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果ての世界で  作者: yuki
第二部 商国編
22/56

大砲を撃とう

 幕間 -どこか別の時間、別の場所-

 

 諸君、ついに我々が動く時がきた。

 前回の作戦は死神によって食われたが……しかし奴はもう居ない。

 予想外の増援に苦汁をなめさせられもしたが、それも今日で終わりだ。

 我々は力を得た! 遠き地の神々もまた、我々を救わんと欲している!

 ならばいこう! 栄えある祖国のために、失われた地を取り戻すのだ!

 

 暗闇の中を僅かな蝋燭の炎が頼りげなく揺らぐ広い室内には数え切れないほどの人影が蠢いている。

 男の熱の入った演説にその場にいる誰もがある種の狂気を瞳に宿し同調するように沸き立っていた。

 手元には作戦を説明する為の紙が2枚。

 そのうち一枚には、大きな文字でフィーリルへの侵攻と書かれていたのを、当主であるセシリアは知るはずもない。

「辺境伯様。荷物のお届けにあがりました」

 親方から頼んでいた大砲の製造が終わったとセシリアの元へ連絡があってから七日間が過ぎた。

 荷物が重いせいもあってか、表に停まっている馬車につながれた馬も疲弊の色が滲んでいる。

「ありがとうございます。えっと……この先の砦に運んで欲しいのですが大丈夫ですか?」

 しかもできることなら砦の中にまで。という追加オーダーをセシリアは申し訳なさそうに頼んだ。

 配送ギルドの面々はそれをとんでもないという様にお安い御用ですと請け負う。

 

 馬車は屋敷から少し離れた砦へと進んでいった。ここからは人力で運び込まなければならないが、重量がトンに及ぶ砲身を運ぶのはセシリアによる筋力の増加魔法を使っても苦労している。

 しかも8往復分。砲身5個と砲弾100個分をだ。

 着ていた白のランニングシャツは2往復目で既に染みがつき、8往復目には全身から茹蛸の様に湯気が立ち上っている。

 これはちょっと報酬に色をつけておいたほうがいいだろうと、セシリアはロウェルに目配せしてから運び込まれた砲身の確認を行う事にした。

 ロウェルは承知しましたとばかりに軽く頷くと配送ギルドの人の馬車に同乗して先に屋敷へと向かう。

 

 砦の二階部分に運んでもらった大砲は17ポンド。使う砲弾の直径は凡そ11センチと大砲の中では中の分類だ。

 同時に発射に使うための道具も一式、既に揃えていた。

 砦にあった窓を幾つか取り外し、砲身を乗せてもらった架台にしっかりと固定する。

 黒色火薬を爆破させる際に大砲は反動で動き回るが、それをいかにすばやく制御できるかによって再装填(リロ-ド)の時間が大幅に変わってしまう。

 そこで架台と縄を使って固定したり移動させたりするのだ。タイヤがついている分、砲その物を持ち運ぶよりずっと早い。

 

