海戦に向けて-1-
翌朝、目覚めたセシリアはベッドの上で丸くなっていた。
体の痛みがまるでないことから、もしかしたら誰かが運んでくれたのかもしれないと考える。
目覚めは到底快適といえる物ではなかった。頭の奥に靄がかかったようで何かを考えることが酷く億劫だ。
それに引きずられるようにして身体もどこか倦怠感を感じている。
心のどこかでそうなっている理由もセシリアには分かっていた。もし今回の相談に全力で乗ればきっと二人はいい顔をしない。
かといってこの問題を放置すれば影響がどの程度に広がるのか分かったものじゃない。
そもそもセシリアには国の危機といわれたところで実感がわかなかった。
若干7歳の少女が国の行く末に頭を悩ませるほうがどうかしているし、馬鹿な政治家が適当にやっても回っていた平和な世界に住んでいた前世の記憶もまた然り。
セシリアからしてみれば突然魔王が降って沸いて来たので倒してくださいと言われたようなものだ。
現実感が伴わない上に、前回の防衛と違って失敗した時に失われる命はセシリアだけでは済まされない。
それこそ数万という途方もない数だ。だからといってただ見ているのは見殺しにするのと何ら変わらない。
あぁだめだ、と自然に声が漏れた。考えに集中できない時点で解答を探し出すことなんて絶対にできるわけがない。
ごろごろと布団の上を転がっていると、ノックの音が響いた。
「セシリア様、起きておられますか?」
ロウェルの声だった。昨日の今日で一体どういう顔をしているのだろうかと少し怖くもあってセシリアの返事が遅れた。
がちゃり、と控えめに扉が開く。そっと覗かれる彼の彼女の目線とは見事なほど重なり合った。
「大丈夫ですか? 珍しくぼうっとしているみたいですが」
彼の言葉になんと答えるべきかと考えて、結局また唸る。その姿を見てロウェルは自然と笑みを見せた。
「セシリア様はどうしたいですか?」
一番大事なのは何をしたいのかをしっかりと決めることだ。
目標が定まっていない状態で動いたとしてもぐだぐだになって結局何にもならない。
それを見つけられないセシリアはロウェルの質問に沈黙しか返すことができなかった。
「気分転換が宜しいかと」
ロウェルの言葉にセシリアは訝しげな視線を向けるが、彼は気にする風もなく続ける。
「狭い室内で考えていても浮かばないことはたくさんあります。外はまだ誕生祭ですから、今日一日くらい遊びに行きましょう。昨日は流れてしまいましたからね」
30分後に集合という言葉を残してロウェルはさっさと部屋を出て行った。
残されたセシリアはどうするべきかと迷いつつも手早く身支度を整える。
転がりまくったせいで長い髪は所々絡まって酷い状態になっていた。それを整えるまでに凡そ20分、気付けばもう殆ど時間がない。
予め運んでもらったトランクを開くと中には大量の着るのに時間がかかりそうな服が入っていてセシリアの口から思わず溜息が漏れた。
その中から昔着た事のある服を1つ選ぶと苦労しつつも着替えていく。
再び時間を見れば約束の30分を丁度過ぎてしまい、慌てた様部屋を飛び出していった。
待ち合わせは城の正門だった。既にロウェルとシスティアは揃っていて走ってきたセシリアに目を丸くしている。
「ロウェル……30分は、短すぎます……」
折角整えた髪も全力疾走のせいで所々跳ねまわっていた。元々走り回る生活をしていた訳ではないセシリアにとって客室から正門までの距離は余りにも遠く、息も絶え絶えといった様子でふらついている。
「す、すみません。あまり待ち合わせなどした事がなくて……。それにしてもセシリア様は時間に正確ですね」
ロウェルは確かに30分後を待ち合わせ時間に指定してはいたが、まさか走ってまで時間を合わせるとは思いもしていなかった。
この世界にも時計はあるし、王都であれば鐘がなるから誰しも今の時間を大体判別できる。
けれど他の農村には時間を知らせる鐘などないし、腕時計など開発されていない。
