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果ての世界で  作者: yuki
第一部
4/56

情報収集-2-

 それから一月ほど過ぎた。最近は優の知識とセシリアの知識の区別が付かなくなってきている。

 記憶が混ざっているのかもしれない。

 元の世界へ戻れないのかという不安と、この世界から離れるなんて考えられないという二つの意識に悩まされるんじゃないかと思っていたのだが杞憂だったようだ。

 なにしろ元の世界に戻りたいという欲求が微塵も溢れてこないのだから。

 昼過ぎに起きて難解なパズルや暗号を解いていると、そろそろ大学生活のためにリズムを付けなさいという至極最もなお小言を母親から貰う。

 そんな生活が嫌だった訳ではない。寧ろ充実して楽しかったと言って良い。


 けれど今の自分はセシリアなのであって、優ではない。

 記憶があってもセシリアとしてこの世界で過ごすのが当たり前で、そう、例えるなら御伽噺の世界で生活なんてできない、普通に考えればといった具合だ。

 けれど優としての知識欲もまた兼ね揃えているのだからよく分からない。

 この1ヶ月、それはもううんざりするほど質問に質問を重ねた。

 お父様が入ってはいけないという書斎にも忍び込んだし、使用人たちの会話を盗み聞きしては情報を集めた。

 そのおかげで新しい発見が次々に見つかる。

 まず、お父様のお仕事について。

 信じられないことにお父様は魔術師だった。しかも王国お抱えの、である。


 今から10年ほど前に皇王戦争と呼ばれる5年に渡る戦争が終結した。

 隣国であるグラシエール王国は国土の4割を乾いた砂漠によって覆われている。

 とても肥沃とはいえない、ましてや乾燥した砂地では作物の育成も難しい。

 国土の内4割が農業に使えないというのは時代と共に増える人口を養うのに大きな障害となっていた。

 せめて少ない土地でも収穫量を増やせるようにと、多様な技術を編み出しては取り入れていたが天候や災害だけはどうにもならない。

 日照りが続き枯れてしまえば、どんな技術があったとしても飢饉は避けられない。


 それに比べてグロリアス皇国の土地は圧倒的に肥沃といって良い。

 国内に流れる河川はどれも清らかで適度に温暖な気候と雨もある。

 周辺諸国で主食とされる小麦の育成にはこれ以上を望むべくもない程の条件を備えていた。

 環境の違いが両国にとって埋められない禍根を生み続け、5年に渡る長い戦争により、王国の滅亡という幕引きで終わりを告げた。

 皇国の勝利に終わったといっても支払った代償は大きかった。

 騎士の数は戦前の5割を下回るほどの損耗、既に幾つかの国内拠点は人手不足から撤廃を余儀なくされた。

 挙句、商国は疲弊した皇国に火事場泥棒よろしく辺境の一地域に手を伸ばす始末だ。

 どこの世界も商人というものは豪胆で計算高いらしい。

 皇国は既に商国と戦う訳にはいかなかった。王国の平定すら終わっていないのだ。

 もし今商国と王国の残党に手を組まれたら勝てる保障はどこにもない。

 商国はそれを承知の上で占領した地域を解放区と称し、解放区内であれば両国民の通行、流通、関税に一切の制限を行わないという条例を結ばせたのだ。


 商国が欲しかったのは皇国が誇る多量な食料。

 皇国が特殊な事例なだけでどこの国にも天候不良による飢饉の恐怖はいつだってあるものだ。

 飢饉が起これば食料、特に日持ちする穀物は異常な値上がりを見せる。商国としてはそれを利用したい。

 多種多様な国と取引している商国では独自の情報網によって、常に周辺国の商品需要を把握している。

 商国としてはどうにかして食料を安く、しかも大量に仕入れるルートが欲しかったのだ。

 農民としても国の商人に安く買い叩かれるよりも解放区で売る方がメリットはある。

 だが皇国としては自国の利益になるはずの物を他国に流出したくはなかった為実現はしてこなかったのだ。

 それをこのタイミングで結ばざるを得ない状況に追い込んだのは流石商人といったところか。


