表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果ての世界で  作者: yuki
第三部 帝国編
43/56

捕らわれた先で

 起きた時に見知らぬ天井があるのは幸せな事だといえる。

 その天井は他でもない、目覚めた誰かに用意されたものなのだから。

 眠りから徐々に意識を覚醒させつつあるセシリアが真っ先に感じたのは空気の湿っぽさだ。

 じめじめとした不快な湿気が身体や髪に纏わり付いて気持ち悪い上に、空気も篭っていて埃っぽい。

 その上かけていたはずの布団を落としてしまったのか、肌寒さを感じていた。

 窓を開けたまま寝てしまい、朝方から雨でも降っているのだろうかと思いほんの少しだけ目を開けると、太さ2センチほどの鉄の棒が等間隔でずらりと並んでいるのが見えた。

 はて、これは何だろうかと一割も働いていない寝惚けた思考で考える。

 出た結論はどうでもいいか、と言うものぐさなものだった。

 試験前の貫徹から試験を受けた後の様な、毎日の授業をせっせとこなしようやく迎えた週末の様な開放感に包まれていて、もう少し寝ていてもいいだろうと再び目を閉じる。

 でも肌寒さだけはこの心地よい眠気を妨げると考え、どこかに落ちているだろう布団を探ろうとして手を伸ばすことにした。

 が、その手が少しも動こうとしないどころか、力を入れると痛みさえ感じる。

 どうしたことかと指先を動かすと、そちらは自由に動く。腕だけがどうにも動かせず、手首には締め付けられるような痛みが走っていた。

 面倒臭そうに一度だけ呻いて少しだけ目を開ければ、手は縄で雁字搦めに縛られていた。

 なるほど、確かにこれでは動かせないと納得しつつ、どうして縛られる必要があるのだろうかと逡巡し、縛るという行為の意味にまでたどり着いてから、セシリアはやっと目が覚めた。


