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落ちこぼれ王子、聖剣を抜いたら女の子になった  作者: 白保仁
一章

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22/22

幕間②

 騎士団長ハインバルは、仕事に私情を持ち込まない。

 たとえ嫌悪を覚える相手であっても、守るべき命であるなら守る。――それが騎士の務めだ。


 第十二王子エル・アルテリアには、当初は興味がなかった。

 末席の王子。後ろ盾もない。剣も魔術も平凡。

 守るべき対象ではあっても、注視すべき戦力ではない。


 聖礼の儀に出席したのも、ただの職務だった。


 聖壇の間。

 神父の声。白い石床に響く足音。列席者の薄いざわめき。

 聖剣の柄に、あの少年の指がかかる。


 次の瞬間、白い光が弾けた。悲鳴が重なる。

 そして――小さな身体が宙を舞った。


 思考より先に、身体が動いた。

 騎士として、守るべきものを守るように。


 腕の中が、ひどく軽い。

 抱え込んだ瞬間に伝わった骨の細さ、肩の線の頼りなさ、体温の柔らかさ。


(……?)


 理解が一拍遅れて追いつく。聖剣が抜かれたのだ。

 ――しかし、それだけではない。


 腕の中に、確かな膨らみが触れた。


 光が少し収まり、周囲の視線がこちらへ集まる。

 ハインバルはとっさに外套を引き寄せ、腕の中のエルを覆い隠した。


※※※


 それからハインバルは、エルの護衛につき、剣術の指導も任された。

 エルは療養中という名目で隠された。実態は、時間稼ぎと、聖剣の戦力化だ。


 最初に剣を握らせた日、ハインバルは自分の見立てが甘かったと知る。


 エルは、剣を握る手が小さすぎた。

 柄が余り、指が届かず、力の入れ方が定まらない。


「力を抜いてください」


「抜いてる、つもりだけど……」


 声は少女のように高い。だが本人は真剣で、必死だ。


 踏み込みを教える。

 形は作れるが、重心が浮く。体幹が追いつかない。


「止まらないでください」


「う、うん」


 無理をすると膝が笑う。息が荒くなる。

 それでもエルは「やめます」と言わなかった。悔しさだけで立っているのがわかる。


 稽古のあと、侍女のアリサがハインバルを呼び止めた。


「ハインバルさん。剣術を教えるのはいいですが……くれぐれも、気をつけてください」


「殿下は王族だ。必要以上の怪我はさせない」


「そういう意味ではありません」


 アリサは一度だけ息を吸って、言葉を選んだ。


「エル様は……頑張りすぎちゃうんです」


「……たしかに、そういうところはある」


 思い当たることはいくつもある。

 止めなければ、いつまでも剣を振り続けるだろう。


「だから、甘やかすくらいでちょうどいいんです。守られることに、慣れていないから」


 ハインバルは、いつの間にかエルに好感を抱いていた。

 だからこそ鍛える。――それが、いずれ殿下自身を守ることになる。


 稽古帰り、殿下の視線が一瞬だけ露店に止まった。

 気づかないふりをして通り過ぎようとして――足が止まる。


「……あそこに菓子があります。買っておきましょうか」


「……ハインバル。僕を女の子扱いしてない?」


 殿下は呆れた顔を作って、すぐに小さく笑った。

 その笑みが、なぜか胸の奥に残った。


※※※


 その魔族は、恐るべき力を持っていた。

 こちらの剣技が、児戯をいなすように弾かれていく。


 胸に熱いものが走り、遅れて血の匂いがした。

 深い。立っているだけで視界が狭くなる。


(……致命傷かもしれない)


 遠のく意識の中で浮かんだのは、エルの顔だった。

 守り切れなかった。あの、強がりばかりの頑張り屋を。


 次に目を覚ましたとき、野戦病院の中にいた。

 喉が裂けたように痛む。呼吸がうまくできない。


「よかった……さすが騎士団長様です。普通なら死んでいると衛生兵も――」


 アリサが、安心したようにこちらを覗き込んでいる。


「……どうなった。あの魔族は」


「エル様がお倒しになられました。戦線も、いったん押し戻せています」


「殿下が……?」


「聖剣の力です。……ですが、それからエル様が、お目覚めになられなくて……」


 アリサの声が、わずかに曇った。


 ――守られたのだ。自分が守るべき相手に。

 喉の奥に、苦いものが溜まる。


「……申し訳ない。私の力が足りなかった」


「別に、ハインバルさんのせいでは……」


「いや、私のせいだ。私は騎士だ」


 アリサがふっと笑った。


「ハインバルさん、エル様に似ていますね。変なところで頑固で」


「騎士は……主人に似るものかもしれない」


 言ってから、自分の言葉に少しだけ驚いた。

 だが否定はしない。


 次は、守られる側で終わらせない。

 あの可愛らしい主人を――今度こそ、自分の手で守るために。

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