七話
あの三人組は、あれから毎日ギルドに顔を出した。
受付のアイリーンは、初日の帰還を思い出す。
ゴブリン討伐を受けた三人組は、日が落ちる前に戻ってきた。
銀髪の少女――ノエルは、唇の色を失っていて、可愛らしい顔のまま青ざめていた。
初めて魔物を見たのだと、お付きのメイド、アリサが詫びた。
(もう来ないかもしれない)
そう思ったのに、翌日も来た。
その次の日も。毎日、なにかを飲み込むような顔で。
その容姿もあり、瞬く間にギルド内で噂になっている。
「アイリーンさん、女の子が来てるって本当?」
戦が長引き、腕の立つ冒険者は前線へ流れている。残っているのは学生や、引退した兵士くらいだ。
騎士志望の学生、レックが身を乗り出してくる。年頃はノエルと同じくらいだ。
「ノエルさんのことですね。人手不足なんだから、ちょっかい出さないでください」
「かわいいんだって? 話してみたいなぁ」
「……かわいいのは否定しませんけど。たぶん、かなり高貴な方です。近づくと、お付きの方ににらまれますよ」
忠告しても、レックはどこ吹く風だった。
代わりに声を落として言う。
「そういえば、最近の噂、知ってる?」
「……連続失踪事件ですか」
アイリーンが答えると、レックは頷いた。
「ああ、女の子が消えてる。今朝も一人、ってさ。……あの子も気をつけたほうがいい」
「護衛がついているみたいですし、大丈夫だとは思いますけど……」
「将来の騎士として、お姫様を守るのも悪くないな」
さすがにお姫様ではない。アルテリア王国に、あんなに若い姫はいない。
けれどそう呼びたくなるほど可憐ではある。
アイリーンはレックを見つめ、深くため息をついた。
※※※
エルが初めてゴブリンの命を絶った日から、一週間が経った。
最初の夜は、聖剣を突き刺した感触が手に残って離れず、ほとんど眠れなかった。
それでも、強くならなければならない。
そう、エルは自分を奮い立たせて、ゴブリン討伐の依頼を受け続けていた。
「——えいっ!」
ゴブリンの棍棒が弾き飛ばされる。
続けざまに横一文字に振り払った聖剣が、喉元を断ち切った。
噴き出した血が地面を汚し、ゴブリンはその場に崩れ落ちる。
「安定して倒せるようになってきましたね」
駆け寄ってきたアリサが、慣れた手つきで聖剣についた血を拭ってくれる。
エルは大きく息を吐いた。喉がひりつき、胸が熱い。腕も鉛のように重い。
「……前よりは、ね」
柄を持ち替えると、指先がじんじんと痺れているのがわかる。
何度も棍棒を受け止めたせいだろう。手のひらには、うっすらとマメもでき始めていた。
「そうは言っても、聖剣だからって感じは、まったくしないけどね」
冗談めかして聖剣を軽く掲げてみせる。
刃はよく研がれており、日差しを受けて美しく光る――ただ、それだけだ。
眩しい光も、身体を巡る力もない。
「頑丈で、よく切れるいい剣ってだけ。今のところは」
「ふふ、それでも十分すごいですよ?」
アリサが笑う。エルもつられて口元をほころばせたが、胸の奥のもやつきは消えなかった。
気づけば、森の影が長く伸びている。そろそろ、日が暮れる。
「今日はこの辺りにしておきましょう、ノエル殿」
ハインバルの言葉に、エルはこくりとうなずいた。
「……うん。帰ろう」
そうして三人は、森をあとにする準備を始めた。
***
エルが冒険者ギルドに足を踏み入れると、いつものように視線が集まるのを感じた。
一週間も通えば、奇妙な三人組としてそれなりに顔が知られるようになった。
「アイリーンさん、ゴブリン討伐の依頼、完了しました」
エルは討伐証明となるゴブリンの角を、受付嬢のアイリーンに差し出した。
アイリーンはにこやかに受け取り、手際よく数と状態を確かめる。
「ありがとうございます。……はい、数も状態も問題ありません」
確認を終えると、アイリーンは周囲をちらりと見回し、小さく笑った。
「今日も、みなさん目立っていますね」
「ノエル様ほどの美人は、なかなかいませんからね」
隣でアリサが胸を張る。
「……私じゃなくて、他が目立ってるんだよ」
「いやいや、ノエル様は自分の見た目のすごさをわかっていません」
「大げさだな……」
囃し立ててくるアリサに、エルは小さく息を吐いた。
笑って受け流せる日も増えたが、視線の刺さり方だけは慣れない。
「それはそうと……近頃、良くない噂が流れているんです」
「良くない噂?」
アイリーンが声を潜めてきたので、エルもつられて声を落とす。
「若い女性が失踪しているんです。……ギルドに出入りしていた子もいます」
そう言って、アイリーンはエルとアリサを見やった。
「ノエルさんもアリサさんも、帰り道は必ず三人で。一人になることは避けてください」
「若い女性……わかりました。ありがとうございます。アイリーンさんも気をつけて」
「いえいえ。冒険者を守るのもギルド職員の務めですから」
エルは報奨金を受け取って礼をし、ギルドを出た。
扉の外へ出たところで、改めて周囲を見回し、声を潜めてハインバルに問いかける。
「ねえ……ハインバル。さっきの話、知ってた? 騎士団の方でなんとかできないの?」
「無論、騎士団も動いています」
ハインバルは歩みを緩めず、淡々と続けた。
「きな臭い動きが見えています」
「きな臭い動き?」
「おそらく、個人の犯行ではありません。——組織が動いている」
「それって、女の子を誘拐して売ってるとか?」
「まだ断定はできません。表向き、人の売り買いは禁止されています」
ハインバルは一度だけ言葉を区切った。
「なにか……別の目的があるのかもしれません」
「……わからないけど、僕たちも気を付けなきゃな」
「はい。当分は単独行動は慎んでください。アリサ殿か私と」
「安心してください。火の中でも風呂の中でも、アリサがついていきます」
「ふう……どこにいても危険なのは変わりないんだね。いやだなあ」
エルはため息をつき、宿へと帰った。
その夜は、妙に落ち着かなかった。失踪事件のことが、頭の隅にこびりついていた。
アイリーンが戻っていないと知ったのは、その次の日だった。




