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果ての世界で  作者: yuki
第二部 商国編
12/56

硫黄と鉄とそれからお風呂

 翌日、早速とばかりに親方の工房に足を運ぶ。手には昨日手に入れた硫黄の原石を携えていた。

「おはようございます」

 まだ早い時間帯だが既に工房の炉には火が入れられ部屋の中を熱している。

「おう、嬢ちゃんか。どうした? 流石に1日じゃできねぇぞ」

「鉄鉱石や砂鉄から鉄を取り出すように、とある鉱石からとある物質を取り出して欲しいのです」

 そういって硫黄の原石を見せる。けれど彼はそれをみて難しい顔をした。

「そいつか……いやなぁ、大分昔に結晶は綺麗な黄色だってんで宝石として扱えるんじゃないかといわれたこともあるんだ。けど余りにも脆くてな? なにせ人が握っただけで割れちまうし、何かと合わせるかと試されたこともあるんだがすぐに燃えちまう」

 硫黄は鉱物としてみれば温度に弱い。鉱石が溶け出す融点は約115度、燃えて気体に変わってしまう沸点は約445度。

 純度が高いと人が手で握っただけで内側からひび割れる音が聞こえ、いつかの時代ではその音を以って品質の善し悪しとしていた事もあるそうだ。

 当然ながら火で炙れば一瞬で燃えて気体に変わる。しかも燃焼で出来る二酸化硫黄には毒性もある。

 結局誰もが利用を諦めて今ではゴミのように捨てられる不遇の運命に流れたということか。

 魔法が発達しているこの世界では魔法以外の遠距離攻撃という概念が薄い。

 研究にはお金が必要だ。そして貴族の殆どは魔法を扱える。もっと強い魔法を作る研究は日夜行われているが魔法を使わない、例えば弓などの遠距離武器の研究は進んでいないといって良い。


「この原石から黄色い部分だけを採取する方法は知っているんです。でもその為にはちょっと施設が必要で……親方に相談できないかと思ってます」

「ほぅ。しっかし結局は脆いんだろ? 何かに使えるのか?」

「使い道はあるんですけど……秘密です」

 あまり火薬の存在は知られないほうが良い。強力な力になる反面、同じものを敵に回すのは考えたくもない。

 私が火薬を持ちたいのだって万が一の自衛のためだ。積極的に利用しようとは考えていない。言い訳にしても複合魔法という隠れ蓑はあるわけだし。

「そいつも面白いもんなのか?」

 面白いかどうか。うぅん、硫黄は色々な物の原料にもなるから面白いかもしれない。

 そう伝えると、ならいいだろう、と思ったよりも簡単に協力を得られた。

 

 親方に新しく作ってもらったのは硫黄の精製プラント……というには規模が小さいが、硫黄を抽出する為の設備だ。

 これは3つのタンクとそれを繋ぐパイプによって形作られる。

 

 まず1つ目のタンク。これは水を入れるタンクとそれを支える足で出来ていて、足の部分には火をくべて中のお湯を煮沸できるようになっている。

 タンクの上部は発生した水蒸気を集められるように円錐系で頂点がとんがっており、そのとんがった部分にパイプを接続して水蒸気を集める。

 

 2つ目のタンク。これは四角く中は空洞になっていて上部には穴が開いており、引き出しが付いている。硫黄を集めて底に溜める受け皿だ。

 

 3つ目のタンクは2つ目のタンクの上に乗せて使われる。

 扉が付いていてタンクの中ほどに荒い網目の底が4段分敷いてあり硫黄の原石を乗せられるようになっている。

 この硫黄が溶け出し繋がっている2つ目のタンクに落ちる仕組みだ。

 タンクの側面には穴を開けて1つ目のタンクから延びるパイプを接続できるようにする。

 上部にはこれまたパイプが付いていて、曲線を描くパイプは地面近くまで下げられて水蒸気を放出。

 タライでも置いておけば勝手に冷えて水に戻るというわけだ。復水器も必要かと思案したが今回は不要と結論付けた。

 

