鍛冶屋の領地
「お母様」
部屋に入るとぼんやりと肖像画を眺めているお母様の姿が見えた。
描かれているのは生まれたばかりの私を抱くお母様とその隣に立つお父様だ。
写真がまだ開発されていない時代では絵によってその姿が残される。
「セシリア、無理はしてない? 王都か、それとももっと静かな場所で暮らしてもいいのよ。お父様の後を継げば辛い事もたくさんあるわ」
そう微笑むけれど笑顔はどこか翳っていた。
国王がフィーリルの辺境伯を継ぐことに許可を出した理由には、王都で暮らせば貴族の視線に傷つけられる事もあるだろうと思いやってくださった部分がある。
生まれが貴族ではないと言うだけで王都で貴族として生きていくのには苦痛が伴うのは僅か数日の内にしっかりと心に刻み込まれた。
こればかりはどうすることもできない不文律のようなものなのだろう。
彼らは怖いのだ。己の能力という奪うことの出来ないものが評価されてしまうのが。
裏を返せば、なんら特別な力がない事を一番良く理解しているのは彼ら自身ということでもある。どう取り繕っても自分だけは騙せないのだから。
皇国と商国は現在も協議の真っ最中で難航しているという連絡があった。
商国の貴族が暴走したことは判明したが既に自殺したらしい。
賠償においてもフィーリルの領地へ侵入するより先に討伐を行ったという建前から主張に温度差が感じられる。
商国からしてみれば、砦の破損と魔術師一名の死亡のみで事を終えたのは僥倖だったと考えているからだ。
事情を知らなければ無理はない。
複合魔法の使い手であるお父様は皇国内で大きな価値を持っていたのだが、軍事上の理由で他国には存在を伏せられている。
となるとお父様がどう特別な魔術師だったのか、価値がどれほどだったのかを証明できない。
犯人の貴族が自殺したというのもどこかおかしい。
自殺する理由はなんだ? 自責の念から? 領土拡大を目論んだ貴族にしては潔すぎる。
まだ商国か本当の首謀者が口封じに殺したといわれた方が納得できる。
後者ならまだいい。でももし前者、商国が殺したのならば。
今は不確定要素が多すぎる。お父様との約束を果たす為にも準備をしておくに越した事はない。
「私は……まだお父様のあとを継ぎたいと思っています。お母様は反対ですか?」
「いいえ。セシリアがそう決めたのなら私は賛成するわ。この地の領主はセシリアなんだから……それに、本当はほっとしたの。王都で暮らすのは少し辛いから……。私もまだバレルと離れたくないもの。でも、無理はしないで頂戴。セシリアはまだ6歳なんだから」
まだ6歳だから。どうして後10年くらい早く生まれてこなかったのだろうか。
結局一番の障害はこの一言に濃縮されている。
「ありがとうございます。あの、お母様。これからの方針で幾つか試したい事があるんです」
「あらあら何かしらね」
初めての娘の仕事におどけたように笑って見せた。
「ごめんなさい。お母様。私はもう6歳という枠組みを超えたいのです」
ロウェルを待たせてる書斎へと向かう中、ぽつりと聞こえないよう漏らした。
この世界に高水準な製紙技術が発達していて助かった。
もとより魔法を紙に書き伝達する必要があったおかげで需要は高かったのだろう。早い段階から製紙技術は改革を初め、既に紙質は荒くはあるが現代日本の物に近い。
ペンについては使用者の魔力でインクを作り続ける半永久的な魔法具が作られていた。
魔法具についても興味深い。
呪文を記録・加工し触媒に結びつけ創造した物質を魔法具という。
このペンで言えば"インクを作る"という呪文が篭められていて、使用者が呪文を知らなくとも魔力の供給をするだけで発動する事ができる。
物に呪文を記録・加工する術は知らないが、魔法具ギルドが開発したものらしい。
世の中に魔法具は色々溢れていて、貴族の家には必ずといっていいほどあるそうだ。
今後の方針は二人の前で説明した。
駅馬についての理解は早かったものの、手製のコンバインについては今ひとつ理解が追いついていないようだ。
魔法を使わずに台車を押すだけで刈取と脱穀が済ませられるというのは信じられないといった具合だ。
それについてはまず試作一号作ってどこかの村に使ってもらい、反応や改良の余地を探すべきだ。
