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果ての世界で  作者: yuki
第二部 商国編
24/56

侵攻-2-

 

「セシリア・ノーティスです。誕生祭の祝福に伺う事ができず申し訳ありません」

「世辞も前置きも要らぬ。ノーティスの娘よ、現状は既に聞いておるか?」

 落ち着いた貫禄のある声が音響装置から響いてきた。

 確かにそんな場合ではないか、とセシリアも気持ちを切り返る。

「伺いました。現在対応策を検討中です」

「それは必要ない。すぐに王都へと向かうんだ」

 有無を言わせぬ口調に思わずセシリアは息を飲んだ。

「しかし、辺境伯としての……」

 どうにか気を持ち直して言葉を紡ぐもすぐにまた打ち消される。

「お主はまだ小さい。役目を果たすのは未来でいい。敵の規模は2000だ。先遣隊であってもその数を騎士を抑えるのは難しいだろう」

 王もまた敵の正体に気付いていた。それにもし相手が十分訓練を行っている王国の騎士の残党であるならば、確かに止めきるのは難しいかもしれない。

「もはやそこで戦う意味はない。すぐに国軍を動かして迎撃体勢に入る。先遣隊にはそこで食い止めてもらう必要があるが……お主が残る必要はない」

 だがセシリアにも譲れない境地があった。逃げ出したくない理由があった。

「一つ、聞きたいことがあります。ここ最近、皇国の国軍がフィーリル周辺を行軍しているとの報告を受けました。何か知りませんか?」

「それは真か? 待て、急ぎ確認してみる。もし遠征か送迎に参加している軍がいるのならば或いは」

 音声通信からは微かに現在の軍の所在地を正確に調査しフィーリル領地内に存在する国軍と連絡を取れという命令が漏れていた。

 でもその言葉だけでセシリアは理解する。これは国軍であるはずがないと。

 先遣隊の指揮権は国軍、国王にある。交代要員の派遣となれば最終決定権が王にあるはずなのに、それを王は知らなかった。

「聞こえるか、現在フィーリルに皇国軍は誰もいない。もし見かけたのであればそれもまた敵である可能性が高い。早くそこから離れるのだ!」

 動じることを許されない筈の王の声に僅かの焦りがにじみ出ていた。

 彼もまた、バレルの死を完全に乗り越えたわけではない。己の浅はかさを呪わなかったわけではない。だからせめてもの手向けとして娘であるセシリアを議会の不評を買ってまで守ろうとした。

 セシリアを辺境伯から下ろすべきという意見は数多かった。普段はいがみ合っているはずの派閥でさえもこればかりは認められぬと強い調子で意見を通してきた。

 それを全て跳ね除けたのは他ならぬ王自身だ。政治は一筋縄ではいかない。たとえ無能であっても大貴族は大貴族。彼等がいなくては回らない部分は出てくる。

 王とはいえ何もかもを独断で決めるわけには行かなかった。時には民にとって不利益になることさえ受け入れねばならぬ時もあった。

 セシリアを辺境伯として置き続けることに手向け以上の意味があるかと問われれば口を噤むしかない。

 なにせ、爵位の継承による競争力の低下、制度や運営の腐敗に最も苦言を呈していたのは彼自身なのだから。

 本来ならばセシリアに爵位を継承するべきではなかった。

 そうすれば力のない者には爵位を継がせないという方針を他の貴族に示すことができたのだから。

 けれど彼はそれを選ばなかった。無能であっても爵位の継承を認めることを他の貴族に示してしまった。

 有能な貴族が王の決定に期待を裏切られた落胆したのは言うまでもない。

 

 国軍でないとすれば、あれは一体何なのかとセシリアは懸命に考えを纏める。

 敵、恐らく国軍の残党であるのは間違いようがない。でも彼等のルートはここノーティアを目指していない。一体なにをしようというのか。

 考えてみれば彼等には矛盾が多すぎる。

 慎重な潜伏をしたかと思えばさしたる隠蔽もなく姿を現す大群。

 皇国の国軍に扮した割りにノーティアには向かわない敵。

 フィーリルに先遣隊が居るのは承知の上だろう。を攻めるならば可能な限り発見されないように近づいて一息に攻め落とすしかない。

 ならば2000での行軍などせずに、ましてや鎧など付けずに軽装で森の中を幾つかに小分けした部隊で進むべきだ。

 集合などいつでもできる。砦の遥か前から姿を現し、さも発見してくださいと言わんばかりに姿を現す必要があるのだろうか。

 不意にセシリアの瞳が開かれた。

 もしかしたら、発見されることが目的だったのでは……?

 

 もう一度よく状況を整理する。

 発見されたことで何が起こった?

 皇国との関係悪化を避けたい商国は兵を集めて討伐に向かった。

 その兵はどこから来た?

