第四話 ナンパ
始業式が終わり、放課後となった。
帰宅するために教室で荷物をまとめていると声を掛けられた。
「ねえ大和、放課後は暇だよね?」
顔を上げる。正面には制服であるセーラー服姿の千冬がいた。学校だからか千冬は長い黒髪を後ろで一つに縛り、ポニーテールを作っている。
「まあ暇だよ」
帰宅部なので千冬と何かするとき以外は予定がない。
「やっぱり何事も実践が大事だと思うの」
千冬は両手を俺の机の上に置き身を乗り出す。
「実践って恋活のこと?」
「そう。昨日ゲームしてて思ったの。シミュレーションじゃ成長できない。やっぱり何事も経験が大事だって」
「実践って何するの?」
ゲームの中では全身から惚れ薬を噴き出してるのかと思うくらいあっさりイケメンが主人公に惚れていたが、現実はそんなに甘くないだろう。
千冬はにやりと口元を綻ばせる。
「決まってるでしょ。ナンパよ」
うわー。やりたくねえ。
「露骨に嫌な顔しない!」
「ってもナンパなんてどうすんの? いわゆるナンパスポット的なところに行くのか?」
普通に話しかけて成功するとは思えないし、ナンパ待ちをしている人が集まりそうなところへ行くしかないだろう。そう思ったが千冬は首を横に振った。
「違うよ。そんなとこはレッドオーシャンだよ。男側はナンパスポットっていう言い訳がないと声を掛けられない雑魚だし女側もナンパスポットに行かないと異性からアプローチされない雑魚しかいないもの」
「ずいぶん強気な発言だな」
「ってインターネットに書いてあったからね」
千冬はスカートのポケットからスマホを取り出した。それからスマホの画面をタップして俺に手渡してくる。
千冬のスマホには「ナンパマスター鈴木によるモテる方法百選」と表示されていた。サイトのトップページでは胡散臭いおじさんが決め顔で両腕を組んでいる。このおっさんがナンパマスター鈴木なのだろうか。
「なんというか頼りないな」
率直な感想を述べてみた。
「このおっさんですらナンパできるなら私たちでも余裕って気がしてこない?」
「本人なのかな」
顔出しでナンパ術を披露したらおっさんが町でナンパするたびに「あっ、このやり方インターネットに書いてあるやつ!」って思われそうだが。
「どうなんだろ。サイトには本人って書いてあるよ?」
「千冬は人を疑うことを覚えた方がいいと思う」
幼馴染として心配になる。
「まあ、とにかくやってみようよ。同じ高校生とか多そうだし原宿でいいんじゃない?」
「千冬がそういうのなら」
力なく頷いた。どうせ拒否権などない。
原宿ならここから少々離れているし、クラスメイトに見られることはないから許容範囲だ。
そうして俺と千冬は原宿に向かった。
◆
電車に二十分ほど乗り、原宿駅で降りる。放課後だからか、駅前には様々な学校の制服を着た女子高生が沢山いた。ナンパするということはこれからこの人たちに話しかけないといけないのか。
横目で千冬を見た。千冬は満足そうに頷いている。
「うん。これだけ沢山いれば一人くらいナンパ成功できるはずよ」
正直適当な女子高生に話しかけて仲良くなるより千冬の方が可愛いし気楽だからいいんだけどな。早く帰って家でダラダラしたい。
適当にナンパしてる感だけ出して千冬には満足してもらおう。
「で、どうしたら成功なんだ?」
「うーん。ナンパ界隈には即と言って声掛けからホテル持ち帰りまでの速さを競う文化もあるくらいだし、やっぱりいくところまでいったら?」
「成功だけに性交ということか」
「うわ、そうやって上手いこと言う感じはすごいナンパ師っぽいよ。光るものを感じるわ……。でもナンパするなら私以外にしてね。ちょっと付いていってもいいかなって思ってしまいそうになるから」
千冬が軽蔑したような目で俺を睨んでくる。女子高生でナンパ界隈に詳しい方がなにかと問題がある気がするのだが。
「そんなこと言われても俺はナンパなんてしたことないぞ。する方もついていく方も正気を疑う」
「えー。それは偏見だよ! だって私はこんなにイケメンとの出会いを求めているもの。いつでもナンパしに来てって感じ」
「そうですか……」
千冬ならナンパなんてしてくるような男じゃなくてもっと真っ当な彼氏を作れそうな気もするけど。
というか正直千冬の初彼氏との出会いがナンパなのちょっと嫌だな。そんなことを思いながらも、千冬はナンパの魅力を熱弁してくる。
「街で声掛けって思うから抵抗感あるんだよ。例えばこんなシチュエーションだと運命って感じない? まず私は本屋で本を探してるの。買いたい本は海外のマイナー小説家の英書。やっぱりマイナー作家かつ英語で書かれた小説なんてなかなか売っていない。けれども素朴でキュートな文学少女の私は一日中色んな本屋を巡るの。そうして日が暮れかけた頃、私は小さな古書店で目当ての小説を見つける。手に取ろうとした瞬間……私の手は男の人の手に触れるの。同じ本を探していた運命の男と……。もちろんその男の顔は超絶イケメンね。男は言うわ『僕が探していたのは小説じゃなくて君だったようだ。この後お茶とかしませんか?』って。胸がきゅんっ……かっこいい……」
両手の平を頬に当てて語る千冬の頬はほんのり赤く染まっている。これが千冬の理想のシチュエーションなのか。なんというか俺とは全然違うな。イケメンじゃないし英語とか読めないし。
「どう? よくない?」
大きな瞳をキラキラと輝かせた千冬が俺に問いかけてくる。ここは正直に思ったことを伝えておこう。
「いつの間に千冬が文学少女になったのかなって」
よく考えたら千冬も英語読めないはずだし。
千冬は首を大きく横に振った。
「あくまで理想のシチュエーションだからね。やっぱり清楚なイメージみたいな!」
「ナンパされたいと言ったり清楚になりたいと言ったり情緒不安定すぎない?」
「恋をしてる女の子はみんなそういうものなの!」
分かってないなーとでも言いたげに千冬はやれやれと肩をすくめた。
恋ね。
思う。俺にはよく分からない世界だと。
どうして千冬がそこまで彼氏が欲しがるかも、誰かに対して恋人になりたいと思う気持ちもすべてが謎である。
とか言いつつ千冬に連れられて原宿まで来てるわけだし、深層心理では恋人欲しいのかな。
とりあえず千冬が満足しないと帰れないし、理想に付き合うか。
「じゃあ本屋にでも行く?」
「あくまで私の理想だから。あと偶然同じ本を買おうとするタイミング見計らうとかコスパ悪すぎだし。ストリートで声掛け一択だよ。あと活字とか読んでられないし感想とか聞かれても困るし」
英語どころじゃなかった。文学少女とは一体。
「そうか。頑張ってくれ。応援してる」
町で声掛けをするのはハードル高いと思うが、千冬の美貌なら何人かは連絡先交換できるかもしれない。というか俺でも千冬に声かけられたら、美人局化と疑いながらも連絡先くらいなら教えてしまいそうな気がする。
「何を言ってるの? 大和もするんだよ?」
千冬が小首を傾げる。
「俺もするの?」
「逆にナンパしないで恋活研究会の副部長を名乗れると思ってるの?」
千冬が真っ直ぐ俺を見つめてくる。
目を逸らした。
そして頷く。
「分かったよ……」
どういう訳か千冬に見つめられると断れないのである。長年幼馴染をやっていた性なのだろうか。
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