 慌てて身を起こそうとするが力が入らないどころか、身体の節々から痛みを感じて思わず眉をしかめる。

 目の前に並ぶ鉄の棒は確認するまでもなく、外と中を遮断するための境界線だ。

 周囲を見渡せば棒はぐるりとセシリアの周囲を囲っている上に、上部と底部には頑丈そうな木の板が貼り付けられていた。

 考えるまでもなく、境界の中にいるのはセシリアだった。

 それを理解した瞬間、焦りと混乱で心臓が跳ね上がる。だがそれを持前の精神力でどうにか振り払うと強く目を閉じた。

 問題に直面した時、一番大事なことはいつもの自分を見失わないことだ。

 暗号大会では出された問題に思わず呻き声を上げることも難しくない。

 制限時間付きともなれば焦りもするしどうやって解けばいいのか、結論だけを急いで検証をおろそかにする事も数多い。

 だからまずは目を瞑る。そして頭を空っぽにして大きく息を吸い込み、暫く止めてからゆっくりと吐き出す。

 全身から余計な力がぬけて、頭の中でそこかしこを縦横無尽に走り回っていた情報が動きを止めた。

 ゆっくりと目を開けて、動きの止まった情報を手繰り寄せて現状を理解する。

「どこかの部屋の檻の中。部屋は小さい。湿度が凄くて、空気も埃っぽいし窓はない」

 見つけた情報を淡々と復唱し頭に刻み込んで振り分けていく。

「それから、揺れてる」

 地震でもなければ、部屋に仕掛けがあることも考えにくいだろう。となれば答えは一つしかない。

「船の、中」

 幾ら冷静になったとしても不安や恐怖を感じないなんて事はない。

 寧ろ落ち着きを取り戻して現状を理解できるだけの余裕がある分、今の自分がどれ程絶望的な状況にあるのかを知って絶望感は増すばかりだ。

 ここで叫び出せればどれ程楽になれるだろうか。

 けれど冷静な心がそれを圧し留める。声を上げれば起きたことが判明するだろう。まだもう少し現状を把握する時間がほしい。

 檻のサイズは酷く小さいもので、小柄なセシリアでも立つ事はおろか実を起こして座ることも難しく、身体を丸めていないと収まらない。

 先ほどまでよくもこの中で寝られていた物だと感心するほどだ。

 両手は後ろできつく縛られている上に両足も厳重に縛られている。

 檻の中に入れた上にここまでするかと思いはしたが文句をいっても始まらないだろう。

 ここが船の中だとすれば、魔法を使って逃げ出したとしても意味はない。

 船内で魅惑の鬼ごっこは出来るかもしれないが全ての船員を打ち倒すなんて夢物語だ。

 仮に出来たとしても船の操舵を一人で行うのは不可能で、どことも知れない大海原の只中で遭難することになる。

「せめて縄くらいは解きますか……」

 後ろ手できつく縛られている状態は辛いものがある。せめてこれくらいはどうにかしようと呪文の詠唱を始めた瞬間、途端に身体から力がぬけて木の板の上にくたりと横たわった。