 光源を作る魔法を砲腔内部に入れて覗き込むが特に歪みは見られない。最深部の上部に点火用の穴が開いている事を確認してから実際に弾を持って装填してみることにする。

 直径11センチと小さく見える弾だがその重量は5.3kg。鉛で作っていたならば7kgは超えていた筈だ。

 担ぎ上げるようにしてどうにか持ち上げるとふらつきながらも装填完了。ごろごろと転がる音とともに最深部まで転がり込むと金属が接触する重厚な音が響いた。

 砲の口径と砲弾の直径にも特に問題は見当たらない。あとは火薬の量を調節する必要があるが、実際に試しつつ最適な量を模索するしかないだろう、と結論付けた。

 そこまで確認すると親方のいい仕事っぷりに満足感を感じながら屋敷へ戻ると、ロウェルが配送ギルドの人たちにお茶を振舞っていた。

「辺境伯様は毎回珍しい物を運ばれますよね。黄色い石とか、大量の木炭とか。今回のあれは一体何なんですか?」

 そう尋ねたのは配送ギルドの中でも一際若い20代前半くらいの青年だ。

 その隣で厳つい顔をした全身筋肉に包まれた40代くらいの屈強な壮年の男性が嗜める様に小突く。人様の荷物を詮索することを好まないらしい。

 セシリアはそれを特に気にした風でもなく答える。

「構わないですよ。あれは武器の一種です。今のフィーリルには防衛力が足りていませんから……新しい装備を配備して備えることにしました」

「へぇ! じゃああれは魔法具か何かになるんですかね? それもこの地域にある通信設備と同じでロウェルさんが作ったんですか?」

「いいえ。あれはセシリア様の発案ですよ。私もまだ詳細を知らないので」

「そういえば、ここに来る間に皇国の軍を見ましたが、それもこのフィーリル防衛のための一環だったんですか?」

 国軍がフィーリル近くに? そんな連絡を受けた覚えはない。ロウェルをちらりと見るが私にも分かりませんとばかりに肩をすくめた。

 別に国軍を見る事自体は珍しくない。演習や訓練という名目で彼らが時々遠征に出かけるのは良くあるからだ。

 けれども領地に踏み込む場合は予め連絡があるのが普通だ。領地内の私兵が勘違いして騒動を起こさないためである。

 いや、そうか。今フィーリルには国軍が常駐している。もしかしたらそちらには連絡が行っているのかもしれない。

 考えても見れば彼らは既に1年以上もここで過ごしているのだ。要員の交代があったとしても不思議ではなかった。

 

 休憩を終えた配送ギルドの人たちがまた馬車に乗り、イシュタールへと戻っていくのを見届けてからノーティアに設営された農村騎士団へと向かった。

 作ってもらった砲のテスト運用をお願いするためだ。

 セシリアは国軍の人にお願いしようかと思いもしたが彼らは彼らで仕事があるので無理にお願いするのも気が引けた。

 それにノーティアの騎士は農村騎士団に勤務する彼らだ。ずっとこの地にいてくれる彼らに先に慣れてもらったほうがいいと判断する。

 農村騎士団の仕事は然程多くはない。警邏に加えて村人の人手が足りなくなった時の応援、馬の世話くらいだろうか。

 以前は収穫の時期に詰め所に行っても誰も居ないことがざらだったが、コンバインが普及してからは暇をもてあますことが多くなったらしい。

 時々は自主的に剣を振るっている姿も見ることができた。

 

「こんにちは」

 ドアを潜れば受付と椅子が小さいながらも用意されていて、その奥には団員たちの為の宿泊施設が続いている。

 受付には眠そうな顔をした新米の騎士が一人いるだけだった。

「セシリア様。本日はどうなされましたか? 買物の警護でしたら自分が付き合いますよ」

 誰も来ない詰め所に行くよりは可愛らしい少女と買物に出たほうが有意義だと思ってのことだろう。確かに最近の詰め所は閑古鳥が鳴いている。

 かといって騎士としては受付で爆睡するわけにも遊んでいるわけにもいかないのだろう。

 馬の世話よりつまらないとして受付の役目は若い騎士に押し付けられていることが多かった。

「今日は別です。今詰め所に手の空いている騎士はどれくらいいますか?」

「え、ええと……10人くらいは居るはずです。野盗の類でも出ましたか」

 にわかに緊張を含んだ声色で聞かれるが、この辺境にそんなものはほとんど出ない。

 ましてや国軍が逗留しているノーティアに出てくるのは余程の命知らずくらいなものだ。

「違いますよ。新しい武器を試して欲しいんです」

「武器、ですか?」

 釈然としない騎士に事情は現地で話すからと説明してからセシリアは居残っていた人を呼び出してもらう。

 人数は彼女の想定よりもずっと多く、14人も残っていた。

 受付にただいま外出中の札を立てかけてから半数を砦へ向かわせ、半数を火薬庫に連れて行く。


 前回のイシュタールで製薬ギルドから9人ほどの人材を雇いうけ今も火薬の調合を行ってもらっているところだ。

 それぞれ3人ずつ、3つの別の工房から人を借りて作業内容を区分させている。

 一つ目は工程を区切って作業を単純化し効率を上げるため。

 二つ目は情報流出に配慮してだ。

 彼らは他の工房の人間が何をしているのかは知らない。業務内容の秘匿もまた契約の一種だからだ。

 信用を柱とするギルドという枠組みは契約違反に極度に気を使うのが常だから信用はできるだろう。

 火薬の技術は独占権をとっていない。強力な力が出回るのはかえってこの地どころか、世界その物を危険に晒すと考えたからだ。

 

