。考えるのもうんざりする。

 ゼロベースから何かを作り出すのは特に魔力の消費が激しいのだから。


「ロウェル。これは賭けかもしれないけど、試したい事があるの。力を貸してくれる?」

 全てを一人で行うには私は幼すぎる。協力者も必要だしお金も必要になるだろう。

 自分だけで捻出するのは不可能だ。とすれば、ノーティス家の持つ財産の一部を使用するしかない。

「力を貸すも何も、私はノーティス家の使用人です。そしてその当主はセシリア様なのですから、勿論喜んで協力いたしましょう。でもその前にシスティア様とも良く話してください」

「そうですね。少し話をしてきます」


 そういえば例の火山の領地ではギルドが沢山あるんだったか。

 鉱山の町ともなれば技術者は多いはずだ。製図さえ渡せば思うものを形にしてくれる協力者が見つかるかもしれない。

改稿でコンバインまで1000年+αの進化をしてしまった……。

元は足踏み式脱穀機でしたが、あれでさえ登場したのはかなり新しい時代だったりします。

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