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果ての世界で  作者: yuki
第三部 帝国編
46/56

目的-3-

前話は大幅に改稿されなかったことになりました!

見なかったことにしよう。

見られなかったことにしよう。

 翌朝、ガウンの山の中でセシリアが目を覚ますとすぐ近くにフィアの身体が横たわっていて、思わず跳ね起きようと力を篭める。

 けれど昨日の今日では体力の回復など見込めるはずもなく寝返りを打つのが精一杯だった。寝返りにしても痛めた手首に響いて思わず涙が溢れそうになる。

 馬車の揺れでは起きる気配のなかったフィアだったが、セシリアの立てた音には過敏に反応し目を開いて辺りを警戒していた。

 視界の端に目を覚ましているセシリアを見つけるなり拍子抜けたのか力を抜いてゆっくりと上半身を起こす。

「なぁ、俺はお前に何かしたのか? 皇国に攻め入った以外で」

 唐突な質問にセシリアはきょとんとするばかりで何も答えられない。

「やっぱいいわ。朝飯食うか? あるのは旅路用の保存食だけどな」

 聞き返そうとした矢先にフィアは話題を変えて悶々とした思いだけがセシリアに蓄積されたが朝食の2文字の前には霞む。


 ガウンから這い出そうと手を動かすが力を加えた瞬間にまた鈍い痛みが走った。

「この世界に回復魔法の類はないからな……。ちょっと待ってろ、確か薬くらいなら積んでた筈だ」

 あまり広くはない馬車の中には木箱に入れられた荷物が幾つか転がっている。

 その中をあれこれ探し始め、やがて緑色のでろんとした物体が詰まった瓶を見つけ出すと取りあげて隣に座る。

 ガウンの山を掻き分けてセシリアの手を取ると木製のスプーンで液体を掬い取って青黒く腫れてしまっている両手首に塗り広げた。

 冷たい薬品の感触が傷に響いた上に、いかにも薬っぽい匂いが換気のない馬車内に立ち込め鼻につくがフィアはお構いなしとばかりに薬品が留まるよう薄い麻の布を緩く巻き、包帯で痛まない程度の強さで固定する。

「暫くは動かすな、余計酷くなる」

 言われなくとも動かそうとは思わなかったがそれでは立ち上がることもままならないどころか食事さえ難しい。

 表情に出ていたのか、フィアは何も言わずに他の木箱からバケットを取り出すと掛かっていた白い布を取り払って中から白いパンを取り出す。

 セシリアはまさか目の前で自慢げに食べるつもりかと思ったが、フィアは端を小さく千切って何も言わずにセシリアの口元に運ぶ。

 口を開けば食べられるけれど、相手に食べさせられている構図に若干抵抗を抱き固まる。

「俺が嫌ならあいつに代わるが?」

 それをフィアは敵に食べさせられるのは癪だと受け取った。

 けれどセシリアからしてみれば見ず知らずの女性に食べさせられる方が余程気恥ずかしいと思い直し、引っ込めようとしたフィアの指先のパンに慌てて齧りつく。


 パンはかなり上等な小麦を使っているのか、もしくはここまで技術が発展しているのか、現代と変わらないほど白く柔らかいものだったが寝起きには辛い。

 おまけにここ数日間飲まず食わずで過ごしたこともあって飲み込むのに難儀する。

 悪戦苦闘しているのを見たフィアは相変わらず無言のまま、まるで侍女か何かのように水の入ったコップを口元へ運ぶ。

 今のセシリアにはパンどころか水でさえ飲み込むのは億劫だった。水に咳き込んだことで飲み込みきれなかったパンの欠片が転がる。

「やっぱ固形はまだ辛いか。後半日も進めば目的地に着くからそこでスープでも用意させる。水だけは多少無理してでも飲んどけ」

 コップ一杯分の、さして多くない水を時間をかけてゆっくり飲み干す。

「飲んだら寝てろ、半日くらいならまだ寝れるだろ」

 身体は休養を欲してはいたが、一応敵であるはずのフィアの目の前で再び眠る気に離れなかった。

 何よりセシリアには気になる事が沢山ある。

「どこに向かってるんですか」

 休養を取ったからか、水を飲めたからか、セシリアの声は昨日よりずっと調子が良かった。

「解放されたといっても元奴隷ってだけで立場は微妙だからな。そいつらを纏めて住まわせている地域に向かってる。この状況なら一番安全だろ」

 セシリアが監禁された場所は帝国内のとある砦だった。

 手元におきたいと思ったのか、帝国の王が住まう城からは距離がある物の地続きになっている。

 フィアの言う奴隷を集めた地域は島の端に近い。王城からも適度な距離があり位置は悪くなかった。

「私をどうするつもりです。知識が欲しいのなら無駄です。幾ら私から情報を引き出したって材料を集める時間はありません」

「要らねぇよそんなもん。できればとっとと皇国に熨斗つけて送り返したいと思ってるところだ」

 フィアの言葉は真意だったがセシリアは半信半疑と言った様子でフィアをじっと見据えている。


 突然拉致された挙句痛めつけられればそうなるのも無理はない。それ以前に、フィアは一度皇国を攻めているのだからはいそうですかと信用するわけにも行かないだろう。

(でもよ……)

 同時に、フィアはセシリアが拉致された理由について一切知らされていないことに気づく。

(自分は引っ込んでこいつを矢面に立たせたってことか……?)

