そして、それは愛となって
何も保証の無い世界へと足を踏み入れてしまう少女と、彼女と分かり合えなかった少年との切ない物語です。
「飛び下りって、落ちる途中で気を失っちゃうから痛みを感じないんだって」
――数週間前、教室で誰かがそう言った。
この高校の屋上は、高く頑丈なフェンスに囲まれている。それを乗り越え、飛び下りる……
ほとんど不可能に近く、有り得ない話だった。
――ある授業の時間
「誰かの携帯鳴ってない?」
「ハッピーバースデーの歌じゃん?」
「寿人、おめぇの携帯だよ」
「オレ?」
オレはきょとんとした。
「授業中は電源切っとけ」
先生から冷ややかに注意を受け
「早く止めろよ〜」
クラスの奴は苦笑いしていた。
「悪ィ……」
オレは携帯を探し、まずは学ランのポケットの中を
(あれ!?)
――見付からない。
次にバックの中
(あった!)
――やっと見付かり、ディスプレイを見るとグリーティングの文字が……
(何だこれ?)
オレは首を傾げ、とりあえず電源を切った。
「ごめんね……」
「?」
休み時間になると同じクラスの未空という女子がオレに謝って来た。
「何が?」
「さっきグリーティング来たでしょ?」
「ああ、来たけど?」
「あれ、あたしが送ったの……」
と小さく、か細い声で未空は言った。
「そうなんだ……」
とオレは特に何のリアクションもしなかった。
「授業中に鳴らしちゃってごめん。夜の10時と朝の10時を間違えて設定しちゃったの……本当ごめんッ!」
未空は手を合わせ、申し訳なさそうに言った。
「はは……いいよ。別に」
とオレは愛想笑いをし
「……?」
そういえば今日は自分の誕生日だった――ということに気付く。自分の誕生日なんて全く気にも止めていなかった。
数日後、何てメッセージ入れたんだろう?そう思ったオレは自習の時間中、何気なくあのグリーティングを見ることにした。すると……
「誰だよ?」
またあのメロディが鳴ってしまった。
「!?……」
バイブ設定にしたはずなのに……?とオレは焦った。
「また寿人かよ」
「お前、何回誕生日来んだよ?」
クラスみんなからの注目を浴び、オレはすごく恥ずかしかった。
「寿人」
休み時間、未空がこっそりと声を掛けて来た。
「あのグリーティングの着メロ、メッセージ見る時毎回着メロ鳴るから」
「ああ……」
オレは低い声でそう返事した。
オレと未空は、特別に仲が良いわけではない。
オレは『未空』、未空は『寿人』と下の名前で親し気に呼ぶが
オレは未空に興味が無い
――それが事実で
未空はそうでは無い
――それが真実だった。
同じ年の夏――。
「?」
授業中、未空からメールが来た。
『次の休み時間、屋上に行かない?』
オレは返信した。
『何で?』
未空からのメールを受信。
『話があるから』
オレが返信。
『分かった』
そして休み時間。オレは屋上へ向かった。
「気持ちぃね。屋上って?〜」
屋上で両腕を広げ、未空は伸びをした。
白地に黒のセーラーの襟が風で煽られ揺らめく。
「寿人」
「ん?」
オレは寝不足気味だったので顔を空に向け、欠伸した。
「ここから落ちたら凄い?」
「は?」
未空の台詞に驚いたオレが振り向くと
「……?」
フェンスの向こうに
――未空はいた。
「何してんだよ……?」
「ここから落ちたら凄いと思わない?」
未空は笑っていた。
「何でそんなとこ居んだよ……!?」
「大きな声出さないで――」
未空は真っ直ぐな瞳でそう言った。
「……!」
オレは焦って辺りを見渡す。
「!?」
するとフェンスの一部にぽっかりと空いた穴が見付かった。金網が錆びて、すっかり脆くなっている。
「……」
そこへ行き下を見ると、そこから見える下の風景に吸い込まれそうになる。目眩を感じ、オレはすっかり足がすくんでしまった。
「……くそっ!」
身体はガタガタ震え、もはや冷静な判断もできなかった。
「寿人」
「何だよ?」
「聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?」
「うん……」
「何だよ?」
未空はとても穏やかな笑顔をしていたが、オレの眼はその時多分、血走っていたと思う。
「もっと後ろに下がって」
「何で?」
「下がったら言う」
オレは二、三歩後ろに下がった。
「下がったぞ?」
「下を向いて」
オレは下を向いた。
「向いたぞ?」
「じゃあ言うね」
「……」
そうしている間、オレは苛つき息が荒くなる。
「あたしのこと、どう思ってるか……」
「?」
「そこで言って?」
「……?」
オレは顔を上げようとした。
「下を向いたまま!……――答えて」
オレは仕方なくまた下を向く。
「言って?」
優しく未空が問い掛ける。
「……」
オレの脈拍はどんどん上がって行った。
そして、オレは……
「好きだ――!」
そう叫んだ。――目をぎゅっと閉じ。(だから死なないでくれ)と願って
「……」
静かだった。その時も、涼しげに風が吹き――ゆっくりとオレは顔を上げる。
「――」
屋上の周りを囲む高いフェンスの向こうに
――水色の空が見えた。
「何で……?何でだよ――!?」
オレは絶望した。
「オレは……“好きだ”って言ったのに……」
あの言葉は偽りだった
はずなのに
今更……
消えた未空が愛しい
そして、それが恋愛感情へと変わったことに気付く……。
余韻が残ると感じて頂ければと本望でございます。感想など是非、よろしくお願いします。