 硫黄の原石から硫黄を抽出する手段は融点まで過熱して液体にした硫黄を自然に冷まして結晶化させるのが一番早く純度も高くなる。

 かといって沸点の温度も低いので溶かすのに火は使えない。そこで役に立つのが水蒸気だ。

 扱いやすい上に加熱もしやすく、無害で材料である水は幾らでも手に入る。

 この方法で作られる硫黄は純度が凡そ99.4%程度まで上昇する。

 良質の火薬のためには硫黄にしても、もう一つの材料にしても純度が特に大切だ。

 悪い物を使うと起爆しない事だって考えられるし威力も大幅に減衰する。

 元々作ろうとしている火薬は威力が然程高いものではないから材料選びは特に慎重にならざるを得ない。

 といっても、この世界の魔法に比べれば圧倒的すぎる威力にはなると思うけれど。

 

 それからきっかり一週間後、親方は約束通りに頼んだものを作ってくれた。工房の作業員の大部分に死相が浮かんでいる。親方にもはっきりと分かる程の隈が出来ているがテンションだけはこの間よりずっと高い。

 徹夜で仕事を仕上げてくれたのかもしれない。そうまでしてくれる親方に感謝の念が耐えなかった。

「よう嬢ちゃん! ついに完成したぜ。まずは見てくれ」

 作られたのはかなり大型な、それこそ乗用車くらいはありそうな大型の道具だ。車高と出力を上げるために車輪が大型化したせいで全ての機構も引っ張られるように少しずつ大きくなってしまったらしい。

 もはや一人で押せるとは思えないがいざとなれば家畜に引かせる手もあるか。

 予め持ってきておいた小麦の束を試しに巻き込ませてみる。穂は見事に取れて胴体内で打ちのめされた結果思ったよりもきちんとばらけていた。

 これも普通科の小麦が普及したおかげだろう。一粒系はこの実の繋がりが強くて分解するのは一苦労だったらしい。

 一見したところでは特に不備は見つからないが、実際に運用してみなければ分からないことはあるだろう。

「でもこれはちょっと大きすぎますね……どうやって村まで搬入しましょうか」

 一番の問題は想定より大きくなってしまったことだ。軽い馬車ほどもある車体をどうやって運ぶべきか……。

「それなら配送のギルドに任せりゃいい。こいつは分解できるようにしてあってな、現地で組み立てるなら嵩は大分減らせるはずだ。元々車高が高いだけで中身は割とスカスカだしな」

 分解して運ぶか。その発送はなかった。でもこれだけ複雑な機構を組み上げる事が出来るのだろうか。

 それに故障した時の対応も考えなければならない。歯車は特に負荷がかかりやすいから損耗も激しいはずだ。

 すると親方はこちらの思考を読んだかのようにこういった。

「安心しろ、工房員も限界が近いからな。休暇がてら付いていって組み立ててやるよ。それから故障に関しては殆ど心配しなくていい。こいつの各部品には強化の魔法を二重にかけてもらってある。並大抵の衝撃じゃ壊れたりしねぇよ」

 思わず感嘆の溜息が漏れた。そうか、あんまり意識していないけれどこの世界には魔法があるんだ。

 普段存在感がない割りに細かい部分には応用が利くらしい。

 

 そういえば家の書斎にあった魔法書の大部分は戦闘に主眼を置いていたものだった事を思い出す。

 元々お父様が軍に居た頃に集めたものなのかもしれない。日常生活に転用するような使い道は思い浮かばなかった。

 教科書ばかりを見ると教科書どおりにしか動けなくなるというが、自分がそうなってしまうとは。

 

 それから唐箕の機能も確認する。プロペラを回して風を送り込むという簡単な仕掛けのおかげで動作にも問題ないようだ。

 静かなブゥゥンという音とともに筒の反対方向からは結構な風が通り抜けていった。

「そっちも改良点が見つかってな、プロペラ1基じゃ出力に不安があったんで2基仕込んである。修理に関しては強化を施してるから、棒で殴ったくらいじゃ壊れねぇな。一応分解できるようにはなってるから掃除とかはできるぜ」