 だとしたら余りにも酷い仕打ちだとフィアは思った。

 フィアは優とセシリアでのやりとりを正確に把握しているわけではない。

 彼からすれば勝手に異世界に意識を繋いだ上、危険な役目や辛い思いを全て擦り付けている形になっていた。

 だが、フィアには何か理由があるようにしか思えない。性悪とはいえ、あれはあれで彼を大切にしている事は伝わっている。

 それすら全て計算された偽り、或いは知らずの内に流し込まれた記憶が作り上げた虚構だという可能性もなくはないが。


「なぁ、例えばお前の好きな奴が死んだとしてさ」

 どこか煮え切らないあやふやな口調でフィアが言う。

「それを蘇らせたいと思うのことと、そいつに死んで欲しくないと思うこと、違いってあるのか?」

 フィアの曖昧な問いにセシリアは呆気に取られながらも頭の中では勝手に2つの相違点を洗い出していた。

 数分間くるくると思考を巡らせて、とある一つの答えが浮かび上がる。

「蘇らせたいの方は起こった出来事を受け止めた後に対処する方法を探してるけど、死んで欲しくないと思うことは死んだこと、既に起こってしまった"死"そのものを否定してるから、全然違います」

 元のセシリアよりは分かりやすい解説ではあったものの、フィアにはいまいち掴めない。

「もう少し噛み砕いて頼む」

「……。蘇らせるのは対症療法なの。死んじゃったから復活させるのであって、死んだことは認めてるでしょ?」

「そうだな」

「対して死なないでほしいって言うのは死んでしまう事自体を否定してるの。ありえない願いだけど、死んだ理由が事故だったとして、事故なんて起こらなければ良かったのに、そう思うことじゃない?」

 起こってしまった過去は変わらない。だから死んだ人を蘇らせる。実に現実的な意見といえよう。

 死なないで欲しいと願うことは、起こってしまった死を認めず、それがなければよかったのにと願うこと。非現実的だ。

 瞬間、フィアの顔が青く変わる。

 セシリアの概念魔法はこの内、後者だと自分でいっていた。

 魂への接続、未来の記憶、自分に向けられた強大な憎悪。様々なキーワードがフィアの頭の中で組み合わさり、一つの可能性が浮かび上がる。

「お前、もう一人のセシリアの概念魔法が何か知ってるか?」

「概念魔法……?」

 突然表情を変えたフィアを不思議そうに見上げながら、セシリアは可愛らしく傾げて見せた。

 そういえばいつか、このセシリアは概念魔法が使えないともう一人のセシリアが言っていたことを思い出す。

 つまり概念魔法についても教えてもらっていないのだろう。

「やっぱお前、騙されてるんじゃね」

 フィアの予想が正しければ、セシリアの概念魔法は魔法の無効果さえちっぽけに思えるほど圧倒的な力を有している。

 ―貴方は何度も彼を壊した―

 フィアは意味の分からなかったセシリアの言葉を思い出す。だがなど理解できなくて当然だ。

「いいか、俺の予想が正しければあいつの能力は……」

 自分の想像をセシリアに伝えようと向き直るが、いつのまにかセシリアは寝入ってしまったのか、規則正しい息を繰り返すだけだった。

 もしや、とフィアが思った瞬間、セシリアの瞳が開き、フィアを睨む。

『彼には時がきたら私から言う。だから黙ってて』

 一見頼みごとのようにも思えるセシリアの物言いだったが、有無を言わせぬ強い口調でもある。

「お前が性悪な理由はそれが原因か。あったんだな、そういうことが。お前があいつを矢面に立たせてるのもそういう理由か」

 矢面に立たせるの辺りで、いつもは無表情に澄ましている顔が悲しみや後悔、自責の念によって歪んだ。

『でも、それももうおしまい。彼を元の世界に帰すわ。随分と長い間連れまわしてしまったけれど、彼には彼の居場所があるもの』

「だからってお前の力がなくなる訳じゃねぇ。お前さえ皇国にいれば、皇国はどんな敵にだって必然的に勝てる、そうだろ?」

 フィアの言葉に、今度は珍しく自嘲的な笑い声さえ漏らす。

『忘れたの? 概念の干渉には代償を伴うの』

 どこか寂しげな呟きだった。

『私に残された可能性は、もう殆ど残ってない』

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