序章(2)
「おーい宵闇!仕事おつかれ!こっち席空いてるぜ~」
第一白翼島セイングランドーーー背に白い半透明の翼を出すことができる種族が多く住む島で、宵闇が今居るフェルガリアは『王都』と呼ばれる大都市である。奥に聳える城から扇状に白い石壁の建物が並ぶ綺麗な街だ。
そのおよそ東三分の一を占める商会区にあるギルド向かいの酒場。
入口近くに立ったまま親しげに掛けられた声の出所を探す宵闇の瞳に、奥のカウンターで手招きする紺髪の青年が映る。
「おーラグ、おつかれ!」
返事をして談笑や言い争いの声、食器の鳴らす音の中、時々声をかけてくる同僚と軽く挨拶をかわしつつ並べられた席の間を縫って青年の方へと歩いていく。
夕飯時をとうに過ぎた時間帯だが、安っぽい橙の照明が照らす酒場内は、まだ空席が殆ど無い程度には客で賑わっていた。
「今帰ったのかい宵闇、遅くまでご苦労さん。飲み物はいつものでいいかい?」
「ああ。ついでに鳥揚げと炒飯を頼むよ」
「あいよ」
顔馴染みの恰幅の良い女店員に軽く注文しつつ座った宵闇に、隣にいる青年はニヤニヤとした顔を向けた。
ラグ=ディラン。
百七十センチの宵闇より少し背の高い細身で肩ぐらいまでの紺髪を後ろで縛っている。
浅黒い肌に掛かる前髪には何本かの白くて幅広いピン、耳にはカフス、やや目尻の下がった紫眼も相まって見るからに遊んでいそうな風体だ。
傭兵仲間の一人で歳も同じ二十二歳だが、経験から言えば三年しかギルドに在籍していない宵闇よりかなりの先輩にあたる。
「仕事終わったって連絡してきた時間よりずいぶん帰りが遅ぇじゃねえか。何かあったのか?まさか、いいヒト見つけたとか?」
酒のためなのか元々軽い口調にさらに潤滑油が差してあるようだ。
冷やかしに「そんなんじゃねーって」と苦い顔を返す。運ばれて来た柑橘酒を一口飲んで、はーっと息をついた。
「帰るのに馬車の荷台借りたオッサンがセコくてな。足元見られて大金払ったら、今度は忠告無視して賊の縄張り突っ切って追いまくられてよ。
ムカついたから、オッサンに護衛代で馬車賃の倍払わせて賊共を伸してきた」
「へー、そんな事がねぇ。
で、その賊どもは門守の騎士にでも突き出したのか?」
「いや、木に縫い付けたまんま放っといてやった。一日ぐらいで解けるから餓死はしねえはずだ」
「うーわ。
よりによってウチで一番厄介な特技持ってる奴に喧嘩売ったんだから、そいつらもずいぶん運無ぇなあ」
宵闇の横でラグがケラケラ笑う。
「あの辺は人喰うほどの獣はいねえから大丈夫だろ」
「そうそう。それくらいなら良い薬だよ」
炒飯を運んできた店員が、皿を置きながら宵闇に同意する。
「ディランだったら今頃、一人残らずカラスの餌になってるんじゃないかい?悪い噂が絶えないよ?」
「そりゃあね、オレは宵闇みたいに優しくない。
暴力で来る奴は遠慮なく暴力で返すのがオレの主義」
さらっと物騒極まる想像を肯定する先輩兼友人に宵闇は僅かに眉をしかめた。
護衛や運搬中心の宵闇と違い、ラグの得意としている仕事は捕まれば獄舎行き確定の裏仕事だ。暗殺なんかもしているらしい。
そんな仕事を主に引き受ける感覚は宵闇には欠片も理解出来ないし足を洗って欲しい所だが、その辺はつるむ内に踏み込まないようになった。
苦言をぶつけた所で、現実としてそのテの仕事は存在しているし、就いているのはラグに限らない。
「ほどほどにしなよ?命あっての仕事だからね」
呆れ顔で店員はカウンターから離れて他の客の注文を聞きに行く。
その背を見送った宵闇が、憮然とした顔をラグへと向けた。