 筒は側面の内片側だけが外れるようになっている。ここを外すと内部が露になるようだ。

 送風側の機構も同じように側面の片側が外れ内部の歯車とプロペラが露になる。

 予想以上の出来だ。これなら細かくなった実の分別にも十分使える。

 

「あとはこっちだな。頼まれてた鉱石の採取施設だが……ありゃどういった理論なんだ? あんな物で本当に採取できるのか?」

 これに関しても百聞は一見にしかず。実際に見てもらった方が早いだろう。

 設備は屋外に作ったといわれて外へでると珍妙なオブジェクトが3つ、身長よりずっと上に聳え立っている。

 思ったよりも大きく作ってくれたようだ。中を確認すると既に水も入って燃料用の木炭も積み上げられている。

 今日は実験の第一弾だ。親方に設備の追加を依頼してから例のお爺さんへ鉱石の買い付けを頼んだのだ。

 ひとまずはカート一杯分。可能な限り硫黄の原石が付着しているものという条件で。

 カート一杯分がどの程度のものなのかあまり把握していなかったのだが、思ったよりも多いようだ。運び込まれた原石が小山のようにうず高く積み上げられている。


「それじゃ、早速使ってみましょうか。親方、硫黄の原石をこの網の上に積み上げてもらっていいですか?」

「あいよ。お前等も手伝え!」

 一言と一緒に数人の若い男が飛び出てきてバケツリレーよろしく棚の上にみっちりと原石を置いた。

「魔法で点火するのでちょっと離れていてください」

 そういって木炭を幾つかタンクの下に置いて呪文を唱える。強力な火を放つ魔法だが射出はせずにその場で固定した。

 木炭には紙や藁から順に火をつけるのが基本だけれど、魔法一つで着荷できるというのは存外に便利だ。

 ぱちぱちと音を立てて木炭が燃えているのを確認してから固定していた炎を消して後ろに下がる。実はタンクの中の水はあまり多くない。

 入れすぎると硫黄を溶かせる温度まで上がらないからだ。

 10分か20分か、何も排出していなかったパイプの先や鉱石を入れるための引き出しから水蒸気が漏れ始める。同時に溶けた硫黄を溜める容器に雨水が滴るような水音が聞こえ始めた。

 後はこのままタンクの中の水が全て蒸発するまで待てば完了だ。

 

 1時間くらいだろうか。 水蒸気が少なくなったのを見計らってから火を消して暫く冷ましてから引き出しを開ける。

 するとそこには綺麗な黄色に固まった硫黄が大量に詰まっていた。

 この時に不純物が多いと黒色になってしまうのだがこの色なら間違いなく純度は99%を越えている。

 原石を入れた棚を開けるとあれほどついていた黄色い鉱石はどこにもなく、石はそこかしこが穴だらけで無残な姿に変わっている。

「こいつは驚いたな。どういう理由でこうなったんだ」

「この黄色い部分は炎だと燃えてしまうんですが、熱した水蒸気であれば燃えずに溶け出すんです。溶けた硫黄は網目に引っかからないので下へ落ちて貯まります。でも温度が下がればまた固まるのでこうなるんです」

 フラッシュ法と呼ばれる硫黄の採掘方法を少し変えたものだ。

 本当は岩盤に穴を開けてから2重のパイプを差し込んで水蒸気を流し込み、溶け出した硫黄をポンプで回収するのだが、流石に穴を開けるというのは無理がありそうだったので鉱石から取得できるように手法を工夫した。

「今後親方にお願いしたいのは定期的にこの作業をしていただいて、出来た鉱石をフィーリルのノーティアまで送って欲しいんです」

「配送はギルドに任せることになるが、まぁいいだろう。でっけぇオブジェも作っちまったしな。それに嬢ちゃんと居ると驚きが尽きねぇよ。なぁ、その知識は一体どこから仕入れたんだ?」