 身体から直接力を吸われたかのような奇妙な感覚に、荒い息を何度かつく。

 よくよく見れば手首には縄の他に石がはめ込まれたブレスレットのような金属製の輪が見える。

 今のセシリアに装飾具をつける必要などあるはずもなく、付いている石は十中八九魔法具だ。

 となればかつてロウェルが太陽光を魔力に変換する時に参考にしたと言っていた罪人専用の魔力を封じる魔法具というのがこれなのだろう。

 船が陸地に着いた瞬間、想像による補正を全力で使って逃げ出そうとしていた考えは一瞬にして崩れ去った。

 セシリアをこうして縛りつけているのも、この腕輪を外されないためだろう。


「……最悪」

 魔法が使えなければセシリアに残されているものなんて何もない。

 体術が使えるわけでもなく、体力があるわけでもない。ただの無力な子どもだ。

 せめてあと10年ほど育っていれば見張りを篭絡する手段が残されたかもしれないと一瞬頭をよぎり、何を馬鹿なことをと溜息をつく。

 動くことも逃げることも出来ないのであれば、後はもう考えるしかなかった。

 この船はどこの国のものだろうか。考えるまでもない。船を使って移動しているとすれば帝国以外にはありえない。

 フィアに謀れたかと思ったが、謀るまでもなく連れ去れる状態にあった事を考えればその線は薄いだろう。

 となれば、帝国もまた一枚岩ではないのだろうか。

 いや、奴隷を解放するという目的を掲げるフィアは国から見ても手放しで喜べる相手ではないことくらい想像に難くない。

 フィアの持つ利益を生み出す力や知識は喉から手が出るほど欲しい。

 だが奴隷を失くすという、国からしてみれば利益を溝に捨てる行為は許容しがたい。

 二律背反に悩まされる中、最終的に帝国はフィアを取ったのだろう。

 一度味を占めた彼等がセシリアという蜜を放置するなど以ての外だ。

 思えば3隻で攻めてきた事自体を怪しむべきだったのだ。

 相手がフィアという、規格外の人物でこちらの艦隊を全滅させてしまったことから本気で攻めてきていると思ってしまった。

 いや、彼が本気で攻めてきたのは間違いないだろう。だが帝国は彼を隠れ蓑にさらにその裏からもう一つ手を伸ばしていた。

 もしかしたら、彼らにとってフィアは捨て駒にすぎなかったのかもしれない。

 そうまでして帝国はセシリアを欲したのだ。

 フィアは特殊な事情からセシリアに手心を加えてくれたが、帝国がそんな甘い真似をするはずがない。

 フィアの態度からして、恐らく彼もこの事を知らないはずだ。

 そこまで考えて再び大きな溜息をつく。

「敵に助けを期待するとか、いよいよもって打つ手なしね」

 そこに突然扉が開く音がして身体が驚く。

 見上げれば棒の隙間から4、50くらいの壮年の水夫が盆を持って近づいてくる。

 騒ぐことも取り乱すこともなくじっと視線を投げかけてくるセシリアに水夫は驚いた表情を見せるが、何も言わず盆を置くと載っていたパンを口元に運んだ。

 一瞬考えてから小さく齧ると租借する。

 船上の食事だというのに思ったよりも柔らかく上質なものだったが、寝起きの渇いた喉には受け入れがたく思わず咳き込むと同じ盆の上におかれたコップの中身を流し込まれる。

 とてつもない酸っぱさと独特の苦味に思わず顔を歪めるが水夫は関係なしとばかりに先ほどのパンを差し出した。

 最後の一欠片を食べさせるまで水夫は一言も話さず、立ち上がって部屋から出て行こうとする直前にどうにかパンを飲み込んだセシリアが呼び止める。

「帝国までどのくらいかかりますか」

「誰から聞いた」

 驚きを隠しもせずに水夫が質問を返す。セシリアが一人で行き着いたと考えなかったようだ。

 同時に水夫の反応から帝国が首謀者だということも確定する。

「……二週間だ。それまで大人しくしてくれれば何もしない」

 思ったよりもずっと長い時間に思わず呻き声を上げる。その間、この何もない場所でずっと転がっていろというのだろうか。

 それ以上言うことはないと再び歩き出した水平に向けて、セシリアはもう一度声をかける。

「この格好だと寒いんです。毛布をください」

 セシリアが着ていたのは薄いくるぶしまでの長さのネグリジェだ。

 北に向かっている上に、恐らく水に浸かっている船底近くにこの部屋があるのだろう、冷えた空気は肌着一枚では心許ない。

 水夫は呆れたようにセシリアを一瞥して部屋から出て行ったが、暫く後に二枚の毛布を持ってきて一枚を底面の木の上に轢くと、もう一枚をセシリアに被せた。

 直接硬い木に触れない分、これなら痛みは多少緩和されるだろう。

 どうやら水夫は思ったよりも気が利くらしい。

「逃げようとはするなよ。外には見張りが居るからな」

「じゃあ困った時は呼ぶことにします」

 釘を刺す水夫の言葉を使用人でも呼ぶかのような気安さで返すと彼はますます怪訝な表情をした。

「あんた、怖くないのか? 攫われたんだぞ」

「泣き叫んで欲しいなら他を当ってください。疲れるだけですから」

 セシリアはそういってさっさと作ってもらった手狭な布団の中に潜り込んで目を瞑った。

 扉の閉まる音がして、部屋の中は途端に物静かになる。

 二週間という長期間にわたってこの狭い檻の中に閉じ込められていることが怖くないはずがない。

 人は誰かと関わらないとどうしても不安になるし、何かをしていないと段々心が磨耗していく。

 だからこそこういう時は寝るに限る。体力の温存にもなるし暇も潰せるなら一石二鳥なのだ。

 

