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果ての世界で  作者: yuki
第一部
7/56

子どもらしく-2-

 揺られた馬車が行き着いた先はルーカスの村と呼ばれる農村だ。

 見渡す限りの黄金色で染まった小麦畑は重くなってきた穂を風で揺らし、まるでさざなみのように煌いている。

 その隣には緑の草がぼうぼうに生えている畑や、何かの野菜だろうか、青々とした葉が地面から顔をのぞいている。

「良く来ましたね、システィアさん」

 村に入るなり村長を始め多くの村人が迎えてくれた。その口調は貴族に対する物ではなく、まるで親しい友人と会話するようだった。

 かといってそれが不敬に当たるかと言われれば全く違う。

「あらあら、お出迎えなんて必要ないといいましたのに。皆さんごめんなさいね、作業もあったでしょう」

 身分という垣根を越えて、お母様と村人の間には、いや、ノーティス家と村の間には家族のような絆さえ感じてしまった。

 

 一般的な貴族は農民の事を鑑みない。農民はその辺りに生える草と思っているのが実情だ。

 その草によって生かされていることに気付いているのか……考えたこともないのだろう。個人的にはあまり好きではない。

「システィアさんとお嬢さんが来ると聞いて皆自発的に集まってしまってね。初めまして、何もない村だけどゆっくりしていって欲しい」

 お母様が村人の手を借りて馬車から降りると、今度はその手が私に向けられる。

 車輪が大きいせいか、私が小さいせいか、地面との距離は思ったよりも高く子ども一人で降りるのは辛い。

 飛び降りるなんていうのは以ての外だ。少なくともお母様の前でそんな事をすれば笑顔で淑女という存在についてみっちりお説教を受けるに決まっている。

 顔は笑顔なのに笑っていない目というものがどれほど恐ろしいのか、この3年間でよくよく理解していた。

 

 とはいえ淑女たれと言われたところで生憎とまだ心の性別は男のままだ。18の歳月がここ3年の歳月で揺らぎはしても崩れはしない。

 あまり深く考えていなかったのだけれど、本当にどうすればいいのだろうか。

 男性を好きになれと? めぐるめくガチホモの世界へ。

 ならば女性を好きになれと? めくるめくユリユリの世界へ。

 どっちもおかしいと思ったが、元を正せば自分の存在が一番おかしい。類は友を呼ぶ。変人には変人の結末しかありえない、と。

 ……考えるのはやめにしよう。

 

「初めまして。セシリア・ノーティスと申します」

 手を引いて降ろしてもらってからお母様に嬉々として着せられた薄緑色のワンピースの裾を摘んで深々と一例。

 足の位置や曲げ方に至るまで細かい作法が溢れている。

 カーテシーと呼ばれる女性ならではの礼の仕方だ。Wikipedia先生で昔調べたことがあったが、まさか自分がする羽目になろうとは。

 この場合より深く頭を下げると丁寧なやり方になるらしい。

 他人に見せるのは初めてだけれどどうやら成功したようだ。お母様の目もちゃんと笑ってる。

「これはこれは……失礼しました。どうやらシスティアのお嬢さんはもうとっくに素晴らしいレディらしい」

 村長はまるで御伽噺の騎士のように恭しく右足を引くと右手を体に添えてから左手を横方向へ水平に差し出す。

 ……これはこれで恥ずかしかった。

 

 屋敷に案内される最中、村人はお母様に気さくに声をかけながら、中には贈り物をしている人さえいた。

 浮かんでいる笑みはどれもこれも無垢で本当に好かれているのがよく分かる。

 私はといえば数え切れないほどの村人に挨拶をされて軽くテンパっている。記憶力は悪い方ではないつもりだけど、流石にこの人数を覚えるのは無理そうか。

 一番大きなお屋敷は村長一家が住んでいて、この村の集会場としても機能しているらしい。

「お父さん、おかえりなさ……」

 ドアを開けるなり栗色の毛を所々跳ねさせたショートカットの可愛らしい女の子が驚いたように入り口を注視していた。

 ダイニングテーブルには大きな本が開かれていて、もしかしたら読書の最中だったのかもしれない。

「初めまして。セシリア・ノーティスです。よろしくお願いします」

「あ、は、初めまして。リース・ルーカスって言います。えと、あの、よろしくお願いしますっ」

 私の顔を見て一瞬戸惑ってから慌てて挨拶をする。所々詰まったと思えば顔を真っ赤にして思いきり体を曲げて慌てたりと表情がめまぐるしく変わって見ていて飽きない、というと失礼だろうか。

「リースちゃんもお久しぶり。この間娘を連れてくるって約束したじゃない? よければセシリアと少し遊んであげてくれないかしら」

「お、覚えててくれたんですか」

「忙しかったりしたらいいのよ、勉強中みたいだったし無理はしないでね」

「いえ、もう今日の分は終わってて明日の範囲を見ていただけですから」

 ちょっと待ってください。当事者抜きで全力で話が進んでるんだけど、そもそも同年代の女の子と遊ぶってどうやって!?

 いや、この場合同年代なのか、それとも高校生が女の子のお守りをするのか……あれ、それじゃつまりロリコン?

