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果ての世界で  作者: yuki
第二部 商国編
11/56

依頼と買物

 ロウェルに案内されたのはイシュタールの中でも一際大きな工房。

 中には熱気が充満していて何もせずとも汗ばんでくる。どうやら入ってすぐから作業場になっているらしく、野太い声がそこかしこから飛んでギルド員が走り回っていた。

 熱気の原因は真っ赤に熱されている炉だろう。離れていても肌を焼き付けるような熱気が襲ってくる。

「親方はいらっしゃいますか? ロウェルが来たと伝えていただければ話は通るはずです」

 近くを歩いていた若者を一人捕まえると慌てたように奥へとすっ飛んでいった。暫く待つと強面の大柄な男性を引き連れて若者が戻ってきた。

「あんたがあの依頼主か?」

 頭髪には白髪が目立って入るものの眼光も雰囲気も鷹のように鋭い。

 一瞬後ずさるが取って食われることもないだろうと思いなおす。

「いえ、正式な依頼はこちらのセシリア様です」

「あぁん? 貴族の年端もいかない娘っ子だ? 何か新しい物を作ると聞いて話だけでも聞いてみるかと思ったが時間の無駄だったか」

 酷い言われ様だ。でも傍から見れば正論にしか聞こえない。

「主に向かってその物言いは容認できませんね」

 おまけに生真面目の塊であるロウェルは早速その瞳に敵愾心を露にしている。

「しらねぇさ。大体貴族だってことを後出しにしてきたのはそっちだろう」

「そ、それは……」

 どうもロウェルは初め名前を出さずに仕事の依頼を出したがギルドに中々取り合ってもらえず後から辺境伯の爵位を出したようだ。

「まぁいい。時間の無駄だ。さっさと話してみろ。俺がきまぐれを起こしたのはお前さんが貴族だと名乗らなかったのもあるからな」

 どこの貴族もまず自分がいかに素晴らしくいかに格式高い存在かを述べるのが通例である。

 名乗らないのはレアケースといっていい。


「では説明させていただきます。……申遅れました。セシリアです。こちらとしては関係が長く続く事を望んでいます」

「それは何を作るかによるな」

 強面の大男が睨みを効かせた視線を目の前で送って来る圧迫面接の様な体で説明は始まった。

 初めに製図を見せて何をする道具でどうやって動くのかを少しずつかいつまんで説明していく。

 特にクランク機構やフライホイールに関しての説明には骨が折れた。


 外装はこの際不格好でも構わない。

 4つの大きな車輪によって車体は普及している小麦の内、小さな穂の握りこぶし3つ分ほど下程度まで浮いている。

 前方は櫛の様に出っ張った小麦の根を誘導する部分と櫛よりも短い、切り飛ばした穂を受ける皿が斜めに付いていて落ちた穂は傾斜によって車体内部に搭載されたこぎ胴、脱穀の為の回転機構に飲み込まれ適度に叩きつけらた後に歯車を使って一定間隔によって開口する収穫容器に格納される。

 車体に取り付けられた車輪は回転する事でクランクとなり、中央部の回転機構を回転させる。

 こちらには車体が止まっても影響を受けないようにフライホイール或いははずみぐるまと呼ばれる、2つの歯車を組み合わせ、土台が回る分には上に取り付けられた歯車も回るが、土台が止まった時にも上に取り付けた歯車は回るように仕掛けを施してある。

 自転車を思い浮かべて欲しい。漕ぐと前に進むが、ある程度速度があれば漕がなくとも惰性で前に進むことができる。それと一緒だ。


 別に作り上げたオプションパーツを接続する事で回転機構に伝わる力を車体の下、地面の少し上に取り付けられる回転刃を高速回転させ最後に藁を伐採することも出来るようにしてある。


 それからもう一つ。出来れば先の道具と機能を合わせたかったのだが今の自分の知識では無理だった為に切り離した唐箕の製図も見せる。

 唐箕は筒の端にプロペラをつけて風を起こす。プロペラは備え付けられた手製のハンドルを回すことで推進力を得て回転する。

 ハンドルを回す速度で風量が変わるものの、慣れればゴミだけを飛ばせる速度もおのずと判明するはずだ。

 こちらに関しては然程難しい機能ではないので説明に時間は掛からなかった。


「うぅむ……」

 親方が神妙に唸る。全体図の製図を見てから細かい製図へと視線を移し、随分と長い間考え込んでいた。

「この図を描いたのは誰だ?」

「えぇと、私ですが」

 もしかして製図の作法が違うのだろうか。考えてみれば選択技術の実習で使ったCADの図法を何も考えずに使ってしまっている。

 親方は偉くドスの効いた声で声で言った。

「冗談だろ?」

「そちらをセシリア様が描かれたのは事実です。それが何か?」

 まだ何か言いたげな親方をロウェルが遮った。お母様が苦笑して嗜めている。

「だとしたらあれだぁな。何代もの間培ってきた俺達の製図技術はそれこそ嬢ちゃんくらいの子どもの落書きだったってことにならぁ。俺達が小さなガキで嬢ちゃんは学者か。ハハッ! 笑えちまう」