 様変わりしない部屋の中で寝続ければ日付や時間の感覚は1日ももたずにあやふやに変わった。

 たったそれだけでも不安が心を押し潰す。他人との接点は身の回りの世話をする水夫だけだ。

 自分からは黙して語らなかったがセシリアが何事かを話しかければ何かを返すことくらいはしてくれる。

「どうして水夫になったんですか」

 気を保つためにもセシリアは積極的に水夫に語りかける事にした。

 外見の相乗効果もあってか、水夫も少しだけ会話に乗る。

 彼にはセシリアより少し年上の子どもがいるらしく、変に甲斐甲斐しいのはそのせいもあるのだろう。


 そうやって人と関わる時間を作りながら長かった二週間の旅はやっと終りを迎えた。

 港に着くなり、セシリアは紐を噛まされた挙句、檻も目隠し用の布で覆われて外に運び出された。

 馬車か何かに積まれたのか、船とは比べ物にならない振動に揺られてどこかへと運ばれる。

 着いた先は重厚な石が幾つも詰まれた壁がそそり立つどこかの要塞だった。

 檻のまま地下深くまで運ばれると乱暴に地面に降ろされる。

 そのまま扉の外に引き釣り出されると石で作られた檻よりは大分広い牢獄の奥の壁に立たされた。

 後ろ手で縛られていた手も足も解放されたが、代わりに鈍い黒鉄の枷が手足に嵌められる。

 枷には同じ鉄製の輪を交互につけた見るからに頑丈そうな鎖が牢獄の背面の石に穿たれた楔へと繋がっていた。

 檻に入っていた毛布は檻と一緒に回収され、セシリアをここまで連れてきた兵士は一言も話さずにさっさと引き上げて行く。

 地下独特の冷たい空気が肌を刺してくる。

 長い間動かせなかった身体は重苦しく、せめて座ろうと腰を下ろそうとして思わず愕然と目を見開いた。

 繋がれている鎖の長さは手を万歳するみたいに思い切り伸ばしても腰を下ろすのに全く足りていない。

 座ろうとすると体重の大部分が両手首に乗って、枷が白い肌に食い込み思わず呻いた。

 セシリアが長さの調節のミスだろうかと一瞬考えたが恐らく違う。ここはそういう場所なのだ。

 立ったまま壁に背を預けてじっと耳を澄ませるが物音一つしなかった。

 陽の見えないこの場所では船以上に時間の感覚が消失する。かといって、立ったままでは寝ることも難しい。

 

 1日目は立ったまま何もせずに過ごした。

 随分と長い時間を過ごしたというのに誰かが様子を伺いに訪れることもない。

 船の中で長いこと寝溜めしていたおかげか、それとも肌を刺す冷気のおかげか、睡魔に襲われることもなくただひたすらに立ち続ける。

 痛めていた足は長い船旅の過程でかなり回復したらしい。体重をかけても以前のような鋭い痛みは襲ってこなかった。

 もし怪我が今まで長引いていたならこれほど長い時間経ち続けることはできなかっただろう。

 脱出の手段を模索するが何も思い浮かばなかった。

 腕には相変わらず魔法を封じる魔法具がつけられていて、この状態では試す気にもならない。

 

 2日目も1日目と何ら変わる事はなかった。

 丸一日立ち続けていた疲労は容赦なく小さな身体に襲い掛かってくる。

 両足は痛みを訴え棒のように感覚が乏しくなるが休もうにも座ることは出来ない。

 眠気も徐々に蓄積を始め、うとうとし始めることが多くなった。

 それに加えて、セシリアのことなど忘れ去られているかのように誰も訪れることがない。

 この二日間、セシリアは食事も水も口にしておらず、空腹はともかく喉の渇きは深刻だった。

 牢獄の中では分からないが、草木も眠る丑三つ時、遂に眠気に耐えられなくなったセシリアが目を閉じ、身体が制御を失って倒れ込む。

 次の瞬間、勢いの付いた体重が両手首を締め上げ、痛みに呻き声を漏らすと同時に意識を強制的に覚醒させられる。

 ふらつく足でどうにか立ち上がるが意識の覚醒はそう長く保たない。

 痛みと睡魔がシーソーゲームを始め、睡魔の方に傾こうものなら身体は再び制御を失い倒れ込み、枷は容赦なく手首に食い込んで激痛を与える。

 再び意識が覚醒してまたシーソーゲームが始まった。

 回を重ねるごとに覚醒してから睡魔が勝つまでの時間は短くなる。

 休むことも眠ることも出来ず、思考力さえ鈍り始めていた。

 どうしてこんな事になっているのか、どうすれば楽になれるのかばかりが頭を過ぎる。

 何度目の繰り返しの末だろうか、朦朧とする意識の中で、かつん、と階段から音がした。

 見上げる気力もなく俯いていると湯気の立つ食事を持ってきた兵士がセシリアの前に立つ。

「陛下は君を高く買っている。確か火薬だったか? その製法を教えるならこんな場所からはすぐに出られるんだ。この国は危機に瀕している。沢山の人が困ってるんだよ。君の力を貸してくれないか。そうすればこうして暖かい食事だって与えられる」