必然的に太陽の傾きで時間を計るようになり、待ち合わせにしても1時間程度遅れることだってざらだ。そしてそれを誰も気にしない。
しかしセシリアにとって時間の概念は前世の記憶を色濃く受け継いでいた。日本では分刻みで行動することが当たり前で交通機関が数分遅れただけで謝罪のアナウンスが形式的とはいえ流れるくらいだ。
世界的に見ても時間にここまで厳格なのは日本だけで、外国であれば交通機関が数十分送れることなどざらなのだがセシリアがそんな事を知る余地はない。
一度慣れてしまった習慣や概念はゆっくりと時間が流れるこの世界でも全く抜けず、常に時間を守るようにしていた。
「時間を守るのは良い事だけど、もうちょっと身だしなみには気をつけましょうね」
システィアは駆けてきたセシリアをふわりと抱きとめると跳ねていた髪の毛を撫で付ける。
柔らかな手つきと相成ってセシリアは気持ち良さそうに目を細めた。
数分で跳ねていた髪を元に戻す間にセシリアの息も大分落ち着き、頃合を見計らう様に言う。
「昨日の内に情報は仕入れてきました。王都で有名なお店をひとまず回ってみませんか?」
ロウェルの提案に反対する理由なんて勿論誰にもなかった。
「今朝運ばれてきた新鮮な魚の塩焼きだよ! 今の季節は脂の乗りからして違うんだから、この音が聞こえるかい!」
売り子の女性が金網の上に載せられた肴を裏返すと滴り落ちた油の爆ぜるぱちぱちという音が弾けた。
網目状についた焼け跡の一部からは湯気の立つ白い身が顔を覗かせて、風に乗って香ばしい香りが流れてくる。
「魚なんて貧乏くさいモンより見てみろこの肉の柔らかさと脂の乗り! 王都に来てこれを食わない奴は何しにきたか分からないね!」
その隣では全身を筋肉で固めたような厳つい男がその身には小さなエプロンと頭にねじり鉢巻を付けて鉄板の上で串に刺した肉を焼いていた。
自前で作ったソースを何度も丹念に塗りこんでは焼き直し、肉にしっかりと味をつけると共にソースの香りが漂って食欲をそそっている。
二人はお互いを睨むように牽制すると好き勝手に相手の商品を煽りながら大声というより怒声に近い声色でやんややんやと騒いでいた。
それならば店を離せばいいだろうと通行人たちは思ったが意地を張っているのかどちらも引こうとはしない。それどころか逆に騒ぎが広まって人だかりさえできていた。
なんとなしにお客が商品を買えば相手に向けて勝ち誇ったような笑みを漏らす。それが更に熱を生んで今では掛け合いを肴に近くの店のテラスで酒を嗜んでいる客まで出てくる始末だ。
やがて二人は売り上げよりもどちらが客に売れるかを競いだし、散財覚悟の大セールさえ始めている。これもお祭りの熱気がなせる業なのだろう。
二人は王都でそこそこ有名な店を持つ店主兼料理人だとロウェルは言った。
朝一で取れた魚を新鮮なまま調理してくれる料亭"海の幸"の料理人である女性と、大陸全土を渡り歩き美味しい肉を捜し求めた男が経営する飯処"至高の肉"。
店を空けるにはまだ早い朝の時間帯を祭りのシーズンだけ露天として出回っているらしい。
元々彼等の店も王都の大通りの向かいにあるせいで常にライバルとして競争していたらしい。今日のこれも恐らくその一環なのだろう。
ロウェルが早速串焼きの肉と焼き魚を両方買ったところ、二人の店主から酷い顰蹙を買っていた。
近くのベンチに腰を下ろして買ってきた料理を三人でつつく。本来であればあまり行儀がいいとは言えないのだろうが、これも祭りの熱気のせいだろうか。
熱々の魚は塩味が効いているのだが一般的な塩と違って辛くない。海の幸で作られる塩は店主が考案した特別製で、焼き魚に良く合うようにと塩の味が調整されているのだ。
大切なのは魚が本来持ち合わせる、淡白だけれどかみ締めることで溢れてくる様々な旨みだと考えた結果だ。
素材の味を奪わない程度、それこそ桶の水面に花を散らす程度の些細な点に彼女がかけた時間は想像を絶する。
