午後のひと時
火薬の発明が完了すると急に出来ることがなくなった。
個人で出来ることなんて限られている。道具の開発も、薬品の材料確保も、この領地の防衛も。
領主とはいえ私はまだ子どもで、一番重要な防衛の仕事だって先遣隊に任せっぱなしだ。
彼らは彼らでこの辺境の地で公務で羽を伸ばせると笑っていてくれるが、いつまでも駐留してるわけにはいかない。
王様に辺境伯足ると認められるのを目標にしているのだが、手詰まり気味だった。
当面の目標である防衛力の強化は火薬をいかに有効利用した武器を作れるか、だ。
案としては大砲を考えている。
運動エネルギー弾と呼ばれる、何の変哲もない球状の鉄塊を火薬の爆発力によりすっ飛ばすごく単純な仕組みだ。
単純ではあるが一度空へ打ちあがった弾は重力による加速を得て城壁さえも吹き飛ばす威力を得られる。
本当は内部にも火薬を入れて炸裂弾とするのが一番良いのだが雷管がなければ内部で爆破する機能を作れない。
導火線に火をつけた弾を打ち出す方法もあるけれど、打ち出した時の衝撃によって内部の火薬が暴発する可能性もある。
それを制御できる技術があるかと言われると難しい。
結局できることといえば書斎の椅子の上で机に突っ伏してごろごろする事くらいだった。
「そんなに暇でしたら遊びに行くのもいいと思いますが」
「遊びに……ですか」
冷めてしまった紅茶をロウェルが淹れなおしてくれる。
商国との交流が活発になったことで皇国にも色々な国の商品が流れてきている。この紅茶もその一種らしかった。
お礼を言ってから湯気の立っているティーカップを取ると一口含む。
濃い橙色の澄んだ紅茶は草花のようなふんわりとした優しい香りで苦味も少なく、どことなくニルギリに似ている様な気がした。
一般的にニルギリは個性が弱いお茶として知られているが、様々なアクセントを加えることで同じ茶葉でも違う側面を楽しめる。
勉強や趣味の気分転換にスパイスを入れたりミルクを入れたり果汁を入れたりして楽しんだものだ。
コーヒーのような苦味の強いものは好きでなかったからアッサムやダージリン、ウバといった有名な茶葉よりもキャンディやヌワラエリヤといった種類の方が好みだった。
使用人やお母様も紅茶が好きだったからか、このお屋敷にはちょっとした種類の茶葉が用意されている。
ロウェルは良くこうしてお茶を入れてくれるが何も言わなくとも私の好みを把握しているようだ。
「何か見たい場所や物がありましたら我々が責任を持って同行いたしますよ」
貴族の一人娘というのは立場的に危うい。それでなくとも危険地域の辺境伯ということから、どこかに一人でふらっと行くなどもっての他とさえいわれてしまった。
そんなこんなで今は立派な箱入り娘を満喫させられている。
お屋敷の中というのは思ったよりもやることがない。炊事掃除洗濯等の家事は全て使用人がやってくれているし、自分の部屋には散らかるような物もない。
ある物といえばどこから買ってくるのか、やけにひらひらふりふりした服と実験用の器具と呪文の解読でお世話になった大量の紙束だけ。
一番の暇の原因は武器の製造や製図をしたってすぐに製作にかかれるわけではないことだ。
親方は作ってもらったコンバインと唐箕の調整と今後の量産の為に2、3ヶ月は大忙しだろう。
そうなると大砲の案を見せて意見を聞きつつ材料や製造方法の詳細を詰めていざ製作となるには半年くらいか。
運用するための火薬が出来るのはそのずっと後だ。
その間に屋敷の中でロウェルに淹れて貰った紅茶を飲んでまったりもったりとしていていいのだろうか。
「……外に行くのは止めましょう。家の中のほうが楽です」
「そんな老人のようなことを仰らないでください……」
家の中では比較的に楽な格好をしている。今だって着ているのは殆ど何の飾り気もない、それこそ1枚の布から作られたような簡素なワンピースだ。
腰を絞るために結ばれたリボンがどうにか精一杯のお洒落感を演出している。個人的には必要ないとも思っていたけれど、お母様が盛大な溜息一つを吐き出すと有無を言わせぬ表情でてきぱきと付けられてしまった。
外に行くともなればそれはもう酷く面倒な手順を両手では数え切れないほど踏まなければ着れない服の数々を、嬉々として着せられる事になるだろう。
特に絹、いわゆるシルクの製品は高級ではあるのだろうけれど余り好きにはなれない。
理由? シルクでできたシュミーズを着てみれば良い。あの異様なほど頼りない感触と肌にまとわりつくような何とも表現できない感覚は何度着ても慣れない。
存在感が薄いのか強いのかどっちなんだ。
家で暇を潰す方法がないものか。そんな風にとりとめもなく考えているとふと気になったことがあった。
「ロウェルの話を聞きたいです」
ロウェルはノーティス家の執事長を務めている。落ち着いた物腰と老齢な口調のせいで老人のように思えるが、その外見は10代後半から20代前半ととても若い。
この若さで執事長というのは早々居ないはずだ。
「私の話、ですか。とは言っても中々話せるようなことがあるか……」
「ロウェルとお父様は仲が良かったですよね。一体どこで知り合ったのですか?」
物心ついた頃、というか3歳位のころからロウェルとお父様はよく一緒に熱心に話し込んでいたのを見ている。
始めは執事としてお父様の傍にいるのかと思いもしたが、どちらかといえば旧知の友という雰囲気で心なし羨ましかったりもしたのだ。
「そうですね……。バレル様との出会いは私が魔術学院へ通っていた時ですから……もう10年も前の話になります」
そういって、ロウェルは懐かしそうに昔の事を語り始めてくれた。