「えーっと……セシリア、様?」

 そこはかとなく犯罪のにおいがしてきました。

「様はちょっと……セシリアでいいよ」

「で、ですがそれは……あの、セシリアちゃんはどうでしょうか」

 ……あれ、意外と悪く、ない。

「それなら私もリースちゃんって呼ぶね。ねぇ、良かったら村を案内してくれないかな」

「はいっ!」


 彼女に引っ張られるようにして外に飛び出した私はまずこの村を案内してもらうことにした。

 大人たちの目線が消えたことからか、私を親しみやすいと思ってくれたのか分からないが屋敷の時よりどことなく雰囲気が柔らかく変わった。

「色々な作物を作っているのね」

「はい。少し前までは麦ばかりを作っていたそうなんですけど、戦争の後くらいに農業のお知らせがあってから変わったらしいんです。それから鶏と牛と豚と羊も飼ってるんですよ」

 見渡す限りの小麦が風に揺れてさざなみのような音を奏でる。よくよく耳を凝らせば、確かに動物の鳴き声も幾つか混ざって聞こえてきた。

「ねぇ、よかったらこの村のこともっと教えてくれないかな」

「はい、分かることなら喜んで」

 そしてまた悪い虫が出てしまう。聞きたかったのは肥料の作り方についてだ。肥料という存在があることはお父様から聞いたが、それが何なのか分からない。

 それから牛や豚や鶏の飼育方法。小麦の出荷の仕方に一日の生活のサイクルなどなど。

 彼女はそれらの質問に丁寧に分かりやすく教えてくれた。聞けばその役割の殆どを経験したことがあるそうだ。

 僅か6歳にして働き者だと感心する。それを思うと毎日家で書庫に潜り込んでは本を読みふけっていた私はニートか。うわぁ、自己嫌悪。

 今度は食器洗いくらいの手伝いはしようとひっそり誓う。


 そういえばこの世界に集団学習施設はないのだろうか。そう思い聞いてみると首都などには貴族向けの学校的な物があるそうだが、この辺りでは親から教えてもらったりするのが一般的のようだ。

 識字率もまた、高いとはいえない。村長の娘であるリースは読みができるが書きはまだまだと苦笑した。全く読めない人も居るらしい。

 ただどこの村も村長だけは必ず文字を読めるし書けるようだ。それができないと村の税の計算や売買、連絡ができないからだという。

「わたしもお父さんから字を教えてもらっているんです。読みは簡単な本くらいならどうにか分かります」

「どんな本を読むの?」

「ナナリーの星という本がお気に入りです。セシリアちゃんは読んだ事ないですか?」

 こんな事なら童話や物語も少しは呼んでおくべきだったか……。

 逃走時における有効な魔術の使い方とか、相性の悪い相手に対しての優位性の確保とかなら幾らでも語れるが適切な会話ではないって事くらいは分かってる。

「あんまり物語は読んだ事なくて……。どんな物語か教えてくれる?」

「はい!」

 優の時は対人スキルが高い訳ではなかった。

 寧ろ誰かに話しかけることは苦手だったかもしれない。

 話題を探して話しかける積極性だって持っていなかった。

 だからこうして同年代の子と上手く話せるか、馴染めるかが心配だったのだけど、それ程悩むこともなく間が開くこともなく普通に話せている。

 もしかしたらセシリアとしての部分が気付かないうちにちゃんと出来ているのかもしれない。

 時間を忘れてとりとめもなく話しているといつの間にか日が暮れ始めてしまっていた。

 迎えに来た村長さんと合流するとリースは今日という日が楽しかったかをはしゃいだように喋りだす。

「セシリアちゃんはお母さんみたいでした!」

 思わず乾いた笑い声を出してしまったのは許されるべきである。


 どうやら今回のルーカスの村への訪問は私に同年代の子どもの友達を作らせる事にあったらしい。

 お母様の目論見どおり3日間の滞在でリース以外にもケティとローラ、セルフィという3人の友達ができた。

 ケティはちょっと無口だけど運動が凄く得意で鬼ごっこで1回も捕まえることができなかった。

 ローラは豪快な性格の割にはとても手先が器用で咲いていた花をさくさくと花輪にしてみせた。

 やり方を教わったのだが編むというのは思ったよりも難しく、どうしても不恰好になってしまう。

 何度も何度も教えてもらってようやく完成した花輪をお母様に上げるととても喜んでくれた。

 セルフィはこの中で唯一の男の子だ。どちらかといえば大人しいけれどしっかりしていて3人のまとめ役のようなポジションにいる。

 4人はよく一緒になって遊ぶことが多くて、特にケティとローラは危ないといわれている所にもほいほいいってしまうらしくそれを毎回収めているのがセルフィだ。

 なるほど、話してみると3人よりずっと大人っぽくてまるで父親のようだとさえ思った。

 危ないことをしてしかられたり、思いっきり運動して筋肉痛になったりとこの1週間は本当に楽しかった。


 でもそれも1週間だけだ。私はここにすんでいるわけではない。

 最終日になって明日からお別れともなった日には泣いた。しっかり者のセルフィも薄らと涙を浮かべてくれた。

 移動手段が確立していない世界というものがこんなにも煩わしいとは。

 現代なら多少の距離なんて電車やバスに乗ればあっという間なのに。

「楽しかった?」

 帰りの馬車の中でお母様が尋ねた。

「はい。また遊びに行けますか?」

「勿論よ。こまめに遊びにいきましょうね。それに、お父様の領地の視察について行けばまた新しいお友達もできるわ」

 新しい友達。言われてみれば私の世界はとても狭い。自分と、お父様とお母様と使用人。人の輪はきっとこれからも広がっていくのだろう。


 ……そう、思っていた。

以上にて導入部が終わりとなます

ここから物語は大きく動き始める予定です

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