塩とは単体ではどうしたって塩辛いものなのだ。それを抑えるためにありとあらゆる条件で塩を作り続けた。
巷で売る塩を全て検証し、外国産の塩という塩を集めに集め、ぴんと来た塩をあらゆる配合でブレンドした結果に生まれたのがこの塩だった。
それに反旗を翻すような存在がこの串焼きの肉だ。
彼は素材の味は勿論大切だが、それだけではゼロにしか立てないと考えた。
最高級の素材を使ってようやくゼロ。ならば更なる高みに行くにはどうすればいいのだろうか。
塩と胡椒を使った味付けはなるほど、万人受けするくらい手堅い存在だ。だが本当にそれだけで満足していいのだろうか。
良い訳がない。それから彼は気の遠くなるような時間を使って様々な素材から数え切れないほどのソースを作った。
野菜から、魚から、肉から、骨から、薬草から。ありとあらゆる素材を掛け合わせて足りない味を補い続けた結果生まれたのがこのソースだ。
ほんのりと舌を刺激する程度の辛味が食欲を増進させ、肉の味を土台に積み重ねた様な濃厚でいてしつこくない旨みが見事に広がる。
よく脂の乗った肉なのにしつこさはまるでなく、食べ終わった後は不思議とさっぱりしているのだ。
もはやこれを食べれば塩と胡椒なんて原始的な調味料に戻れるはずもない。
ふと周囲を見渡せば人だかりの相乗効果もあってか露天に長い行列ができていた。こうなってしまうと互いに牽制する暇もないのか次から次へと焼いては売るの繰り返しで騒がしかった喧騒も静まっている。
二人にも、それから並ぶ人にも、例外なく笑顔が浮かんでいるのを見てセシリアは自然にふっと微笑んだ。
「さて、次は王都で流行の舞台を見に行きませんか?」
王都では定期的に幾つかの演劇や歌劇が公演されている。その殆どは有名な歴史か、英雄伝が殆どだ。
ロウェルが案内したのはナナリーの星という人気のある児童文学をベースに、少し話を追加した物だった。セシリアに合わせて選択したのは疑いようもない。
歌劇場は見上げるほどの高さのある立派な建物だった。
白い煉瓦を幾重にも積み重ねて造られた城壁にも似た壁面にはあちこちに削りだして描かれた模様が入り、正面玄関は16本もの大理石で作られた柱によって複雑な意匠をちりばめてある高い屋根が支えられている。
丸いバルコニーが幾つか外に向けてせり出していて、役者と思われる数人の男女が劇場へ足を運ぶ観客に向けて笑顔を振りまいていた。
中に入ると床は全面に絨毯が敷き詰められていてふわふわと柔らかい。中央にはカウンターがあり、その後方をぐるりと迂回するように二階への階段が延びていた。
チケットをカウンターで買った後に階段を上がりそれぞれの客席に座るスタイルのようだった。
ロウェルはチケットの中でもそこそこ高額な3階で個室化されているボックス席を買ってくると二人を連れて階段を上がる。
3階へ辿りつくと舞台に向けて丸く突き出しているボックス席に通される。
子供向けの童話が珍しいからか、祭りの期間中だからか、二階のアリーナ席に空きは殆どなく観客のざわめきで色めき立っていた。
やがて公演の時間になると照明が落とされ真っ暗に変わる。そこに魔法によって灯された明るい光が浮かび上がった。
この時代にスポットライトはないが、魔法によって同じような事はできる。
こういった小細工を多用する劇場では魔術師兵として働けるほどの魔力を有してはいないが魔法は使えるといった者を雇い入れているのだ。
舞台袖から薄水色の可愛らしい服を着た小柄な女性が現れると澄んだ陽気な声色で歌い始める。
-空は青くて白い雲が流れる 何もないこんな場所だけど小鳥は囀り森はざわめく-
-見渡す限りの緑の草原に生まれた私はこんな風に呼ばれてるの 騒々しいナナリーって-
物語の主人公であるナナリーはちょっと無鉄砲なところがある陽気な少女だ。
そして彼女はどんな大魔術師でも叶わないくらい凄い魔力を持っている。