 火薬庫は湿気がこもらないように特殊な魔法具が作動している。これもまたロウェルの太陽光を魔力として稼動させていた。

 やっている事は空気の乾燥という些細な事だが術者がいなくても勝手に発動するというのは本当に便利だ。

 その中から個別に袋詰めされた小粒の黒色火薬を取り出すと連れてきた騎士に持ってもらう。

 10袋もあれば十分だろうと判断し、それから火薬が入っている袋よりも二周りほど小さな、何も入っていない火薬袋も30個ほど手に取った。

 それからセシリアはそうそう、と思い出したように部屋の隅に試験管に入れられて安置されている火薬も10瓶ほど手に取る。

 

 砦にたどり着くと先についていた騎士の人たちと分担して2階まで運ぶ。すると騎士たちは見慣れない大砲が置かれていたことに驚いたようだ。

「これが新造の武器ですか? 不思議な形ですね」

 騎士たちにとっては武器といえば剣か弓だ。少なくとも円筒形の金属の武器など見たことも聞いたこともなかった。

「今からこれの使い方を教えますから聞いてください。それから……この武器にはお父様が使っていた複合魔法と同じ技術が使われているの。だから取扱には絶対に気をつけて。お父様の魔法の威力は知っているでしょう? もし扱いを間違えて暴発でもしたら、砦もろとも吹き飛ぶわ」

 セシリアの言葉に砲台を興味深そうに触っていた何人かが慌てたように飛びのく。

 バレルの魔法の一部を使ってると聞けば誰だって同じように恐れるだろう。

「でも威力は高いから、もしもの防衛の時には頼もしい武器になるはずよ」

 飛び退った騎士たちにセシリアは安心するような笑みと共に話した。

 

 まずは準備を進める。大砲は予め作らせておいた架台に乗せられているが、固定をしたのはセシリア弄った1つ目だけだ。

 14人を7人に分担させて指揮を取りつつ大砲を架台に固定する作業を始めさせる。

 初めこそ混乱したものの、騎士たちは農村騎士団だ。伊達に農家の手伝いをし続けてはおらず、その手際は見事なものだった。

 それができたら大砲を移動する為に使う縄の準備にかかる。架台の前方に取り付けられた太い荒縄を砦の壁に備え付けられた輪に通してから大砲の後ろ側まで伸ばす。

 反動で砲門が後退した時に引っ張るのにも、後退し過ぎないように抑えるのにも使う移動用の大縄だ。

 一番怖いのは反動で滑ってきた大砲に足を潰されることだからしっかりと確認する。

 それが終わると砲腔の確認。これは一つ一つ入念に、構造に最も詳しいセシリアがチェックしていった。砲弾を装填してみて引っかかったりしないかどうかも確認する。

 うん、大丈夫だ。特に問題は見つからないと彼女の顔にぱっと花が咲く。

「それじゃ、まずは使い方を説明するわね」

 彼女の声にいよいよとばかりに騎士たちの間に緊張が走った。

 誰だって強力な力にはあこがれるものだ。しかも、あのバレルの複合魔法の一種とくれば興味がないわけがなかった。

 

