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第六話 ナンパ~ギャルに声を掛ける~

 さて、どうしたものか。話しかけると言っても何と言ったらいいのだろう。

 とりあえず俺にも生活があるから通報されることだけは避けたい。


 スマホを取り出してナンパマスター鈴木のモテる方法百選と検索してみることにしよう。一番上に表示されたサイトにアクセス。

 トップページに表示されるおっさんは何度見ても頼りないけど、ナンパ界隈という戦場に無防備で放り出された一般市民の俺には他に縋るものがないのだ。


 サイトの中の難易度低めの方法という欄をクリックした。

 文字列を確認する。「連絡先を伝えたいけど勇気がない。そんなあなたには極意八十三チラシ配りの術を授けよう。まずあなたは適当なメモを三十枚くらい用意します。そこに名前と連絡先と一言コメントを記述します。最後にバイトでチラシを配るかの如く町で女の子に配りまくります。きっと一人くらいは連絡くれるかも?」


 俺はスマホの電源を消した。

 ため息を吐いた。

 やっぱり自分で話しかけるしかないよな。


 異性と遊び慣れていそうな人の方が、通報とかしないで適当にあしらってくれそうだからギャルっぽい人に声かけてみるか。


 周囲を見渡す。

 二人組とか三人組は会話のバランスが難しそうだから、狙うは一人で暇そうにしているギャルだ。なんかギャルってノリが軽そうなイメージあるし。とか思っていたら一人の女の子が目に入る。


 パーマのかかった胸まで伸びる髪は黄金色に染まり、女子高生にしては濃い目の化粧をしている。ピンク色の派手目なカーディガンを着て、ブレザーのスカートもかなり短いし見た目は完全にギャルだ。


 よし、話しかけよう。

 小さく息を吸う。

 自分を超絶イケメンだと思い込む。


 モテる技術を極めた凄腕ナンパ師だと思い込む。

アホらしいとは思うけど、何事も思い込みの力って大事だと思う。


 現実の俺はモテたことないし、モテるために大事なことは何一つとして分からない。けれども客観的に考えて見知らぬ男に話しかけられるってだけで不安になるはずだ。そんな状況で男側も挙動不審になっていたらますます不安になることだろう。


