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落ちこぼれ王子、聖剣を抜いたら女の子になった  作者: 白保仁
一章

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4/22

三話

 エルは自室に戻ると、ようやく大きく息をついた。

 控室では飲み込むしかなかった空気が、ここでは少しだけ吐きだせる。


 聖剣は、エルが持ち帰ることになった。

 どこに置くか迷った末、とりあえず寝台の脇――視界の端に立てかけておく。できれば触りたくない。


 アリサが、エルのお気に入りの紅茶を淹れてくれる。

 湯気と香りが、ささくれた心を少しだけ丸くした。


「ん……アリサの淹れてくれる紅茶が一番おいしい」


 自分でも少し高くなった声に違和感を覚えつつ、エルはひとときの幸せを噛みしめた。


「笑っていると、本当にただの女の子ですね」


「……ただのって言うなよ」


 アリサはくすりと笑い、姿見をエルの前に引き寄せる。


 鏡の中には、見知らぬ女の子がいた。

 ――いや、目元と輪郭に、確かにエルの面影はあった。そこが余計に落ち着かない。


 礼服の上からでも分かる、胸の丸み。

 腹から腰にかけての、男の頃にはなかった柔らかな線。短くまとめていた銀髪も、いつの間にか肩の近くまで伸びている。


「……勝手に、全部変わってる」


「女の子の服を用意しなくてはいけませんね」


「動きやすいので頼むよ」


 苦笑いで返すと、アリサがわざとらしく胸を張る。


「エル様、お休みになる前に、あれをしなくてはいけませんね?」


「あれ?」


「お風呂ですよ、お風呂」


「……今日はもういいかな」


「そんな汚い真似、エル様が許してもアリサが許しません」


「……」


「大丈夫です! アリサが一緒に入ってあげます!」


「いや、それはまずいんじゃ……」


「女の子同士ならオッケーです」


「いや、僕、男だけど……」


「……オッケーです。議論は終わり」


 有無を言わせない笑顔。

 エルは敗北を悟り、紅茶を一口で飲み干した。


※※※


 王族であるエルは、浴室を貸し切りで使える。

 けれど浴室の扉の前で、エルは固まっていた。


「ねえ、やっぱりやめないか……」


「いえいえ、お美しいですよ、エル様」


「会話になってない……」


 気づけば二人とも、もう脱ぎ終えている。

 エルはどこに視線をやればいいのか分からず、ひたすら遠くの壁を見つめた。耳の先が熱い。


 身体が女性になったとはいえ、心は男だ。

 年の近い親しい女性の肌を目に入れるのは、落ち着かない――。


 そんな気持ちも知らずに、アリサはエルの手を引いて浴場へ向かった。


 白い石でできた浴室は、簡素ながら清潔だった。

 壁の蛇口から湯気の立つ温水が流れ、木桶にはすでに湯が張られている。


「まずは、髪を洗いましょうね」


 どこか楽しそうに言って、アリサはエルの背後に回った。

 髪をすくい上げる指先が、思っていたよりずっと優しい。


 ここまで準備されてしまっては、逃げ出すのも気が引ける。

 何より、このままベッドに倒れ込んだら――本気でアリサに泣かれそうだ。


「……もう好きにして」


「はい。好きにします」


 即答がひどい。


「……長くなりましたね」


「勝手に伸びたんだよ……」


 くすり、と笑い声が頭のすぐ上から降ってきた。


 温かい湯。指先の感触。ほのかに香る石鹸。

 何度か瞬いているうちに、エルの肩から余計な力が抜けていく。胸の奥に絡みついていた不安も、少しずつほどけていった。


「大丈夫ですよ……」


「うん」


「エル様がどんな姿になっても。今後どうなろうとも――アリサだけは、エル様の味方です」


「……頼もしいよ」


 聖剣。魔族との戦争。他の王子たちがどう出てくるかも分からない。

 ハインバルとクリストンはとりあえず味方に見えたが、本心は読めない。


 解決しなければならない問題は山ほどある。

 その中で、心から信頼できるアリサの存在は、実際とても頼もしかった。


「だから、女の子としての先輩として、アリサがエル様に色々教えてあげます」


「それは……ちょっと待って」


 身体を洗い終えると、二人は湯船につかった。

 水面がふわりと揺れ、体の重さのかかり方が男の頃と違うことに気づく。――その違いが、妙に恥ずかしい。


(……うわ、なにこれ)


 顔が熱くなる。けれど湯の温かさがじわじわとそれを溶かしていく。


(アリサがそばにいてくれるなら、まだどうにかやっていけるかもしれない)


 湯気の向こうで、アリサが鼻歌まじりに髪をまとめている。

 その姿を見ながら、エルは静かに決めた。――アリサのことだけは守る。絶対に。

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