 話が逸れてしまったがその戦争の最前線にお父様は参加していたらしい。

 しかも魔術師部隊の隊長として、である。

 落した砦は数知れず、取った首級も数知れず。

 見るからに穏やかで優しいお父様の姿からは想像できないほどの武功を積み上げたという。

 それが王に信頼を与え、最近まで国軍の一流魔術師を導く立場にあったというのだからさらに驚きだ。


 けれど4年前、お父様はお母様に子どもが出来た事を知るとどこか長閑で落ち着いた場所で暮らしたいと願い、このフィーリル地方の辺境伯を任されたという。

 辺境伯というのは別に辺境に追いやられ左遷させられた貴族というわけではない。

 位にするとかなりの上位、地方長官の立場だ。

 主に防衛上、軍事上重要な地区に対して配置される貴族の称号は長閑な場所で落ち着いて暮らしたいという願いに反するようにも思えるかもしれないが、防衛上重要な拠点が必ずしも危険とは限らない。


 フィーリルが防衛上重要な拠点とされているのは解放区と隣接しているからというのが一番の理由になっているが、条約を締結してからの解放区は平穏そのもので特に問題も起こっていない。

 皇国も数年はフィーリルに国軍を配置していたが戦後の人手不足もあって早々に引き上げてしまった。

 煙が立ちそうな所よりも既に煙が出ている所へ回すべきだと結論付けたわけだ。

 今も皇国は商国と領土問題で議論を続けているが隣国としての仲は悪い方ではない。

 商国は皇国に戦後必要な物資と恩を販売し今後の商売の布石としているし、皇国も見返りとして食料品の供給を行っている。

 どちらも腹に一物を抱えあった商魂はあるだろうが、表面上は良きパートナーになった。


 お父様がこの地の辺境伯に任された理由は2つあるのだと思う。

 一つは煙の立ちそうな場所にも人員がいるなら監視の目を配置したほうが良いに決まっているという理由。

 もう一つは監視の目を配置するにしても過度な軍事力を置きたくないと言う理由。

 何も悪いことをしていないのに近くを警官が通っただけで焦ったりする事はないだろうか。

 近場に大きな力があるというのはそれだけで緊張を強いる。

 折角上手く行っている両国の関係にひびを入れるのは皇国としても避けたかったのだろう。

 辺境伯ともなれば私立騎士団くらいは持っている物だがお父様は組織していない。

 盗賊からの自衛に関しては村々に詰め所を作って国から新米の騎士を借りて防衛に当たらせている。

 王国としても実地訓練の場として使用できるメリットとなっているようだ。


 でも正直これらの情報はどうでもいいと言っていい。血なまぐさい争いよりももっと気になった言葉があったから。


 "魔法"


 あぁ何という甘美な響きか。そしてくすぐられる好奇心か。

 暗号なんて比較にならないほど厨二心をくすぐられる。

 そもそも魔法とは一体何なのか。漠然とした問いに対して正確な解答は存在しない。

 どうして火という存在があるのか。どうして人という存在があるのか。そういう、答えのない問題だからだ。

 何かが存在する理由は逆説的にしか答える事ができない。

 結果的にその物体が存在する環境が揃ったから。

 だからどうして魔法という存在がこの世界に普及しているかについては考えない事にした。神じゃあるまいし分かるわけもない。

 それに大切なことはどうして魔法が存在するかなんていう漠然とした問題ではない。


 一つ。どういう法則で魔法が発動しているのか。

 二つ。それは日常生活で活用できるのか。

 三つ。何よりも私が魔法を使えるのか。


 特に三番目が一番大切だったのだが、こればかりは神様とやらに百回くらい土下座で感謝を伝えるのもやぶさかではない。

 使える回数や規模は微々たる物だったけれど何度も何度も練習に練習を重ねた結果、魔法を発動することはできたのだ。

 となると次に必要なのは一つ目。どうやって魔法が発動しているのか。

 幾つかの魔法書を読み解いてみたけれど、こういう手順を踏めばこういう魔法が使える、という結果を纏めたものしか見つからず、魔法という存在を解明すべく研究を行った書物は1冊もなかった。

