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第八話 初デート

 土曜日がやってきた。今日は陽毬とデートする。千冬以外の女の子と休日に出かけるのはいつぶりだろうか。

 私服に着替えて新宿に降り立つ。一人で。


 スマホを取り出して地図アプリを起動した。事前に調べておいたホテルの名前を検索する。ここなら特に年齢確認とかもないから入れるらしい。それって法律的にどうなのとか思ったけど考えるのを辞めた。


 地図アプリに導かれるまま歌舞伎町を奥へと進む。名前の響きでビビってたけど普通に見覚えのあるチェーンの飲食店とかたくさんあるから思ってたより普通だな。

 しばらく歩くと目的地に到着しましたとスマホが表示する。


 立ち止る。目の前のホテルを見上げた。

 昭和を感じさせるバブリーかつ落書きだらけな外壁。看板には「休憩二時間三千円」と書かれている。

 高いな。月額五千円の俺の小遣いには手痛い出費である。


 デートするときは下見が大事。駅からホテルまで導線を意識して飲食店を選ぶべきとナンパマスター鈴木のウェブサイトに書いてあったので下見をしてみたが、こんな奥まった場所まで果たして陽毬は来てくれるのだろうか。というか本当に高校生は入れるのだろうか。


 だいたい千冬がいくところまでいくことがゴールというからそれに向けて色々と調べたり作戦考えたりしてみたけど、未成年だととれる選択肢が少なすぎる。


 なにが「お酒で酔い潰すことが目的ではなく酔ったからという言い訳を与えることが大事なのです」だ。潰す潰さない以前に飲んだことすらない。陽毬は遊び慣れてそうだし年上の先輩とか連れて飲み歩いたりしてるのかな。であれば背伸びして相手の土俵で戦うより、不慣れな感じをあえて隠さずほかの男との差別化を図った方がいいのかとかも考えてみたが、結局明確な答えを出すことはできずに今日を迎えてしまった。


 スマホを確認。今から戻ればちょうど待ち合わせの時間となる。

 俺は新宿駅前に向かって足を進めた。



 待ち合わせ場所である東口ではすでに、陽毬がスマホを触りながら突っ立っていた。陽毬はギャルっぽい露出の多い服を着てイヤホンを付けている。

 これは音楽の話をするチャンス。そこから自然な流れでカラオケに誘うのが鉄則らしい。個室で狭いから二人の距離縮まりやすいらしい。今日はいかないにしても、ここで話題を振っておけばどこか遊び場所の話をしていれば次回以降の布石になるのだとか。


「お待たせ」


 笑顔を作って陽毬の正目に立ち話しかけた。凄腕ナンパ師の体で話しかけて急に不慣れな感じになったら陽毬も混乱するだろうから、今日の俺も凄腕ナンパ師だ。

 陽毬はイヤホンを外して、それを小さな鞄に仕舞いながら口を開く。


「……遅いよ」

「ごめんって。何を聞いてたの?」

「EDM」


 なんかクラブとかで流れてそうな響き。それ以上の知識はない。だが真のイケメンナンパ師なら、きっとクラブ通いして毎日お持ち帰りとかしているだろうからEDMに詳しいはずだ。


「分かる。いいよな」

「大和も聞くの?」

「もちろん。重低音がいいよな。バイブス上がるというか盛り上がるというか熱くなるというか」


 ずんずんと身体を上下に動かしてみる。これであってるのかな。


「そうなの。特にこの人が好きで」


 陽毬が見せてくるスマホの画面。アーティスト名は英語。界隈で有名な人な可能性もあるから知らないという選択はない。


「あー分かる。俺も時々だけど聞くよ。陽毬はクラブとか行ったことある?」


 EDMを深堀されるのは辛いので話題をスライド。


「さすがにないよ。十八なったら入りたいけどね」

「だよな。俺も入って体を揺らしたいわ」

「へー、本当に?」


 ジト目で俺を見上げる陽毬。焦る。まさか俺のEDM好きが嘘だとバレたのか。


「おうよ。もう通学中とか勉強中とか毎日聞いてるから。音を全身で浴びたいのよな」

「てっきりナンパ目的なのかと」


 ニヤニヤ笑う陽毬。

 しまった。たしかにクラブにはそういう側面があると聞いたことがあるとかないとか。


「お、俺はクラブみたいなナンパスポットではナンパしない主義だからな。男側はナンパスポットっていう言い訳がないと声を掛けられない雑魚だし、女側もナンパスポットに行かないと異性からアプローチされない雑魚しかいないから」