 この大砲は前装式の単純な構造だ。

 前装式というのは、その名の通り砲の前から火薬や弾を装填して打ち出す大砲のことだ。

 後装式もあるが技術的には難しく、事故も起こりやすいので採用しなかった。

 有名なものにアームストロング砲がある。


「何よりも始めにするのは火口の封鎖。使う時以外は危険なので常に塞いで置いてください」

 セシリアはそう言って砲の最後部についている穴を乾いた布を使って塞いだ。この穴は最後に火薬を点火する時に使われる。

 万が一にも装填作業中に火が入り込まないようにするため常に塞いでおくのだ。

「次はこの粉。火薬と言いますが、これを袋の中に入れるの」

 持って来てもらった火薬袋は纏めて部屋の隅に置かれ、火薬を隔離するように濡れた大きなタオルを垂らしている。

 万が一暴発が起きても絶対に引火だけは避けなくてはならない。この量が爆発すれば木造の砦の2階など綺麗に木っ端微塵だ。

 そこから小さなビーカーを使って、火薬を別に持ってきた小さい火薬袋に入れ巻き付けるように封をする。

 ひとまずは3杯分を掬い取るとこれを元に適切な量を模索する。


「次にこの槊杖(さくじょう)を使って火薬の詰まった袋を砲腔に押し込んで固めて」

 砲の元に戻ると、壁に立てかけてある4つの棒のうち1つを手に取る。

 先端には柄より一回りほど大きな円柱がついていて火薬の袋を押し込めるようになっている。槊杖、或いは込め矢と呼ばれる火薬装填用の器具だ。

 火薬袋を慎重に砲腔内に滑らせるとしっかりと押し込んで最深部で押し固める。


「それが終わったらおくりっていうこの粘土を火薬の上に被せて蓋にする感じで」

 少量の粘土を手にとって平べったくしてから砲に充填された火薬に蓋をするような感じでまた押し固める。

 隙間を柔らかく埋めて火薬の爆発力を出来る限り砲弾へと伝える為のものだ。

「それから……ちょっと手伝ってください。この砲弾を砲腔の中へ入れます」

 持つには重過ぎるそれを近くにいた騎士に持ってもらいそのまま転がすようにして装填する。

「そうしたらまたこのおくりを詰めます」

 先ほどと同じように粘土を砲弾の上に軽く詰める。あまりガチガチにすると引っかかってしまうので本当に軽く包むくらいの感覚でいい。


「準備ができたらこの長い錐を使って火口から火薬袋に穴を開けます」

 長い錐といっても砲弾用だ。その太さは1センチ近くもある。

 これで袋を破り火薬を露出させることで火口に注ぎ込んだ黒色火薬に引火させやすくする。

 一番遠慮したいのは爆発しないで止まってしまった場合だ。


「最後に点火薬と呼ばれるこちらの……先ほど詰めた火薬とは違う方法で作られた火薬を穴に詰めるんです」

 そういって取り出したのは試験管に入った別の黒色火薬だ。こちらは圧搾をしていないので導火線用として緩やかに燃える。

 栓を抜いて火口の穴へ試験管を傾け半分くらいを注ぎ込むと火口の外へ黒色火薬が顔をのぞかせた。これで準備は全て完了だ。

「縄を引っ張ってください! 砲を前に出して砲撃します!」

 先ほどより緊張を含んだセシリアの声に慌てるように騎士四人が2本の縄へと取り付きm言われるがまま力いっぱい引き絞る。すると砲台はゆっくりと前進し、砲身を窓の外へと乗り出した。

「大きな音が出るので耳を塞いで! 縄は後ろの柱に撒きつけて!」

 セシリアはそう言ってから背後にあったもう一つの捩れたY字型になっている棒を手に取る。先端に縄を括り付けると魔法によって火をつけた。赤く色を変えた縄をそっと火口へと近づける。

 刹那、大気と砦が震えた。

 砲が発した爆音に何人かの騎士が驚いて尻餅をつく。

 近くでこれほどの爆音を聞いたことなど、彼らには一度たりともなかったのだ。

 砲撃の反動で下がろうとする砲によって紐は極度に緊張し張り詰め、背後の柱が材木が軋む嫌な音を鳴らした。

 同時に吹き出た白煙によって窓の外の視界はゼロだ。黒色火薬は有煙火薬と呼ばれていて、爆発すると白い煙を撒き散らす。

 敵に居場所が見つかってしまうため戦略的に便利とはいえないが砦内なら問題はない。

「この煙はあまり身体によくないので……できるだけ吸い込まないでください」

 それを言い終わるか終わらない内に発射からややおくれて、再び轟音が響いた。しかし今度は砦の外、遠くからだ。

 白煙を魔法によって晴らしてみれば見渡す限り続いている渓谷の一部が先ほどまでとは大幅に姿を変えていた。

 低い位置からやや斜めに撃った砲弾は渓谷の崖へと突き刺さり一部を大きく崩落、弾はめり込んで岩肌に蜘蛛の巣状の罅を走らせている。

 圧倒的と言っていい。これだけの破壊をもたらすには一体何人で魔法を使う必要があるのだろうか。

 遅れて外を見た騎士たちが先ほどまではなかった崖の一部にぱかりと口を開ける。

「これが……バレル様の複合魔法……」

 騎士たちが抱いた感情は唯一つ、"ありえない"である。魔法は確かに厄介だが対処方法がないわけではないのだ。

 放たれた魔法を確認してから避けることも、或いは魔法自体に剣を合わせて強引に弾くこともできなくはない。

 けれどこの魔法だけは無理だ。どんな手段を持ってしても、あれほどの破壊力を受け止めることも、逃がすこともできまい。

 ましてや避けることなど到底不可能だ。

 