例えば病気や怪我でさえも、彼女にかかれば一瞬で直ってしまうくらいに。
勿論それは童話の中だけの話だ。現実には治癒の魔法も、病気を治すといった魔法も存在していないのだから。
彼女はその魔力を使っていっつも面倒事に首を突っ込んでは周囲を散々巻き込んで最後には見事に解決している。
だから誰もが彼女の事を騒々しいナナリーと呼び、でもほんの少し憧れの篭った視線で見るのだ。
そんなある日、彼女の前に傷ついた子狐がよろよろと歩いていた。
可愛そうに思ったナナリーは子狐の傷を一瞬で治してあげるのだ。
子狐は突然軽くなった身体に驚き、ナナリーにお礼を言う。
-ありがとうナナリー これで僕は食べられずに済むよ いつかきっと御礼をするから-
舞台の上では狐に扮した役者がナナリーの手を取ってくるくると回りながら嬉しそうに歌っている。
そこに突然、襤褸切れの様な服装をした狼が現れる。
すると子狐は焦ったように舞台袖へ駆け抜けていった。
後に残ったナナリーと傷一つない身体で駆けていった子狐を見て狼は嘆いた。
-あぁなんてことでしょう 折角捕まえられそうだった子狐に逃げられてしまった これでもう私も子どもも死んでしまう-
流れていた穏やかなBGMが突然物悲しげなものに変わる。続けて狼は歌った。
-体調を崩し狩りに出ることができない私 でも何かを食べなければ生きてはいけない そんな時に通りかかった子狐に私は必死に噛み付いた そして弱った子狐を追いかけたのに ナナリーが子狐を治してしまった-
悲痛な嘆きを聞いてナナリーは可愛そうになり狼とその子どもに、狼の体調が治るまで餌を上げることにする。
一週間の中でナナリーは森の奥深くに棲む狼にせっせと餌を運んでやり、どうにか狼は体調を治したのだ。
-ありがとうナナリー これで私たちはまた狩りに出ることができます-
狼と子供たちは何度も何度もナナリーにお礼を言って事態は解決したかに思えるのだが、今度は森の近くの村人の家畜が狼に襲われてしまう。
体調を回復した狼にとって人の飼う家畜は警戒心も薄く味もよく魅力的な獲物だったからだ。
村人はナナリーに対して怒り狂い、ナナリーは村人の為に家畜を飼っている場所に結界を張って上げた。
しかし今度はその結界が原因で縄張り争いがおき、それを解決すればまた別の問題が起こり、初めは子狐を助けるだけだった彼女の行動がやがては国さえも巻き込むほどの大きな事象に発展していく。
国同士は戦争を始め、もはや事はナナリーだけで収まるような規模ではなくなってしまった。
それでもナナリーは戦争を止めようとして、全ての魔力を使い国の間に大きな大きな渓谷を作った。
互いの国のやりとりが出来なくなってしまった事で戦争は回避されるものの、大きすぎる規模の魔法の代償にナナリーもまた死んでしまう。
そんなナナリーを哀れに思った空に輝く星々はナナリーの魂を星に変える。
そして今も星から人々を見守っているというお話だ。
正直言って殆ど救いのない話ではある。他者を助けようとした少女は結局星になってしまったのだから。
だから劇団では星になったナナリーが時間さえも越えて昔の自分にメッセージを届け、悲しい結末を回避するというお話に変えられていた。
なんとも凄い終わらせ方ではあったが客席は沢山の拍手で溢れている。児童文学に整合性や現実味を求めるのは酷という事くらい誰だって理解していた。
「不思議な話でしたね」
セシリアは考え込むようにして漏らす。
「子ども向けの童話にはよくある話だと思いますよ。セシリア様も会計報告よりこういった童話を嗜われてはいかがですか?」
よく見れば階段の横には様々な童話を置いた販売コーナーがあるようで、小さな子どもが親を引っ張りながらあれやこれやをねだっている。
恐らく年齢的な差はないのだろうけれど、中に入っていくのは精神的に躊躇われるようで苦笑いで場を流す。
