魔王城にようこそ!
「――おめでとうございます、勇者ユカリ様! 見事、魔王を討ち果たされましたな!」
王宮の大広間に、盛大な拍手と歓声が響く。
絨毯の上を歩く私の足取りは、ぶっちゃけめちゃくちゃ重かった。
私、三鈴ユカリ。約一年前までは日本のごく普通の女子高生だった。それがどういうわけか、ある日突然まばゆい光に包まれ、この異世界「グラン・ロワイアル」に召喚されてしまったのだ。
理由は使い古されたテンプレそのもの。「魔王を倒して世界を救ってほしい」というものだった。
当時の私は嘆き悲しんだし、拒絶もした。けれど、国お抱えの魔術師たちは神妙な顔でこう言ったのだ。
『魔王の呪いが世界を覆っている現状では、送還の術式が起動しません。しかし、魔王を倒し、世界に平和が戻れば、あなたを元の世界へお戻しすることを約束しましょう』
その言葉だけを信じて、私は必死に戦った。
慣れない剣を振り回し、傷つき血を流し、ついに魔王城にたどり着き、魔王を倒した。すべては、日本にいる家族のもとへ帰るため。大好きなコンビニのスイーツを食べ、スマホで動画を楽しみ、友達と馬鹿な話をして笑い合う、そんな当たり前の日常を取り戻すためだけに、私は命を懸けたのだ
「・・・で、約束通り、私を日本に戻す準備はできてるんでしょうね?」
私が尋ねると、大広間の空気が一瞬で凍りついた。玉座に座る国王の脇から、私を召喚した老魔術師が、申し訳なさそうな(しかしどこか白々しい)顔で一歩前に出た。老魔術師はわざとらしい咳払いをし、揉み手をしながら口を開く。
「いやはや、勇者様。実は、誠に、大変、遺憾ながら、我々は古い文献を解析し、最善を尽くしたのですが、魔王を倒したところで、一度開かれた次元の門を逆流させる方法は・・・存在しないことが判明したのです」
「は?」
「つまり、その・・・大変申し上げにくいのですが、元の世界に戻る方法はありません。これからはぜひ、魔王の脅威がなくなった我が国で、第二の人生を謳歌していただきたく――」
カチン、と頭の中で何かが弾ける音がした。
全身の血が逆流するような怒りが沸き起こる。
「・・・うそつき」
「は、はい?」
「うそつきーーーーーーっ!!!」
私の怒声が王宮を震わせる。
ふざけるな。こっちは命がけで「四天王の中でも最弱」と言い合っている連中を張り倒し、死んだ魚のような目をした魔王をぶちのめしてきたんだ。戻れないなら最初からそう言え! 騙して都合よく世界を救わせといて、はいそうですかって納得できるか!
「落ち着いてくれ、ユカリ」
私の肩に、優しく手が置かれた。
振り返ると、そこにいたのは魔王討伐を共にした旅の仲間たちだった。
金髪碧眼、いかにも「王子様」を絵に描いたような美形――アンドリュー王子。彼は私の手をそっと握り、爽やかな笑みを浮かべた。
「国に戻れないのは同情するよ。でも、絶望することはない。僕と結婚して、この国を共にもっとよくしていこう。勇者の君となら、うまくやっていけると思うんだ」
・・・いや、お前、旅の間中、戦闘では立っているだけで一ミリも役に立たなかったじゃん。見栄えだけは良いから看板としては機能してたけど、魔王戦のときも後ろで震えてただけじゃん。誰がそんな一緒に戦ってくれない相手と結婚するか。
「ユカリさん、そんな男の誘いに乗ってはいけません」
次に口を開いたのは、ミルクティー色の髪に空色の目をした聖女、シャーロットだった。彼女は祈るように胸の前で手を組む。
「傷ついた心を癒やすには、神への祈りが一番です。わたくしと一緒に神殿に行って、共に祈りを捧げましょう。勇者の祈りは、きっと世界をより良い方向へ導いてくれますわ」
優秀な治癒術の使い手だけど、高位貴族出身で壊滅的に生活力がない女、シャーロット。旅の間もずっと面倒をみてあげてた。お人形さんみたいに可愛いシャーロットをお世話するのは楽しいけれど、宗教なんて、興味ないのよね。日本に帰れるわけじゃないし。
「それなら、アタシのところに来ないかしら?」
