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果ての世界で  作者: yuki
第三部 帝国編
38/56

転生者たちの戦い-4-

 船尾の一室で三方向に散った後、隊長は船首に向かって実にのんびりと歩いていた。

 時折すれ違う水夫へ気軽に声などかけると相手は少し悩んだそぶりをみせつつもすぐに返事を返してくる。

 戦艦級の規模になれば艦内の人間は4桁に届く。

 相手の顔をいちいち覚えることなどできるわけもなく、それが誰かなど気にしてはいられない。

 先の水夫も、挨拶をしたということはどこかで知り合ったのかもしれないと記憶を引き出していただけだった。

 不審者なら目立つ真似などしない。彼が足早にならず、堂々と通りを歩いている理由もそこにある。


 目にする水夫の持つ特徴や動きを再現し、船の中腹に訪れるころには小慣れた熟練の水夫としか思えない動きを作り出していた。

 首尾よく船首へと到達した彼は、備え付けられた窓の外の甲板に思いもよらない設備を見つける。

 船を半ばまで掘り返したような穴に何重にも防水加工(コーキング)が詰められた木枠が埋め込まれ、大量の海水と思われる水が半分くらいまで注がれていたからだ。

 船の中に水を取り込むなど常識では考えられない。挙句、そこには先ほど空に浮かんでいた原型と思われる布まで広げられていた。

 紛う事なき水素の精製プラントに他ならないが、隊長はそれを知る由もない。


 生来の気質から異質なものは観察しておきたかったが、今はセシリアに言われている作業をこなすのが先だろうと名残惜しそうにその場から離れ階段に辿りつく。

 何度も折り返し下へ下へと降りるにつれ、じめじめと湿気の籠った空気が肌に纏わりついてきた。

 そこかしこからカビの不快な臭いが立ち込めていて思わず顔をしかめる。

 天井に吊るされたランプの明かりがあっても薄暗さを増していく階段は冥府の底へ続くようにも思われた。

 が、勿論そんなことはない。最後の階段を降りると下級水夫の居室が広がっていた。

 後はこの壁に爆薬を仕掛けて火をつければ目的は達成される。

 眼前に迫る敵艦に集中しているのか、艦内に敵兵が潜り込んでいることなど微塵も考えていないのだろう。

 まして指揮官の居室に行くでもなく、人目の届かない最下層にいるとなればなおさらだ。

 非番なのかサボっているのか、居室にいる数人の水夫も入ってきた隊長を一瞥しただけで不審者だとは考えていない。

 大方、知り合いを探しているか待っているかのどちらかだと適当に当たりをつけるだけだ。

 

(しっかしまぁ、なかなか難しいことを注文されたもんだな)

 屯している水夫の数はそれほど多くないがゼロではない。

 隊長はひげを撫でつけながらどうすればセシリアの要望を満たせるだろうかを思案して、おもむろに魔法を発動させた。

 右手に意識を集中し拳へ圧縮した風をまとわりつかせると、所々水が染みてくるのか腐り始めている床板に向けて鍛え抜かれた腕を振るった。

 脆くなっていた床板が轟音と共に周囲に飛び散り、残っていた水兵が目を丸くして彼の所業を見ている。

「い、いえ、これはサボっていたわけではなく……」

 それでも彼らは隊長が敵だとは思い至らない。

 大方、意地の悪い見回りが水夫に扮して様子を見に来たのだろうと想像するのが精いっぱいだったのだ。

 てっきり騒いで逃げ出すかと思っていた隊長は慌ただしく居住まいを整える彼らに向かって激昂して見せた。

「とっとと行かねぇと死ぬぞ?」

 偉丈夫な体躯と幾つもの戦場を駆け抜けた物が放つ威圧感は相当なものだった。

 それを「さっさと働け、殺すぞ」という意味合いに受け取った水夫は哀れにも蜘蛛の子を散らすように階上へと駆け抜けていく。


 できる限り殺さないこと。これがセシリアのつけた難しい注文だった。

 この旗艦を潰せば敵の戦闘力はなくなる。

 その大部分が生きているとなれば周囲の中ガリオン船は乗組員を助けるか助けないかの選択を強いられる。

 もし助けるならそれでいい。定員を超過した船は戦闘を継続できず帝国に逃げ帰るしかない。

 もし助けないのだとすれば……その時は殲滅するしかないだろう。数の利が逆転した状態でなら負けることはない。

 