となると、気負いなく物を言ってくれそうなのはリースの居るルーカスだろう。
「ロウェルは鍛冶ギルドへ仕事の依頼をお願い。出来るだけ腕が良くて全く新しい物を作ることに抵抗がない人を探して欲しいの。名前を使うのは気が進まないけど……必要なら辺境伯の名前を使ってもいいわ」
「畏まりました。2、3日中には返答を頂きます」
「私は製図に入ります。お母様、出来るだけ細い紐はありますか? それから、真っ直ぐな木の板が欲しいです」
「分かったわ。それにしても凄いわね。6歳の子ってこんな物なのかしら」
ちょっと小首を傾げるだけであまり深くは考えていないようだ。
……私が初めての子どもで本当に良かった。もし次に生まれてくる子どもがいるなら不憫で仕方がないが。
人生は逆境の連続だから頑張ってくださいとしかいいようがない。
製図作業は困難を極めた。CADを持ってこいと叫びたくなったのはもう何度目だろうか。
一度書いた図形を消せないというのが一番堪える。ちょっと間違えただけで今までの努力がパー。
何枚も書き直して床に失敗の紙が溜まり始めた頃ようやく設計図が組みあがる。
長かった……。でもこれから、今度は細かな部品の設計図を書かなければならない。
結局全ての製図が書き終わったのはロウェルが条件に合う鍛冶屋を見つけてからさらに3日後となってしまった。
「それが、腕は随一という事で知られていますが偏屈な性格で面白けりゃ作ってやるという事で……」
ロウェルが探し出した優良物件には条件が付けられていた。
鍛冶ギルドの中では古参に当たる職人で、今はもう槌を手に取らず弟子を育てているらしい。
両極端な性格の持ち主で例え王国からの依頼でも気分が乗らなければ作らないという徹底振りだ。
若干の不安を抱えつつも話をするだけしてみてダメなら他を当たるしかあるまい。
ようやく書き終わった製図を丸めて鞄に入れてから馬車に乗る。
どうせなら駅馬制度の実験も兼ねて途中通る村で馬の交換をする予定だ。
本来ならイシュタールへ向かうまでの日程は良い馬に全力で引かせても5日は掛かるらしい。
途中にある村は6つ。直線状で結べるわけではないから、イシュタールまでの道程を4つに分割して一番近かった4つの村に焦点を絞る。
二頭仕立ての馬車は農村騎士団で使われている優秀な軍馬だ。
わくわくしながらの旅は3時間で戸惑いに、半日で疲弊に、翌日には憂鬱に、イシュタールへ付く頃には陰鬱に変わった。
全力で飛ばした甲斐もあって5日の日程は3日に短縮されたものの、サスペンションの欠片もない馬車はダイレクトに振動が伝わり跳ねて打った回数は思い出したくもない。
体重が軽いせいで同行しているお母様やロウェルよりもぽんぽんと体が浮くのだ。浮いた分だけ叩きつけられる衝撃も大きい。
帰る時はもっと速度を落そうと心に誓った。
「腰が痛いです……」
「3日間の急行でしたからね……。無茶をしたとはいえ馬の交換でこれほどまで差が出るとは思いませんでした」
背筋を伸ばすのも億劫な私と違い、お母様やロノウェは疲れた顔を見せつつもしゃきっと立っている。
「セシリア様も慣れて衝撃を逃がせるようになればもう少し楽になりますよ」
決めた、この馬車だっていつか改造してやると。
イシュタールは火山と鉱山の町というだけあって金属が目立っている。看板や道具の一部は鉄で作られていて厳しい雰囲気を放っていた。
鉄を打ち鳴らす甲高い音が町の活気の中に混じって浮き足立ってくる。
「凄いですね……」
フィーリルの首都ノーティアはどちらかといえば村だ。農村に大きな屋敷が1件立っているだけという表現が一番しっくりくる。
唯一1件ずつある酒場くらいしか、領地内の村との違いがないとさえ言われている。
イシュタールの町には田園風景などどこにも見えず、見渡せば山、岩、鉄、森がそれぞれの方角に広がっていた。
どうやらフィーリルにも続いている渓谷には鉱床があるらしい。
家々は木製の家の中にちらほらと煉瓦造りも混じっている。この領地の科学力は他の領地より進んでいるようだ。
「セシリア様、どうされますか? お疲れなら本日は休んでまた明日に出向いても良いと思いますが」
確かに疲れてはいるけれど半日も無駄にしたくはない。早ければ早いほどいいだろう。
「分かりました。では向かいましょうか」