 しかし声さえ上げられない騎士たちの後ろでセシリアは冷静に状況を解析していた。

 ―お父様の複合魔法は、実際のところこれより余程凄い―

 声には出さずに反芻する。

 複合魔法の研究も魔法書には書かれていた。でもセシリアにはその魔法が使えなかった。

 バレルの複合魔法を再現するには風による球体の生成、その内部に海の要素を持つ水、つまり塩水の生成、電気分解を行うための強力な雷撃魔法の使用。この3つを同時に発動し制御しなくてはならない。

 一つ一つであればセシリアにも十分制御できるだろう。でも1つだけでは全く足りないのだ。

 塩水の電気分解によって発生した莫大な水素は、風の結界によって外に出ることができずに封じ込まれる。

 分解が進んだ後に風の結界を解除すれば、発生した莫大な水素は周辺へと一気に拡散し、低出力の火属性魔法によって引火、大爆発を引き起こす。

 ロウェルはセシリアのことをバレル以上の制御能力の持ち主だと言っているが、それは想像の補正によって細かな応用がほぼ制限なく実行できているだけだ。

 原子や分子といった世界を構築する最小単位に関する知識が生前の記憶の分だけ豊富で、何ができて何ができないのか、何と何を合わせるとどうなるのかを他人より僅かに詳しいだけだ。

 こんな複数の魔法を同時に制御するなんて離れ業を、それこそ複雑な計算を3つ同時に演算するような作業は幼いセシリアにできるはずもない。

 いや、バレルが規格外の天才だった。セシリアが追いつくには遠すぎる目標だ。彼女が科学に頼ったのも埋められない才能の差が起因している。

 

「威力は見ての通りです。皆さんにはこの大砲の扱いに慣れて欲しいんです。この地を守るためにも。でもこの力は扱い方を間違えれば自分の身を滅ぼします。絶対に手順だけは守ってください」

 セシリアの言葉に騎士たちは何度も何度もうなずいた。けれど内から湧きあがる興奮を隠せてはいない様子だ。

「それでは次に再充填(リロード)の方法を説明しますね」

 大砲は撃った後に掃除をしなければ暴発してしまう危険性がある。弾をこめるときよりも撃った後の掃除の方が遥かに重要性が高い。

「柱に撒きつけた縄を解いて。それから、架台の後部についている紐を引っ張って砲を砦の中に引きこむの」

 先ほどと同じように何人かの騎士が動き砲を砦の中に格納する。砲身が砦の外に突き出していては掃除ができないからだ。


「今度は砲の中を掃除します。先ほどよりも一番大事な作業で失敗すると命に関わるので絶対に省略しないでくださいね」

 にこりと笑うセシリアの笑顔に、何人かの騎士は頬を引きつらせた。

 壁に立てかけてあった3本目の棒を取り出す。これはらせん棒と呼ばれる、2本の太い針金が螺旋を作るように捻られた掃除用の棒だ。

 砲腔にこれを差し込むと、こびりついたおくりの粘土や塊として残った火薬をこそぎ落とす。

「最後にこちらのスポンジを使って掃除します」

 スポンジは綿を圧縮して作った布を棒の先端に幾重も巻きつけた、さながら超巨大な麺棒だ。太さは砲門と同じ大きさに調節されている。これを水の入ったバケツの中に突っ込んでから砲腔内に突き入れて、こそげ落とした残りかすを綺麗に拭き取るのだ。

 ちなみに砲撃直後の砲腔内はかなり熱されて微細な水分はすぐに蒸発する上に、火薬袋は水を通さない船で使われる防水布と呼ばれる特殊加工したものを使っているから内部が多少湿っているくらいなら問題なく砲撃できる。