 迷惑だろうなとか思わずに、むしろ俺に話しかけられて光栄だろくらいの勢いが大事なのだ。

 足を踏み出す。

 声を掛ける。


「あのっ……」


 女の子は驚いたようでビクッと体を震わせた。


「……私ですか?」


 女の子は俺の方へ視線を向けた。近くで見ると整った顔立ちをしているように見える。濃い目の化粧なんていらないんじゃないかと思うくらいには。


「そうです。あなたです」

「何でしょうか?」


 不思議なことに会話が成立している。

てっきり普通に無視されると思っていたから、オープナーの中身を考えていなかった。何か言わないと――。


「実はペンギンを探していて」


 千冬のナンパ講習で一番印象に残った単語を口にしていた。


「ペンギンですか……」

「そうペンギン。飼っているペンギンが逃げてしまって。見ませんでしたか? ペン太郎って名前なんですけど」


 ペンギンという嘘をでっち上げながら自分でも思う。きっと今の俺はこの原宿で一番滑稽な存在だ。慣れないことをしているせいで口調は早口だしきっと表情も不安定だ。


 ここからどうやって連絡先交換までもっていけばいいのだろうか。頭をフル回転させる俺をよそに、目の前の女の子は冷めた目つきでため息を吐いた。


「それペンギンオープナーですよね。ナンパしてるんですか?」

「知っているとは奇遇ですね。運命感じません?」

「ちなみに私のどこに惹かれてナンパしたのですか?」


 俺の質問はあっさりスルーされた。心の中のぺん太郎が泣いてる。

 どこにと言われてもあんまり他人に惹かれた記憶がないからな。かと言って適当に声を掛けたでは好感度がだだ下がりだろう。


「ギャルっぽい子が好きなので」

「ギャルですか」

「そう。生まれたときからギャルがタイプなのだけど、俺の周りにギャルとかいなくて勉強一筋数十年みたいな真面目そうな感じの子しかいないからさ。もう運命感じたよね」


 さりげなく進学高校が高偏差値なことをアピールする高等テクニックを駆使。自分に持っていないものを持っている人に惹かれるとか言うしな。

 まあギャルがアホなのは偏見だし別に俺が通う高校も特別高偏差値でもないが。

 女の子は俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。それから口元を綻ばせる。


「ふっ、私はギャルなのでナンパくらい受けて立ちましょう。逆に私が遊んであげますよ」


 予想外の反応。ギャルってこんな感じなのか。だがここで動じたら凄腕ナンパ師ではないだろう。


「へえ、いつまでそんなに強気でいられるかな?」

「余裕よ。ギャルなので。遊び慣れてるので。どんなことをされても動じないわ」

「ふっ、さすがだな。そう言った子は今まで何人もいた」

「ふーん。そうやって何人も女の子を泣かせてきたんだ」

「泣かせたなんて酷い言い草だな」

「まあ一言伝えておくと過去に私が遊んだ男はみんな最後に私に跪いて忠誠を誓ったわ」

「それは楽しみだな。遊んでやるよ」


 決め顔を作って言う俺。

 ところで遊ぶって何すればいいの?

 勢いで突っ走っているけど全く分からない。千冬がいくところまでいけばって言ってたからこれからラブホテルにでも入ればいいのか? 詳しくないけど未成年って入れるのかな。


「今からでも遊ぶ?」


 女の子は上目づかいで俺を見つめたまま。化粧越しにも分かる赤く染まった彼女の頬。もしも俺が本物の凄腕ナンパ師だったらこのまま手でも繋ぐのだろうか。小粋なジョークを交えて、まるで毎朝学校に通うかのごとく自然な流れでホテルまで誘導するのだろうか。


 残念ながら俺はホテルまでの導線も、ホテルでの受付の仕方も、入った後どちらが先にシャワーに入るのか、それとも一緒に入るのか、それとも入らずにすぐに一旦キスとかハグとかした方がいいのか、もしくは一旦テレビで映画でも観たほうがいいのか、何一つとして分からない。

 だから俺は目の前の女の子の遊び相手にはなれないのだ。


「残念だな。今日は先約があるからな。連絡先だけ交換してまた会おう」


 とスマホを片手に、メッセンジャーアプリを起動しながら強がることしかできなかった。


「いいでしょう。楽しみにしてるわ」


 俺が表示したスマホの画面を女の子は読み取る。連絡先を交換した。

 俺の友達リストに「茅ヶ崎陽毬」の名前が追加された。


「山崎大和って言うのね」


 スマホを眺めながら陽毬が言う。


「大和でいいよ。俺も陽毬って呼ぶから」


 スマートに名前呼びを提案。これこそが凄腕ナンパ師の腕ってやつ。俺の内心は動揺しまくりだが。目の前の陽毬は表情一つ変えずに


「そう。よろしくね。大和」

 とだけ言った。


 これが本物のギャルと偽物の凄腕ナンパ師の差というやつなのか。ぼろが出ないようにするためこの場を切り上げよう。


「じゃあ俺はこれで」


 俺は陽毬に手を振り、逃げるようにしてその場を去った。



 あっさり連絡先交換が終わってしまった。まさか本当に俺にナンパの才能があるんじゃないかって勘違いしそうになる。


 とりあえず忘れないようにするため陽毬へ一言メッセージを送っておいた。

 ほかにすることもなく、まだ千冬との待ち合わせまで時間があるから暇である。一人と連絡先の交換ができたから今日のノルマはクリアしたってことでいいよな。


 陽毬に先約があると言った手前ずっと駅前に留まるわけにはいかないから竹下通りまで来た。ふらふらと散歩をする。あまりにも暇だったから一人でバナナの入ったシンプルなクレープを買った。


 通りの片隅でクレープを食べる。甘くて美味しい。

 千冬が怪しい男に連れていかれていないか心配ではあるが、どうすることもできない。せめてちょっとでも千冬の気持ちが分かるようになるため、ナンパマスター鈴木のサイトでも見るかと思いスマホをポケットから取り出した。


