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落ちこぼれ王子、聖剣を抜いたら女の子になった  作者: 白保仁
一章

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8/22

七話

 あの三人組は、あれから毎日ギルドに顔を出した。

 受付のアイリーンは、初日の帰還を思い出す。


 ゴブリン討伐を受けた三人組は、日が落ちる前に戻ってきた。

 銀髪の少女――ノエルは、唇の色を失っていて、可愛らしい顔のまま青ざめていた。

 初めて魔物を見たのだと、お付きのメイド、アリサが詫びた。


(もう来ないかもしれない)


 そう思ったのに、翌日も来た。

 その次の日も。毎日、なにかを飲み込むような顔で。

 その容姿もあり、瞬く間にギルド内で噂になっている。


「アイリーンさん、女の子が来てるって本当?」


 戦が長引き、腕の立つ冒険者は前線へ流れている。残っているのは学生や、引退した兵士くらいだ。

 騎士志望の学生、レックが身を乗り出してくる。年頃はノエルと同じくらいだ。


「ノエルさんのことですね。人手不足なんだから、ちょっかい出さないでください」


「かわいいんだって? 話してみたいなぁ」


「……かわいいのは否定しませんけど。たぶん、かなり高貴な方です。近づくと、お付きの方ににらまれますよ」


 忠告しても、レックはどこ吹く風だった。

 代わりに声を落として言う。


「そういえば、最近の噂、知ってる?」


「……連続失踪事件ですか」


 アイリーンが答えると、レックは頷いた。


「ああ、女の子が消えてる。今朝も一人、ってさ。……あの子も気をつけたほうがいい」


「護衛がついているみたいですし、大丈夫だとは思いますけど……」


「将来の騎士として、お姫様を守るのも悪くないな」


 さすがにお姫様ではない。アルテリア王国に、あんなに若い姫はいない。

 けれどそう呼びたくなるほど可憐ではある。

 アイリーンはレックを見つめ、深くため息をついた。


※※※


 エルが初めてゴブリンの命を絶った日から、一週間が経った。

 最初の夜は、聖剣を突き刺した感触が手に残って離れず、ほとんど眠れなかった。


 それでも、強くならなければならない。


 そう、エルは自分を奮い立たせて、ゴブリン討伐の依頼を受け続けていた。


「——えいっ!」


 ゴブリンの棍棒が弾き飛ばされる。

 続けざまに横一文字に振り払った聖剣が、喉元を断ち切った。


 噴き出した血が地面を汚し、ゴブリンはその場に崩れ落ちる。


「安定して倒せるようになってきましたね」


 駆け寄ってきたアリサが、慣れた手つきで聖剣についた血を拭ってくれる。

 エルは大きく息を吐いた。喉がひりつき、胸が熱い。腕も鉛のように重い。


「……前よりは、ね」


 柄を持ち替えると、指先がじんじんと痺れているのがわかる。

 何度も棍棒を受け止めたせいだろう。手のひらには、うっすらとマメもでき始めていた。


「そうは言っても、聖剣だからって感じは、まったくしないけどね」


 冗談めかして聖剣を軽く掲げてみせる。

 刃はよく研がれており、日差しを受けて美しく光る――ただ、それだけだ。

 眩しい光も、身体を巡る力もない。


「頑丈で、よく切れるいい剣ってだけ。今のところは」


「ふふ、それでも十分すごいですよ?」


 アリサが笑う。エルもつられて口元をほころばせたが、胸の奥のもやつきは消えなかった。


 気づけば、森の影が長く伸びている。そろそろ、日が暮れる。


「今日はこの辺りにしておきましょう、ノエル殿」


 ハインバルの言葉に、エルはこくりとうなずいた。


「……うん。帰ろう」


 そうして三人は、森をあとにする準備を始めた。


***


 エルが冒険者ギルドに足を踏み入れると、いつものように視線が集まるのを感じた。

 一週間も通えば、奇妙な三人組としてそれなりに顔が知られるようになった。


「アイリーンさん、ゴブリン討伐の依頼、完了しました」


 エルは討伐証明となるゴブリンの角を、受付嬢のアイリーンに差し出した。

 アイリーンはにこやかに受け取り、手際よく数と状態を確かめる。


「ありがとうございます。……はい、数も状態も問題ありません」


 確認を終えると、アイリーンは周囲をちらりと見回し、小さく笑った。


「今日も、みなさん目立っていますね」


「ノエル様ほどの美人は、なかなかいませんからね」


 隣でアリサが胸を張る。


「……私じゃなくて、他が目立ってるんだよ」


「いやいや、ノエル様は自分の見た目のすごさをわかっていません」


「大げさだな……」


 囃し立ててくるアリサに、エルは小さく息を吐いた。

 笑って受け流せる日も増えたが、視線の刺さり方だけは慣れない。


「それはそうと……近頃、良くない噂が流れているんです」


「良くない噂?」


 アイリーンが声を潜めてきたので、エルもつられて声を落とす。


「若い女性が失踪しているんです。……ギルドに出入りしていた子もいます」


 そう言って、アイリーンはエルとアリサを見やった。


「ノエルさんもアリサさんも、帰り道は必ず三人で。一人になることは避けてください」


「若い女性……わかりました。ありがとうございます。アイリーンさんも気をつけて」


「いえいえ。冒険者を守るのもギルド職員の務めですから」


 エルは報奨金を受け取って礼をし、ギルドを出た。

 扉の外へ出たところで、改めて周囲を見回し、声を潜めてハインバルに問いかける。


「ねえ……ハインバル。さっきの話、知ってた? 騎士団の方でなんとかできないの?」


「無論、騎士団も動いています」


 ハインバルは歩みを緩めず、淡々と続けた。


「きな臭い動きが見えています」


「きな臭い動き?」


「おそらく、個人の犯行ではありません。——組織が動いている」


「それって、女の子を誘拐して売ってるとか?」


「まだ断定はできません。表向き、人の売り買いは禁止されています」


 ハインバルは一度だけ言葉を区切った。


「なにか……別の目的があるのかもしれません」


「……わからないけど、僕たちも気を付けなきゃな」


「はい。当分は単独行動は慎んでください。アリサ殿か私と」


「安心してください。火の中でも風呂の中でも、アリサがついていきます」


「ふう……どこにいても危険なのは変わりないんだね。いやだなあ」


 エルはため息をつき、宿へと帰った。

 その夜は、妙に落ち着かなかった。失踪事件のことが、頭の隅にこびりついていた。


 アイリーンが戻っていないと知ったのは、その次の日だった。

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