 水夫がきちんと離れたのを見届けてから爆弾の設置を行い、言われた通りに導火線を伸ばして先端に火をつけると急ぎ上層へと走る。

 軋む床板を1つ飛ばして何回か折り返してやれやれとばかりに大きく伸びをした。

「流石にあの嬢ちゃんの武器って言っても、ここまでくりゃ大丈夫だろ」

 そういうと服の下に隠し持っていた短剣を一振り取り出して鞘から引き抜く。

 このまま船尾に戻る手筈にはなっているのだが、武器が発動すれば揺れと音が聞こえるとセシリアは言っていた。

 それがまだ聞こえてこないということは設置に戸惑っている可能性もある。

 ならば船首で一暴れして敵を掻き集めてやろうと考えたのだ。勿論、殺さないていどに加減して、である。

 常識的にありえない暴挙にも関わらず、隊長に浮かんでるのは傲岸不遜の笑み。

 同じ足場を踏んで戦うのであれば、それはもう海戦ではない。大好きな平地戦なのだから。

 そう思って歩を進めた、瞬間。

 

 足場が崩れるのではないかという程の凄まじい揺れと轟音が彼の足元から響き渡り、断続的に何かが砕けていく音が近づいてくる。

 正体を確認しようとは思わなかった。いくつもの死線を潜り抜けてきた彼の本能が告げている。

 今この瞬間がまさに死線そのものなのだと。

「あー、そういやなんか言われたなぁ」

 行きがけに爆弾の説明をしたセシリアは、設置して火をつけたらできる限り、それこそ甲板まで急いで逃げろとしきりにまくしたてていた。

 基本的に船は密封構造だ。

 逃げ場のない最下層で巨大な爆発が起きれば、海と繋がる壁を崩す程度では収まらず、逃げ場を求め唯一口を開いている階段に殺到する。

 灼熱の爆風は瞬く間に上へ上へと這い上がり、階段の一部を崩壊させながら隊長へと迫っていた。

 剣は捨てた。今はもうそれどころではない。

「……なんつーか、あのお嬢ちゃんは何をどうしたらこんなもんが出来上がるんだっ!」

 さながらおとぎ話に出てくる火竜の巣から逃げ出す小物のように、彼は全速力で駆けだした。




 ロウェルは自分に割り振られたのが一番近い船尾側最下層だったことに若干の不満を抱きつつも指示をこなそうと階段を下りていた。

 だが時折通り過ぎる水夫からは目を逸らし、人がいないかをいちいち確認して歩く様は酷く不審に映ってしまっている。

 ロウェルなりに慎重にこなそうとする意識の表れではあったが逆効果にしか働いていなかった。

 巡回していた一人の女兵士が彼に声をかけたのも必然といえよう。

「お前、そこで何をしている?」

 背後から飛んできた鋭い声にロウェルは全身を硬直させて振り向いた。

 抜剣はしていないものの指は柄に添えられていて、その気になれば数瞬でロウェルの首を切り落とせる位置だ。

 防御魔法を展開する暇は与えられないだろう。

 

 何か話さねばと頭の中では分かっているのに、恐怖から身体が竦みロウェルは何も話すことが出来ない。

 一向に何も話さないロウェルに、目の前の兵士も眉間を険しくしていく。

 結局自分は何もできないのかという諦めがロウェルの身を焦がした。

 唐突に主であるセシリアの顔が浮かんで、だからこそ歯を食いしばった。

 自分は何のためにここにいるんだ?