赤っぽい茶髪に紫色の目の魔女、エリザが楽しそうに微笑む。
「魔術学校で、アタシと一緒に魔術の神髄を研究しましょう。勇者の持つ特異な魔力とアタシのたぐいまれなる魔術の知識が融合すれば、魔術業界に革命を起こせるわ」
エリザは旅の間、料理はかなりおいしかったけれど、魔術要員としては、やたらと呪文が長すぎて実戦ではいまいち使えなかった。魔物だって、呪文が終わるのをおとなしく待ってはくれない。魔術学校か・・・賢者の石とか、秘密の部屋とか、見てみたい気はする。けれど、魔術を使えない私が魔術学校に行ってもなぁ・・・きっと実験動物にしかならないよ。
「・・・おい」
最後に、黒髪に緑色の目をした無愛想な剣士、ハドソンが、腕を組んだまま低く呟いた。
「そんな軟弱な場所は、お前には似合わない。俺と一緒に辺境へ行こう。魔王はいなくなったが、まだ各地に魔王軍の残党が残っている。辺境ではまだ勇者の力が必要とされている」
ハドソンは盾役としては優秀で、何度も私の盾になってくれた信頼できる人だ。しかし、彼は戦いの中でしか生きていけない男。せっかく魔王退治が終わったのに、なんでまた泥にまみれて残党狩りなんて物騒なことをしなきゃいけないのよ。私は戦闘狂じゃない。
私は繋がれていたアンドリューの手を乱暴に振り払い、全員を睨みつけた。
「どいつもこいつも・・・ うそつきの言うことなんて、絶対に聞かないんだから!」
「あ、コラ、ユカリ!?」
「どこへ行くのですか!?」
仲間の制止の声を背に、私は王宮の大広間を飛び出した。
これ以上、自分たちを騙した人間たちの国にいてたまるか。
じゃあ、私はこれからどこへ行けばいいの?
私の行く当てなんて・・・
** ** ** ** **
ゴゴゴゴ・・・と不気味な雷雲が年中渦巻く、黒い岩山の上にそびえ立つ魔王城。
私たちが血みどろの決戦を繰り広げたその場所に、私は一人で戻ってきた。
コツ、コツ、と荒れ果てた謁見の間を歩く。
中央には、私が聖剣でぶち抜いた魔王の玉座が、半分に割れて転がっていた。床には埃が積もり、蜘蛛の巣が張り巡らされ、壁の松明は青白い炎を揺らめかせている。
「うーん・・・」
私は腕を組んで、ぐるりと周囲を見渡した。
「ちょっと古いし、全体的に悪趣味で暗いけど・・・頑丈だし、敷地は広いし、部屋数もめちゃくちゃある。――うん、雰囲気があって、結構いい物件じゃない?」
よく考えたら、私には行く当てもなければ、日本円も使えない。だけど、この主をなくした魔王城ならタダで住める。実質、私の戦利品みたいなものだ。
「誰かいるー? 生き残りは出てきなさい!」
私が大声で叫ぶと、物陰からヒエッという短い悲鳴がいくつか上がった。
ビクビクしながら姿を現したのは、魔王を失って完全に戦意を喪失した、行き場のない魔物たちだった。
頭に一本角の生えた、小柄なオーク。
コウモリの羽を生やした、気弱そうなインプ。
骨だけなのにカタカタと震えているスケルトン。
そして、執事のような服を着た、老いた羊頭の悪魔。
彼らは私を見るなり、床に平伏してガタガタと震え出した。
「ひ、ひえぇぇ! 勇者様! どうか命だけは、命だけはお助けを・・・!」
「魔王様がいない我々は、もう人間に仇なす気などございません! どうか、どうか!」
羊頭の悪魔が涙ながらに訴える。
なるほど。魔王という絶対的なボスを失って、彼らは完全に行き詰まっているわけだ。人間側からは「残党」として討伐対象にされるし、かと言って帰れる場所があるわけでもない。要するに、彼らは一斉に「失業」してしまったのだ。
「ふーん・・・ねえ、あなたたち。これから行く当てはあるの?」
「い、いえ・・・人間に見つかれば即座に殺される身。この城の地下で、ひっそりと飢え死ぬのを待つばかりでございます・・・」
私は不敵に笑った。
迷える失業者たちと、家を手に入れたものの手が足りない私。
これって、完璧なウィンウィンの関係が築けるんじゃない?
