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果ての世界で  作者: yuki
第三部 帝国編
39/56

転生者たちの戦い-5-

 追い詰められる傍ら、セシリアもただ時間を無為に過ごしていたわけではない。

 ここで捕まろうものならどんな暗雲たる未来が待っているか想像に難くなかった。

 フィアはセシリアの持つ知識を欲しているようだったから殺される事はないとしても、世の中には死んだ方がマシな状態など幾らでもある。

 他国を短期間で躊躇なく攻め落とし続けたような相手となればなおさらだ。

 水素を詰め込んだ気球を遠距離から爆発させる手段は、まだ制空権という概念が生まれていないこの世界では殆ど無敵の力を持つ。

 今はまだ気球その物を爆発させるという単純な仕掛け故に攻撃の際には姿を現さねばならず、防ぐ手段は多少なりとも残されている。

 だがもし彼等が爆発物を手に入れれば、遥か上空から気球を破壊し、真下に爆弾を投下する高高度攻撃が可能になる。

 気球も爆発物も魔力を必要としないのであれば波紋で検知はできない。

 月明かりのない夜であれば、反撃も防衛の手段もなく辺り一帯を業火に包むことも出来よう。

 

 例え爆破を諦めてもいい。何か逃げ出す手段はないかと短い時間の中で必死に頭を働かせる。

(普通に攻撃しても絶対に通らない)

 防御魔法を貫通するほどの威力を魔法の補助なしで引き出すのは今のセシリアの身体能力を考えると難しい。

 これがもし筋骨隆々な隊長クラスの人材であれば、魔法ではなく剣技によって追い詰めるまではいかなくとも逃げ遂せる位の隙は作り出せるだろう。

 けれどセシリアはまだ7歳で、足りない身体能力を魔法によって補っている。お互いの相性は最悪と言ってよかった。

 魔法の強制解除を行える範囲は彼の周囲だけとかなり狭いが、それにしたって全ての魔法の無効化は万能に過ぎた。

 だからこそ、とある一つの疑念が頭の中でずっと引っかかっている。

 

 世の中にはバレルのように、器用にも複数の魔法を同時に扱う人間も居るが、基本的に同時に使えるのは一つが限界だ。

 勿論、極々簡単で小さな規模の魔法であれば同時に扱うのは可能だが、フィアの使う魔法の無効化と防御魔法が簡単の域にあるとは思えない。

 魔法の無効化を発動している最中に、フィアは別の魔法を発動できるのかどうか。

 もし本当に同時に扱うことができるというのなら、彼が僅かずつ、慎重に距離を詰める必要などないのではないか。

 この魔法にはどこか欠点があって、彼とて接近に慎重にならざるを得ないのではないか。

 本当はもう少しじっくりと検証したいところではあったが、背は既に壁に付いていて逃げ場はどこにもない。

 一度掴まりでもして魔法の無効化の範囲内に取り込まれれば、以後は魔法が一切発動できなくなる可能性もある。

 そうなったら若干7歳の少女であるセシリアに逃げる方法が残されていないのは明白だ。

 何もしないよりは最後まで足掻き抜くと決めたセシリアが決意の表情でフィアに向かって1歩踏み出す。

 自身有り気なセシリアの様子を見てフィアが歩を止めた。余裕をちらつかせてカモフラージュしているがどこか緊張しているのが見て取れる。

 浅く息を吸うと目を閉じて意識を集中させると共に呪文の詠唱に入り、セシリアは手の平に圧縮した風の球を出現させた。

 僅かに警戒の色を強めたフィアだったが、出来あがった魔法を見て侮蔑の笑みさえ浮かべて見せた。

「またそれか? 何度やっても無駄だってことが何で分かんないかね」

 嘲笑う彼の言葉には何も答えずに、緩い動作で右手の風の球を掲げる。

「だから無駄……っ!」

 てっきりフィアに向かって投げつけられるかと思った球は頭上に掲げられた手から背後に零れ落ちた。

 フィアが何をしているのかと怪訝に思った瞬間、風の球はセシリアの背後の壁で破裂すると籠められていた風を周囲に解き放ち、さながら小さな竜巻でも巻き起こったが如くあらゆる物を吹き飛ばした。