 そのことに思い至るなり、身を包んでいた恐怖は波が引くように収まっていた。

 自分よりもずっと小さな少女がこんな世界に立っていたのだとしたら、大の男がこの程度で怯えるわけにはいかない。


「ちょっと、道に迷ってしまいまして」

 ロウェルには目の前の兵士を倒す技量も、逃げ出す技量も備わっていない。

 残された方法なんて一つだけだ。この場をどうにかして乗り切るしかない。

 まずは会話を続けること。疑いはまだ確定じゃない。ならそれを覆せばいい。

 考える事だけは彼にとって唯一といえる得意分野だ。

「その服、伝令兵だな。名前はなんだ」

 ロウェルは兵士の言葉から得られる情報を頭の中に整理して配置していく。

 水夫も身分ごとに制服が違うのかと思って気にしていなかったのだが、この服は兵士ではなく伝令をする役職が身に着けるもののようだ。

「ロウェルです」

 一瞬名前を偽造するべきかと考えたのだが後で素が出て矛盾になっては困るとそのままを告げることにした。

 だが、彼の言葉に兵士は怪訝な顔をする。

「……貴族ではないのか?」

 この世界で姓があるのは貴族だけだ。それを名乗らないという事は貴族ではないと言っていることと同じ意味になる。

「そうですが、それが何か……?」

「魔法を使う伝令兵は貴族が多いからな。……そうか、お前はこの船に乗るのも初めてなのか。平民の出となるとさぞふんぞり返った貴族に辟易しただろうな。どこに行きたいんだ? 私が案内しよう」


 魔術師には貴族が多い。平民の出であるロウェルも学園にいたころはさんざ苦労した。

 兵士はそれが原因で部署での折り合いが上手くいっていないと勘違いしたのだろう。

「いえ、でも悪いですから……場所だけで大丈夫です」

「遠慮する必要はないんだがな。……それで、場所はどこなんだ?」

「えーと、最下層に……」

「最下級の居住区にか? 一体どんな用件があるんだ」

 疑いというよりも純粋な疑問に彩られた声が上がる。

 最下層のフロアの環境は劣悪と言っていい。

 貴族の多い伝令兵はそれよりも数層上層部に居住区が用意されている。わざわざ立ち寄る予定などないのだ。

「人を探してこいとのことでした」

 それに対しロウェルは若干のやるせなさを浮かべて飄々と答えて見せる。

 すると兵士は同情の籠った視線と一緒に慰めの言葉を口にした。

「それは伝令兵の仕事ではないだろうに……。いや、何も言うまい。私も女として騎士に従事していると頭の悪い上司に辟易するからな。おっと、これは秘密だぞ?」

「……はい」

 ロウェルはその言葉に神妙にうなずいてみせると教えてもらった方向へ、今度は堂々と歩いていく。

 兵士はそれを手など振りつつ見守って反対方向へと歩き出した。


「前の海戦の無茶ぶりがこんな所で役に立つとは思いませんでしたよ……」

 教わった階段を降りていけば目当ての最下層へと到着した。

 そこでも水夫が数人屯していたが、ロウェルはもう怯まない。

「伝令です。全員至急甲板まで集まってください。指示は追って与えられます」

 この程度の人数で距離もあるならば魔法でどうにかできるかもしれないが、魔法を使わないでどうにかできるのであればそれがベストだ。

 でまかせでそれっぽく口にした内容だったが、緊急事態とあってか水夫は素直に応じると階段を駆け上っていく。

 一人になったロウェルは爆弾を部屋の隅に隠すと導火線を伸ばし火をつける。

 後は言われた通りに甲板めがけて階段を駆け上り始めた。

 

 

 

 セシリアは不可視の魔法を展開させつつ人目も気にせず一番大胆に廊下を走っていた。

 時々通りかかる兵士が歪んだ視界に首をかしげるものの、働き過ぎかと疑う程度で気にした様子はない。

 セシリアにとって一番の懸念点はロウェルだった。

 彼の方向に敵が集中しない為にも彼より先に爆破してここに人の目を集める必要がある。


 通り過ぎる水夫に目もくれずひたすら走り続ける彼女の前に、ふとロウェルくらいの年齢の少年が通りかかった。

 ぶつからない様に身体を逸らして脇をすり抜ける算段で体勢を低くした、次の瞬間。

 セシリアを包んでいた不可視の魔法が解除された。

 