「よし、決めた。あなたたち、今日から私の部下になりなさい」
「へ?」
「命は取らない。その代わり、私の言う通りに働いてもらうわ。ブラック企業並みにこき使ってあげるから覚悟しなさい。まずは・・・そうね、このおどろおどろしい城を、ガラリと模様替えするわよ!」
「も、模様替え、でございますか・・・?」
ぽかんとする魔物たちに、私は幼いころ家族旅行で行った某テーマパークの記憶を呼び起こしながら、人差し指を突きつけた。
「そう! 目指すは、某有名テーマパークのような、 ダークファンタジーの雰囲気を残しつつ、最高にゴージャスで、ワクワクして、至高のホスピタリティを提供する夢の空間よ! さあ、サボってたらお仕置きだからね! 動いた動いた!」
こうして、元勇者による、魔王城の大リフォーム計画が幕を開けた。
*** *** *** *** ***
「おい、そこ! スケルトン部隊! 骨が折れるとか甘えたこと言ってないで、隅々まで雑巾がけしなさい! 埃一つ残ってたら、豚骨の代わりに煮込んでやるんだから!」
『カタカタカタ!?(それは困る!)』
「インプ! その青白い不気味な松明は全部撤去! 代わりに、魔力で温かみのあるオレンジ色の光を放つ魔法石を配置して! 間接照明を意識するのよ、間接照明を!」
「は、はいなっ! すぐやります親分!」
「オーク! あなたたちは力仕事よ。正面ロビーの中央に巨大なクリスタルの噴水を作りなさい。水流には微量の回復魔法を混ぜて、マイナスイオンと癒やし空間を演出するの!」
「オ、オーク(了解)!」
私は現場監督として、魔王城の中を右往左往しながら指示を飛ばした。
最初は怯えていた魔物たちだったが、私が「働いた分だけ、美味しいご飯(エリザから拝借したレシピをベースにした私の手料理)を三食支給する」と約束すると、目の色を変えて働き始めた。
何しろ、彼らは元々体力だけは人一倍(魔物一倍?)あるのだ。適材適所で役割を与えると、驚くべき効率で作業が進んでいく。
羊頭の老悪魔――名前はマルバスというらしい――は、元々魔王城の総務や財政を管理していたらしく、めちゃくちゃ有能だった。
「ユカリ様、城の地下倉庫から、先代の魔王様が溜め込んでいた金銀財宝や、高級なシルクの反物、最高級のドワーフ製家具が大量に見つかりました。これらを使えば、客室の設えは王宮以上のものになりましょう」
「素晴らしいわマルバス! さすが元魔王軍の幹部ね。それじゃあ、そのシルクを使って、最高に寝心地の良いベッドカバーとカーテンを作って。あと、アメニティグッズとして、魔王城特製の『スライム印のぷるぷる高級石鹸』を開発しましょう」
「御意にございます。スライムたちを集め、品質改良を行わせましょう」
リフォームは急速に進んだ。
不気味だった黒い岩肌の壁は、シックなダークグレーの石造りへと磨き上げられ、アクセントとして金色の装飾が施された。
殺風景だった正面ロビーは、広々としたグランドロビーへと生まれ変わり、中央の噴水からは心地よい水の音が響いている。
迷路のようだった地下室は壁を取り払って、広大な厨房と、魔王城の地下深くから湧き出る魔力を帯びた温泉を利用した大浴場「スパ・リゾート・大魔境」へと大改造された。
スタッフの育成も怠らない。
デュラハン(首なし騎士)は、その威風堂々とした立ち姿を活かして、エントランスのドアマンに任命。首を小脇に抱えて「ようこそお越しくださいました」と一礼するスタイルは、ちょっとしたホラーアトラクションのようでスリル満点だ。
ワーウルフ(人狼)たちは、持ち前の俊敏さと嗅覚を活かして、客室の清掃およびベッドメイキング担当。彼らがモフモフの毛並みでシーツを整える姿は、もはやただの可愛いワンちゃんである。
「よしよし、みんな良い感じね!」
一ヶ月が経つ頃には、かつての血生臭い魔王城はどこにもなかった。