 あー。やっぱりそういう話題になるか。

 先の道具類は子どもの発想という抜け道があったが、今回に関しては初めから手法を知ってることになる。

 だとするともう一つしかないわけで。

「書斎の本に書いてあったんです」

「聞いた事あるな。親父さんはバレル・ノーティスだったか。この国じゃ有名な名前だからなぁ。なるほど、あの魔法もそれでか」

 親方が得心したように頷くのをみてほっと胸をなでおろした。けれど後ろに控えるロウェルは驚いている。

「セシリア様はあの本が読めたのですか!?」

「おいおい、流石に嬢ちゃんくらいでも本くらいは読めるだろ」

 苦笑するように笑う親方をロウェルは呆れた口調で制する。

「セシリア様が書斎に潜り込むようになったのは3歳からです。いや、もうちょっと前にも時々書斎に紛れ込んでいた気がしますが……とにかく、小さな女の子が読むような本ではありませんよ」

「3歳から……? 親父さんはどんなスパルタ教育をしてやがったんだ」

「バレル様がセシリア様に魔法の手ほどきをするのはもう少し後になってからの予定でした。それを独力で学ばれるとは……」

 その前にも書斎に紛れ込んでいた……?

 ふと違和感を感じた。そんな事をしていただろうか。そもそも何の為に?

 しかし考えが纏まるより先に両肩に誰かの手が載せられ、目の前に見知った顔が近づく。お母様だ。


「セシリア、やっぱり書斎に紛れていたのね」

 書斎に篭っている事は秘密だった。入ってはいけないといわれていたのがその一番の理由だ。

 だからこっそりと入ってはこっそりと抜き出した魔法書をこれまたこっそりと自分の部屋に持ち込んで読んでいた。

 しかし時々窓の外から庭師に見つかったり、書斎を出るところを見つかったりと隠し通せたわけではない。

「あの書斎にはたくさんの本があって、もしそれが落ちてきたら危ないの。だから入っちゃいけないって言ってあったのよ」

 年代物の本棚は詰め込まれた本の重量で幾つかたわんでいる場所があった。地震のないこの国だからこそどうにか体裁を保っているのであって、もし何かの拍子に揺れでもしたらそれこそ大量の本がばさばさと落下しただろう。

「魔法書を読むのは構わないけれど、本をとるときはちゃんと誰かに頼みなさい。いいわね?」

「ごめんなさい。今度からはそうします」

 しゅんと落ち込む。お母様はそれを見るとふっと笑って私を抱きしめた。

「そうね。悪い子には罰が必要だから、今日は一緒にお風呂に入りましょう。最近ずっと入ってくれてないでしょう」

 この世界には入浴という概念がある。元々ヨーロッパにも紀元前には大衆浴場があったし、中世でも入浴の概念は広まっていたのだが教会が入浴は東方から伝来した風習として禁止した経緯がある。

 この世界には教会らしきものがないからそういった衰退する理由がなかったのだろう。さっぱりするし。

 以上、現実逃避。

 記憶を思い出してからというもの、できるだけお父様とお風呂に入っていた。

 そっちの方が落ち着けるからであるのは言うまでもない。

 結婚しているとはいえ淑女が一緒にお風呂に入るという概念はなかったようだ。ありがたい話である。

 けれどお父様が亡くなってしまうことで防波堤は崩れてしまった。それはそれは涙ぐましい努力で一緒の入浴を避けてきたのだが今日という今日は逃がすつもりがないらしい。

「セシリアはお母様が嫌い?」

「そんな事はないです。大好きです!」

「じゃあ一緒に入ってくれるわよね」

「うぅ……」

 それとこれとは話が別といえる雰囲気ではなかった。助けを求めようにも親方とロウェルはまたなにか些細な口論を繰り広げているようだ。

 仲が良いのか悪いのかさっぱり分からない。

「くれるわね?」

 ……どうしてこうなった。

過去には硫黄はフラッシュ法によって作られていましたが、今はもう使われていない技術です。

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