 どう取り繕えばいいのか分からないから、藁にも縋る思いで千冬の発言をそのまま言ってみた。

 陽毬は感心したような顔をして「なるほど」と呟いた。納得してくれたみたいだ。

 すごい。なんだかナンパマスター鈴木が少しだけ頼りになる気がしてきた。心の中でありがとうと小太りのおっさんに感謝しておいた。


「で、今日はどこで遊んでくれるの?」


 陽毬の声で現実に引き戻される。

 時刻は三時。まだ夕食には早い。


「ふっ、それは来てからのお楽しみだ」

「へー、一体何をされるのかしら?」


 陽毬は余裕の表情。

 俺も平然とした顔で、そっと陽毬の手に触れる。

 手を繋いだ。陽毬は俺を拒絶することなく握り返してくる。

 つまりそういうことだ。

 手どころじゃないくらい繋がりまくってる凄腕イケメンナンパ師なら、きっと手を繋くことくらい呼吸することと変わらないのだ。


 歩き出す。

 目的地は猫カフェ。定番のデートスポットぽいし、猫が嫌いな人類はいないはず。陽毬に「ナンパ師にしては意外と遊び場ぬるくない?」とか言われたら「普段激しい遊びをしていると逆にほのぼのとした感じが恋しくなるんだよ」とでも逆にのアクセントを強調しながら言っておけばいい。


「ここでいいか?」


 猫カフェの看板前で立ち止まる。

 隣を歩く陽毬は頷いた。

 建物のエレベーターを上り、三階へ向かう。


 ビルの三階が丸々猫カフェになっているようで、透明な窓の向こうにはゴロゴロ寝転がる猫が見える。やはり猫は可愛い。若い男女が猫と戯れているし、やはりここはデートスポット。


 完璧だ、

 完璧な計画だ。

 そう確信していた。

 途中までは。

 扉に手をかけ、中に入る。

 受付で結構いいお値段するなーバイトでもしようかなーとか考えながら、店員の説明を聞いていると、隣から巨大な音が聞こえた。


「あ、あ、ばああああああああああああぁぁぁぁくしょん!」


 横目で見る。涙目になった陽毬のくしゃみだ。


「大丈夫?」


 陽毬は言いづ俯きながらゆっくりと口を開く。


「ごめん……実は私……猫アレルギーなの……」



 行き場をなくした俺と陽毬は近くにあるカフェに入った。カウンターで俺はコーヒー、妃鞠はタピオカミルクティーを注文して、受け取った後に適当な空きテーブルに向かい合って座る。

 まさか陽毬が猫アレルギーだったとは。猫カフェを出てから元気がないし悪いことしたな。陽毬の体調が心配である。


「大丈夫?」

「ごめんね。私のせいで」


 陽毬は申し訳なさそうに俯いている。どう考えても悪いのは遊び場を事前に相談しなかった俺なのに。


「陽毬は悪くないよ」

「ううん。猫カフェすら満足に行けない私が悪いの……」

「そんな大げさな。新宿なんて猫カフェじゃなくて遊ぶところだらけだし」

「でも……真のギャルなら猫カフェくらい当然の嗜みなのかと。だって遊び慣れてる大和が選んだ場所だから……」


 陽毬は俺と目を合わせずにタピオカミルクティーを見つめている。「真のギャルなら」その言い方に俺と近いものを感じた。

 陽毬は続ける。


「あのね……実は私、ギャルじゃないの。ギャルに憧れてギャルっぽい格好をしてるだけ。本当の私は……根暗だし可愛くないし男のことは緊張して話せないし……本当にダメダメなの」


 深刻そうな口調の陽毬。

 俺は笑った。緊張感が一気になくなった。


「なんだそんなこと」

「……そんなことって」

「別に気にすることないだろ」

「なんで幻滅しないの……」


 陽毬が不安そうに顔を上げた。


「俺も一緒だからな」

「一緒?」

「ああ」


 机の上のホットコーヒーを飲む。分かっていたが顔をしかめてしまう。


「本当はコーヒーよりもジュースが好き。だけど女の子とデート中だから背伸びしてコーヒーにした。コーヒーだけじゃない。本当はナンパなんかしたことないし女の子とデートだってほとんどしたことない。俺だって遊び人のフリをしていただけだよ」

「なんで……」

「たまたま友達にナンパしろと言われてな。それでギャルなら通報せずに適当に受け流してくれるかと思って陽毬に声を掛けた。見た目は完全にギャルだったしな」


 どうして陽毬に俺のナンパが通じるのか。どうして俺の背伸びした会話に陽毬が付き合ってくれたのか。

 それを一瞬も疑わなかったわけではない。

 その答えがこれだ。

 俺がナンパについてよく分かっていないように、陽毬も遊び人についてよく分かっていなかったのだ。だから自信のありそうな俺の言動でこれが遊び人とギャルのスタンダードだと勘違いしたのだ。


「あ、でも陽毬のことを可愛いと思ったのは本当だから!」


 俺だって貴重な休日を潰して会うのだ。どうでもいい相手ならわざわざ時間を使ったりしない。


「……ありがと」

 陽毬は笑った。

 自然な笑顔はやっぱり可愛かった。

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