そこにあったのは、格式高く、どこか神秘的で、最高に贅沢な時間を過ごせそうな、異世界初の超高級リゾートホテル――『ホテル・ニュー・魔王城』だった。
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「ふう、ついに完成したわね・・・」
私は、ピカピカに磨き上げられたフロントカウンターの奥に立ち、満足感に浸っていた。
衣装も、日本のホテルのフロント係が着るような、シックな黒のスーツ風に着替えている。髪も綺麗にまとめ、完璧な「おもてなし」の態勢だ。
ロビーでは、ベルボーイの格好をしたインプたちが、お客様の荷物を運ぶ練習をしている。
ドアマンのデュラハンも、入り口で完璧な敬礼のポーズを取っている。
「ユカリ様、すべてのご準備が整いました。しかし・・・」
マルバスが少し不安そうに耳を垂らした。
「本当に、人間のお客様が来てくださるのでしょうか? ここはつい最近まで、人類の敵である魔王の居城だった場所。恐れをなして、誰も近づかないのでは・・・」
「ふふん、甘いわねマルバス。人間っていうのはね、あ、いや、この世界の貴族や金持ちっていうのはね、『元・魔王城』っていう圧倒的なブランド価値と、そこでしか味わえない『極上の贅沢』があれば、喜んで大金を払ってやってくる生き物なのよ」
私はすでに、近隣の商業都市や冒険者ギルドに、特製のチラシをバラ撒いておいた。
【人類の勝利を記念して――元魔王城、最高級リゾートホテルとしてグランドオープン! 勇者ユカリがプロデュースする、一生に一度の至高の体験をあなたに】
宣伝効果は抜群のはずだ。
それに、もし人間が来なくても、世界中の高位の魔物や、物好きなエルフ、ドワーフの富豪だってターゲットになる。
「さあ、記念すべき最初のお客様は、一体誰かしら?」
私がワクワクしながら待っていると、突然、ホテルの重厚なエントランスの扉が、勢いよく左右に開け放たれた。
ジャラン、と美しいベルの音が響く。
「・・・ここが、あの不気味だった魔王城だって!? 信じられない、何だこの洗練された空間は・・・!」
「うわあ・・・! 空気がとっても澄んでいて、お肌に良さそうなマイナスイオンを感じます!」
「ちょっと、あの壁の魔力回路の配置、信じられないくらい合理的だわ。誰が設計したの!?」
「・・・ふん、警戒を怠るな。魔物の罠かもしれない」
入ってきたのは、見覚えがありすぎる四人組だった。
金髪碧眼のきらびやかな衣装を纏った男――アンドリュー。
ミルクティー色の髪を揺らし、深呼吸をする女――シャーロット。
赤っぽい茶髪で、キラキラした目で壁の魔法照明を凝視する女――エリザ。
そして、黒髪に鋭い緑の目を光らせ、剣の柄に手をかけた男――ハドソン。
まさかの、元・旅の仲間たちだった。
「あら」
私はカウンターに両手を突き、満面の笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ、『ホテル・ニュー・魔王城』へようこそ!」
「ユ、ユカリ!?」「君、本当にここにいたのか!?」
四人が一斉に目を見開く。
「探したんだぞ! 王宮を出て行ったきり連絡がつかないと思ったら、まさか魔王城に立てこもっているなんて・・・って、なんだこの格好は!? 魔王城は一体どうなってしまったんだ!?」
アンドリューが混乱した様子で叫ぶ。
「見ての通り、ここはホテルよ。私はここの総支配人よ。あなたたちが私を騙して国に縛り付けようとするから、嫌気がさして自分で起業しちゃった。ここは私のお城よ」
「き、起業・・・? ホテル・・・?」
シャーロットが首を傾げる。
「そんなことよりユカリ、あなた、魔物たちを従えているの!? あそこにいるの、デュラハンやインプじゃない!」
エリザが鋭く指摘する。
