表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果ての世界で  作者: yuki
第三部 帝国編
51/56

勝利と違和感-2-

 翌日、ほぼ丸1日をかけて進軍した要塞は1時間と経たずフィアの手に落ちた。

 落ちる、というより全面的な受け渡しと称した方がいいかもしれない。

 詰めていた貴族達は遅かれ早かれここまで攻めてくるであろう事を見越し、とっくに帝国に向けて逃げ出した後だったのだ。

 内部に細工がないか、伏兵が居ないかを丹念に調べ上げ、同時に水源が汚染されていない事を確認すると要塞内の通信設備を使って元居た拠点へ連絡を回す。

 今回の進軍で動かした兵は全体の4分の1程度に過ぎない。

 拠点に残っている物資の搬出も考えると一度に全てを移動させるのは効率的ではなく、まずはフィアやセシリアを含む一部が制圧に回ったのだ。

 全軍を移動させて要塞が使えませんでした、では目も当てられない事になる。

 

 要塞とは言ったが城の様に巨大な建造物が鎮座しているわけではない。

 広大な面積を申し訳程度の塀でぐるりと囲んであるが、内部は質素な家屋が濫立しているだけの、言うなれば人のいない小規模な町だ。

 一通りの準備を済ませた後、幾人かのグループを作って近場にある森や川へと向かわせる。

 一つは偵察の意味を。そしてもう一つは食料の調達を。

 小麦や干し肉などの日持ちする乾物はあるが、可能なら現地で調達するのが最も好ましい。

 その間、フィアは早速とばかりに周辺諸国への根回しを始めたようだった。

 まだ幼い、それも部外者のセシリアはする事もなく部屋の中でぼうっとしている。

 いや、する事がないのは優だけだろう。セシリアは術式の開発に集中しているらしく、言葉を発する事もなかった。

 高かった陽が傾き、空に星が瞬きだした頃になってようやくセシリアから小さな溜息が漏れる。

「お疲れ様。あんまり無理しないようにね」

『はい。でもどうしてか、昨日よりは頭が回った気がするんです。それに、私に付き合って部屋に閉じこもっていなくとも良かったんですよ?』

「そういえばそうだよね」

 身体は一つしかないけれど、思考は並列に行える。

 今更になって部屋の中で何も考えずにぼうっとしている必要がない事に気付いて、優は苦笑を漏らした。

 とはいえ、戦場の最前線で出来る事は限られている。

 現代の知識を生かすには相応の基盤が必要で、とてもこの場に揃えられるとは思わなかった。

 

 夕食の時間になると食卓には獲ってきたと思しき魚や何かの肉が所狭しと並べられた。

 何でも兵士は緊急時におけるサバイバル技術の一環として食料調達のノウハウを教え込まれているらしい。

 食べられる草やキノコ類も積んできたのか食卓には緑が溢れ返っていた。

「なんていうか、緑が濃い……」

 雑草っぽい炒め物が山を成している皿を前にしてセシリアは内心冷や汗を流す。

「こういう食事は初めてですか?」

 隣にはよくフィアの隣についている女性が、セシリアの事を甲斐甲斐しく世話していた。

 拠点には小さな子供用に高めに作ってる椅子や低めの机が用意されていたが、兵士が使う要塞にそんな物が用意されているはずもなく、セシリアの小さな身体は椅子に座っても顔くらいしか机の上に出ない。

 食事を取ろうにも手が届かずどうしたものかと困っていたところ、あれよあれよという間に掴まり、今では膝の上に鎮座していた。

 今回の進軍に参加した子どもはセシリアだけだ。これはフィアが強行した事でもある。

 そのせいか悪目立ちしていて、先ほどからちくちくと視線が突き刺さるのに溜息を零さずにはいられなかった。

 

 先の台詞も雑草っぽい炒め物に忌避感を示したわけではなく、余所に意識を持っていこうとした結果だ。

 青々とした草の炒め物だってニラだと思えばいいだけの話で、実際に食べてみたところ、味は悪くなかった。

 問題があるとすれば、食べる時だろう。

 セシリアがこの女性に抱いた感情はクールで知的、反面、表情に乏しく何を考えているか分からない人、だ。

 けれど実際にこうして話してみると意外なことに世話好きで甲斐甲斐しい。

「あの、自分で食べられますから……」

 口元へ一口サイズに切られた何かの肉を運ばれる。

 まるで赤子の様な扱いに辟易したセシリアが不満げに見上げれば、どうしてとばかりに不思議がる彼女の視線とぶつかった。

 フォークに刺さった食べ物はそのままついぞよけられる事はなく、根負けして口に運ぶと無表情ながらどこか嬉しそうに次を運ぶ。

 結局この微笑ましい光景はセシリアがお腹いっぱいになるまで小一時間もの間続く事になった。

 