 サイトの中でナンパマスターへの心構えと書いてあるページを開く。

 ナンパマスターに最も必要なこと、それは余裕です。では余裕とはどうしたら生まれるのか。それは複数人の平行攻略。一途というと聞こえはいいが、それはナンパマスターから最も遠い感情だと理解してください。複数の女の子に同時に手を出すことで心の余裕を手に入れるのです。


 なるほど。先ほどの俺は凄腕ナンパ師として余裕のある男を演じていたが、奇しくもナンパマスター鈴木と同じことをしていたらしい。こいつと同じとかなんか嫌だなあ。

 決め顔のおっさんを見ながらそう思った。



 駆け足で千冬との待ち合わせ場所へと向かう。ウェブサイトを見ながらだらだらとクレープを食べていたら、いつの間にか待ち合わせ時刻となってしまったのだ。


 竹下通りを出た。信号の向こう側ではすでに千冬は戻ってきており、退屈そうにスマホを触っている。

 信号が青に変わるのを確認してから、急いで千冬に駆け寄った。


「ごめん。お待たせ」

「遅いよもう。待ちくたびれたじゃない」


 千冬が顔を上げる。声色から怒っているかと思ったが表情はどういう訳かニヤついていた。


「あと、口元にクリームついてるよ」


 俺にポケットティッシュを手渡してくる千冬。ナンパ先でよっぽど好みのイケメンにでも巡り合えたのか。

 受け取ったティッシュで口周りを拭きながら答える。


「ありがと」

「それにしてもナンパした相手と早速クレープデートを達成するなんてさすが大和ね」


 クレープは一人で食べたわけだが、寂しい男と思われるのも癪なので黙っておこう。


「まあな。ナンパくらい余裕でできる」

「なら結果は上々だったんだ?」

「おうよ。無事一人と連絡先を交換した」


 スマホを取り出してメッセンジャーアプリを起動した。トーク履歴の一番上に表示された陽毬との会話を見せる。


「今日はありがとな。また遊んでやるから楽しみにしてな」

「こちらこそ。なら来週の土曜日はどう?」


 いつの間にか俺が送ったメッセージに明菜が返信していたようだ。既読無視をするわけにもいかないので俺は「悪くないだろう」と返信する。


「とまあこんな感じなんだけど」

「どうでもいいけどなんでそんな上から目線なの?」


 千冬は怪訝な顔をしながら俺のスマホを覗き込んでいる。


「余裕のある男?」


 俺としてもあんまり自信はないため疑問形になってしまう。


「余裕とは」

「ナンパマスター鈴木のサイトに書いてあったから……」


 気づいたら俺も千冬と同じように言動を鈴木から引用した体にしていた。だって仕方ないよな。自分の意志でナンパ頑張ってるとかちょっと恥ずかしいし。


「で、千冬はどうだったんだ?」

「私? 私はねー。気になる? 気にあるよね?」


 聞いて欲しそうにする千冬。一体どんなイケメンと出会ったんだ。せめて付き合うなら町で知り合ったナンパ師とかじゃなくてクラスメイトとかだと安心できたのだけどな。


「ああ。気になる」

「でしょ。えーっと、確かここに……」


 スカートのポケットに手を突っ込む千冬。それから三枚の名刺を取り出した。


「じゃじゃーん。三人も男から逆ナンされて連絡先を貰ったわ! しかもみんな私のこと可愛いってすごい褒めてくれるの!」


 得意げな千冬。名刺を受け取り書いてある文字を読む。


「芸能事務所が二つとカットモデルが一つか……」


 すごいと言えばすごいのだが……。

 これはナンパというよりスカウトな気がするけど、千冬は満足そうにしているから黙っておいた。

 俺たちの高校はバイト禁止だから芸能人デビューなんてこともないだろうし。


 とりあえずナンパのミッションはクリアしたため俺と千冬は帰路についた。

 デートの約束は取り付けたので、俺の恋活は一歩前進したと言っていいだろう。

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