 一人ごちに納得したように何度も頷く横で、弟子と思われる若い男性が製図を見て驚嘆を隠せないで居た。

……後悔しても既に遅い。製図技術なんて微塵も考えていなかった。自分で分かっていたではないか。消しゴムがないんだから複雑精緻な製図よりも走り書きによる文字情報が過多になるのは考えれば思いついたはずだ。

「じゃあなんだ? この道具を考案して作り方を考えたのが嬢ちゃんだってのか?」

「なんていうか……そうです」

そう答えるや否や、彼は節くれだった大きな手を額に上げると天を仰いで豪快に笑い出した。何事かと周りの視線が親方へ集まる。

「おいお前ら良く聞け。今やってる仕事は2、3日で徹夜してでも片付けろ。面白い仕事が入った」

 良く通る声が工房に木霊する。それだけで今までは比べ物にならないほど、働き手たちの動きがせわしなくなった。聞こえていた怒号もどちらかといえば悲鳴に近い。

「では受けて頂けるのですね」

「こんな面白いもんを見せられたら流石に黙ってらんねぇからな。他所には持って行かせねぇよ。こいつぁ一生もんの仕事になりそうだ。けどまだ幾つか分からない部品がある。このはずみ車って言うのをもう少し詳しく説明してくれねぇか? どうにもいまいち良く分からないんだ」

 弾み車の原理を説明するのは中々難しい。ラチェットと呼ばれる機構を歯車に適用したものが弾み車になる。

 ラチェットとは正方向の回転では爪に引っかからないが反対側だと爪に引っかかり回転できなくなる仕組みの事を言う。

 この場合、押して回転する方向だと爪に引っかかって歯車を回すが、押していない時でも爪に引っかからないので歯車の回転が止まることはない。

 

 これを言葉で説明するとなると……かなり難しい。それなら実物を見せた方が早いだろう。

「鉄を少し頂けませんか? 量は多くなくていいです」

「いいぜ。おい! 鉄もってこい! バケツ1個、5秒以内だ!」

 近くの若者の背を叩くと火がついたようにすっ飛んでいく。息を切らして戻ってきた彼から無言で受け取るとテーブルの上に音を立てて乗せた。

「ちょっと使わせてもらいますね」

 魔法で物を作る場合、材料となる元素があるとないでは消費する魔力に天と地ほどの差がある。

 何もないところから元素を作る事も出来るけれど、今の私には大きな物なんてとても作れない。

 バケツの中から手ごろな大きさの鉄を2つほど掴んで両手の手のひらの上に乗せる。

 目を閉じて意識を鉄へと集中。同時に呪文によって可能な限りの要素を予め定義しておく。

『対象を指定、鉄を以って姿の改変を行う』

 後は加工する過程と最終的に出来上がる部品のイメージを作り上げていく。

 

 初めに土台の精製を始める。

 作るのは歯車だ。直径は5センチほどもあればいい。

 形状は平歯車。実際に使うわけではないからモジュールと端数は適当で構わない。

 右手に握った鉄を思考の中で想像した形に整形するイメージとともに魔力を流し込んだ。

 身体の中から力が抜けていく。同時に右手に握っていた鉄が想像通りの歯車へと姿を変えている。

 

 次は組み合わせる歯車。こちらは4センチ程度の大きさにしておこう。

 形状も形も先ほど作ったものと同じでサイズだけ縮小させ魔力を流し込んで形成。

 両手に乗せられた鉄はそれぞれ歯車へと生まれかわった。


 再度集中。今度は歯車の中心に開いた穴の周りにラチェットを思い描く。

 言うなれば手裏剣のような曲線と切り込みを合わせた特有の形だ。

 大きい歯車はそれを受けるために少し幅広く凹ませ、小さい歯車はその中で回るように一回り狭めてから組み合わさるように突出させるイメージを。

 魔力を流し込んで形成。流石にちょっと疲れてきて呼吸が荒くなるけれどあともう一手間だ。

 作り出した2つの歯車を机に移してから、もうひとつ新しい鉄をバケツから手に取り今度は両手で包み込むようにして持った。

 