 翌日もセシリアのする事は変わらない。

 拠点を出た一段は物資の量からして、到着は明日以降になる見込みだった。

 フィアは何かの仕事にかかりきりなのか、セシリアの前には現れない。

 セシリアもずっと術式の構築に没頭しているのか話しかけても反応がなく、優は気晴らしにと狩りに混ぜてもらうべく掛け合ってみたが小さすぎる事からやんわりとお断りされてしまった。

 本の一冊でも借りてくるべきだったと後悔しても後の祭りだろう。

 結局昨日と同じように部屋でごろごろしているしかなかった。

 そうしていると身体を動かさないせいか、いつまでも寝転がっていたせいか、頭が重くなりいつのまにかぐっすりと寝入ってしまっていた。

『起きてください』

 頭に直接響く声によって起こされると部屋の扉に昨日の女性が立っている。

 「食事ですよ」といわれ引っ張られた先で、昨日と同じように羞恥の中胃が竦む思いで食事を取らされぐったりしているところに難しい顔をしたフィアが乱入する。

「まずい事になった」

 誰もが怪訝な顔をする中で、ただ1人セシリアだけは何となく何があったのかを悟る。

 要塞の制圧がこうもあっさり行ったなら、フィアに"何かある"のはこの先という事になる。

「協力が取り付けられなかった?」

 セシリアの言葉に、フィアは忌々しそうに頷いて見せた。

「どっちにも付きたくねぇってのが本音だろうな。すぐに俺達に兵を向けることはないだろう。暫くは説得が続く事になる」

 

 周辺諸国も帝国とフィア、どちらに与するべきかを考えあぐねている。

 常識的に考えれば個人が国を相手に戦いぬけるとは思えないが、フィアに限ってはその埒外だ。

 帝国に与すれば勝利の暁には奴隷制度が復権するだろう。安い労働力の復活は彼等とて望むところだ。

 しかし貴族に利益が生まれにくい自由貿易は帝国によって今後制限されるであろうことも予測できる。

 今の制度が維持出来ているのはフィアがいるからだ。

 フィアによって王政でなくなった国々では議会制度が採用されているが、それ故個人の独断による採択が下せず、議論は終わりを見せていない。

 かといって単純な多数決で決めるわけにも行かない。

 出来る事ならこのまま自分達が決断を下すより先に決定的な場面が訪れてくれないかと祈ってさえいる。

 それだけ、どちらに与するのかは彼等の今後の道筋を左右する重要な問題となっていた。

 

 フィアが座ったのは故意か無意識か、セシリアの隣だった。

 彼にしては珍しく精神的な疲弊によってか沈んだ顔をしている。

『お疲れ様。すぐ攻められないだけでも十分じゃない。良くやったわ』

「豪語してた割には引きこめなかったんだね」

 1人の人物が発した続けざまの正反対の意見に誰もが目を丸くしていた。

 かくいうフィアも呆気にとられたような顔でセシリアを眺めている。

「……相当疲れたらしいな。ちょっと寝てくる」

 辛うじてそれだけ口にすると片手でこめかみを押さえながらどこか頼りない足取りで部屋に向かう。

 しかし一番驚いていたのは周囲の人でもフィアでもない、セシリア自身だった。

『今、私何て言いました……?』

 あのセシリアがフィアを気遣って励ますような物言いをした。

「僕、何言ったっけ……」

 逆にフィアを毛嫌いしているわけではない優が辛辣な言葉を口にした。

 まるで、2人が話すべき内容をそっくり入れ替えた様だ。

 恐るべきは口にして暫くするまで互いに違和感を抱かなかった事だろう。

 セシリアの物言いを優が「あれ?」と内心感じたから連鎖的にセシリアも気付く事が出来たのであって、優も同様の理由で自分の発言の違和感に気付かされた。

 初めは偶然だろうかと思いはしたが、それにしては今まで一度もないのが納得できない。

「さっきの、どういうことだと思う?」

『まだ何とも……。お互いの思考を先読みしてしまった、とか』

 2人で頭を悩ませても理由は思い浮かばない。けれど、どうにも拭えない違和感がしっかりと残っている。

 結局寝るまでずっとどうしてかを考え込んでも答えは見つからず、セシリアの言うとおりお互いの記憶が一瞬混濁したのだろうと無理矢理納得した。

 ……けれど。

 