 兵士は平身低頭とした優しく穏やかな声で告げる。

 何かのスープだろうか、湯気を出す食事は今のセシリアにとって抗いがたい誘惑だ。

 香辛料の香りが微かに届いて、否が応にもお腹がなった。

 どうしてこんなに苦しむ必要があるのか分からない。

 寒さと睡魔と痛みの三重奏は想像よりずっと凶悪で暴力的だった。

 心のどこかでもういいじゃないかと声が聞こえる。

 今までが幸運だっただけで7歳の自分が出来ることなんて酷く限られている。

 盤上に並ぶ駒の位置が偶々よかったからどうにかなっただけで、追い詰められれば打てる手なんて何もない。

「協力してくれるよね?」

 目の前に救いの糸が垂らされたのなら、掴んでもいいじゃないか。

 だからセシリアは掠れた声で言った。

「もち、ろん」

 兵士の顔が邪悪に歪んだ。

「なら製法を」

「おことわり、します」

 兵士の言葉を遮って、セシリアは俯いていた顔を上げて毅然とした態度で睨み返した。

 その瞳に浮かんでいるのは諦めではなく、完全なる拒絶。意志は始めから少しも歪んでなどいない。


 眠れないだけ。痛いだけ。休めないだけ。

 こんなもの、死んで行った数万の犠牲に比べるまでもない。

 使われることでこれから死ぬであろう犠牲と比べるまでもない。

 兵士はセシリアが断るなんて微塵も思っていなかったのだろう。

 信じられないと言った苦々しい面持ちで舌打ちをすると背後にあった水の入ったバケツを持ち上げてセシリアにかける。

「良い事を教えてやるよ。情報を吐かないなら利用価値なんてない。後は死ぬだけだ」

 だがそんな兵士の言葉に、セシリアは笑ってさえ見せた。

「ありがとうございます。ちょうど喉が渇いていたところでしたから」

 舐められた兵士が怒りに任せてバケツを投げつけるが、鉄格子に阻まれて虚しく床を転がるだけだった。

 その反応だけで、セシリアを殺すつもりが始めからない、或いは殺せない事が窺い知れる。

 恐らく目の前の兵士は情報を吐かせる事を条件に飴が約束されているのだろう。

 もしかしたら期限を決められているのかもしれない。それでこんなにも苛立ちを露にしている。

 なんだ、まだ考えられるじゃないかとセシリアは内心で苦笑した。

 兵士が居なくなった後に残されたセシリアはまたシーソーゲームを続ける。

 濡れた服が身体に纏わりついて凍えるほどに寒い。

 それでも抑えきれない睡魔は体重を支える両手首の痛みと寒さを凌駕し、鎖にぶら下がる格好で浅い眠りに誘われた。

 

 3日目、目覚めたセシリアが手首を伺うと白かった肌は鬱血して青黒く染まっている。

 枷が触れるたびに芯から鈍く痛むが疲労と睡魔は多少回復していた。

 楽な体勢を探しながら空腹と喉の渇きに耐える。まだ意識ははっきりしているが、朦朧とするのも時間の問題だろう。

 いつまでこうして繋がれているか分からないが、本当にギリギリまで開放されることはない。

 それから回復を待ってまた新しい拷問を受けるサイクルが続くのだろう。

 暗鬱たる未来に辟易する。

 話すつもりもなく、逃げ出せる可能性が低いのなら、いっそここで舌を噛み切れるうちに死んでしまったほうがいいのだろうかという後ろ向きな考えが頭をもたげるが、ゆっくりと否定した。

 本来のセシリアの身体を勝手に殺すことも汚すことも優にはできない。

 未来の可能性は無限で、逃げられる可能性がゼロでないなら永遠に追い続けなければならない。

 サイコロ千個で6を出すくらいの確率だとしてもゼロでないなら諦めてはならない。

 けれど現実は残酷だった。

 

 4日目、セシリアは足に力が入らなくなっていた。

 今までは意識さえ保って立っていれば痛みは襲ってこなかったが、食事もせず睡眠も満足に取れない身体が限界に達したことで力の入らなくなった足は体重を支えることなんて出来ず、重力に従ってへたりこむと限界まで伸びた鎖と枷によって吊られる。

 青黒く染まった手首には容赦のない重みがずしりと乗りかかり呻かずにはいられない。

 立ち上がろうとしても足は全く言うことをきかず、揺れた事で手首の痛みが増すばかりだった。

 一瞬だけ受け入れていればという迷いがちらりと覗き、歯を食いしばって耐える。

 数時間、そうして少しも動かずに吊られていると段々と手の感覚がなくなってきた。

 このまま腐り落ちるのではという恐怖に駆られながらも涙の一つさえ見せることなく蹲っていると再び階段に足音が響く。

 身体は震えているが、負けてたまるものかともう一度しっかりと意思を保つ。けれどその顔はどこか弱々しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