 最後は両方の歯車の中心に開いている同じ大きさの穴に差し込むためのシャフトの形成だ。

 これは直線の棒を1本作るだけなのでさして難しくはない。ちゃっちゃと魔力を流し込んで形成してから作っておいた2つの歯車の穴に通して最後にもう一度だけ集中。

 ぴったり合わせた歯車がずれないように穴のすぐ傍のシャフトを肥大化させ固定する。

 全ての工程が終わるとどっと息を吐いた。これはかなり疲れる。

 

「出来ました……すみません、少し疲れたので座らせて頂きますね」

 呆けている親方に歯車を渡してからテーブルの近くに置かれていた椅子に腰を下ろした。大きく息を吸って荒れた呼吸を整える。

「おい、こりゃ一体どういう事だ……」

「セシリア様、これは一体……」

 親方は歯車と私を交互に見て目を白黒させている。ロウェルもまた同じように見たこともないくらい驚いた表情をしていた。

「あらあら……これはお父様の血かしらね……」

 あまり動じないお母様も若干顔を引きつらせている。何か不味い事でもしたのだろうか。

「えーと……何をそんなに驚いているのか分からないのですが、これが弾み車です」

「そんな事よりだな……あぁ、もうなんでもいい。まともに相手するのが馬鹿らしくなってきやがった」

「セシリア様。その、何をどうしたら鉄の元素を魔法だけで加工できるのですか」

 ……しまった。ついつい当たり前のように使えていたから失念していたけれど、想像による補正はまだ理論化されていないんだっけ。

「そ、それよりもです! こちらで先ほどの説明の代わりになりますか?」

 全力で誤魔化した。ロウェルはまだ聞きたそうな顔をしているけれど親方は既に弾み車に夢中だ。

 大きな歯車を回転させると隣の小さな歯車も同調してくるくると回る。その状態で大きい歯車を親方が指で止めても小さい歯車はまだ回り続けていた。

「面白れぇ。こんなもんどうやって思いつきやがったんだ。その魔法もそうだが嬢ちゃんは何者だ? 少なくとも小さなガキの考えるような発想じゃねぇぞこれは」

「子どもだからこそ思いつく新しい視点というのも、その、ある……と思います」

「そういうもんか……?」

「そういうものです!」

 そういうことにしてもらうしかないもの。

 

「ひとまず大体の構造は分かった。部品に関しても鋳型で作れば複雑な形でもどうにかなる。久々にやる気が出てくるってもんだ。だがこんな発明は早々あるもんじゃねぇ。悪いことはいわねぇから独占権の発行だけはしといた方がいいぜ」

 独占権。聞いたことがある。確かイギリスで活版印刷が発明された事で高価な本が安価で大量に印刷できるようになり著者に許可なく販売されたことから王が著作権に関する法律として制定されたものだったか。

 活版印刷のないこの世界でも存在するのは魔法書に関する利権からだろうか?