 翌朝、セシリアが目覚めて食堂へ向かうとフィアはとっくに起き出して食事を取っていた。

「おはよう。早いのね」

 眠気に負けそうな目を擦りながら隣の席に腰掛けると甲斐甲斐しく水を注がれたコップが手渡される。

 喉を鳴らして飲む傍ら、フィアは隣の挨拶を交わしてきたセシリアを怪訝な様子で伺っていた。

「昨日のあれは勘違いじゃなかったのか……? いや、そんなはずは」

 ぼそぼそと小さな声で何事かを囁くと急に頭を振って取り乱す。

「なぁ、お前は今どっちなんだ?」

 あからさまな挙動不審を素で行くフィアに何と言おうか逡巡していると、フィアは今話しているのが優なのか、それともセシリアなのかという疑問を投げかけた。

 一度リンクしたからか、それとももう慣れたのか、フィアはセシリアと優の区別がつくようになっている。

 何を今更と首を傾げたセシリアだったが、どちらかの名前を挙げようとして返答に詰まった。

 言い知れぬ悪寒が背筋を伝う。どちらかの思考を言葉にしたのは確実なのに、セシリアは、正確には優を合わせた2人ともが、どちらが答えたのかを思い出せないのだ。

「おい、大丈夫か?」

 フィアに肩を揺すられて遠のいていた意識が像を結ぶ。辛うじて頷いて見せたセシリアの顔はとても大丈夫な物には見えない。

 

『優さん……さっきの挨拶、優さんのものではないですよね』

「そういうセシリアのものでもないよね」

 心の中で交わされた2人の会話はいつになく堅い物だった。

 2人とも寝惚けていて、偶々言葉が混ざって、どちらの記憶にも残らなかった、なんて事がありえるのだろうか。

 ……2人には"ありえない"、と断言できる。

 

「フィア様! 帝国から通信がありました!」

 そこへ突然、まだ歳若い兵士が食堂へと転がり込んできた。

 物々しい内容に、朝食を食べていた幾人かの兵士が俄かに騒ぎ始める。

「今行く」

 フィアは取り乱す様子もなく短くそう告げると様子のおかしいセシリアを気に留めつつも通信設備が置かれている一室へと走り出した。

 残されたセシリアは朝食もそこそこに先ほどの不可解な出来事の意味を考える。

 

 今朝の台詞が優のものだとすれば、明らかに口調がセシリアに寄りすぎている。

 かといって今朝の台詞がセシリアのものだと仮定するとフィアに対する態度が柔らかすぎた。

『確か、私とのリンクは切れないんですよね』

 尋ねるまでもなく、優の概念魔法の効果はセシリアもよく知るところだ。だからこれは、自分の考えを纏める意味合いの方が強いのだろう。

『……迂闊でした。優さんの概念魔法にだって代償はあるはずなんです』

 セシリアが自分の意識を過去に飛ばすのに、未来に使うはずだった記憶の容量を削る様に、概念魔法の効果と代償は密接に関係している。

 過去の改変に必要なのは未来の可能性。

 であれば、ただ1人、セシリアを助けたいと願った優の代償は何なのか。

 2人が同時に答えへ至った瞬間、フィアが昨日より忌々しさを倍増させたような顔で食堂へ戻ってきた。

「狩りへ行った者にすぐ戻るよう伝えろ。……悠長に構えてる暇がなくなった」

 命令を受けた彼等は迅速だった。要塞内に残っていた一団が散り散りになって森や川に向かっていく。


 最終的に誰も居なくなった食堂で、セシリアは何があったのかを問い詰める。

「周辺諸国がどちらにも与さないことに焦りを感じたか、好機と思ったんだろうな。向こうから挑発を始めやがった」

 フィアの話では、帝国内部にも表立ってフィアを指示する一般層が居たらしい。

 反旗を翻す革命軍を敵の懐で応援するなど自殺行為もいいところだが、ここ数年の出来事で国民にとっての帝国の脅威が揺らいでいたのかもしれない。

「首都内にはまだ元奴隷も残ってる。それを全部纏めてパフォーマンスに使うとわざわざ連絡してくださったよ。ありがたすぎて涙が出るね」

 実際に何があったのか、恐らく帝国は面白おかしく、煽るように報告したのだろうがフィアは言わなかったし、セシリアも聞こうとは思わなかった。

 さしずめ、記念すべき奴隷復活の第一号が生まれたということなのだろう。

 勿論フィアはそれを許せるような性格をしていない。それを許さず、叩き潰す事が今の彼のアイデンティティーでもあるのだから。

「悠長に応援を待っているのは止めだ。今の勢力で落とす」

 無謀とも取れるフィアの物言いに、セシリアは反論しない。

 それどころか、

『丁度いいわ。私達にも急ぐ理由が出来たから。悠長に待ってられなくなったところなの』

 望むところだとばかりに頷いてみせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