 フィアに殺到した突風は身体を吹き飛ばすよりも早く大気に溶けて何事もなかったかのように消えていくが、セシリアの狙いはフィアではない。

 猛烈な風を背後から受けたセシリアは体重が軽い事もあって、巻き起こった風と一緒にフィアの脇を猛烈な速度で転がっていった。

 幾ら魔法が解除されると言っても、それによって生み出されたセシリアの勢いまでは解除されない。

 もしフィアが魔法の無効化と防御魔法を同時に展開していたなら防御魔法と激突してあわや大惨事になっていた可能性もあったが、フィアの横を通り過ぎても叩き付けられるような衝撃は襲ってこない。

 自分に向けて魔法を使い身体を吹き飛ばすという思っても見なかった行動にフィアはあんぐりと口をあけて放心していた。

 何度も床を転がり打ち付けられた痛みを堪えて立ち上がるとそのまま部屋の外へ駆け出す。

「て、てめっ! 待ちやがれ!」

 数秒の間をおいてようやく何が起こったかを理解したフィアが怒声とともにセシリアを追いかけはじめた。

 一足先に通路に逃れたセシリアだったが逃げ出すのに払った代償は大きかった。

 普段あまり運動に精を出していなかったせいで床を転がった際に受身が上手く取れず、打ち付けた部位からは鈍い痛みが絶え間なく襲ってくる上に、捻ってしまった足は体重を乗せるだけで比べ物にならない鋭い痛みが走りぬけ、とても走れる状態ではない。

 近くにあった船室の中に再び潜り込むのがやっとだった。

 すぐ後から飛び出してきたフィアが逃げるセシリアの姿を見失う筈もなく、僅かな間を空けて船室へと飛び込んでくる。

「鬼ごっこは終わりかぁ? つっても、足を痛めたんじゃもう走れねぇよな」

 フィアが部屋に来るまでにできたことと言えば、痛む足を引きずって部屋の中のベッドの端までどうにか歩いて腰を下ろす事くらいだった。

「そうですね、今の私にはここから逃げ出すのも難しいかもしれません」

 諦めとも取れる言葉だったが勿論少しも諦めていない。ゆっくりと近づくフィアが扉から離れたのを見計らって魔法で扉を閉じる。 背後から聞こえた音に驚き一瞬窺うものの、視線はセシリアから外さない。

 それがなんでもない、ただのこけおどしであると判断した彼は再びセシリアににじり寄ってきた。

「いい加減諦めたらどうだ? 敵陣のど真ん中で何しようとしてたのかは知らねぇが、こんな状態で助けなんざこねぇよ」

 嘲笑うフィアに向けて、セシリアは小さな溜息を吐くと曖昧に笑って言う。

「ええ、諦めました」

「殊勝な心がけだな。素直に言う事を聞くってんなら悪いようにはしねぇよ」

「何を言ってるんですか?」

 見当違いのおかしなことを言うんですね、と話すセシリアを見てフィアは思わず息を飲んだ。

 今までの戦場で降伏してきた数々の兵が浮かべていたような、恨みや怨念が篭った物ではない、一種の安らぎさえ覚える異質な笑顔が彼女を包んでいたからだ。

 何か裏がある、そう警戒したフィアの目の前でセシリアは赤い包みを取り出すと膝の上に転がした。

 フィアの顔が今度こそ驚愕に歪む。

「諦めたのは自分の命です。こうなった以上、貴方も道ずれにします。逃げるなら逃げてください。でもそれ以上近づくようなら、このまま起爆します」

 無邪気な笑顔さえ浮かべ言い放った。

「防御魔法程度で防げるなんて思わないでください。それから、これが魔法じゃないことくらいご存知ですよね?」

「馬鹿か!? こんな場所で使えばお前も死ぬぞ!?」

 当然の疑問に、セシリアは何を今更とばかりに、少しも動じる様子はない。

「だから言ったじゃないですか。自分の命は諦めますって」

 それどころかあっけらかんと言い放ったのを見て、さしものフィアも立ち止まった。


(後は、このまま時間を稼げれば……)