「あとは先ほどの火薬袋の装填と同じ手順を踏みます。……そうですね、今回のは射出の威力が足りてなかったみたいなので火薬の量を3杯から3.5杯に増やしましょう。それじゃ始めに、誰からやりましょうか」

 ふふりと悪戯っぽく笑うセシリアに、騎士たちは若干後ずさる。

 けれども一人、また一人と砲台に向かうといわれたとおりの手順で砲撃の準備に入り始めた。彼らとて興味がないわけではないのだ。

 

 砲が立て続けに3門火を噴いた。莫大な力の本流が三度渓谷に叩きつけられ脆弱な岩肌を抉り取り放射線状の罅を走らせる。

 その音に気付いてか、先遣隊の兵の何人かが慌てた様子で駆けつけてきた。

「セシリア様! これは何事です……かっ!?」

 外を見ていた彼女の隣に駆け寄った隊長はそこから外の景色を見て愕然とした。

 ―なんだこれは、なにがどうなっている―

 目の前に広がる光景はとても言葉では言い表すことができない。

 かつて先遣隊として砦を初めて見たときに眼前に広がっていた穴だらけの大地を見たときと同じ感情だ。

 後ろから追いかけてきた彼の部下も窓の外に視線を釘付けにされている隊長に習うように外を見やり、隣の彼と全く同じ反応をしめす。

「あれは一体……」

 どうにか彼が疑問を声に搾り出すまで、たっぷり30秒は必要だった。

「複合魔法を使った武器の実験です。武器と、それから特別な薬品と弾を使いますが、誰にでも、それこそ魔力のないものでも使えます」

 セシリアの言葉を、けれど誰もが信じられないといった様子で聞いていた。

 再び轟音が響いた。白煙が砲から吐き出されて、数秒後に遠くからの破砕音。

 いい場所に入ったようで突き出した岩壁の大部分をもろとも切り崩し、落ちた瓦礫の辺りから砂煙がもうもうと立ち込めている。

 しかし隊長には、今目の前で起こった理不尽なまでの破壊が幻のようにしか思えなかった。

 

 彼は強い。剣士としての腕に加えて魔術師としての高い素質もかねそろえている。放たれる魔法は魔法で相殺し、自身への魔法による強化や相手の足止め、妨害。

 戦場で最も効率のいい魔法を完璧に使いこなし、一人で数十人もの敵兵と渡り合い無傷で生き残った程だ。

 どんな魔法でも、どんな作戦でも、自分なら必ずや打開策を見つけられる。そう思っていたし、実際にそうしてきた。

 その唯一の例外がバレルだ。今までの生涯のうちでただ一人だけ、彼への打開策だけはどうしたって見つからなかった。

 だが、彼は天才であって特別だ。千年、いや、万年に一度の天才でどうしようもない"天災"なのだと思ってきた。

 それがどうだ。この目の前の光景に、破壊力に、彼は全く打開策が見つからなかったのだ。

 ―受け止めることなどできよう筈もない。何よりこちらと武器の射程距離が違いすぎる―

 17ポンド大砲の飛距離は軽く5-6kmを越える。それに対して魔法の射程は術者にもよるが能力の高いものでも精々が1kmだ。

 この差は余りにも大きかった。しかもそれを、魔力のないものでも扱えるという。

「これを、君が作ったのかね……?」

「そうです。と言っても、設計だけで実際に作ってくれたのはイシュタールの工房の親方さんですけど」

 セシリアの言葉に、隊長はもう笑うしかなかった。

 あぁ、そうだった。バレルのような"天災"があの程度で終わるわけがないではないか。

 彼から生まれた娘もまた、埒外の天才で同時に彼以上の"天災"となるのかもしれない。

「まだ量産の目処は立っていないのですが、これでこの砦も少しは守りやすくなると思います」

「はっはっは。お嬢さんが辺境伯を引き継ぐと聞いて心配もしたが、これが歳を取るという事か。全く、子どもというのはいつの時代も信じられないことをするもんだ……。しかし、まだ量産されていないと効いて安心したよ。我々の仕事がなくなってしまいそうだ」

 隊長は豪快に笑いながら、セシリアの頭をわしわしと撫でまわした。

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