 周辺の兵と、重要な拠点だった港から。

 彼女の頭の中で何かが繋がった気がした。

 皇国の国軍はノーティアに行くには遠回りしていた。違う、あれは遠回りじゃなくて初めからノーティアに興味がなかったんだ。

「ロウェル! 国軍を見たっていう手紙の村の位置と時間を元に移動ルートを割り出して! 急いで!」

 突然の叫び声に驚きつつもロウェルは駆け足で部屋を出て書斎に走った。

 纏められた手紙の中から国軍の目撃に関する情報を抽出して地図にピンでとめて行く。

 彼等はフィーリルに入るなり海を目指し北上、しかる後に沿岸部を東に向かって進んでいた。

 浮かび出てきた経路を辿ったロウェルが息を飲む。その延長線上にあるのは……商国の重要拠点である港だった。

「セシリア様! 進軍予測地点には商国にとって重要な拠点である港があります!」

 駆け込んできたロウェルの叫び声は音声通信を辿って国王にも届いたようだ。低い唸り声が微かに伝わる。

「しかし、あの港の兵力は十分のはず。その偽国軍の規模は分からぬが、撃退するのは可能だろう」

「いいえ。今商国はその港の兵力を商国内に現れた2000の軍に向けて進ませています。どの程度の規模を動かしたか分かりませんが、場合によっては……」

 商国にとっては国内に現れた2000の軍を皇国内で暴れさせるわけには行かなかった。例え港の防衛力を著しく損なったとしてもだ。

 それほどまで皇国の存在は商国にとって大きくなっている。

 2000の兵は囮だ。彼等が本当に狙っているのは商国の港の破壊。

 皇国軍に扮した兵が商国の港を襲う様を貿易で訪れている他国に示すこと。

 他国も自国の船を襲われて黙っているわけには行かない。商国には数多くの商船が訪れているが護衛艦が常に付き従っているわけではない。

 そもそも船というのは高額でコストもかかるのだ。民間の商船に護衛をつける国があるはずもなかった。

 それに、たとえ未然に撃退されても構わないのだろう。皇国が他国もろともに攻撃したという光景を作り出される事が問題なのだから。

 最悪、周辺諸国が反皇国で固まった挙句に、商国も勝ち馬に乗って本気で攻めてくる可能性はゼロでない。

 何せ彼等は利益で動く。今はまだ商国が皇国に攻撃したという事実を作り出したくないから全力で兵を動かしているが、港の攻撃が達成された瞬間にどう転がるかは予測不能だ。

 

「すまぬ。王として決めなければならぬことがある。先遣隊は、偽の国軍に向かわせる。フィーリルの防衛は行えぬ。今すぐ放棄して逃げるのだ」

 王も当然のようにその事に気付いていた。セシリアはそれに答えない。

 逃げれば命は助かるだろうが、国軍か商国の討伐軍がぶつかるまでの村々はきっと焼き払われる。

 畑も村も、全てがゼロからの作り直しになる。何よりこの地を、民を守ることもできていない。

「先遣隊はすぐに偽の国軍に向かわせてください。既に位置は把握していますから。私もすぐに準備に入ります」

 セシリアは王に向かってそう告げた。

 調査ギルドに依頼していたのは国軍の追跡調査だ。それも、絶対にばれないようにという条件付で。

 なんとなく怪しいと思って、最悪現在地だけでも把握しておこうと思ってのことだったが功を奏していた。

 王へ調査員との連絡手段を伝えると一瞬驚きつつもよくやってくれたと笑った。同時に急ぐのだぞと忠告もする。それを最後に通信はぷつりと切れた。

「セシリア様……」

「ごめんなさい。ロウェル。私は私のできることをしたいの。この領地の領主として、お父様の約束を守るためにここに残ります」

 言うと思ったとばかりにロウェルは呆れた様に手を額に当てて難しい顔をする。

「ですが……! 敵の数は2000、これはバレル様のときより遥かに多いのです! 確かに火薬という魔法具の威力も、大砲という新兵器の威力も見ました。ですが、やはり数は力です。ましてやこの領地には30人程度の騎士しかいないのですよ!? 今は逃げるべきです。バレル様のためにも王の忠告を聞いてください」

「私にはもう貴族の矜持があるの。辺境伯を受ける時に決めたことだから」

 ロウェルはそれを聞いて、もうセシリアが覚悟を決めてしまっていることに気付いた。あの時のバレルと同じように。幾ら説得をしたところで聞くような性格でないのは、親娘同じということだろう。

 それが微笑ましくもあるが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 ならば、とロウェルはそっと起句を口にする。

―タイルト―

 しかしロウェルの魔法が完成するよりも圧倒的に早く、セシリアは呪文を詠唱していた。

―"対象を選択 風を以って実行する"―

 唱えたのは僅か3句。セシリアの想像による補正によってロウェルの口から発せられていたはずの呪文は音にならなかった。

 呪文の欠点は声に出して詠唱しないと発動しないこと。別の手順による想像の補正を行えば詠唱なくとも発動するが、ロウェルがそれを知る由はない。

 口を魚のようにぱくぱくさせて声が出せないことに気付いたロウェルは一度大きく礼をしてから実力行使とばかりに拳を放つ。

 しかしそれもまた、セシリアの作り出した障壁によって完全に阻まれた。おまけに作られた障壁は普通の術者が使う硬質なそれではなく、殴っても拳を痛めない程度の弾力さえもたせて。

 ロウェルにセシリアを止める術など初めからなかったのだ。

 うな垂れるロウェルに、セシリアは困ったように声をかけた。

「ねぇ。私は別に死にたいわけじゃないから。ちゃんと作戦も考えてあるし、聞いてみるだけ聞いてみてくれませんか?」

 驚いたように顔を上げたロウェルに向かって、セシリアは楽しそうに告げる。

「この作戦は2回の賭けが必要だけど、そのどちらにも勝てれば30人でもこの地を守りきれるわ」

 まるで既に勝利を確信しているかのように。

一人称を試験的に三人称へ変更しました

……三人称難しいorz

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