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果ての世界で  作者: yuki
第二部 商国編
15/56

辺境伯の仕事

 広いお屋敷が心地よかった。馬車に気付くなり駆け寄ってきた使用人が笑顔を作るのが痛かった。

 流石にお母様といえども馬車を降りる時に私を抱いたままでは居られない。真っ先に降りてさっと距離をとる。

 そのまま駆けつけた使用人の後ろに怯えるようにして隠れた。

 何かあったのかと私とお母様を交互に見ては目を瞬かせている。

 お母様は一度だけくすりと笑うとどうやら諦めてくれたようだ。

 

 ロウェルに声をかけて真っ先に向かったのはお父様の書斎だ。

 領地内の全ての村に送る手紙の内容を考えなくてはならない。

 しかしよくよく考えてみれば交渉材料にと考えていたコンバインは未だ試験期間中だ。

 となれば焦って協力を取り付けるより先にそちらの様子を見るのが先だろうか。

 急いては事を仕損じるとも言うし。


 ただ当面の防衛に関しては先遣隊が居てくれるけれど、これだっていつまで続くか分からない。

 首都で議論している貴族が辺境伯が居るのだから引き上げろとごねるかも知れないし、私を辺境伯から降ろそうという議論をしていないとも限らない。

(……当面は問題ないと思ってはいるけど……ね)


 貴族は議会を作って王に意見書という形で要望を通そうとしているが、議会だって一枚岩ではない。

 大きな組織になればなるほど派閥争いは大きくなる。

 議会も2つの派閥に分かれていて日々互いを牽制し相手の意見をいかに挫くかに魂を燃やしている。

 出された意見の善し悪しなんて二の次か三の次か……。大事なのは相手を負かすことであって国の利益を上げることではない。

 どうしてこんな組織があるのかに疑問を感じざるを得ないがどこの世界にもそういう輩はそれなりの数が居るらしい。

 彼らにとってはプライド、プライスレス。

 時間が稼げるのであればこちらとしては願ったり叶ったり。


「ロウェル。馬車の中で話した手紙の件ですが、もう少し待つことにします。例のコンバインの調整と量産の計画に目処がついてからの方が交渉につきやすいと思うので」

「そう、ですか……。あの、セシリア様。一つ宜しいですか?」

 珍しくロウェルは少し悩んでからいつもよりも硬い声色で尋ねた。

「駅馬の配備の有効性は分かりました。それに収穫に使う"こんばいん"なる物が普及することによる農民の恩恵も分かります。ですが、何故そこまでして農民の生活に余裕を持たせようとするのですか?」

 考えてもみればまだ詳しい計画を話してはいない。

 硫黄の精製にしたってどうして私があんな事をしたのか教えている余裕がなかったのだ。

 かといって全てを話してしまってもいいものか。火薬を作っているといっても中々イメージは浮かぶまい。


 少しばかり話す内容を頭の中で纏める。いつか話しをした、兵を増やさずに力を強める方法を主軸に添えるか。

「兵を増やさずに力を強める方法について話をしたのは覚えていますか?」

「勿論です。これがその方法とやらに関係あるのですか?」

 後は火薬の事をどう表現するかだが……これは兼ねてから考えていた方法で説明するとしよう。

「お父様の複合魔法を個人でも、それこそ魔法の才能がなくても使う方法があるんです」

 ロウェルは今度こそ信じられないといった表情で固まった。

 なにせこの世界に蔓延っている魔術師の優位性が大きく崩れるような発言なのだから無理もない。

「魔法具を作るんです。使用者の魔力を使わなくても発動できますが1回だけしか使えず、使えばなくなってしまいますが強力な力を持っています」

「そのような魔法具があるのですか……。それもまた、書斎の中の本の知識でしょうか」

「そうです」

 細部に関しては少し違うがこんな物でいいだろう。

「ただその為には幾つか特殊な材料が必要になります。この黄色い鉱石も、駅馬で馬を飼育するのも、農民の方々に新しい仕事をお願いするのも全て材料を調達するための手段なのです」

 それを聞いてロウェルは少し考えるようにしてから言った。

「国防の為とあらば農民の方々も協力してくださると思いますよ。それだけの信頼をバレル様は築かれておいでです。このフィーリルが危険に晒されているのは周知の事実。その為の手段を得るのであれば早い方が良いかと存じますが」


 ……余計な手間をかけさせる事への贖罪として、余計な手間をかけても時間が余るように方法を考えたつもりだったが、言われてみればその通りかもしれない。

 現在このフィーリルの情勢は悪化している。防衛手段は出来るだけ早く完成させるに越したことはない。

 相手を慮って初動が遅れ敵に占領されたのでは元も子もないのだ。

「……ロウェルの言う通りですね。私の案は負担をかけてしまうことになりますが……この地の辺境伯として決断しないといけない問題だったようです」

 この地を守る為ならば汚れ役だってやらなければならない。それもまた貴族の責任か。


「手紙の用意を。全村へ向けて伝令を行います。伝令の内容は……」

 どうしようかと紙を前に考える。

 余り高圧的な態度で書くのもどうかと思ったので出来るだけ丁寧に書くことにした。

 

 まずは必要な材料。これは基本的に肥料と大差ない。

 ヨモギと馬の尿に含まれるアンモニア成分が多めに必要になるが農村騎士団から融通すれば用意は出来るだろう。

 何より殆どの農村がどこにでも生えるヨモギを薬の材料として栽培している事が大きかった。

 ヨモギは止血剤にもなるが、根に硝酸を多く含んでいる。一緒に材料として使うことで効率が飛躍的に上がるのだ。

 

 次に作り方。

 まずは一辺が10mくらい、深さが50cm程度の四角い穴を掘ってもらう。

 土の中に埋め込むような形にすることでバクテリアの数を増やす。

 さらに藁と草木灰に蓬を混ぜたものを10cmくらいの厚さになるよう敷いた上に分解する為のアンモニアを撒く。

 さらにその上に掘った土を被せるようにして土中のバクテリアを補充。

 こうやって有機物と土の層を幾つか作って穴を生め、天気のいい日にはかき混ぜてもらうことでバクテリアの活動に必要な酸素を補充。

 週に1度くらいアンモニア成分を補充させて不足分を補う。

 こうすれば本来であれば2~3年かかる発酵も1年くらいで終わらせられるはずだ。

 この地は日本より暖かく、乾燥しているのも好条件と言って良い。

 本当はこの後に分解された土を色々加工する必要があるのだがそれは来年、完成してからでいいだろう。


 頭の中に思い浮かべた手順を紙に纏めてからロウェルへと手渡す。

「多分こんな感じで、いいのではないでしょうか?」

「私に聞かれましても……」

 元々筆不精だったもので。メールにしても短い返事を送るくらいで長文には親しみがない。

 長い用件なら電話で話したほうがずっと早いと思っていたし。

「分かりました。他に必要な情報はこちらで付け加えて送っておきます」

「ありがとう。ロウェル。私はちょっと村の方に行ってきますね。……ちょっと欲しい物があるので」

 硝石の製造方法はこれで確保できるとして、まずは実物を自分の手で作ってみるべきだろう。

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