「ロウェルは独占権の申請方法について知っていますか?」

「いえ……申し訳御座いません。そういった物とは縁がありませんでしたので……」

「そういやフィーリルから来たんだったか? じゃあ分からねぇのも当然か。いいぜ、なら俺が代わりに出しておくからよ」

「……セシリア様に不利になるような申請をしたらどうなるか分かってますね?」

 ロウェルの瞳がすっと細く変わる。

「そこまで落ちぶれちゃいねぇよ。大体俺がこんなもん思いつくわけねぇだろ」

 二人の相性はどうにも悪いようだ。

 申請をしてくれるというなら渡りに船だ。今は他に調べたいこともある。

「そうだな……一週間だ。一週間で形にしてみせる。だからそれまでここに滞在しちゃくれねぇかな」

「分かりました。しかし一週間で出来るものなのですか? パーツもかなり多いですけど……」

「大丈夫だって。おいお前ら! 大好きな仕事だ! これから一週間は寝る暇なんてどこにもねぇぞ!」

 それは大丈夫とはいわない気がした。

「それからもし分かればでいいのですが、火山で取れる鉱石の中で黄色の石って聞いたことないですか?」

 捜し求めていた最後の条件はこれだ。

「黄色、か。確かあったような気がするが工房では取り扱わんしなぁ……石の買い付けをしてる商人がいるから紹介してやる」

 まさに渡りに船。居場所を聞き出した私たちは陽が落ちるまでの間に早速尋ねてみることにした。


 教えてもらった店には思ったより小さい。中にはいるとカウンターには愛想が良いとは言えないお爺さんが紙相手に格闘していた。

「すみません、ここで鉱石を扱っていると伺ったのですが……」

 老人は私を一瞥するもすぐに視線を紙へと戻し、しゃがれた声で言った。

「ここにゃ貴族のお嬢さんが欲しがる様な宝石の類は売ってないよ」

 火山があるということは宝石も採掘できるのか。微塵も考えもしなかったのは女の子としてどうなんだ。

 まさか私が工業用の石ころに興味があるとは思えないのだろう。

「石を探しています。黄色い石で大きさのまちまちな粒状の鉱石がびっしりついてるような形だと思うのですが」

 そう告げると少し驚いたような表情で顔を上げた。その瞳には微かではあるもののこちらに興味を示したような色が浮かんでいた。

「あるね」

 彼の一言に心が躍った。今まで過ごして殆ど確信を得ていたが、この世界の物理法則や自然体系、物質は驚くほど地球に似ている。

 そう思って火山で硫黄が取れないだろうかと考えてここまで来たのだ。

「その石を欲しがる人はたくさんいますか?」

 後は値段の問題だ。もしこの世界に火薬が普及しているのなら硫黄の値段は跳ね上がるが、それはないと思っていた。

 しかし硫黄には使い道が多い。肥料にもなれば医療品にもなるからどこで使われているか見当が付かない。

「ありゃ売り物じゃないよ」

 どういう事だろうか。どこかの貴族が独占しているのなら非常にまずい。

「色付きの石ではあるけど宝石として使えないからね、掘るついでに溢れちゃいるけど誰も欲しがらないから捨てられてるんだよ」

 ……マジか。それは宝の山をポイ捨てするような行為と等しいのだが。

「一つ相談があります。もしその石を回収して販売してもらうとしたなら、幾らでしていただけますか?」

「量と運び先によるね。どのくらいの期間でどれくらいの量が欲しいんだい? それから確かにそんな石はあるけど全部が全部黄色ってわけじゃない。こっちで砕いて選別したりするならそれだけ追加料金がかかるよ」

 てきぱきと条件を口にすると新しい紙を一枚取り出した。

「運ぶ場所は……そうですね。少し考えさせてください。それから、今すぐ注文というわけには行かなくて……。実際に取引をするのはもう少し先の話になります。まずはこれらの材料を収納できる倉庫も作らないといけませんし。運んでいただく量は月に1度で選別は必要ありません。量はちょっと必要ですけど」

 硫黄の自然原石をフィーリルまで運ぶのはロスが大きい。含まれている硫黄だけを運ぶ方が効率はいいだろう。だとすればこの地に製造できる設備を作るか誰かに頼むしかない。

 真っ先に思い浮かんだのは親方だ。一度相談してみる必要があるだろう。

「正気かい? 屑石とはいえど石を運ぶのには人手がかかる。選別をしないとしても月1で量を運ぶなら安い買物じゃないよ。お嬢ちゃんのする買物とはいえないね」

「フィーリルの辺境伯であれば支えきれますか?」

 その言葉に今度こそ目の前のお爺さんの目が見開かれた。

「……最近小さな娘に爵位が与えられたって聞いたけど、ありゃ本当かい……。分かったよ。その気になったらまたきな。どうせ山のように捨ててある石だ。誰もほしがりゃしないだろうさ」

「できれば一つだけで良いんです。今譲っていただけないでしょうか」

「今はないねぇ……分かった。若いのに鉱石を運ばせてるから一つだけ持ち帰らせるよ。宿の名前を教えておくれ」


 宿に戻ってからはうきうきした気分で硫黄が届けられるのを待ち続けた。

 陽が殆ど姿を消した頃だろうか、待ち焦がれた鉱石が渡される。かつてネットで見た画像と殆ど同じ物だった。

 試しに窓を開けてから砕いた一部分を燃やしてみると懐かしい刺激臭がする。

 やはりこれは硫黄で間違いないようだ。みたところ単純硫黄で純度も高そうだ。

 硫黄成分の分離は必要だろうがそちらについては既に案を考えている。

 つまりこれで火薬を作るだけの材料は全て揃ったことになる。

硫黄は便利ですよね

肥料にもなれば薬にも薬品の材料にもなります

火山さえあれば簡単に手に入るのもいいところ

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