劇場の中では然程時間の流れを早く感じなかったが、外に出るともう陽が沈み始める頃合になっていた。
季節的にはもうそろそろ秋の終わりだ。気候は日本より暖かいがそれでも日照時間は日に日に減っていく一方だった。
「セシリア様。あちらの喫茶店でもう少しゆっくりしていきませんか?」
ロウェルはセシリアの手を引いて古めかしい造りの喫茶店へと足を運ぶ。薄暗いランプの光でぼんやりと照らされた室内に人はまばらだった。
誰も彼もが思い思いに本を読んだり会話を楽しんでいるようだが不思議と騒がしくない。
「いらっしゃい」
カウンターの奥では立派な顎鬚を蓄えた50位の壮年の男性がグラスを磨いていた。入ってきたお客に一瞥もくれないのは失礼ではあったが、この喫茶店の雰囲気ではそれが普通であるようにも思える。
奥にあったボックス席へ足を運ぶと丁度奥から給仕の少女が出てきて氷の入ったグラスを3つ並べる。
「紅茶を3つお願いします」
ロウェルが注文を告げると手元の用紙に書き込み、後は無言のまま一礼するとその場を後にした。
「静かな喫茶店として一部の間では有名だそうですよ」
窓は一面ガラス張りのようだが騒々しい表通りの音は一切聞こえてこない。余程分厚いものが使われているのか、魔法がかかっているのか。
セシリアが興味深そうに窓を触るが何かが分かるわけでもなかった。外には沢山の人たちがやはり笑顔で行きかっている。
やがて先ほどの給仕が盆の上に湯気を立てるカップを3つのせ、食器の擦れ合う小さな音を残してまた去っていった。徹底された無音である。
「セシリア様はどうしたいですか?」
それは朝と同じ質問だった。セシリアの頭の中に急速に今王国がどんな状態であるかの情報が浮かび上がる。
知らず知らずのうちにセシリアの思っていた以上に今日という一日を楽しんでいたらしい。
事態を忘れて楽しんでいた事に対する自責か、或いはどうにも出せない答えに窮してかセシリアの形の良い眉が歪んだ。
「やりたいようにやるのがね、きっと一番よ」
そんな微妙な空気を打ち砕いたのは他でもない、システィアだった。驚いたようにセシリアの瞳が見開かれる。
「後悔しても取り返しのつかないことなんて沢山あるの。だから後悔はしないで欲しい。私も後悔しないようにすることに決めたわ」
「時間が必要なら待とうと思いましたが、一番の障害になっているのは私たちですね? 確かにセシリア様に危ないことはして欲しくない。でも後悔もして欲しくないんです。だから、もしセシリア様がまた頑張ると言うのであれば私たちも協力します」
ロウェルもシスティアも望んでいるのはセシリアの幸せで、恐れているのはそれが潰えること。
自分たちが障害になってしまうことも、当然のように望んでなんかいない。
二人の言葉を聴いてセシリアは何度か視線をさまよわせる。そしてその視線が外を歩いている親子連れに止まった。
瞳を輝かせて楽しそうに笑う少年と、穏やかに見つめる母親と、少年に答える父親。この国は今、どこにでも笑顔が溢れていて、それはつまり幸せって事なんじゃないだろうか。
そういえば、とセシリアの頭の中に優としての記憶の断片が再生される。
どうしても解けない問題があったらどうする? とりあえず思いつくままに試してみれば良い。
我ながらマッドサイエンティスト的な考え方だと、ほんのりと自嘲を漏らす。でもきっと、私のやりたいことなんだとセシリアは思った。
「足りないものがあります」
この国の海戦について。敵国について。地形や気候、その他諸々。
「情報を集めます。陛下に会いに行きましょう。色々と聞かなければならないことがありますから」
130の大艦隊との海戦なんて想像もつかない。だからまずはそれを想像できるようにすることが何よりも必要だった。
なんだか久しぶりに心が躍るような高揚感さえセシリアは感じていた。
かつてこんな事を言った人がいる。乗り越える壁が大きければ大きいほど面白い。全く、その通りだとセシリアは思った。