 とはいえ、セシリアには自爆するつもりなど初めからない。

 この身体の持ち主は優ではない。勝手に自殺するような真似が出来るはずもなかった。

 隊長とロウェルの2人が爆破に成功すればこの船は徐々に沈没を始める。

 そうなればフィアとていつまでもセシリアに構っているより逃げ出す道を選ぶだろう。

 この睨み合いはあくまで時間を稼ぐためのものなのだ。

 フィアにこれが何なのか理解できるだけの知識があるかは賭けだったが、どうにか勝利を収めることができて内心で安堵する。

「使えばいいさ」

 だが、フィアの覚悟はセシリアの想像を遥かに上回っていた。

 止まっていた彼の足が1歩、こちらに動く。

 セシリアが導火線に火を近づけてそれ以上近づくなと警戒するが、それがどうしたとばかりにさらに歩を進めた。

「ここで死ぬならそれまでってことさ」

 気付いた時にはフィアはセシリアの眼と鼻の先に立っていた。

 驚きから声も出せずに戦慄いているセシリアの膝元から爆弾を掴むと、興味深そうに眺めてから部屋の隅へと放る。

「どうして……」

 自分の命が惜しくないのか。暗にそう問いかけるが、フィアにとってはその疑問自体が理解できない。

「馬鹿か? 自分の命が惜しい奴が何十って国に戦争仕掛けに行くわけねぇだろ」


 この作戦は死にたくないと思っている人間にしか効果がない。

 優はどうしたって現代人としての知識や基盤が元になっている。死にたいはずがないし誰かを殺したいと思うこともない。

 平和な現代で生きていれば誰だってそうなるはずだ。

 だから同じ転生者であるフィアも、天狗となり自らの利益の為に誰かを殺すことはしても、最低限自分は死にたくないと思っているはずだと考えていた。

 でもフィアは死ぬことを然程恐れている様子はない。こうなってしまうと状況は一変してしまう。

 