 書物が揃えられてないだけなのか、存在を解明するという行為が禁忌とされているかは分からない。

 ならばまず、魔法の発動のプロセスについて調査してみる必要がある。

 幸いにして、お父様は魔術師で、しかも書庫には数え切れないほどの大量の魔法書が置かれているのだから研究対象は幾らだってある。


 まずは呪文という暗号の解き方から考えるべきだ。

 魔法は呪文をきっかけに発動する。そして唱える呪文によって発動する内容が変わる。

 という事は呪文の意味を翻訳して組み立て方を理解すれば自在に魔法を使えるんじゃないか。

 それならばと、呪文に対して発動する魔法の内容を出来るだけ細分化し箇条書きにして纏め上げる。

 例えば火球の魔法であれば、火、攻撃、遠距離、投擲、射出等、等など出てくる項目は際限ないが構わない。

 もし他の魔法で同じ単語を使っている箇所があるならばこの魔法と同じ要素があるという事になる。

 それを何度も何度も繰り返していけば、やがては要素に相対する単語が見つかるはずだ。


 例えばこんな魔法がある。

 "タイルト ステラ エイル エンティ"

 正直さっぱり意味が分からないが、この魔法を使うと前方に強風が発生する。

 この間は発声の際に区切れという意味らしい。恐らく単語を区切るスペースの意味合いだ。

 だとすればこの呪文はタイルト、ステラ、エイル、エンティという要素に区切る事ができる。

 次の魔法を見てみよう。

 "タイルト エイル カルティア スロア エンティ"

 こちらも同様に意味は分からないけれど、この魔法を使うと前方に風の刃を打ち出すことが出来る。

 個別に見ても分からない事が多いが、この2つを同時に見ると。

 タイルト、エイル、エンティに関してはどちらの魔法も使っている。

 つまり二つの魔法の中で少なくとも3項目は同じ要素があると言うこと。


 後はそれを繰り返すだけだ。書庫の魔法書の呪文を片っ端から別の紙に纏めて同じ単語が入っている呪文を見つけてはそれぞれを使ってどこか同じ要素がないか考える。

 まるで連立方程式を解いてるようだと思った。

 しかし想定どおりに上手く事が運ぶことなんて殆どない。

 本日4回目になる魔法を発動しようとするが何故か発動しない。

 ついでに体が重い。集中していて全く気付かなかったが精神面だけ全力疾走をしたかのような疲労感がある。

 幾らお父様が天才の魔術師だったとしても若干3歳の子どもに同じ魔力がある筈がない。

 魔力は成長とともに育っていくものだと指南書に書いてあった。

 それにしても4発だけ。これはあまりにも悲しい。

 控えめに数えて千を越えそうな呪文が目の前にあるのに。それを試さないと呪文の解読なんて到底できないのに。

 1日4回じゃ全部の魔法を試すのに3年近くの年月が必要だ。

 地球で言えば中学卒業程度、高校卒業程度。

 これは長丁場になると思うとついつい溜息が零れた。

 でも、きっと今の私は笑っている。楽しくて仕方がないといった表情で。

 解読に3年は掛かる暗号。見返りは自在に使える魔法。課題も褒美もどっちも美味しい取引は取引というのだろうか?

このお話には魔法が出てきます

今回はその理論についてつらつらと書いてしまいました


魔法は呪文によって作られる

呪文は元々精霊語で書かれていた

ただ現代に精霊語を翻訳できる人は誰もいない


呪文の音は現在に伝わっていて魔法自体は使えます

しかし新しい魔法の開発というのは音を適当に組み合わせて唱えまくるというずさんな物になっていたり

いうなれば英文を読めないので「ひーいずぼーい」と表記してあるようなものです

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