「ええ、彼らは私の優秀なスタッフよ。みんな、人間を襲うより、ここで働いてご褒美をもらう方が楽しいって言ってるわ。というわけで、あなたたち、今日はどういったご用件? もし冷やかしなら、うちの優秀なセキュリティ(元・魔王軍近衛騎士のゴーレム)に叩き出してもらうけど?」
私がパチンと指を鳴らすと、ロビーの影から、体長三メートルを超える巨大なストーンゴーレムが姿を現した。しかも、そのゴーレムは可愛い赤色のリボンを首に巻いている。ギャップ萌えを狙った演出だ。
ハドソンが思わず剣を引き抜こうとしたが、ゴーレムの威圧感に圧倒され、動きを止めた。
「ま、待ってくれ、ユカリ! 僕たちは戦いに来たんじゃない!」
アンドリューが慌てて両手を挙げた。
「君が心配で、連れ戻しに来たんだ。・・・いや、最初はそうだったんだけど、街で君が配ったというチラシを見て、どうしても気になって・・・」
「わたくしもです! 『極上のスパと、至高の癒やし』ってチラシに書いてあって・・・神殿の硬いベッドと違って、ここでは天国のような眠りが体験できるって!」
シャーロットが目を輝かせている。
「アタシは、魔王城の地下に眠る古代の魔法植物を使った、最高級の料理が食べられるって聞いて、研究者として、あと美食家として見過ごせなくて来たのよ」
エリザが目をらんらんと輝かせながら言う。
「・・・俺は、お前が魔物に囲まれて危機に瀕しているなら、助け出さねばと思っただけだ。だが・・・どうやらその必要はなさそうだな」
ハドソンは少しバツが悪そうに剣を鞘に収めた。
私はフッと不敵な笑みを漏らした。
なんだかんだ言って、みんな私を心配して(あるいはチラシの魅力に釣られて)ここまでやってきてくれたのだ。うそつきな国の上層部は許せないけれど、この四人に関しては、旅の間中、文句を言いながらも一緒に戦った仲間である。
それに、彼らは現役の王子、筆頭聖女、上級魔女、一流の剣士だ。
彼らがこのホテルの「最初のお客様」として宿泊し、その素晴らしさを世間に口コミで広めてくれれば・・・これ以上ない宣伝になる。
「いいわ。うそつき王国の関係者はお断りにしたいところだけど・・・お客様は神様だもんね。ただし、元仲間だからって割引は一切なし。正規の宿泊料金をきっちりいただくわよ?」
「もちろんだ! 金ならいくらでもある!」
アンドリューが財布をパッと叩く。
「よし、交渉成立ね」
私はフロントの宿泊台帳を広げ、羽ペンを執った。
「それでは、最初のお客様方。チェックインの手続きをお願いします。当ホテル自慢の、最上階のスイートルーム『魔王の間』をご用意いたします。窓からは、綺麗に浄化された美しい雲海が一望できますよ」
マルバスが恭しく一礼し、インプたちが彼らの荷物を受け取るために駆け寄る。
最初はビクついていた四人も、インプたちの洗練されたお辞儀と、ロビーのあまりの心地よさに、すぐに表情を緩ませた。
「さあ、案内してちょうだい。アタシの探求心を満足させてくれる部屋を期待しているわ」
「お風呂! まずはお風呂に行きたいです、ユカリさん!」
賑やかにロビーを進んでいくお客様たちの背中を見送りながら、私は満足感で胸をいっぱいにした。
日本には戻れなかった。それは本当に悔しいし、許せない。いつか、うそつき魔術師たちには盛大な嫌がらせをしてやるつもりだ。
けれど、絶望して泣き寝入りするなんて、私の辞書にはない。
異世界で騙されたなら、その異世界で一番楽しい場所を自分で作って、誰よりも幸せに、贅沢に生きてやる。
私はエントランスの天窓の向こう、広大な異世界の空を見上げた。
これから、世界中のVIPがこの城に押し寄せることになるだろう。魔物たちの雇用も守れるし、私の懐も大金で潤う。最高のセカンドライフの始まりだ。
私は受付カウンターにそっと手を置き、まだ見ぬ次のお客様を待ちわびながら、楽しげに呟いた。
「魔王城にようこそ! ――さあ、次のお客様は、だーれ?」