 セシリアが皇国にとってかけがえのない戦力になっていることをフィアは知っている。

 ここでセシリアを捕らえることが出来れば一番いいのだろうが、それが出来ない時の次善の策は殺してしまうことだ。

 セシリアを失えば皇国の戦力や技術力は大幅に減衰するのだから。

 フィアが接近して本当に自爆したならばプラスマイナスゼロ。

 もし自爆しなければ一方的なプラス。

 自分の命さえ担保に出来るなら進むのが最善の策に変わってしまう。

 身体から力が抜けたのか、セシリアがベッドに沈み込む。端から滑り落ちた右腕がだらりと床に投げ出された。

「一緒に帝国まで来てもらおうか」

 抵抗しなくなったセシリアに覆いかぶさるようにフィアが這い寄った、瞬間。

 背中に隠し持っていた小さなナイフがフィアの脇腹に向けて振りぬかれる。

「詰めが甘ぇんだよ」

 だが当然というべきか、フィアの防御魔法がナイフの切っ先を遮ると反動を受けきれなかった小さな手から零れ落ちてしまった。

 腕を取られて抑え込まれてしまえば大人の力に敵うはずもない。


 暴れられては面倒だとベッドの脇から垂れ下がった手も抑えるべくフィアの手が伸びた瞬間、再びそれは起こった。

「無駄だってんだ! いい加減諦め……!」

 けれど、今度フィアに向けられたのはナイフではなかった。いや、刃物でもない、ただの丸い筒状の何か。

 セシリアがこの部屋に転がり込んだ際に念の為想像の補正を使って作り、ベッドの下に隠しておいた道具。

 筒の中には圧縮された黒色火薬と小さい丸い鉄の球が詰め込まれている、ミニチュアサイズの砲台。

 銃と呼ぶには無理がある、中の火薬を魔法を使って着火することで1発だけ打つことの出来る、酷い作りの簡単な鉄砲だった。

 刃物を警戒していたフィアが今使っているのは防御魔法だ。

 魔法の無効化と防御魔法が同時に使えないのは、前の部屋で逃げ出した時に確認済み。

 そして簡単な作りとは言えど、この鉄砲でなら防御魔法は貫ける。

 命中精度は最悪の一言に尽きるが目と鼻の先に居るフィアを外すとは思えなかった。


 確実に逃げるためにはどうしても心臓か、頭か、少なくとも意識を失わせ、場合によっては死に至らしめる急所を狙うしかない。

 それを実行できるだけの冷静さをセシリアは有している。

 向けられた銃口が正確に急所へと定められ、後は中の黒色火薬を発火させるための魔法を発動させればフィアは死ぬだろう。

 ここから逃げ出すこともできるし、帝国の一番の脅威であり戦力であるフィアを一方的に排除できるならとてつもないプラスだ。

 思いつかなかったが水素気球による高高度攻撃という発想もセシリアなら流用することができる。

 フィアが魔法の無効化と防御魔法を切り替えるのにどれくらいの時間がかかるかは分からない。

 だが驚いている今ならば必ず間に合うという確信がセシリアにあった。

 でもセシリアは一つだけ、誰かを自らの手で殺す覚悟だけは十分ではない。

 ここで撃てなければセシリアは帝国に連れて行かれ一方的なマイナスになる。

 そこで吐かされた情報によってどのくらいの人間が作り出された兵器の犠牲になるかなど考えたくもない。

 であればここでたった一人を殺す方が被害はずっと少ないはずだ。

 なけなしの勇気と決意で覚悟を決めたセシリアが発動を念じる為に意識を集中した時。

『撃ってはだめ!』

 どこからか聞き覚えのある声が聞こえて思わず意識が逸れた。

 その間に決めたはずの覚悟が薄らいでしまい、結局魔法を発動することが出来ない。


「私から、離れてください」

 フィアが覆いかぶさってきたのは魔法を無効化できる範囲内にセシリアを収める為だろう。

 鉄砲の発動に魔法が必要だということは気付かれていない。

 一度距離さえ取ってしまえば後はいつでも撃てる状態になるのだから、逃げる手段も増えると考えた結果だ。

 しかしフィアは不敵に笑うばかりで離れようとしないかった。

「数万の海軍を殺しときながら、たった一人は殺せないってか。随分と優しいこった」

 挑発的な物言いだったがセシリアは明らかに動揺して身を硬くする。

「そう怯えるなって。俺からしてみれば気にくわねぇ貴族どもを皆殺しにしてくれてありがたい限りだったぜ? 残された家族はこれからさぞ苦しいだろうねぇ」

 くつくつと、嘲笑う彼の顔には喜色が浮かぶ一方で鉄砲を握っていたセシリアは顔を青くして微かに震えさえ見せ始めた。

 一番痛い部分を突くことで乱れた精神状態では魔法を使うことなどできるはずもない。

 向けられていた鉄砲もフィアによって軽々と押さえつけられる。怯えている歳相応の少女の姿を見て、フィアが満足げに笑った。

「全て殺す必要があったのかね」

 一方的に仕掛けた国が言える言葉ではなかったが、セシリアの心を抉るには十分すぎる程の鋭さだ。

 思わず目を瞑ったセシリアが今度こそ抵抗の意志を失ったのを確認すると、彼の相貌が凶悪に歪む。

 が、その瞳が僅かの間をおいて再び開いた。

 まだ足りなかったかと再び心を折るべくセシリアを見た途端、フィアの眉に皺が寄る。

 瞳には先ほどの自らを責めさいなむ色は完全に消え、不敵に笑みさえ浮かべていたからだ。

『あなたが、それを言うの?』

 発せられた声は酷く落ち着いていて、先ほどまでのセシリアと同じ人物だとは思えない。

 あまりの豹変振りに呆けてしまったフィアに向けて、こえは淡々とした調子で続けた。

『自分の我侭を押し通す為だけに一体何人を絶望に叩き落したの?』

 その一言でフィアが恐ろしいものでも見たかのように目を見開く。

『刺し殺された貴族の娘も、刺し殺した娘も、それ以外にも沢山』

「何故お前がそれを……」

 声は少しだけ震えていた。

『少し眠ってもらうわ。悪夢になるでしょうけど。貴方に"セシリア"を傷つけらるわけにはいかないの』

「はっ……何かと思えば、俺に魔法は効かねぇ。両手も押さえられてるお前に何が出来るってんだ」

 逃がすものかと折れそうなほど細い腕を掴む手に力を入れると、痛みを感じてかセシリアの顔が僅かに歪んだ。

『想像による補正は呪文が分からないから適切な想像によって魔法を補強してるだけだけど、貴方の、魔法を無効化する魔法のように、突き抜ければ"概念"自体に干渉することもできる』

「だからどうした、俺の魔法を破れる訳がねぇ」

『皮肉よね、世界の構造を詳しく知りすぎている彼には概念の干渉が使えないなんて。でも私は彼じゃないの』

「何をごちゃごちゃと」

 セシリアはそう言うと無効化の中に捕らわれているにも関わらず魔法を発動して見せた。

『貴方の魂を少しだけ弄らせてもらうわ』

 淡々とした声はフィアに届いたのだろうか。

 魔法の発動と同時に意識を失ったフィアはセシリアの上へ倒れこんだきり身動き一つしない。

 下敷きになっているセシリアもまた、開いた目を閉じて動かなくなった。

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