 セシリアは突然魔法が解除されたことに、少年は突然目の前にあどけない少女が現れたことに驚き足を止めると、どちらとなく視線を交差させた。

 極度の集中と緊張から停滞したようにゆっくりと流れる時間で、二人の顔が驚愕に染まる。

 感じられた無限にも及ぶ一瞬がようやく動き出すと、少年は一つの名を告げた。

「セシリア・ノーティス……!」

 流れる髪は漆黒。肌は皇国よりも幾分浅黒く、少なくとも大陸の人間ではない。

 初対面のはずの少年に名前を呼ばれたセシリアはほんの僅かな思考で相手が誰であるかの可能性に行き着いた。

「……フィア」

 名を呼ばれた少年はその顔を歓喜に塗り替える。

「まさかそっちから乗り込んできてくれるとはな……。歓迎するぜ、転生者サマ」

 彼の物言いにセシリアは身構える。

「やっぱりあの装置は」

「特製に決まってるだろ? けどな、まだ足りねぇんだよ。威力の強化にはどうしたって火薬が必要になってきやがる」

 じり、とフィアがセシリアへとにじり寄る。

「けどお前ならそれを作れるんだよな?」

 セシリアの表情に明らかな動揺が浮かんだ。

 

 身体を反転、廊下を走り近くにあった一室に転がり込む。

 怒号と共にフィアもその後を追いかけてきた。

「おいおい、逃げ場のない船室になんざ逃げ込んでどうす……」

 所詮ガキの考える事かと嘲笑さえ浮かべて部屋に入ったフィアが見たものは、十にも及ぶ圧縮された大気の球体。

 とても子ども一人が、いや、大人でも一瞬で展開することなど出来ない規模の魔法にさしものフィアも驚き固まる。

 彼に向かって球体が戸惑うことなく放たれた。

 フィアの直前で破裂した球体は爆発的な突風を巻き起こしフィアを壁に叩きつけ、その隙に逃げ出す算段。

 だが次の瞬間には信じられないものを見たように目を見開き、セシリアの動きが止まってしまう。

 確実に気絶させるだけの威力を持った魔法が彼の身体に触れるより先に、まるで溶けるように大気へと四散したのだ。


「想像による補正、か」

 フィアの口がセシリアしか知らない筈の原理を口にする。

「俺にも魔力と知識はあんだよ。お前だけが扱えるわけじゃねぇ」

 悠然と構える彼に向かってセシリアは再度、今度は不可視の風の刃を放つ。

 だがそれも、彼に届くことなく空中で霧散した。

「悪ぃけど、俺に魔法は効かねぇんだわ」

 ならば、とセシリアは壁にかかっていた短剣の一つを引きはがし魔力で強化、補正を行い投擲する。

 魔法で作り出したものでなければ彼の持つ何らかの防御を破れるのではないかと思ってだ。

 だが咄嗟に思い付いた方策は酷くありふれた単純な防御魔法によって虚しい音と共に弾かれてしまう。

「物理に対する防御もできるに決まってんだろ」

 魔法と物理に対するほぼ完全な防御魔法。

 一体どういう想像の補正を行えばなし得る物なのか、セシリアに判断はつかなかった。

 

 焦らすようにゆっくりとにじり寄って来るフィアに対して、セシリアは後方に下がるしかない。

 だがここは行き場のない居室だ。出口が抑えられてる今、逃げ場などほとんど残されていなかった。

 廊下では増援を呼ばれる可能性を考慮して室内におびき寄せた行動は、結果的にセシリア自身を追い詰める悪手になっている。

「そんなに怯えるなよ。その知識を提供するってんなら悪いようにはしねぇ」

 歪んだ笑みはどこか狂気染みていて、見ているだけで生理的な嫌悪感が背を伝う。

「絶対に、嫌」

 それでもセシリアは睨みつけるようにフィアを見据えて言い切った。

 同時に下がり続けていたセシリアの背中が遂に壁へと触れる。

 苦虫を噛み潰したようなセシリアの表情を見て、獲物を追い詰めた獣のような残虐な笑みがフィアの口から漏れた。

「それじゃちょっとばかり痛い目を見るかもな」

やっとフィアさんが登場しました。

次回は2人の直接対決になる予定です。


ただ果ての世界の今後をどう動かすかが決まっておらず、

中々先に進めない状況になっています。

ちょっとばかり更新が遅くなりそうです。



暇つぶしになるかは分かりませんが、

少し前から書き始めていた別種のTS物を投下しはじめましたので、

宜しければどうぞっ


今度は意味のあるTSをメインテーマに、現世で魔法使いとなった仲間達のお話になります。

果ての世界で書けなかった日常と微コメディとシリアス物です。

タイトルは現世の魔法使いになります。

http://ncode.syosetu.com/n1219bf/

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